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29 勇者は勘違いも加速していく

「……あのう。いい加減離れてもらえませんか」

 本日も妻が頼んできた。

 膝の上で。

 それにしてもだいぶ赤面して逃げなくなったなー。ようやく慣れさせることに成功しつつある、と内心ほくそ笑みつつ真顔で答える。

「なんで。嫌だ。嫁が傍にいないと心配」

「私はクラウス様の頭が心配ですけど?」

「かわいい奥さんのことしか考えてないよ」

 大丈夫。

 そう言ったら口の端がひきつらせてた。

「婚約破棄言い出さなければ、ここまでおかしくならなかったのかな……」

「どっちでも変わらなかったと思うよ」

 ランスが一連のことをスルーして、仕事しながら答える。

「すんなり結婚してても、どこかでストッパーはずれてこうなったんじゃない?」

「否定はしないな」

 なにしろ俺は極端な性格らしいから。

「やっぱ、きちんと言葉にして、行動で示さないと駄目だってことだよな。てわけでシューリ、結婚して」

「やかましいっ」

 俺に影響されてやる気に満ち溢れたジークが、例のごとくシューリに吹っ飛ばされてた。

 シューリはテンパりやすいんだから、せめて人のいないところでプロポーズにすれば成功率上がるんじゃないのか?

 なお、シューリが蹴飛ばすんじゃなく殴ったのは、蹴りにくい格好してるからだ。つまり女の格好。

 銀の髪に合わせた水色のシンプルなドレスを着て、髪もおろしている。ドレスはこっそりジークが注文してリューファに頼み、着てもらったものである。

「リューファ、私着替えてくる」

「えっ、駄目だよ。シューリは女姿も美人なんだから目の保養」

「勤務中なんだけど。制服着るのが普通でしょ」

「そんなこと言わないでさー。友達の家にいるだけでしょ、仕事中とか言わないの。そもそも、普段私やフォーラといる時はいつもドレス姿じゃん」

「ジークの前でドレスは嫌だって言ってるの!」

「ああ、そうね。使い物になってないわね」

 フォーラが手厳しく評する。

 確かにジークは自分好みのカッコしてくれてる好きな子に大興奮だ。さっきからブツブツ言ってて気味が悪い。

「はあ、尊い……美人、超綺麗……」

「ジーク、キモイ。落ち着け」

 テオの頃はこんな性格じゃなかったのにな。

 なにがどうしてこうなった。

「クラウスもけっこうこんなんだろ」

「は? 俺は違う。何言ってんだ」

「同じですよ。正直二人とも引くレベルです」

 ランス、相変わらず毒舌。

「男装の麗人って、元も美人だよねー」

「馬鹿なこと言ってないで、着替えさせて」

「いいじゃん。シューリ美人だから、着せ替えがいがあるんだよねー。せっかくお泊りしてるんだもん。着せ替え楽しもうよ。だって私、実質外に出られないし」

 その通り。俺が当分外出禁止にした。

 理由は簡単。街中であんな魔物の大量襲来が起きたらまずいからだ。

 前回は公爵邸にいたんで一般人への被害はなかったし、元々警備の面で近場の住人は関係者のみ。住居が壊されたりしていてもどうにかなった。

 一般人を巻き込むわけにはいかないとリューファもしぶしぶ納得。それでも不満そうなんで、もちろん散歩や訓練は領地の中でならOKとした。ただし俺が常に付き添う。

 友人の不満がたまっているのをシューリも分かっており、

「分かったわよ、ストレス発散くらい手伝う」

「やった、ありがと」

 しかしギロッとジークをにらむのは忘れなかった。

「でもそこのキモイ野郎は見るな」

「嫌だ。脳内にしっかり保存する。なあクラウス、お前、服屋の『裸の王様』の連絡先知ってるよな? 教えてくれ。注文したい」

 ひっとシューリが息をのんだ。

「受け取り拒否する! 何を注文する気だ変態!」

「マジメに考えてるぞ。シューリはシンプルなのやクール系が似合うから、そういうの」

「あそこは店長は変だが、服はまともだ」

 メモを渡す。

「ほら、連絡先。……ああ、そういえばこれ出来てたな。注文しておいたやつが」

 すっと妻の頭に乗せてみた。

「?」

 不思議そうに手で触る嫁。

 形状からして猫耳カチューシャだと正確に理解して叫んだ。

「にゃあああああ!」

 かわいい……っ。

 期待に応える猫の鳴き声にしてくれるところがまた。

「さりげなく何つけるんですかー!」

「え、猫耳」

 ああ、かわいい。新妻と猫耳のコンボって最強じゃね?

