3 勇者は婚約者に一目ぼれする
「父上、『予言書』を見てみたいんです」
まず俺はこう頼んだ。
周囲が婚約を言い出したのは『予言書』のせいだ。いくら国宝で有名な予言者の遺したものとはいえ、そこまでこだわるのは何かおかしい。
不信感を隠してきく。
「ああ、構わんぞ」
皇太子である俺は見る権利を十分持っており、父もあっさり了承した。こういう時に立場利用しなくてどうする。
城の秘密の場所にある保管庫に、それは厳重に保管されてた。父はセキュリティシステムを解除し、本を差し出す。
表紙には何も書かれておらず、真っ白。千年以上前のものはずなのにちっとも古びていないのは、状態保存する魔法がかけられてるからだろう。
「古代語だが、お前は読めるな?」
王族直系の一般教養に古代語の習得がある。たぶんこれ読めるようにするためだな。
今時古代語なんざ読めるのは、他は研究者くらいなもんだ。
「ええ、まぁ」
特技の一つ、速読でどんどんページをめくる。
ほとんどすでに過去になってしまったことだな。
飢饉とか天災とか、大規模な災害について書かれた記述が多い。時期が明記されてるもの、アバウトなもの様々だ。
予知能力者っつっても、何年何月何日に誰それがそこで何をするってピンポイントにはっきり見えるわけじゃない。たいていは曖昧なものなんだよな。
で、目当ての情報は……ああ、あった。
最後のページだった。
簡単に言うと、俺の生年月日とまったく同じ時に『世界の命運を握る者』が生まれ、今年の日付で『それを助ける者』が誕生するとある。
この日付がアローズ公爵家の娘が生まれる予定日と一致してるってことか。
「……ん?」
そこまで考えて、俺は目を凝らした。
何か違和感が。
視界を切り替える。
俺の目は生まれつき特殊で、魔法を見破るモードがあるんだ。幻術も一発で見抜ける。
「どうかしたのか?」
「……いえ、何でも」
口ではそう答えたが、さらに探索した。
……やっぱ仕掛けがあったか。
これはつまりサブリミナルだな。
魔法でこれを見た者の脳に特定の言葉を刷り込んでんだ。ざっくり言うと、「この二人を決して引き離してはならない、さもないと……」って内容の。
―――誰だよ、こんな犯罪仕込んだの。
そもそも魔法で人の心を操るのは今も昔も犯罪だ。しかも、バレないよう二重三重にプロテクトかけてやがる。一回じゃ効果は薄いが、回を重ねるたびに強固になってく代物だ。あくどい。
どうりで父上がやたらと婚約勧めてくるはずだよ。
この『予言書』が作られたのは、たぶんこれが目的だ。今後起きうる災害について書いとけば代々必ず見る。密かに本命の刷り込みができるってわけだ。
おいおい。
とりあえずこっそりその魔法破壊しておいた。こういうの、作るのは難しくても壊すのは簡単だよな。
「…………」
……つーか、思うんだけど。
これ仕込んだ奴の気配、俺そっくりじゃないか?
嫌な汗が流れた。
魔法にはにおいっていうかクセがあって、誰のものか区別できることがある。人によって魔力の気配は微妙に違うんだ。難しい魔法ほどそれははっきりしてくる。
これは高度な魔法を重ね掛けしてあり、だいたい自分自身の気配を間違えるはずがない。
魂は転生する。それが世界のルール、この世の常識。
てことは、これ作ったのは前世の俺な可能性が極めて高い。
―――どういうことだ?
これは過去の俺から未来の俺に向けたメッセージなのか?
