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30 勇者と人魚族

 ―――とせっかくうきうきデート中だったのに。

 どうして邪魔が入る。

「は? 持ち主が、何が何でも手放さないって?」

 封印のアイテムらしきものが発見されたらしいという知らせに呼び戻された俺は機嫌が悪かった。

 でも封印のアイテムが一つ見つかったんだ、緊急事態だってことは分かってる。

 膝に乗せた妻を抱え込んで髪の毛をなでて気分を落ち着ける。

「相応の代金を払うと言ってもか。値段のつり上げを狙ってるのか」

「違う。値段の問題じゃないってさ」

「じゃあ、何か思い入れでも? 誰かの遺品とか」

「みたいだな。持ち主が人魚族なんだよ」

 理解した。 

 眉をしかめる。

 この国の南の海岸沿いには人魚族が住んでいる。昔はもっと他の場所に住んでいただが、色々あって離散。そのうちの一部が流れ着き、気の毒に思った父上が住むことを許可したらしい。

 人魚というと誰でも真っ先に思い浮かぶだろうものは『人魚姫』。あれは物語の形を取ってるが実話なんだ。実際穏やかな気質が多いが、国内にいる人魚族は違う。トラブルメーカーとして有名だった。

「あそこか……」

「人魚も全部がああじゃないんですけどね。特定の一族だけ困りものというか」

 ランスも嘆息する。

 シューリが記憶を掘り起こし、

「昔はそうじゃなかったんでしょう? 『人魚姫』の一件以来、その一族だけおかしくなったって」

 フォーラがうなずく。

「そうよ。あんまりトラブル起こすもんで、住処を追われたの。いくつかに分かれて、そのうちの一部がうちの国に定住した」

「大部分はジュリアスの国まで行ったんだったな。この前、あっちでも大騒ぎ起こしたらしいぞ。あやうく妃がケガするところだったとかで、マジギレしてた。目茶苦茶強い愛妻家の逆鱗に触れると大変なことになるってことくらい分かるだろうに」

 なぜか場にいる全員が微妙な視線を俺に向けて来た。

 ん? なんだ?

「ジュリアスのあまりの恐ろしさに、すっかり大人しくなったそうだ。反省するには遅すぎだがな」

「……クラウスが睨めば、こっちの人魚族も大人しくなるんじゃねーの……」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、何でもない。人魚族が持ってる封印のアイテムはイヤリング型だそうだ。『人魚姫』の一件の直後、海で拾ったらしい。一目で高価な魔具なのは分かったから、代々姫が付ける家宝にしたってさ」

「封印のアイテムを身につける家宝にしちゃったの?」

 封印のアイテムには作った際に師匠の念がまとわりついている。つまりは邪気だ。

 人魚は人間より感受性が強い。わずかながらも邪気をはらんだ魔具だと気づいただろうに、それでも身につけるとは。姫が泡と消える原因となった人間を恨む気持ちが師匠の念と同調したか。

「そんなことしたら侵食されるじゃない。……あ、もしかして人魚族が常軌を逸した感じになったのはそのせい?」

「あっ、そうか。だとしたら、早く取り上げねーと」

「回収しても、正常に戻るかは分からないよ。あれがもう人魚族の『常識』になってるから。考え方までは浄化しても変えられないもん」

 人魚族の言動は邪気によって増幅されてるとはいえ、元々の気質も多分にある。彼らの考えを変えなければ根本的解決にはならない。

「とりあえず代表者と話をしてみるか」

 まずは平和的に話し合いを。

 さっそく人魚族に連絡を取った。

 現在の人魚姫は例の『人魚姫』の姪にあたるそうだ。深い青の瞳を持つ美人だそうだが、俺の嫁のほうがはるかに美人だ。

 予想通り、渡さないの一点張りだった。いくら危険性を説明しても説得に応じる気配はまるでなく、目が異様な光を放っていた。これはかなり侵食されてるな。

 最初このイヤリングを見つけたのは、『人魚姫』の姉だと聞く。人間への恨みが共鳴し、妹を失った悲しみにつけこまれて病み、その自覚もないまま娘に渡して娘も侵食された。

 誰も「おかしい」と声をあげなかったのは、みな悲しみにとらわれていたからだろう。気づく前に、同様に侵食されてしまった。結果、負のエネルギーは今や一族全体に広がり、支配されている。