「『裸の王様』店長が奥さんに作ったってやつ、俺も頼んだだろ」

「頼むなとあれほど言ったじゃないですか!」

 真っ赤になって揺さぶってくる。

「うん、やっぱりかわいい。小動物がじゃれついてるみたいだ」

「人の外見を利用しないでくれます?!」

「しっぽがついた服もあるんだ。着替えようか。うさぎ耳もあるぞ」

 うきうきして出す。

「絶対着替えません!」

「妻を着替えさせて楽しむのは夫の特権な」

「普通の! まっとうな服なら大人しく着てるじゃないですか! それで我慢してください!」

「我慢しすぎてすれ違っただろ。二度と誤解されぬよう、全部口に出そうと思って」

「黙ってたほうがいいことは口にしないでいいです! 特に妄想とかは!」

 フォーラは死んだ魚の目で俺を見てた。これが次の王じゃ終わったな、と顔に書いてある。

 ランスはのんびりと、

「よく似合ってるよ」

「似合いたくないっ」

「クラウス、オレの分は?」

「ゲッ」

 ああ、あるぞ。

 出そうとしたらリューファに止められた。

「やめてあげてくださいっ」

「なんでだ?」

「つけるくらい、減るもんじゃないだろ」

「ジーク兄様! 確実に減るからね!? 何かが激減するからね!」

「オレの幸福度とかやる気とかは激増するけど」

 同感。

「しなくていいっ。100%何かが終わるから! それより欲しいのはこれでしょ?!」

 嫁はカチューシャを取りつつ、反対の手で小箱を投げた。

 中に入ってたのは二組の指輪だ。婚約指輪と結婚指輪。

 この前ジークが取ってきた隕石で頼んだやつか。

 飛び上がって喜ぶジーク。

「おおおお!」

「言われた通り、隕石調べたら希少な鉱物が含まれてたから、それで作ったよ」

「ありがとう妹よ! シューリ、今すぐ結婚しよう!」

「リューファああああ! 作るなっていったでしょうがー!」

 助け船どころか逆応援してくる友人に裏切者と叫ぶシューリ。

 いやぁ、こればっかりはなぁ。俺も親友の恋路は応援したいし、ノーコメントということで。

「危機は救ってあげたじゃない」

「こっちのほうも危機でしょう!」

「猫耳のほうがよかった?」

「どっちも嫌!」

「もう諦めなよ。シューリだって私にそんな感じのこと言ってたじゃん」

「くっ、跳ね返ってきた」

「すでに使用人たちからも若奥様って呼ばれてるじゃないか」

 援護射撃してやる。

 頼むからそろそろあきらめてそいつに捕まってやってくれ。俺が言うのもなんだが、ジークはしつこいぞ。何しろテオはネオの俺を見て育ったんでな。

「うんうん。シューリはもう誕生日来てるし、法律上OK。籍入れよう」

「黙れ阿呆!」

 窓からジークがロケットのごとく飛び出していった。

 うーん、駄目だったか。

 シューリもなかなか頑固だな。

 ランスは一切ツッコまず関わらず、平然と机に地図を広げた。スルースキルが半端ない。

「ところで、昨日の襲撃に関わった魔物の住処はご覧の通りです。各地から手あたり次第に集めたという感じですね。法則性はなさそうです」

「現代の地図だと国外の場所もあるが、千年前はどれもこの国の領土内だな。『招かれざる魔女』は封印されてた間、外の世界がどうなったか知らない。当時の知識で集めたか」

「もっと強力な魔物もいるのに、昨日いなかったのはそのせいですか」

 フォーラが納得する。

 そのうちいくつかは昨日俺が狩ってきて、嫁に素材貢いだな。

「それにしても、いくらケタ違いの『魔王』が呼びかけたからって、よく、魔物が集まったわね」

「わざと生け捕りにした魔物が白状したところでは、完全復活した暁には膨大な魔力をやるって取引だったそうだよ。信用させるため、少し魔力を分け与えてたようだ」

 そこまでしなきゃならなかったなんて、師匠もさぞ屈辱だったろうなあ。

 でも俺の恨みはそんな程度で晴らせるものじゃないんだよ。

 ランスがいい笑顔で言った。

「リューファが思いついた方法で吐かせたんだよ。魔法の鏡と呪いの絵画ごっそり置いた密閉空間に放り込んだら、一時間しないで落ちた」

「あ、それ実行しちゃった? 冗談だったんだけど」

 シューリがあまりききたくなさそうに、

「呪いの絵画?」

「見ると必ず死ぬ、とかじゃないよ。面白い系。延々ヘタクソな歌が聞こえる、姑みたいにネチネチ嫌味言われる、おかんみたいな女性が出てきてお尻叩かれる、抹消したい黒歴史をエンドレスで聞かされる……とかそういうの」

 肉体的攻撃よりはるかに効いて、しかも嫌なやつな。こういうの任せるのはランスが適任。

「ああ、怪盗が押し入った悪党どものとこから押収したやつね。有効な活用法が見つかってよかったじゃない。処分に困ってるならもらおうかと思ってたわ」

 もらってどうするつもりだったんだ、フォーラ。

「ま、あれだけ騒ぎになったんだ。他の魔物も『招かれざる魔女』の口車には乗らなくなるだろ」

「そうなると、魔物を吸収して復活という手段は使えなくなりますね。どうするつもりなんでしょう?」

「奴は自分が世界で一番優れてると思ってるからな。そうでなければ、誰か人間の協力者を見つけるだろうが、奴は絶対しない」

「単独で動くってことですか」

「あの通り、もうまともな思考も残ってないしなぁ。怨念だけで動いてるようなもんだ。ただ当初の、自らこそ唯一無二の存在だと知らしめることが全て。なにしろ奴は、終わりのほうじゃ神を名乗ってた」

「神……ですか」

 リューファがなんだか聞き覚えがあるような、という顔をした。

 段々記憶を取り戻し、融合しつつある証拠だ。

「どうした、リューファ」

「いえ……何でもありません」

 そうか。まだ駄目か。

「自分で神って言っちゃうなんて、危ない人だなぁって」

「ああ。勝手にライバル視してた俺が転生してて、しかも妨害してるって知って、尚更頭に血が上ってたな」

「勝手に? てことは、クラウス様はライバルとは思ってなかったってことですか?」

「そもそも、前世の俺は貧乏で教養もなかった、ただのガキじゃないか。師匠のおかげで魔法使いになれただけで。むしろ立場や地位でいったら一番下だろ」

 ヒラヒラと手を振れば、ジークが怪訝そうに、

「お前、自己評価低すぎ。調べてみたらえらい記録出てきたぜ?」

 公共事業、貧困対策、流行り病の治療法の確立と、並べられた具体例は確かにいずれも俺が関わったものだ。

「明記はされてなかったけど、これらたぶんお前がやったんだろ?」

「まぁそうだな」

 ネオの俺は自分に関する一切の痕跡を消すのと引き換えに、師匠にまつわることを消去した。よって俺が関わった事業にネオの名は残っていない。

「これだけ功績上げてて何言ってんだ」

「それは全部師匠の教えがあったからできたことだろ。それに俺一人でできたわけじゃない、多くの人の助けがあってこそだ」

「ああ、うん……プライド高いやつにしてみれば、そういうとこが逆にカンに触ったんだろうな」

「事実を言ってるまでだが?」

「まぁ、謙遜はほどほどにな」

 ?

「ネオが……クラウス様がここにいるっていうのはなんで『招かれざる魔女』も分かったんでしょう?」

「それは単純ね。クラウス様がお嫁さん好きすぎて押しかけ同居してるってことは知れ渡ってるもの」

 リューファは勢いよく振り向いた。

「ファーラ、ちょっと待って! 知れ渡ってんの?!」

「あら、知らなかったの? 法律捻じ曲げてでも結婚したってことも公表されてて、国中お祝いムードよ?」

 両手で顔隠す嫁。

 そりゃもちろん、ほかの男ども牽制しておかないと。あと単純にうれしくて全世界に叫んだというか。

「く、クラウス様、やっぱり帰ってもらえますか」

「別居は嫌だ」

 却下。

「そういうことじゃなくてですね」

「第一、前世の俺の家はここだし。帰宅しただけなのに、何か問題が?」

「噂になってて、恥ずかしいとは思わないんですか」

「全然? 国中から結婚祝いが届いてて、城は大変なことになってるらしいけどな」

「ふふ、おかげで祖母の店の売れ行きが良くて。ありがとう。リューファが喜びそうなものは取り揃えてますって祖母が宣伝うってるの」

「商魂たくましいね、先生」

 フォーラは手を振って、

「それもあるけど、これは作戦よ。贈り物を装って危険物が送られてくる可能性があるでしょう。祖母の店から直接届けるなら安心ってこと」

「あ、そういう意味」

「こちらでラッピングして送れば送料無料ってていで、客に引き渡さず直接届けてるの。全ての人間が悪意なしとは言えないでしょう。中には『招かれざる魔女』を復活させようとしてる悪人がいてもおかしくないわ。そんなやつが、贈り物に紛れて何か仕掛けてくるかもしれないでしょ?」