つーか、昔の俺はこんなとんでもないもん作るアブネーやつなのかよ。
「…………」
訳が分からず本を閉じた。
「ちゃんと書いてあっただろう?」
「ええ」
刷り込みは俺には効かない。元々毒とか効きにくい体質だし、俺に対する行動を促すものだから俺本人には何の影響もない。
……ひとまず、婚約の件は保留にしとこう。かつての俺が何をこんなにも必死に訴えたかったのか、突き止めたほうがいい。
予言の娘に会えば何か分かるかもしれない。それまでは様子見だ。
もしやっぱり嫌なら、いくら周囲にゴリ押しされようが婚約なんかぶっ壊せばいいだけだもんな。
不敵な笑みを浮かべた。
そう、この時点の俺は婚約破棄する気まんまんだったんだ。
☆
「お生まれになりました! 元気なお嬢様です!」
予言通りの日にその子は産まれた。
集まっていた関係者から歓声と拍手が起きる。
それをかき消すように聞こえてきたのはアローズ公爵の男泣きだった。
「娘だああああああかわいいいいいいいい!」
「やかましい」
奥方の疲れた一喝が聞こえる。
確かにうるさい。産後すぐに気の毒に。
王宮から派遣された侍医団の診察が終わり、入出が許可されたので父と一緒に入った。
すぐにジークが飛びついてくる。
「見ろよ! オレの妹だぞ、かわいいだろ! かわいいって言え」
思いっきり両肩つかまれてブンブン揺さぶられる。やめろ。
「落ち着け。お前父親そっくりすぎるぞ」
目を向ければ、そこにいたのは奥方に抱かれた生まれたばかりの赤ん坊―――と、その横に立つ少女だった。
「―――!」
雷が落ちたような衝撃、ってああいうのをいうんだと思う。
後から思えば一目惚れ。
花のようなピンク色の、ゆるくウェーブがかった長い髪。新緑のような瞳。やや小柄でかわいらしい顔立ちの、守ってあげたい感じの容姿。
彼女の姿は透けていて、実体じゃないのが分かった。そんなのどうでもよかった。
だって、なぜだか分からないけど彼女はこの赤ん坊と同一人物だと確信があったから。
―――彼女が欲しい。
子供ながらに強烈に思った。
彼女以外何もいらない。どうしても、どんな手段を取っても彼女と一緒にいたい。
硬直した俺をジークは妹のかわいさに落ちたなと判断し、満足げだった。
いや、間違っちゃいないが違うぞ? そりゃ生まれたばっかの赤ん坊は誰でもかわいいと思うだろ。そうじゃなくて、俺が見惚れてたのは『彼女』のほうだからな?
断じてロリコンじゃない!←力説
父や公爵が何やら会話してるが、一切耳に入ってこなかった。
これ……『彼女』のこの少女の姿は意識体か。意識体だけ飛ばす魔法なんて聞いたことない。これは生まれ持った特性かな。
だとしても誕生直後にやってのけるって、相当魔力量が多いに違いない。俺を助ける者って書かれてたのも納得だ。
赤ん坊と『彼女』を交互に眺める。
この子が大きくなったらこうなるのか……。
おずおずと手を差し出した。
小さいな。触ったら壊れないか? 大丈夫かな。
赤ん坊はきゅっと俺の指を握りしめた。
「……っ」
かわいい!
純粋に無垢な赤子がかわいいと思った。
何この生き物。かわいすぎるんですけど。殺す気か。
やべぇ、この子は俺が守らなきゃ。
父もほっこりして、
「うんうん、かわいいなぁ。この子もクラウスが気に入ったようじゃないか。よかったよかった。奥方似だし」
「まったくです。私に似なくてよかった」
「なぁクラウス、改めてどうだ? まぁ、本当に嫌なら無理強いしないが……」
「します」
俺は急いでかぶせるように言い切った。
「彼女と結婚します」
婚約すっ飛ばして結婚って言ってたことを、後年指摘されて初めて気づいた。
180°意見変えた俺にみんな驚く。
ジークとランスまで、
「どうしたよお前。まさかロリ……」
「それかなりヤバくない?」
「おい。違うっつってるだろ」
いくらなんでも生まれたばかりの赤子を対象に見るか。俺が欲しいと思ったのは『彼女』だよ。
と思うが、どうやら『彼女』の姿は俺以外見えてないらしい。俺の目は普通じゃないからかな?
ひとまず黙っておいて、重ねて聞いた。
「結婚すればずっと一緒にいられますよね」
「あ、ああ。まぁ大人になるまでは婚約な? って、本当にいいのか? 前はあんなに嫌がってたのに」
「はい。俺は彼女がいい」
断言した。
それと同時に理解した。犯罪級の本を遺してまで前世の俺が願ったのはこれだったのだと。
きっとかつての俺は『彼女』と俺が未来で会えるのを知っていた。全ては絶対に手に入れるための布石だったんだ。
俺が無意識下で探していた人が『彼女』だと確信する。
俺の本気具合に父は若干引きつつも、元々言い出したのは自分だし、正式に婚約を結んだ。
☆
帰城後、自室で一人になってようやく一息ついた頃。
ぽとり、と滴が落ちてきた。
「……ん?」
……あれ?