「……クラウス様、これ、かなりヤバいです」

「そうだな」

 ここまで師匠の邪気が届くわけもないが、俺はリューファを自分のほうに引き寄せた。

「もう一度言う。そのイヤリングをこちらに渡してほしい。それはただの魔具ではなく、もはや呪いのアイテムだ。このままでは飲みこまれるぞ」

「誰にも渡さないわ!」

 姫はまるで禁断症状の出た中毒者のように叫び、荒れ狂った。

 周りに師匠の邪念のカケラが見えるな。

 命令に等しい王族の命令を全面拒否とは、それだけで理性がないのが分かる。ましてこの人魚族はどこでもあまり歓迎されず、いくつかの国で追い払われ、父上の恩情でこの辺りの居住権をもらったはず。その恩人の息子の言葉も無視じゃなぁ。

 リューファがさりげなく音楽機器のスイッチを入れた。精神安定の魔法が組まれた音楽が流れる。

 素早くこういう気遣いができるうちの嫁は優秀だ。

 なだめるように言う。

「まあまあ。元はと言えば、拾ったものですよね。落とし物は警察に届けてください」

「拾った者がもらうのは当然でしょ。これはわたくしのもの。わたしくしはこれをつけて、素敵な王子様と結婚するのだから。―――そう、結婚よ!」

 姫は荒々しく立ち上がった。目が肉食獣のようにギラギラ光っている。

「……これが人魚族のトラブルのもとなのよね」

 フォーラがつぶやいた。

 歪んだ恨みと悲しみは結婚願望となって現れたんだ。

 なんでとか聞くな。精神分析医が言うには、「『人魚姫』が想い叶わず死んだことで、残された家族は悲しみに沈んだ。それは次第に『自分たちが人間と結婚して、彼女の無念を晴らす』に変わったのでしょう」だそうだ。

 ここまでなら別によかった。問題は人魚族が手段を選ばなかったことだ。好みの人間を見つけると迫りまくり、無理やり結婚に持ち込む。法律も相手の気持ちもガン無視。すでに恋人がいても壊して略奪。そのうち既婚者にもそれは及び、傷害事件や誘拐事件も起きた。

 さすがに犯罪はマズいだろって誰でも思うだろ? でも人魚族には罪の意識がまったくなかった。そもそも迷惑をかけていると思っておらず、彼女たちにとってはそれが「当然のこと」。「結婚すれば姫が喜ぶ」という思い込みがエスカレートし、何をしても許されると考えていた。

 このままではそのうち死者が出ると、人魚族追放の嘆願書まで出される事態に父上も困り果てた。

 あまりにトラブルを起こす人魚を逮捕しようとしても、その前に海に逃げられてしまう。加害者を罰せられず、やられ損な状況に国民が怒ったのなんの。おかげで国民と人魚族の仲は険悪である。

 『姫』がこの現状を見たら、喜ぶどころか悲しむだろうになぁ。

 ランスが小声でつぶやく。

「そうやって人のこと考えず、自分のことだけしか考えないで迫りまくるから、男に引かれまくってるのに」

「積極的な女性が好きな男もいるけど、度を越してるからな。人の気持ちも無視、犯罪も平気ってのはどうかと思うぜ」

 まったくもってその通り。

「しかも、とにかく結婚結婚って、下手すりゃ騙して結婚させたくせに、その後ひどいんでしょう?」

「どんな?」

「よくあるのが有り金ごっそり持ち逃げ。もう用はないって、婚姻届け出した直後に離婚したケースもあるらしい。海の中で暮らせと誘拐しといて、すぐ飽きて追い出すとか。金稼ぐのも家事も全部やらせて、自分は贅沢三昧。勝手に相手名義で借金しまくり、ドロン。……今まで報告のあったごく一部だけど」