「……そうだね」

「先生の店を通してないものは分けて、俺の分身がチェックしてる。実際いくつかあって、送り主は牢にぶちこんどいたから安心していいぞ」

 俺もにこやかに言った。

「ていうか、分身を城に置いてたんですか」

「当然。政務やらせてる。まさか唯一の王子が政務ほったらかして平気なわけないだろ? いくら父上の許可があっても。リューファの前では分身使わないから、知らなかったか」

「見たことないですね。どうしてですか?」

「嫁の傍にいたいからに決まってるじゃないか」

 そのために磨いた技術だ。

 ランスがため息つく。

「しょうがなく婚約者やってるなら、分身のほうをリューファに会わせるだろう? それをやらず、必ず本体で会いに行ってた時点で、本当にリューファが好きだって分かるじゃないか」

「だからクラウス、恥ずかしいとか言ってないでさー。さっさとバラしときゃよかったんだよ」

「うるさい。だから今は全部言ってるだろ」

 むすっとして何となくリューファのブレスレットをいじった。

 シューリが気づいて、

「あれ? リューファ、そんなの持ってたんだ」

 金色のチェーンに宝石が一つついてるだけのシンプルなブレスはリューファが作るには簡素すぎると思ったんだろう。正解。

「これは今朝起きた時にはつけられてたの」

「は?」

「ああ、俺が作った」

「え?!」×4

 四人とも驚く。

 そこまで仰天することか……するか。

「クラウスお前、超絶不器用じゃないか」

「護身用の魔法とか組み込むのに、自分で作った方がやりやすいだろ。……でもこれが限界」

 残念ながら、不器用には定評がある。

 妻は笑って言ってくれた。

「形は気にしませんよ。クラウス様が頑張ったってことは分かりますし」

 じーん。感激。

 リューファの髪につけたバレッタを見やる。こうやって俺のものって明確な証拠が増えてくのいいな。

「大好きな奥さんが常に身に着けるものなら、自分で作りたかったってのもある」

「そうやって指輪も頑張ってたもんなぁ、お前」

「あ、それも今朝初めて聞いた。……どうして教えてくれなかったんです?」

「不器用で、何万回も失敗して、何年もかけてやっとできたんだって白状しろって? 俺にだってプライドがな」

 好きな子にはかっこいいとこだけ見せたかったんだよ。

 ジークが肩をそびやかす。

「だーから、そんなプライドは捨てろって言ったじゃないか」

「うるさい」

「もうバレてもいいんですか?」

「黙ってたらリューファに嫌われるって分かったから。恥は捨てることにした」

 元々俺は自分のプライドに対する感覚が薄い。師匠を反面教師にした結果かもな。

「……一般常識的な羞恥心は捨てないでください」

 さりげなく距離をつめたら、しっかり気づかれて押し返された。

「顔が近いんですけど」

「え、だって、強引にやってもいいってリューファが言った」

「言ってません!」

 えー? 言ったと思うが。

「頭を仕事に戻してくださいっ。封印のアイテム探しだけじゃなく、『最後の魔女』がどこに封印されてるか探して、助けなきゃならいんですから。だから―――」

 ふいにぐらりとリューファの体が揺れた。

 とっさに抱き留める。

「どうした?!」

 リューファは意識を失っていた。

 ジークとランスが飛び起きる。

「リューファ、またかっ!」

「どうしたの?!」

 俺は二人を制して容体を確認し、

「……どうやら昨日『封印のアイテム』の読み取りを途中でやめたんで、その残りが来たんだろう」

「『最後の魔女』を助けなきゃって思ったのが引き金になったってことか。大丈夫なのか?」

「ああ。むしろ分散して負担も少ないと思う」

 俺に寄りかからせ、しっかり手をつなぐ。指輪を通じて負担をなるべく俺に移し替えさせた。

「これでよし」

「……にしても、最近何度も倒れるっつーか眠るよな。本当に大丈夫なのか?」

「ああ。はあ、寝顔もかわいい」

「それはきいてねぇよ。つか、当然だろ。うちの妹は世界一かわいいんだよ」

「その点は同感だね」

 いつもながらのやりとりに、シューリとフォーラはあきれかえってる。

「なあ、ところでさっきの猫耳にしっぽ付きのドレス加えたら絶対イイと思うんだ。シューリとフォーラ、さりげなく勧めておいてくれないか? 友達が後押しすれば着てくれそうな気がする」

「真面目に何言ってるんですか」

「やりませんよ、そういう裏工作の手伝いは」

 チッ。

「特に私は絶対しませんので! だって思いっきり自分にも跳ね返ってくるじゃないですか」

「そうねえ、シューリが着たら着てあげるって言いそう」

 ジークが妄想してトリップしてる。「フフフ」ってキモイ。

「嫌だああああ! いくら親友のためでもそれは無理ー!」

「いいじゃないの、着てあげなさいよ」

「フォーラは着れるわけ!?」

「必要とあればね。どんな衣装でも着てやるわよ、目的のためであれば」

 ドライな現実主義者はすぱっと言ってのけた。

 こういう思い切りのよさと冷徹さはすごいと思う。

「すげぇな……フォーラこそ本気出せば世界を影で牛耳るとかできんじゃね?」

「やってどうするのよ? めんどくさい」

「そこは同意する。世界で一番偉くなってどうするのかって思う。ほんとに師匠は……」

 なんであそこまで常に人からの称賛を得てないと気が済まなかったんだろうな。

「……言っても詮無いことか。さて、じゃあ今のうちに」

 リューファにはとても見せられない裏工作をやっとこう。

 しばらくすると起きる気配がした。

 やっぱり前倒れた時より短い。分散したからだな。

「―――……クラウス様?」

「リューファ、大丈夫か。まだ具合悪いのか? やっぱり医者呼んでくる」

「いや、いい。医者がどうにかできるものでもない」

「まさか―――」

「そういう深刻な意味じゃなくて、精神的疲労は医者も治療できないってことだ。ただ負担をある程度俺が代わりに引き受けることはできる。何のために俺が四六時中側にいると思ってるんだよ」

「ただいちゃつきたいだけじゃなかったのか」

 お前なあ。

「違う。そういう動機があったことは否定しないけどな」

「否定しろよ。……っても無駄か」

「何か起きても平気なように、必ずついてたんだ。いくつか魔法かけてあっても、油断はしない」

「ネックレスとかに、ですか?」

 シューリがきく。

「そう。ま、元々指輪の力で俺との結びつきを強めてあるけどな」

 クラウス様が私の手を握ると、疲労感が和らいでリューファがほっと息をついた。

「そういえば……この指輪を開発したのは、あいつだったな」

「『最後の魔女』が?」

「『眠り姫』への結婚祝だったんだよ。ほら、百年の眠りから目覚めた後、王子と結婚しただろ? 『招かれざる魔女』はなおも姫を狙ってた」

「百年経ってもまだ根に持ってるとか、執念深いですね」

 ……コメントに困る。

「奴の執念深さは異常だ。姫に十年以上たってから発動する呪いかけたことからも分かるだろ」

「じわじわネチネチいたぶるタイプですね」

「…………」

 俺たちは人のこと言えるのかとフォーラにツッコミたくなった。

「あいつが死の呪いを百年の眠りに変えたことを、奴は知らなかったんだよ。発動した時やっと気づいた」

「楽しみが潰されて、逆ギレしたわけですね」

「フォーラ、よく分か……なんでもない」

「奴は幸せの絶頂にいる時に叩き落すことを好む。だから来るとすれば結婚式の時だろうと予想がついた。自衛策として、魔法組み込んだ指輪を姫・王子双方につけさせたのさ。それまで、結婚の証として指輪を贈り、双方がつける習慣はそれから広まった」