不思議そうに床に落ちた水滴を見下ろす。
自分が泣いていることにしばらく気づかなかった。
後から後から涙があふれて止まらない。
「あれ……? 俺、何で……」
呆然として、ぬぐうことすら思いつかない。
「―――やっと、会えた」
無意識にそんな言葉が口をついて出る。
訳が分からぬまま、俺は独り、声を殺して泣いた。
☆
おかしなことに、翌朝起きた時には昨夜泣いたことも、「自分がずっと誰かを探していた」ことも忘れてしまっていた。探していた相手がもう見つかって、探す必要がなくなったからだろうか。
とにかく頭の中は『彼女』を守るために必要な力や知恵を身につけなければということでいっぱいだった。
いくら大人びてたって、しょせんは五歳児。一つのことに集中してたら他はきれいにすっぽ抜ける。
「まず武器が必要だな」
手持ちの剣を眺めて考える。
俺専用に作られたもので、これも悪くはない。子供の体でも扱いやすく、短くて軽量。素材だって最高級。国内最高峰の魔具職人の逸品だ。
……でもなぁ。
たぶんこれでもダメなんだろうな。
練習場へ持っていき、魔力をこめて振り下ろしてみた。
ただ振り下ろしただけ。
バキィッ!と派手な音がした。きちんと発動するより先に、真っ二つに折れている。
暴発した魔力が見当はずれの方へ、折れた先っぽと共に飛んで行った。傍で見てた父の横をかすめて。
おおう。
「あー……すみません、父上」
父は表情筋ひきつらせながら、
「いや、大丈夫だ。しかしすごいな。それでもダメか」
「これで折れたの何本目だろ……」
ため息ついて残骸を見る。
そう。俺の悩みはこれだ。魔力がありすぎて、耐えられる武器がない。
金に糸目をつけず、最高級の素材使って達人が作ってもこれだ。一体何本バキバキにしたか。作ったフォーラの祖父に申し訳ない。
「うーむ。いっそ、魔具を使うスタイルはあきらめて武闘派に切り替えたらどうだ。己の肉体を武器とするなら平気だろう。そういう魔法使いもいる」
「知ってますけど、剣が使いたいんです」
どうしても。
……誰だ、かっこつけって言ったやつは。
やかましい。剣で戦うのは男の夢だろ。
「しかしなぁ、ぶっちゃけ私の剣より上のすごい品質でもこれじゃ……」
父はそこで何か思いついたように手をたたいた。
「そうだ、もしかしたら。クラウス、ちょっと来なさい」
父が連れてってくれたのは、この前とは違う城の某所にある秘密の部屋だった。俺んち、どれだけ隠し部屋あるんだろ。
そこはがらんとしていて、中央の石板に突き刺さった一本の剣以外何もなかった。
飾り気のないシンプルな剣。実用性を重視して作ったのか。
見た感じ、結構古いな。状態がじゃなくてデザインが。今はもっと細かい模様もとい術式を入れるとか、魔石いくつもはめ込んで強化するとかが主流だ。実際使うには不便な、装飾品としての剣も多い。
ただこれ、状態はすごくいい。魔法で劣化防止してあるんだろう。作りたてみたいだ。それとも使われたことないのか。
「これは古くから伝わる宝剣でな。いずれ現れる持ち主以外抜けないと言われてる」
「簡単に引き抜けそうですけど」
「それができんのだ。魔法がかかってるらしくてな。例えば私がやろうとしても……ふぬッ!」
父が両足踏ん張ってもびくともしなかった。
「ほんとですね」
目のモードを切り替えて見てみた。
ええと……予想通り、石板に劣化防止と抜けないようにする魔法組み込まれてるな。これはもう封印に近い。
解ける対象者が設定されてる。その人物なら普通に持っただけで解ける、か。
その対象者は……。
俺はおもむろに柄を握り、引いた。
すぽっ。
はい、抜けた。
「抜けました」
「ええええええ?!」
抜けると思って連れて来たんじゃなかったのか、父よ。
刀身は俺の身長より長かったのに、軽いなと思った。
不思議なくらい手になじむ。
ふと石板を見れば、『エクスカリバー』と書かれていた。この剣の名前らしい。
「重くないのか?」
「全然。羽根みたいに軽いです」
「ほう。ちょっと貸してくれ。……って重おおおおおおお?!」
剣はとたんに重さを増し、地面にめり込んだ。
えええ。
「こここ、腰があああああ」
「うわぁ。大丈夫ですか、父上」
慌てて俺が取ったら途端に軽くなり、あっさり持ち上がった。
父は腰をさすり、
「ど、どうやらお前以外の人間には使えないようだ」
「みたいですね」
「お前は予言の子だ。ふさわしい専用の武器が用意されてたということだろうな」
「…………」
俺は柄を握りなおした。
これを封印したのも、たぶん前世の俺だ。
解除できる人間が俺って設定されてたし、なんとなく俺と同じ気配がした。
昔の俺はずいぶんあれこれ準備してたんだな。
何考えてたのやら。愛用の武器を他人の手に渡らないようにしたのは分かる。人によっては愛用品を死んだ時に墓の中に入れてもらうくらいだしな。
強力な魔具は改悪すれば凶悪なアイテムにもなりえるんで、それ防止って意味もある。
これもそれかな。もしかしたら、無意識下にこれを残してるって覚えてて、剣を使いたいってこだわったのかも。
「さて、それはそれとしてこれでいけるかどうか」
昔の俺の持ち物だったならぶっ壊れることもないと思うが、予想だもんな。
練習場に戻って構えてみた。
―――ふいに、ふわんと柔らかな気配が漂って来た。
春の日の花のような、温かな空気。
「!」
すばやくそっちを見る。
『彼女』だ!