「うわぁ……」

 げんなりする女性陣。

「それさあ、結婚詐欺で訴えられるレベルじゃない?」

「だから起訴されてるよ。でも海へ逃げられちゃって、どこ行ったか分からない。一応国際指名手配はしてあるよ。でも海は広いからね。実際それで捕まえられたケースは皆無」

 画面の向こうでは集まった人魚族が集結して「結婚」「結婚」とシュプレヒコールを起こしていた。なお人魚族は男性もいる。

「強引に結婚はよくないよな」

「あんたが言うか」

 シューリがジークをにらんだ。

「オレ? オレはちゃんと節度守ってるぞ」

「守ってない」

 節度ってなんだろうな。

「結婚OKしてくれるまで待ってるし、無理やり結婚させてたりしないじゃないか」

 ジークの反論にランスとフォーラが黙って俺を見た。

「俺? どこが問題なんだ。元々結婚する予定だっただろ」

 既定路線だから問題ない。

「それはそうですけどね?」

「結婚したら用済みとか意味が分からない。俺は一生傍にいて幸せにするよ。なあ、リューファ。好きだよ」

「人前でやめてください――!」

 真っ赤になって押された。

「何で。はっきり言わないと、リューファはまた勝手に勘違いするからな」

「やっぱり問題ありまくりです! 兄様たち、止めてよ!」

 軍で二番目と三番目に偉い男たちは出動しなかった。

「いやー……これは新妻が可愛くて仕方ない、脳みそ溶けてる馬鹿夫が嫁さん溺愛してるだけだから、通報されてもスルーする」

「がんばれ」

 親指立てるジークとランスに親指立て返す。

「ああ、がんばるよ」

「いや待てやっぱお前はちょっとセーブしろ」

「ええ?」

「うきいいいいいいいい!」

 画面から聞こえる奇声に、うるさいなと思って見れば人魚族が鬼の形相していた。

 おやおや。こういう顔してたら結婚相手見つからないぞ?

「ちょっと、クラウス様! 火に油注いでます!」

「ああ、みたいだな」

「のんびり言ってる場合ですか」

「リューファを見て、人魚族の男が惚れないようにしないと。リューファは俺の嫁で最愛の妻だから」

「う、あ……」

 確信犯と気づいた妻は恥ずかしさと抗議したいのでいっぱいいっぱいで声も出ないらしい。そんな顔もかわいい。

 だって牽制しておかないと、これまで一体何回リューファにポーっとなった男どもを威圧して締め上げてなぎ倒して裏工作して排除してきたと思ってる。

 ジークがぼそっと俺にだけ聞こえる声で、

「過去のやり口からするとはるかにマシだな……。お前の駆除方法マジでえげつねぇもん。……うっ、思い出すだけで震えが」

 リューファには絶対バラすなよ。横目でにらんでおく。

 フォーラがマイルドな方法でリューファに説明してやってた。

「ああ……恥ずかしいくらいラブラブな夫婦って見せつけとけば、人魚族がちょっかい出してこないってことね。クラウス様も、外見と地位だけなら優良物件だもの、人魚族の女がハイエナと化してもおかしくないわ。そうしたらリューファが悲しむからって。もちろん可愛いお嫁さんに横恋慕する阿呆が出ないようにするためってのが第一でしょうけど。ジークとランスも見た目と家柄はいいんだから、彼女らにしてみれば狙い目よ。気をつけなさい」