「へえ、そうなのか」

「正確に言うと、師匠が奥様に贈ったのが初。ただし師匠自身はつけてなくて、両方がつける結婚指輪ってスタイルじゃなかった」

 装飾品の類は嫌ってたんだよな。自分はいつも質素な格好してた。

 今思えばあれはイメージ戦略だったんだろう。

「どちらもつける既婚者の証として一般に広まったのがこれ以来。王族の結婚にあやかってつけるようになったわけだ。ただし王室直系の結婚指輪だけは特別製で、今もあいつの設計図通りに作られてる。護身用の魔法以外にもあれこれ組み込まれてるんだよ」

 カレンはそうやって自分亡き後も姫の子孫を守ろうとしていた。

 優しい彼女を眺める。

「少し楽になっただろ?」

「……はい……」

「どうした、リューファ。また何か見えたのか?」

 まさか俺がネオだって思い出してくれ……。

「……クラウス様、『最後の魔女』にも婚約解消言い渡されてたんですね」

 びきっと固まった。

「……………………」

 本人に言われるとめっちゃダメージでかい。

 メンタル死にそう。

 ジークとフォーラが心底気の毒そうに、

「お前、何回フラれてんだよ……」

「前世でもだったんですか? ここまでくると、どう考えてもクラウス様に問題ありますね」

 うるさい、言うな! さらにゴリゴリ削ってくるなよ!

「ちっ、違う!」

 前のはカレンが俺を巻き込むまいとして言っただけであって、俺が嫌われてたとかじゃなく!←必死

「どうせ同様に無口無表情だったんでしょう。二の轍ふむのはやめませんか」

「筋金入りの不器用ですね」

 ランスとシューリもフォローしろや!

「あいつが婚約解消したのはわざとだっ! あいつはこれ以上犠牲者を出さないように、独りで戦うため人を遠ざけたんだ。俺のせいとかじゃな……いやそうかもしれないけど!」

「……ああ、分かってたんですね。『最後の魔女』が嘘ついてたって……」

「それくらい分かるさ」

 何言ってる。

 あの言葉とは裏腹な悲痛な顔見れば分かる。

 リューファが謝った。

「……ごめんなさい」

「ん?」

 なんで謝るんだ?

「二度も嫌な思いさせちゃったんですね……」

「…………」

 ……そうだな。いや、二度じゃない。ループを繰り返す中で別れを切り出されたことは何度もある。

 何回リセットしても引き裂かれ、いつも君は俺の目の前で殺された……。

 俺は彼女を強く抱きしめた。

「リューファのせいじゃない。俺の自業自得だからいいんだ」

 もっと俺がうまくやっていれば殺されずに済んだかもしれない。師匠の欲を満たし続けていれば。

「でも……」

「頼むから、もう別れるとか言うなよ。嫌なところは直すし、何でも言うこときくから」

「リューファ、頼むからこいつの手綱握ってろ。マジでお前が望めば何でもするぞ、こいつ。危なすぎる」

 顔がマジだなジーク。

 そんなに俺は危な……いよなうん。

「別に何かしてほしいとか言わないけど……」

「遠慮せず、何でも言えばいいのに。かわいい嫁のおねだりなら喜んできくよ」

「……何もないんでいいです」

 無欲だな。師匠とはえらい違いだ。

「離婚だけはナシな。切り出されたら、たぶん俺死ぬ」

 過去さんざん発狂して暴走し、死んでる経験があるだけに重い言葉。

 前世の弟で今世は義理の兄が天を仰ぎ、妹を拝んだ。

「うわ、駄目だこいつ。本気だ。リューファ、兄ちゃん一生のお願い。別れるなよ」

「言わないってば……。あと、拝まないでよ……」

「一人で『招かれざる魔女』と戦いに行くのもナシだからな。リューファが怪我でもしたら。きれいな肌に傷跡残ったらどうする。俺の嫁に傷つけたら、誰だろうが速攻消す」

「物騒なこと言ってやがる」

 そうやって守らないと、また繰り返したらどうする。

「じゃ、お前はリューファが誰かに怪我させられたらどうする」

「犯人始末する」

「同感」

 ほらみろ。

「かわいい妹に傷つけるなんて、万死に値するからな!」

「シューリ、ジークの手綱はあなたしっかり握ってなさいよ。あれもたいがい危ないわよ」

「私は関係ない。無関係。無視したい」

 悪いがそれは無理だ。あきらめろ。

「……大丈夫だって。私、勝手に行ったりしないから……」

 リューファがつぶやいて顔をうずめた。

「……私は、ここにいます」

 ここにいたい、と聞こえる。

 そうだな。

「当たり前だ。リューファは俺の嫁なんだから。いなくなったら、俺確実におかしくなるぞ。発狂させたくなかったらずっと傍にいろ」

「言ってることがヤバすぎるわ」

「どういう口説き文句だよ。確かにお前、リューファがいなくなったらイカレるな。今も相当だけど」

「別に今は変じゃないだろ。リューファがいればマトモだ」

「マトモか?」

 え、ちゃんとしてるだろ?