昨日と同じ姿の彼女が近くの木の上にいた。
意識体だから物体をすり抜けるわけだが、気分的なものなのか枝に腰かけてるポーズを取ってる。
花の精がいるかのようだ。
なんてきれいな光景。これは絵画にして永遠に残しとくべきじゃなかろうか。
一瞬で幸せな気持ちになる。
う、わ……。
完全に何するか忘れて、ぼーっと見惚れていた。
昨日に引き続き今日も会えるなんて! 幸運すぎる。
挙動不審な息子に父がたずねた。
「……おーい? クラウス? どうした? あらぬ方見て。何かいるのか?」
「あっ、何でもないです。気のせいでした」
『彼女』の姿はやっぱり俺以外には見えてない。だったらそのままにしとこう。彼女に会えるのは俺だけだ。
会えるっていうか、見えることも秘密にしとく。自然体なままの自由な彼女を見ていたい。
よしっ、彼女にかっこいいとこ見てもらおう。今度は失敗しないぞ。
やる気満々で魔力込め、勢いよく振り下ろした。
ドカ―――ン!
「あ」
気合いれすぎた。
ちゃんと発動はした。が、的どころかはるか後方の山まで真っ二つになった。縦に切れ目が。
……我ながら引くわ。
こりゃ、普段はかなりセーブしなきゃな。武器使うと、当たり前だけど威力が増す。
父はといえば、露骨に顔ひきつらせてた。
息子に向ける表情かそれ。
「クラウス……おい……」
「すみません。なにせ初めての魔具なもので、コントロールが。でもほら、剣見てくださいよ。折れてません」
刀身にはヒビ一つ入ってなかった。
「……うん……よかったな……。でもその、もう少しセーブしようか」
「分かってますよ」
ところで『彼女』の反応は? すごいって思ってくれたかな。
おそるおそる窺えば、彼女は「おー」と言いたげに口を開け、拍手してた。
恐がられてない。
よしっ、がんばって訓練してもっと使いこなせるようにしよう。
彼女を守るため、彼女に見合う男になるためにがんばるぞ!
それからというもの、しぶしぶ程度にやってた訓練や勉強に身を入れるようになった。
たいていはこう解釈してたみたいだ。
「小さな赤子を守ってあげたいと思うのは当然の気持ち。いじらしいですなぁ」
「よく、弟妹が生まれたら、お兄ちゃんの自覚ができることありますもんね。それと似たようなことですね。実にほほえましい」
間違ってはいない。もちろんそうも思ってる。
ただそれより強い思いがあるんだ。
好きな女性のために、できる大人になりたい。
「クラウス、最近やる気出してんなー」
一緒に勉強してるジークが休憩時間にきいてきた。
「これまではしょうがなくっていうか、適当にって感じだったのに。どういう風の吹きまわし?」
おや。
「そんなにバレバレだったか?」
「いんや? オレ以外は気づいてねーよ。つか、オレは本音知ってんじゃん。バレてないのは、お前の適当は一般的にはすげーレベルだってことだよ。しぶしぶやってて、なんでそんなできんだよ」
恨めし気だな。
「俺さ、一度見聞きしたことは忘れないんだよ。瞬間記憶能力ってやつだな」
「ムカつくくらいうらやましいわ! どんなこともたいていそつなく一発でできるしよー!」
天に向かって叫ぶ幼馴染。
「そう言う自分だってできてるじゃないか」
「お前ほどじゃねーだろ。はー。本物の天才間近で見てると、いかに自分が凡人かよく分かるぜ……」
「俺は天才じゃない。全然ダメじゃないか。特に魔具とかを一から作るのは。不器用なんだよな」
「あー、確かに。『改造』は得意でも『発明』って得意じゃないよな。無からの創造はできない。でもだれだって得意不得意あるだろ」
「そう。仕方ないってあきらめた」
背をソファーの背もたれにもたせかけながら、『彼女』のほうを確認する。
彼女はすぐ横で俺の読んでた本をのぞきこんでいた。はらり、と髪が一房流れ落ちる。
……触れてみたいなぁ。
実体じゃないから、触れることはできない。残念だ。
「オレはこの前習った、分身の術?とかいうのが苦手」