「オレはシューリ以外興味ないから」

 激高しかけた人魚族はシューリを見て押し黙った。なにしろシューリは同性のファンクラブがあるほどモテる。

 敵が圧倒的強者と悟った人魚族は大人しく引き下がった。

 いわば超人気トップ女優と張り合うようなものだ。相手があまりに強すぎると逆らわず逃げる動物の本能を取って正解である。

「言っとくけど僕も無理だよ。親切心で言っておくけど、やめておいたほうがいいと思うなぁ」

 ランスのにこやかな笑みに潜む危険性を、人間より危機察知能力にたけた人魚族は性格に察知した。こちらも撤退を選ぶ。

 フォーラも「この女性も危険」認定されたらしい。

「あら、残念。調教も面白いかと思ってたのに」

「まったくね」

「ふふふ」

「うふふふ」

 友人たちのやりとりが恐い。調教てなんだよ。

「……あれ、考えてみれば俺の側近てマトモなのいなくね?」

「安心しろクラウス、一番マトモじゃないのはお前だ」

「俺? そうかな……まぁそうか」

「自覚あんならマジでどうにかしろよ」

「これでもどうにかしようとは思ってるぞ? だからなるべく精神安定剤そばに置いて栄養補給してるんじゃないか」

 俺は私の髪をなでながら、目だけを人魚族に向けた。

「そういうわけだから、俺の嫁に手を出したらどうなるか分かってるな」

 ついうっかりこもってしまった殺気に、ジークたちが本気で逃げる五秒前になってた。

 ここまでくれば人魚族もやっとかなりまずいと気付いたらしい。しかしイヤリングを手放す選択肢はないようだ。

 やれやれ。

「お前たちには遠くに移住した仲間がいるだろう。あちらはこの前、トラブルを起こしたそうだ。聞いてないのか?」

「は? い、いいえ」

「連絡を取って聞いてみろ。何をして、どうなったか。一晩待ってやる。考え直せ」

 俺は通話を打ち切った。

 まさか切るとは思わなかったのか、リューファが驚いて、

「いいんですか?」

「強制的に取り上げるのは簡単だが、できることなら反省して自発的に渡してくれたほうがいい。考えを改めないと、イヤリングがなくなっても同じだろう」

「それはそうですね」

 根本的解決には人魚族のあの考え方を改めさせることが必要だ。でなければ犯罪行為がやまない。

「向こうの仲間がどんな罰を受けたか聞けば、少しはマズイと思うだろ。ジュリアスは恐いからな。なんなら、連れてきてひとにらみしてもらうか。恐すぎて、魔王のあだ名をつけられた男だ。効くぞ」

 大抵の人間はあいつの外見だけでおびえるからなぁ。

「や、やめてください」

「クラウス、お前が睨むだけでもマジで恐いからやめてくれ」

「そうか?」

 首をかしげつつ、妻の髪をかき上げて耳をいじる。耳も小さくてかわいい。

「そうですよ……って、くすぐったいんですけど」

「思ったんだけど、ピアスもいいかもな。作ろうか」

 もちろんがっちしりっかり魔法組み込む。

「はい? いりませんよ。ていうかクラウス様、不器用じゃないですか」

「可愛い嫁のためならがんばる。それにリューファが教えながら一緒に作ってくれれば」

「魔具作りは禁止って言ってませんでした?」

「作るのは俺。リューファは手伝いだから疲れない。それに魔具じゃない」

 魔法仕込むまではただのアクセサリーだという屁理屈にフォーラがあきれかえって、

「お嫁さんを自分の選んだもの・作ったもので飾りたいんでしょ。いいじゃないの、減るもんじゃなし」

「私の精神的な何かは減る気がするよ?」

 リューファは何か考えながら頭のバレッタに触れる。

「どうした?」

 もしかして昔俺が贈ったものと同じだと気づいてくれた?

「……これ、ちょっとデザイン変えてください」

 え! 趣味じゃなかったのか?!

 あの時は別にそんなこと。あ、気を遣ってくれただけ?