 ランスが真剣に諭した。

「まぁ真面目な話、リューファ。相打ち覚悟で『招かれざる魔女』と戦ったりするんじゃないよ。もしリューファが命を落としたら、クラウス様、後追い自殺しかねないからね」

「かもな」

 昔いっぺんしてるしなぁ。ははは。

 リューファがぎょっとしてとりすがった。

「だ、だめですよ! そんなことしちゃ」

「しないよ。絶対俺が守るから。でもリューファがいない世界に生きてても仕方ないと思うのは本当」

「……二度とそんなこと考えないでください。怒りますよ……!」

 睨んでくる。

 カレンは後追い自殺なんか望んでない、分かってた。分かってたよ。

 でも君のいない世界にこれ以上いても仕方がなかったんだ。

 君と再び会えるこの未来に一刻も早く飛んでいきたかった。

 君だけが俺の唯一ほしかったもので、希望だから。

「うん、分かった。かわいい俺の奥さん」

 再会できた愛する人に笑いかけ、額にキスした。

 別の意味でめっちゃ怒られた。

「ななななななにするんですかー!」

 はは、照れ屋なとこは同じだよな。

「真っ赤になってかわいい」

 こうやってバカップルみたいなじゃれあいしてると、壊れた心が少しマシになる気がするんだ。

「嫁がかわいいからつい」

「つい、じゃないっ! 人前です!」

「やだ。我慢できない」

 我慢なら山ほどのループで十分すぎるくらいしてると思う。

「大体、身内しかいないし、全員見て見ぬふりしてるだろ」

 あからさまに明後日の方向を向いてるジークたちを指す。

「いくらなんでも止めてよ兄様たち!」

「いやー、オレは何も見てない聞いてない」

「右に同じ」×3

 優秀な側近たちである。

「あー、ほんと嫁がかわいすぎてどうしよう。こんなかわいい生き物は保護しないとな。うん、囲い込んどこう」

 さりげなく頬にもしようとしたら、それは阻止された。

「だからベタベタするのやめてくださいー!」

 小動物がじたばたしてるようにしか見えない。

 さっきの猫耳思い出して一人悶絶。

「ちょ、背中くすぐったいんですけど!」

「えー、反応が面白い」

「私は面白くありません!」

「それで? 気を失ってた間、またあいつの夢を見たんだろ?」

 急に真面目な話に戻ったな、とリューファはいぶかしげながらも答えた。

「見えましたけど」

「他には何を見た?」

「えーと、『眠り姫』の誕生祝の時のことです。『招かれざる魔女』って美少女だったんですねぇ」

「えっ、女性だったの?」

 フォーラが驚きの声を発する。

 むしろこっちが驚きだ。司法長官は直接相対してただろ。フォーラには記憶はないが。

「魔女なんだから、女性でしょ」

「男かもって思ってたわ。『魔王』だし、クラウス様の反応からいっても」

「俺?」

「恋敵に好きな子をとられるみたいな反応してたじゃないですか」

 俺は目を上の方に向け、しばし黙考した。

 『招かれざる魔女』は師匠の思念が憑りつき、言動のかなりの割合が師匠のものだ。言われてみれば男性ともいえる。

「……ああ、なるほど。そう見えてたのか」

 とはいえ、恋敵? カレンの父親だぞ。大事な娘を嫁にやらんというタイプでもない。俺をカレンの婿候補に連れて来たのは師匠だ。

 そもそも師匠はそこまでカレンを大事にしていない。道具としか思ってなかった。

「いやお前、嫉妬丸出しだったぞ?」

「そうか?」

 嫉妬とは違うと思うが。彼女を取られそうになったことによる怒りであって。

「『招かれざる魔女』も俗称です。長い年月の間に性別間違って伝わったのかと」

「あれが男性ってことはないよ。もしそうならびっくりだよ」

 リューファは念写して見せる。

 ……正直すさまじい不快感が襲ってきた。

「ほら。こんな美女に化けられるんだとしたら、それはそれですごい」

「確かにこれは女性だね」

「幻術ってことはないよ。そうなら分かるもん」

「どれどれ。うわっ、こええ!」

「美人なだけに凄味があるね」

 兄たちは心もち後ずさった。

「……消去しておこう」

 俺は写真を取り上げ、一瞬で灰にした。

 カレンを殺したやつの姿なんて見たくもない。

 口では口実を言った。

「絵姿でも邪気が寄ってくる。燃やしておいたほうがいい」

「あ、そうですね。ごめんなさい」

「『招かれざる魔女』は女性で間違いないんですね?」

「ああ。なんだ、ランスも男だと思ってたのか?」

「てっきり前世で『最後の魔女』を取り合ってたのかと思いました」

 ……は?

 俺はうなって眉間を押さえた。

「それはない。ありえない」

 だから父親だって。『招かれざる魔女』の元になった女性も異母妹だぞ? しかもカレンを死ぬほど憎んでる。

「ではなぜ奴は妙なことを言ってたんでしょう」

「妙なこと?」

「リューファに向かって、なぜお前までそいつを選ぶのか、とか言ってたじゃないですか」

 ああ、言ってたな。

 師匠は自分への称賛が一番多いと思ってたのが、いつしか俺や他の人にも集まり、大きくなってきているのに気づいてしまった。第一人者として依然師匠への尊敬は多かったけれど、このままだと追い越されると危惧した。

 なぜなら師匠は自分で新しく何かを発明・考案することはできない。そういった才能はなかった。知識も技術もすべて前世のもので、出し尽くしてしまったら終わりなのだ。しかし師匠の広めた知識・技術を使って他の人たちがどんどん新しくもっとすごいものを作り出していく。