「ああ、あれか。ずっと東の国の、魔法とはちょっと違った系統のやつ」
人の形に切った紙に術式を施し、分身を作り出すってものだ。こっちのほうじゃ、紙に魔法陣描くことはあっても、紙自体の形状を変えるって発想はなかった。
他の国の色んなことを学ぶのはおもしろい。
「だってさー、本人とリンクしてるわけじゃん? 起動中は分身が見聞きしたものもリアルタイムで感じられるだろ。混乱するぜ」
「まぁな」
「そんな役立つとも思えねーし。戦いの時に複数同時に戦えるっつっても、難しい魔法はコントロールも難しくて、そんな同時にできねーよ。たいした攻撃できないなら、初めから一匹に集中して、さっさと倒して次にかかったほうがよくね」
ジークの性には合わないよな。
俺には合うんだよ。別の意味で役立つっていうか。
『彼女』を追いかけるのに。
観察してて分かったのは、『彼女』は別に意図して俺に会いに来てるわけじゃないってこと。あちこち出歩いてるっぽい。色々見て回って情報を集めてるようだ。
……俺に会いに来てくれてるわけじゃないってのはちょっと凹んだ。
『彼女』が心配で、この間尾行してみたんだよ。俺本人が行くわけにもいかないから、分身を使ったんだ。人形にステルス魔法追加してみた。
『彼女』は思ったより広範囲まで動けるらしい。時間も長い。
そんなに肉体離れてていいのか。
あ、もしかして赤ん坊ってほとんど寝てるから? 寝てる間に無意識で意識体飛ばしてるのかもしれない。
好奇心旺盛だ。ゆえに、危ない。
見えるのが世界で俺一人だなんて思ってない。そこまでうぬぼれてはいないさ。他にも見える奴がいて、もしそいつが『彼女』に危害を加えようとしたら?
物理攻撃は効かなくても、魔法や精神攻撃は効く可能性がある。
―――彼女を守らなきゃ。
そう決心して、毎日尾行することにしたんだ。
おかげですっかり分身からの情報を処理するのにも慣れたよ。
危害を加えるどころか、逆に彼女に惚れる男が現れるかもしれないじゃないか。全力で阻止する。
『彼女』はきれいで可憐な人だ。だれだって好きになる。俺が一目惚れしたように。
だから恋敵の発生なんてどんな手段を使っても未然に防いでやる。俺から彼女を奪おうとする者は消す。
《彼女は俺のものだ。ずっと好きだった、俺の、たった一人の―――》
「…………」
……あれ、また何か聞こえたか?
我に返れば、ジークが黙って俺を見ていた。
「なんだ、ジーク」
「いや? なんつーか、落ち着いたみたいでよかったんじゃねーの」
「落ち着いた?」
意味が分からない。
「前にどっか行きたいみたいなこと言ってたじゃんか。地位も家族も、何もかも放り出して。なーんかさ、それ聞いて危ねーなと思ったんだよ」
ジークは頭をガシガシかいて、
「上手く言えねーけど……そうやって全部捨てるだけじゃ済まなさそうっていうか。お前って魔力量ハンパない上に、何かのきっかけでリミッター外れると突っ走る性格だ。限度も限界も超えて。邪魔したら容赦なく蹴散らされそうだよなー」
最後のは否定できない。
さっき俺、何て考えてた?
「俺、そんなに暴走しそうな性格か?」
「極端なんだよ。今だって勉強やる気出したのはいいさ。けど、一日で百冊は読んでるだろ。普通じゃねーっつーの」
「そうなのか」
ジークだって六、七十冊は読んでるからおかしいと思わなかった。
「ヤバイ方向にエネルギーつぎこんだら危ないなーと心配してたんだよ。だからさ、リューファが生まれてほんとよかった。無力でかわいい守るべき存在な赤ん坊を守るために力つけるって健全な方に行ってくれて。一発でそれできちゃううちの妹はやっぱすごい。うん、ほんとかわいい」
「何をおもむろに取り出して眺めてんだよ」
「今朝寝ながら、もにゅもにゅって指しゃぶってた超かわいい妹の念写」
「お前もシスコンって方向にかっ飛んでるじゃないか。人のこと言えないぞ。それはそれとして見せろ」
あと焼き増しして一枚くれ。
そこはしっかり主張する俺だった。