 大慌てで外す。

「気に入らなかったか? ごめん、どんなのがいい?」

「……手伝うんで、他の形にしてほしいです」

「分かった。今すぐやろう!」

 すぐに立ち上がる。

「おいクラウス、人魚族のほうは」

「後だ後! もし人魚族が何か言ってきても、頼んだぞ。明日までほっといていいけどな。あえて時間与えたほうがきちんと考えるかもしれない」

「おう、やっとくやっとく。それよりリューファのご機嫌取れ。何にも勝る最重要事項だ」

「当たり前だ。嫁より大事なことなんてない」

 本気で焦りながら大急ぎで妻を仕事場へ連れて行った。


   ☆


 どんな形がいい?ときくと、リューファはデザイン画を描き始めた。

「リューファの好みを真剣に分析したつもりだったけど、まだまだだったか。もっとがんばる」

「……別にこれも嫌いじゃないですよ。それよりクラウス様、ちょっと嬉しそうですね?」

「そりゃ、まぁ。リューファがわがまま言ってくれることなんてめったにないだろ」

 生まれた時から皇太子の婚約者=『勇者の嫁』として扱われ、自然と自らを律することが多かったもんな。カレン時代の記憶はなくても一個前のはあるわけで、中身は精神的に大人だったし。

 それでも家族には甘えることもあったが、俺にはなかった。どこか遠慮が常にあった。

「甘えても大丈夫って思ってもらえてるってことだもんな」

「…………」

 二面性を持ち野望に燃えた父親と他者に依存しなければ生きられない母親という家庭環境で育ったカレンは、だれかに甘えることを知らなかった。ネオの俺が現れたことでようやく同年代の友達ができ、甘えるということを知った。

 そんな存在になれたことがうれしかったな。

「可愛い妻のわがままなら何でもきくよ。いくらでも甘えていい」

「……いえ、いいです」

 何やらかすつもりだって丁寧に断られた。

「これリメイクするだけで。全部のバラを崩すのはもったいないから、少し残しといてください」

「分かった」

 弱い炎の魔法で一部だけ溶かし、変形・成形する。同時に呪文を組み込み直した。

「あ、ごめんなさい。魔法組み直しになっちゃうんですね?」

「大した手間じゃない。別に構わない。大事なのはリューファが気に入るかどうかだ」

「いやでも……ちなみに何の魔法仕込んでたんですか?」

「リューファがこの世界からいなくならないようにするためのもの」

 今度こそ離れ離れにならないために。

「――――――」

 答えれば、リューファは青くなって口唇をかみしめた。

「私……やっぱり元の世界に戻っちゃうことがあるんでしょうか……?」

「それはたぶんない」

 ジュリアスの分析によれば。俺も同意見だ。

「でももしそうなったとしても大丈夫だ」

 ぎゅっと後ろから抱きしめる。

「たとえあっちの世界に戻ったとしても、俺は追いかけていくよ」

 君が向こうにいくなら、俺が追いかければいい。ただそれだけの話だ。

 前とは違う。今度は手段も協力してくれる友人もいる。

「……無理ですよ」

 リューファはゆるゆるとかぶりを振った。

「この辺りの魔法ではそうだな。でもジュリアスのところのなら、異世界へ行く魔法が存在する」

「え?!」

 彼女にならバラしてもいいかと説明する。

「異世界から召喚することができる魔法だ。ジュリアスの奥さんがまさにそのケースだな」

「転生させたってことですか?」

「転生? 違う。肉体丸ごと召喚だ。といっても、狙った時代・場所にピンポイントで飛べるのはあっちでもジュリアスくらいのものだ。かなり難しい。って、ジュリアスの奥さんが異世界人なのは驚いてないんだな」