 不安が極致に達した師匠が選んだのがあんな方法で……。

 あれだけのことをしておいて、まだ親の自分を捨てないと思ってたとは笑わせる。

 我が子にまで見捨てられたのは師匠自身のせいだ。大体何度でもいうが俺をカレンの婿に連れて来たのは師匠だろうが。今さら取るだのなんだのアホか。

「『最後の魔女』と混同してたんでしょうから、本当は彼女に向けた言葉と思いますが。恋敵なら、つじつまが合うんですよね」

「でも女性なら、百合ってことになるわねえ」

 シューリが盛大に紅茶をふいた。

「フォーラ!」

「あら、あなたのことじゃないわよ。そう見えても違うことは知ってるし」

 俺はため息をつくしかなかった。

「……さぁな。奴はもう思考回路もまともじゃないし、知らん」

 何を考えてるのか知りたくもない。

「はあ。あ、見えたと言えば、『最後の魔女』の杖。私のとそっくりでした。同じものですか?」

「ん? ああ……そうだな。あいつが封印された後、杖だけは残った。あれだけの魔女のアイテムだからな、悪用されないよう、俺が隠した」

 いつかカレンが生まれ変わってここに生まれてくることは司法長官の未来予知で分かってたから、カレンのみが解けるよう設定しといた。

「私が封印を解いちゃったってことですよね。無意識にやったのかな。あの、お返しします」

「何で?」

「クラウス様が保管してればいいじゃないですか」

「俺は使えないぞ。合わないんだ」

 ハイレベルな魔具ともなればオーダーメイド。あれはカレンしか使えない

「しまっとくのももったいないし、使えるやつが使えばいいだろ。これまで通りリューファが使え」

 そもそも本来の持ち主だ。

「そういえば、ネオも杖を持ってたはずですよね。それはどうしたんですか?」

 ああ、あれか。

 あっさり答えた。

「ぶっ壊れたからない」

 俺が最後のあの魔法を使った際、キャパオーバーで壊れたのが視界の端で見えた。まぁあれだけとんでもないものやればなぁ。

 そもそも壊すつもりでやったし。残っていたら悪用されたりなんだりで大変だろ。どうせすべての人の記憶から消えるのに何か残しても無駄だと思ったのもある。

「壊……? 一体何したら壊れるん……」

 俺が無茶したんだろうと察したのか、妻は途中で言うのをやめた。

「……とにかく私は新しいの作りますから、クラウス様が持っててください」

「それは困る」

「なんでですか。あ、この状況で悠長に杖作ってる場合じゃないってことですね。いつ『招かれざる魔女』がまた現れるか分からないんだから、あるもの使っとけって?」

「作り始めたら、かまってくれなくなるじゃないか」

「……………………」

 なぜか全員俺を「コイツどうしようもねえ」って目で見てきた。

 なんだよ。大事なことだろ。

「リューファは俺のことだけ考えてればいいと思う」

「真面目に脳みそ大丈夫ですか?」

 本気で心配されてる気がする。

「俺はいつもリューファのことしか考えてないぞ。愛する妻は夫のことを考えててくれないのか?」

 どうでもいいとか思われてるんなら泣く。

「あー、分かる分かる。無視されんのは辛いよなー」

 シューリが露骨に後ずさった。

「あれ、兄さんなら放置もアリって言いだすかと」

「あのなぁ、兄貴を変態扱いすんなよ。放置は嫌に決まってるだろー」

 え、俺も絶対ジークなら無視されてもそれがクールでイイってうっとりすると思った。

「好きな子にはいつも自分だけを見ててほしいって。シカトされたら普通に悲しい」

「よく分かった。次から無視することにしよう」

 現在女姿の男装の麗人がブリザード級の低い声で言った。

「シューリ、できるの? ジーク兄様しつこいよ」

「…………」

 反応するまで続けるか、無視できないほど暑苦しい何かをするだろうな。

「その通り。オレはあきらめない男だからな。結婚してくれるまで追いかける。てわけでシューリ、結婚しよう!」

 跪いて指輪差し出す友人。見た目だけはいいシチュエーションだが、言ってる内容は情けない。

 プロポーズされた女性は無言で窓を開け、自分より大きい男をふっ飛ばした。

 キラーン☆

 本日もよく飛んでるなぁ……。

 本当になにがどうしてこうなった。

 最初は俺を倒す勇者として現れた男、後には異母弟が飛んでったあとを複雑な思いで眺める。

 見送ってから、シューリがハッとして、

「あっ、しまった、つい反応してしまった!」

「もう癖になってるもんねえ。シカトするのは無理だと思うわ」

 フォーラがおっとり言ってお茶をすすめる。

「ま、飲んで落ち着きなさいよ。リューファも。精神的にはあんまり効かないと思うけど、一応疲労回復のお茶。祖母の店から調達してきたやつだから、安全よ」

「あ、それじゃお茶菓子出すね。はい。作り置きのパウンドケーキ。でもこれで最後か。最近疲れててあんまり作れてなかったもんね」

「無理しない程度にな」

「あれ? 魔具作るのは反対するのに、料理はいいんですか」

「それは別。嫁の手料理は食べたい」

 ここはしっかり主張しておく。

 料理なら魔法使わなくてもできるし、気分転換にもなるだろ。

「それより、リューファ」

 食べさせて。

 目だけで訴えれば妻は察してくれた。

「……自分でやってくださいよ」

 文句言いつつも、一口大に切って食べさせてくれるところが優しい。

「うん、うまい。大好きな嫁にやってもらうとさらにうまい」

 幸せ。

「皆まで言わずとも分かるって、夫婦の理解ねえ」

「フォーラ、違うってば!」

「ちゃんと新妻やっててえらいって褒めてるのよ」

「褒めなくていいよ?!」

「食事の時も毎回こうして食べさせてもらおうかな」

「嫌です」

 即却下された。

 ええー。

「頭おかしいって思われますよ!」

 大丈夫、とっくにおかしくなってる。自覚はある。

「リューファがかわいすぎるのが悪い。ともかく、料理はいいけど魔具作りは当分禁止。妻は夫を喜ばせることだけしてればいいと思う」

 だからまた一人で師匠を倒しに行こうとか考えるなよ。

 他のことに注意向けさせとかないと、何やらかすか分からないだろ。俺に注意が向いてれば安心だし、ていうかうれしいしそれが一番いいと思うんだうん。

「妄想ダダもれにしないで下さい。大体、今はやること山積みじゃないですか。『最後の魔女』の救出とか、『招かれざる魔女』対策とか」

「あいつの封印を解くのは俺が対策取ってるからいい。特殊な条件がそろわないと解けないんだ」

「条件?」

「…………」

 それはまだ秘密。

「その件は俺に任せろと言ったはずだろ。……ほら」

 目の前に本を差し出す。

「昔の俺の研究書。見るか?」

「えっ、いいんですか?!」

 案の定めちゃくちゃくいついた。

 これはカレンも知らない内容で、師匠の行方不明後に対策として考えたものをまとめたものだ。ジークたちに知られても問題ない、むしろ知っていたほうがいい知識だ。

「もちろん。リューファなら見ていいって言っただろ」

「うわああ、すごい。へえ、こんな方法が……」

 早速うきうきして見始める。

 よし、これで当分大丈夫だろう。


   ☆


「―――っは! いかん、つい没頭してたっ」

 ふと妻が我に返って叫んだ。

「ずいぶん集中してたな」

「あ、クラウス様」

 はめられたと気づいたリューファはむくれた。

 ぐっ、ハムスターみたいでかわいい。

「クラウス様が悪いんじゃないですか。次々出すから」

「可愛い嫁の喜ぶ姿が見られるなら、何でもするよ」

「甘すぎるし、甘やかす方向間違ってます。それと、人前ではやめてくださいって何度も―――あれ?」

 今さら場所も変わって他に誰もいないと気づいたらしい。ここはリューファの部屋である。

「え? あれ? いつの間に」

「一応今日は安静にしてたほうがいいと思って連れてきた」

「……え?」

「大事を取って少し休んだほうがいいって言ったら、うなずいただろ。抱き上げて連れてきても抵抗しないし、そのまま腰かけて、大人しい嫁もいいなぁと眺めてた」

 いやぁ、素直でかわいいよなぁ。

「わっ、わざと研究書出しましたね?!」

「見たいって言ってたから出しただけだぞ。ま、そろそろ二人きりになりたかったんで、利用しなかったわけじゃないが」

「やっぱりわざとじゃないですか!」

 慌てて膝から下りようとするんで、がっちり腰を腕で拘束。

 駄目、逃がさない。

「初々しいところもかわいいなぁ」

「頭の良さは他のところで使ってくださいよ!」