「予想してました。注文された指輪の形状から。ああいうスタイルは地球のものなので」

「それでか」

 やっぱり察してたか。

「ああいうシンプルな銀の指輪が結婚指輪なのか?」

「国や宗教によって違いますけどね。日本では大体そうでした。裏にイニシャルと日付を彫るのが一般的です」

 ふぅん。

「話を戻すが、狙ったポイントに飛べるのはあっちでもジュリアスだけ。で、俺は彼に直接習ってできるようになった」

「はいいいい?!」

 あごが外れそうなくらい口あけてるな。

「こっちの魔法とあっちの魔法は違いますよね? 使えないものもあるじゃないですか。根本的に仕組みが違ったりするし。その最高レベルのを習得したんですか?!」

「そりゃ簡単じゃなかったぞ」

 ちょっと練習が必要だった。

「ま、とにかく俺は異世界へ飛ぶことができる。だからリューファが元の肉体に戻ったとしても、連れ戻しに駆けつけるよ」

「え……本気ですか」

「もちろん本気だ。別居も離婚も嫌だからな。俺はリューファを放すつもりはない。ああ、その時はご両親に挨拶しないとな」

「あのう、言いましたけど私、前世は違う顔ですよ。それでもいいんですか」

「知ってる。写真もらったじゃないか。いつも携帯してる」

「あげてませんよ?!」

 いーや、もらった。

 取り出してうっとり眺める。

 え、なに? ジークと五十歩百歩?

 とられそうになったんで遠ざけた。

「ちょ、返してくださいっ」

「嫌だ。前世の嫁もかわいい」

「かわいくないです。並です」

「いーや、世界一かわいい。俺の奥さんは今も昔も愛らしい」

 にっこり微笑んで抱きしめた。

「ななな何するんですか――!」

「顔が違うくらいで、俺がリューファを嫌いになるとでも? 外見だけが好みだと思われてたんなら、それはそれで心外だな。中身も全部好きだよ」

「わっ、わか、分かりました! 分かりましたから真顔でそういうこと言わないでくださいっ」

「何が起きても俺はお前のところに行く。必ずまた一緒になろう。な?」

「……クラウス様」

 リューファが無意識に伸ばした手をしっかり握りしめる。

「心配しなくていい。二度とこっちに戻ってこないんじゃないかと不安だったんだろ? そんなことさせない。やっと手に入れたんだ」

 言い聞かせるように優しく頭をなでながら続けた。

「俺たちは夫婦なんだ、一生添い遂げるって誓っただろ? いや、来世も一緒にいような」

「……はい」

 心の片隅にあった不安が消えていくような顔をしていた。

 そう、今度は一緒にいよう。

 誓いを込めてキスしたら、めっちゃ怒られた。

「何するんですか――!」

 真っ赤になって絶叫してる。

「え? 誓いのキス」

「それはもうしましたよね?! ていうかあの時も無理やり!」

「リューファからしてくれるのか? いつでも歓迎するけど」

「絶対やりません!」

 すっごく期待したのに。

「頑なだなぁ。昔はよく大好きって言ってくれたのに……」

「そうでしたっけ?」

 カレンはよく言ってくれて抱きついてくれてさ。もううれしさで死ぬかと。

「たまには言ってほしい。言葉にしてくれないと、やっぱり不満」

「う……それは……分からないでもないですが……」

「なら、言ってくれないか?」

 今すぐ。

「嫌です」

 しょぼん。

 がっくりしてるとさすがに妻も罪悪感が襲ってきたらしい。

「いっ、言いませんよ。私は『最後の魔女』とは違うんです、あんなポンポンと口にできません!」

「リューファ」

 久しぶりに言って?