「別に俺は頭良くないし、持てる全能力を妻に注ぐのは当然だと思うが。というか、さすがにこれ以上ジークとランスの前でいちゃつくのは気が引けた」

「どこが遠慮してたのか、きいてもいいですか」

「……テオが見てると思うと、気まずいんだよ」

 まぁテオなら俺がカレンといちゃついてたら「よかった」と安堵するだろうが。

「あー、前世の弟って考えると複雑ですよね」

「年が離れてたせいもあって、俺のことは頼れる兄だと無条件で信頼してたからな」

「じゃ、いちゃつかなければいいじゃないですか。うん、やめましょう。決定」

「それは無理。ずっと好きで、やっと嫁にできたリューファが傍にいるのに大人しくしてろとか。我慢できない」

「我慢してください」

「けっこう我慢したと思うけど。婚約してから結婚するまで何年待ったと思ってる」

「それは生まれた時に婚約ってなったんだから、当たり前ですよね? 子供と結婚したら、それロリコンですよ」

「だから待ったじゃないか。我慢した夫にごほうびは?」

「ないです! そんなものないです!」

 ちえ。

「ふーん、じゃ、勝手にもらう」

 抱きしめて深く息を吸い込んだ。

 とたんに固まる妻。

「ひゃあああああ!」

「こうしてると落ち着く」

「私は落ち着きません! はなしてー!」

「リューファは俺が嫌いか?」

「~~~っ」

 問えば、赤面して口をパクパクさせてる。

 恥ずかしがりで口には出せなくても、態度で分かりすぎるほど分かる。

 そろそろ昔みたいに言ってくれないかな。よく言ってくれたよなぁ、ネオ大好きって。

 ご機嫌だったメーターは突如急降下した。

「!」

 設置しといたセンサーが作動したのを感じる。

 これは……場所はかつて師匠の屋敷があったところか。今はただの花畑。

 そしてこの気配は。

「―――チッ」

 ついガラも悪く舌打ちが出た。

 リューファが驚いて俺を見上げる。

 あ、しまった。今世は皇太子で育ちがいいんだった。

「く、クラウス様、あの……」

 俺はにこやかに笑って言った。

「ちょっと待ってろ。害虫駆除してくる」

 殺気が隠しきれてなかったらしく、リューファは青くなってた。

「な、何する気ですか」

「たいしたことじゃない。殺虫剤まいてくるだけだ」

 大丈夫大丈夫。ちょっと邪魔なの帰れって言うだけ。

 いくら俺でも始と戦うほどバカじゃないさ。真面目な話、勝ち目ないだろう。

「ま、待って……」

 立ち上がりかけたリューファがぐらつく。とっさに支えた。

「リューファ、安静にしてなきゃ駄目だろ!」

「ごめ、なさ……もう平気だと思って」

「ある程度は俺が緩和できても、精神的疲労は自力で時間をかけないと完治しない。……まったく」

 仕方ない。 

 抱えたまま瞬間移動した。

 案の定、怪盗が丘の上に立っている。俺は敵意全開で睨みつけてるからだ。

 始、妻とイチャイチャするの邪魔するなよな。話があるなら後で来い。タイミングの悪いやつめ。

 大体何でその恰好で出てくるんだ。

「おや、殿下、お早いお越しで。誰かが近づいたら分かるよう、センサーでも設置されてましたか」

「黙れ。何の目的でここに来た」

 用があるならさっさと言え。そんで帰れ。

「ここは『最後の魔女』の生家があった場所ですね?」

「―――なぜそれを知っている」

 やはりこいつ、始かあるいは最初の人類の誰かだな。

 つい倍加した殺気にたじろぐ怪盗。

「殿下、私も『魔王』を倒したいと申し上げたはずですよ。そのためには『最後の魔女』の力も必要だと思います。ですから、彼女がどこに封印されてるのか、どうやったら解けるのか、手がかりはないかと」

「ここがあいつの家のあった場所だと知ってるのは、わずかな人間だけだ」

 始が残りの封印のアイテムは仲間総出で探すと言っていた。見つかったならさっさと情報よこせ。わざわざこんな形で来るな。

 とりあえずリューファに怪盗を見せないよう俺のほうを向かせて抱え込んだ。

「クラウス様……むぎゅっ」

「リューファはあいつ見るの禁止」

「……はあ?」

「妻は夫以外の男を見るな」

「……はいい?」

 あきれかえった声出された。

「なに間抜けなこと言ってるんですか……」

 間抜けでもなんでも、好きな女が他の男見てたら不愉快だ。

「前にあの男をかっこいいって言ったろ」

 それが許せん。

 始かあるいはその仲間、変装するにしてももっと考えろ。

「クラウス様もかっこいいって言いましたよ? それでいったら、うちの兄たちもイケメンの部類に入ると思いますけど」

「ジークとランスは兄だから許す。他の男を褒められたら、夫としては面白くない」

「一般的な感想って意味ですが。好きってことじゃないですよ? ああ、兄たちは家族としての『好き』です。特別なのはクラウス様だけで」

「―――」

 気分が急上昇した。

 我ながら落差が激しい。

「リューファ、俺も大好きだ!」

 うれしすぎて強く抱きしめてた。

「ぎゃああああああああああ! ちがっ、わたっ、そんっ」

「うんうん、そんなつもりじゃなかったって? いや、本音がポロっと出たんだな。ああ、かわいい。自分から言ってくれるとかうれしすぎる。嫁最高」

 頬にキスしながら目だけ怪盗に向ける。

「とまぁ、リューファは俺の嫁だ。昔からそう決まってる。妻に手を出したら消すぞ」

「……しませんよ」

 なんでお前もあきれた声出してんだよ。

 恥ずかしさマックスな嫁がもがいた。

「クラウス様、放してっ」

「堂々と仲睦まじい姿見せれば、他の男が寄ってこないだろ? 牽制だ」

「そんなことしなくても、私に言い寄る人なんかいませんよ。美人でもないんだし」

「リューファは可愛いぞ? 世界一可愛い。庇護欲をそそる外見なのに、中身はしっかりしてて強い。すぐ赤くなるところも初々しくていいと思う。怒ってても、照れてるだけだってバレバレで」

「ひゃああああああ!」

 怪盗はもはや無表情である。

 ん、俺たちのラブラブぶり分かったか? じゃあさっさとどっか行け。しっしっ。

「責任取ってほしい」

「責任って何の!」

「俺を駄目にするほど惚れさせた責任」

 駄目になったのは悲劇のループを繰り返したせいもあるが。

「駄目って自覚はあるんですね?!」

「多少言動にブレーキがかかってない自覚はある」

「多少じゃありません!」

「だって、抑えて表に出さなかったら、また嫌われてるって誤解される。それは嫌だ。結論として、全部さらけ出すことにした」

「パンドラの箱は閉めといてください」

 妻はまだかなり言いたいことがあるようだったが、自分を落ち着けるように深呼吸して、

「あのですね、『勇者の嫁』に手を出すアホなんていませんよ。どこに『魔王』を倒してくれる救世主の怒りを率先して買うバカがいるんです」

「どこぞのアホ王はリューファに興味示してた」

 他にも過去どれだけいて、潰してきたと思ってる。まったく無自覚すぎる。

 リューファはうなずきかけ、急いで首を振った。

「あれは単なる嫌がらせで、本気じゃないでしょ」

「分かってる。それでも、どんな理由でも俺の嫁を狙ったら始末する」

 横眼で怪盗をにらんだ。

「クラウス様、落ち着いてください」

「こいつの正体も目的も分からないのに、落ち着いてられるか。今だって本体じゃない。公爵領には結界が張ってあるのに、侵入できたのもおかしい」

 怪盗は慌てて両手を上げ、

「私の目的は申し上げた通り、殿下と同じですよ。本体でないのは……よくお分かりですね、私としても殿下には敵わないからです。簡単に捕まってしまいます」

「そうか、心置きなく本体で来い。絶対脱獄不能の牢獄に入れてやる」

「しかしそれでは、今後も殿下をお助けできなくなりますので」

「……あの時のことか。なぜつっこんで自爆してまで阻止した? いくら本体がノーダメージでも、あまりやりたいものではないだろう」

「…………」

 怪盗は沈黙した。

 始、分かってるか? そのやり方じゃカレンと同じだ。

 自分の身を犠牲にし、一人で背負おうとする。何度やり直しても上手くいかず、責任を感じてるのは分かってる。だけどそれじゃ駄目だ。

 その先に待つのはやはり同じ悲劇的な結末だろうよ。

「―――とっさのことでしたから」

 こちらの言いたいことを察したのか、怪盗はわずかに目を伏せた。

「まだ全部の質問に答えてないぞ。どうやって侵入してきた。出入りする人間は厳しく監視してる。結界を破ったわけでもないだろう。それなら分かる」

「違いますよ、前に人形を置いていっていただけです」

 なんだと?

 右手に炎を出現させた。

「よくもそんなもの置いていったな。まだあるのか。言え。燃やす」

 いつでも俺の妻の前にその姿現すことができるとか許さん。

「俺の嫁に付きまとう気か。ストーカーか?」

 後でジークとフォーラに「それはお前だ」って言われたのはなんでだろう。

「ちっ、違いますよ! また『招かれざる魔女』が現れた時、お助けするようにです!」

「今、奴はいない。なぜ起動させた」

「ですから、『最後の魔女』復活の手がかりを探すためで」

「―――やはり信用できない」

 捕えておくか。何か情報があるなら後で聞こう。

 しかし俺が動くより先に紙人形が発火した。

「ちっ、逃げたか」

 舌打ちする。

「……あの、クラウス様」

「ん? もう大丈夫だよ、リューファ」

 妻にはとろけるような笑みを向ける。

「邪魔な虫はいなくなった。また二人っきりだ。うれしいな」

「ちょっと待って!」

 ぐいと顎押された。

「場所考えましょうよ。ここ、『最後の魔女』の生家跡地で合ってるんですよね?」

「そうだけど」

「有名な魔女の住んでたとこなら、歴史的資料として残されてそうなのにどうして知られてないんでしょう?」

「ああ、それは大爆発で全壊したせいだ」

「ば、爆発? 全壊?」

 やったのは君だけど。

「まさか、ここで『招かれざる魔女』と戦ったんですか」

 そうそう、師匠がカレンを捕まえて禁術使おうとしてさ。

「ああ。なにしろ手加減なんてできる状況じゃなかったからな」

 俺もキレてたし。

「同じ場所に再建しなかったんですね」

「奴の邪気に触れたせいで、浄化する必要があったんだよ。それならいっそ、別の場所に建てたほうが早くないか」

 俺もそんなところで暮らしたくなかったし、新居は別に建築中だった。

「そうですね」

「代わりにここには花を植えた」

「邪気に強く、わずかながらも浄化の力を持つ品種ばかりですね。どうりで……」

 リューファはちょっと言葉を切ってからきいた。

「……『至高の魔法使い』はここで死んだんですか?」

「何だって?」

「『至高の魔法使い』は娘を助けるため、捕まってた娘を逃がすため、犠牲になったんでしょう? 殺されて、吸収されてしまった……」

「………………」

 一瞬であの時の感覚が蘇る。

 俺は歯を食いしばり、彼女をきつく抱きしめた。

 記憶が途切れ途切れなため盛大な勘違いしてるみたたいだが。師匠は娘を助けようなんてしてない。そんないい人なもんか。犠牲になったのはカレンのほうだ。

 ―――もう失うのは嫌だ。独りぼっちは。

「あの……『招かれざる魔女』から『至高の魔法使い』の魔力を感じたんで気づきました。邪法を使って取り込んだんですね。今もまだ吸収されたままなんでしょう? なんとかして助けないと」

「……ああ」

 助けて……か。

 助けてほしいのは俺のほうかもな。

 何度も繰り返す負のループから……。

「一度吸収されたものを、どうやったら分離できるか分かりませんが。方法がないなら、作り出しましょう」

 師匠から二人目の娘を分離させる、か。それはできるかもな。でもできたとして、異母妹自身がカレンを恨んでる以上、あまり状況は変わらない気もする。

 ただ気の毒な娘だとは思う。意図的な誕生、生まれたら魔力を持ってなかったために見捨てられた。さらにまともな自我ができる前に乗っ取られ、操られ続けてる。

 もちろん俺は絶対に許さない。けど師匠から解放してあげたほうがいいんだろうな。

「……そうだな」

「そうですよ。希望を捨てず、がんばりましょう」

 俺はむっくり顔を上げた。

「うん。じゃ、デートしようか」

「は?」

 何言い出したこいつ、って目で見られた。

「怪盗が人形を置いてったって言ってただろ。まだ残りがあるかもしれない。こっちの情報が筒抜けだと困る。まず穴を先に塞いでおこう」

「え……いや、ないと思いますけど……」

「俺が見落としたなんてありえない。どうやったんだ」

 そりゃ始ならできるだろうが。

 一応ほかの可能性も考えてみよう。決めつけはよくない。

「にしても、ほんとに何者だ? 前世の関係者で該当者はいないし……俺の気づかぬうちに侵入したんだとしたら、別流派の魔法使いか?」

 この世界に魔法は一つじゃない。色んな流派というかグループがある。例えばジュリアスのところとは少し別物だ。だからあっちにはこちらになかった転移の術が存在する。

「別系統だとしたらジュリアスのほうが詳しいな」

「? えーと、確か遠くの国のお友達ですよね」

「そう。あっちじゃ最強の魔法使いだ。見かけが恐すぎて、魔王なんてあだ名つけられてるが、いい奴だぞ」

「前に注文されて作った指輪、喜んでました?」

 ジュリアスから依頼されたのは地球のスタイルの結婚指輪だった。奥さんがカレンと同郷なんだよ。リューファなら作れるんじゃないか、サプライズで渡したいというんで喜んで引き受けた。

「めちゃくちゃ喜んでた。ジュリアスも愛妻家だからな」

「……一度奥さんに会ってみたいです」

「ああ、たぶん話が合うだろうな。落ち着いたら訪ねてみよう。―――さ、デート行くぞ」

 妻はあっけにとられた。

「え、本気ですか」

「当然。ずっと屋敷の中にいても気が滅入るだろ? 少し散歩しよう。研究はそれからでいい」

 ひょいと抱き上げる。

「ちょ、自分で歩きますってば!」

「倒れたらどうする。頭打つかもしれないだろ」

「もう平気ですって」

「そう言ってて、立ち眩み起こしたじゃないか」

「う……」

 気分転換に散歩しよう。昔みたいに。

 あの事件が起こる前―――まだ何も知らず未来はバラ色だと思ってた頃、よくこのあたりで遊んだのを思い出す。

 久しぶりに……あの頃に帰ったみたいに穏やかな時間を過ごそう。

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