「…………っ」

 重ねてねだれば、羞恥と戦ってるのが分かった。

 ん? なにこの新婚バカップルっぽいやりとりって? 事実そうなんだからいいだろ。

「……く、クラウス様」

「リューファ」

 もう一押し。

「……っ、私も好きですよ! こ、これでいいですかっ」

 よし。

「うん、俺も大好きだ」

 左手を取り、薬指にもう一つ指輪をはめる。

 何の変哲もない、装飾は一切なしの銀色のリングだ。

「……え? これって……」

「結婚指輪」

「もうしてますよ?」

 王家に伝わるほうはな。

「向こうの世界じゃ、結婚したらそれをつけるんだろ?」

「はあ、まぁ。それ言ったのさっきですよ? いつ用意したんです?」

「今」

「今?! 作っ……え? 今作ったんですか?」

「うん、リューファが真っ赤になってかわいく悶えてる間に、堪能しながら」

 背中に隠してちょいちょいと。

「やめてくれます?!」

「シンプルな形の指輪なら、何万回も練習で作った。材料もまだあるし。イニシャルと日付彫るだけなら、大好きな奥さんに見とれながらでも作れる」

「最後の何十文字かは言わなくていいです」

 そこが一番大事なのに。

「俺の分もあるぞ。ほら」

「ほんとだ、日付とイニシャル彫ってある。でも、どうして作ったんです?」

「そっちの世界の夫婦の証もつけたかったから。リューファもほしかったんだろ?」

「………………」

 なんとなくそう思ってるのが分かったよ。

「……ありがとうございます」

 妻はうれしそうに微笑んだ。

 うん、やっぱり君にはそうやって笑っていてほしい。

「ん。俺の分、リューファがつけてくれるか? 前は逃がさないためにさっさと自分ではめたけど、やっぱり嫁にはめてもらいたかったし」

「……分かりました」

 素直にはめてくれた。感無量。

「やっぱり俺の嫁は最高だ。こんな可愛いお嫁さん、逃がすわけないじゃないか。ちゃんとがっちり捕まえておかないとな」

「べ、別に逃げませんよ。……あれ? 待って、異世界の狙ったところへ飛べるなら、私がこの世界に留まる魔法かけなくてもいいんじゃないですか?」

「ん? ああ、マーキングだよ。確かに俺は飛べるけど、目印があれば確実にリューファのところへ行けるだろ」

「マーキングって……」

「それにリューファは俺のだって明示できる。向こうの世界の男が近寄らないようにするための虫よけ」

「………………」

 何仕込んだ?!と詰め寄りたそうににらまれた。

 いやいや、ただの身を守るためのものだよ。

「あと、追うことはできるけど、なるべく戻ってほしくないんだよな。リューファはかわいいから、絶対惚れてる男が一人や二人……いや、はいて捨てるほどいるはずだ」

 いるいる、絶対いる。

 今生でも俺がどれだけ潰してきたと。

「いませんて」

「もしリューファが目を覚ましたら、すかさず無理やり結婚に持ち込む奴がいるかもしれないだろ」

「はああ?」

 お前がいうなって?

 いやいやいやいや、俺は婚約者。前世からベタぼれで両想いの婚約者だ!

「こんなかわいい子を二度と失ってなるものかってな。攫って閉じ込めて、強引に手に入れようとする奴が出たらどうする」

「どういう発想ですか。ヤンデレか。どこからそういう考えが……」

「もちろんそんな男がいたら、斬るけどな。俺の嫁に手を出したら許さない。二度とバカげたことを考えつかないよう、潰しておこう」

「言ってることが悪役ですよ」

 ループ中、俺何度も悪役にされてたから別に。

「そもそも、その結婚は無効だ。リューファは俺とすでに結婚してるんだから。重婚罪と誘拐と脅迫でぶち込もう」

 ブツブツ言ってたらリューファが服を引っ張ったので我に返った。

「あのっ、バレッタの飾り作業やりましょう。手持ちの石とかパーツをつけませんか、それなら簡単です」

 材料をあれこれ出して見せる。どれも俺が取ってきたか、一緒に魔物退治に言って手に入れたもので、どれも値段はこの棚の引き出し一段で軽く城が立つレベルだ。

「あ、これとか懐かしい。クラウス様について初めて魔物退治に行った時に見つけたやつですよ。当時は貴重な花で、ほぼ生花同然に保存できる魔法でとっておいたんです。いくつか栽培して増産方法見つけたんで、今はそんなに希少でもないですけど。薔薇の一種ですよ」

「その花いいな、それ使おう。思い出の品ってことで、ちょうどいい」

 大きさや色合いを相談しながら作っていった。

 そうか、俺の一存で作ったのは間違いだったな。こうやって一緒に話し合いながら作るべきだった。

 共同作業って感じでいいな。

 俺の不器用さをリューファが補ってくれ、無事バレッタリメイクは完成した。



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