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28 勇者は過去を回収していく

 今日も俺の嫁は世界一かわいい。

 うっとり眺めつつため息つく。

「……クラウス、ちゃんと聞いてるかお前」

「聞いてる聞いてる」

 通信機から聞こえるジークの声に返事する。

「どうせリューファかわいいとか考えてたんだろ。そりゃうちの妹は世界一かわいいぞ! だけどなぁ、人にばっか任せてないでちょっとは出てこい!」

「もうちょっと堪能してから」

「て言ってもう33分経ってんだぞ!」

 よく計ってたな。

「ていうかうるさい。リューファが起きるだろ」

「お前状況分かってる?」

「分かってる。魔物が大挙して押し寄せて来てんだろ」

 きちんと把握したうえでのんびりしてる俺だった。

「そりゃこんなんピンチのうちにも入らねーけどさぁ」

「だったらいいだろ。それに屋敷回りの結界は強化してある。10倍来たって破れないさ」

 妻を守りたい夫の維持と根性の結晶である。

 にしても朝から眼福。

 『眠り姫』は王子のキスで目覚めたんだったか。でもさすがに寝てる間にやると怒られるよなぁ。

「リューファ」

 呼びかけると嫁が目を覚ました。

「……え? あれ?」

 今何時でここどこだっけ、と戸惑っている。

「おはよう」

「おはよう……ございます……?」

 寝てる間に取り戻した記憶の整理をしてる関係で、寝起きはどうしても混乱しがちだ。

「かなり寝ぼけてるな。大丈夫か? 寝てる間にしがみついてくるから、悪夢見てるのかと心配して、夢に入ろうかと思った」

「はあ……」

 そこでやっとしゃきりして叫んだ。

「って、夢に入ってこないでくださいよ!」

「まだ入ってない」

「ていうか法律違反ですからね! 医療目的以外での使用は禁止されてるはずですよ!」

 れっきとした医療目的だぞ。精神的な治療だ。

「えー、気になる」

「プライバシーは守りましょう。夫婦でも知られたくない部分ってあるんですよ! クラウス様だって夢に入られたら嫌でしょ」

「別に? 俺はたいていかわいい奥さんの夢見てるし。本物が出てきてくれるなら、むしろうれしいなぁ」

「絶対入りません!」

 発狂してた間、毎日見ていた君が出てくる夢。夢でなく現実だったらと何度願ったか。

 それが今は本物の君が傍にいる。

 こんなうれしいことがあるだろうか。

 幸せをかみしめる。

「……おーい、クラウス、話続けていいかー?」

 ものすごく気まずそうなジークの声。

 なんだ、新婚の邪魔すんなよ。

 状況を理解したリューファは赤面して固まった。

「邪魔すんなって……はあ。で、状況は?」

「増えた」

「めんどくさいな」

 結界が破られることはないがうっとうしい。

「あのー、話が読めないんですけど……。ジーク兄様、何かあったの?」

「魔物どもが押し寄せてきててさ~」

「のんきか!」

 ついツッコんでる。が、冷静に、

「ども、ってことは複数?」

「ああ。昨夜から続いてて、これで通算何匹目だ?」

「382」

 これはランス。

「って、ケタおかしい! 魔物の襲来自体はよくあったけど、そんな数じゃなかったよね?!」

「心配ないぞ。仕掛けといたトラップで撃退できてるから。元からあるのにちょっと付け加えといた。近頃魔物が各地で消えてるってランスが言ってたろ」

「そういえば言ってたような……」

「『魔王』が復活しかかってるこの状況下での魔物の大量消失。『魔王』が自らのエネルギー源にするため吸収してるか、敵である俺たちを襲わせるため集めてるかのどっちかだからな」

「襲撃あったんなら起こしてくださいよ」

「倒れたばっかの妻を起こすわけないだろ。それに、心配しなくても自動迎撃システムで足りた」

「私も行きます」

 休んでていいのに、と言おうとしたらもう着替えてた。

 まぁいいか。俺の雄姿を見ててもらお。

 さっさとテレポートしてジークたちと合流する。

 場所は見晴らしのいい丘の上だ。ここからだと領地全体が一望できる。

 境界付近では断続的に戦闘が起きており、閃光が見える。

「すげーなクラウス、自動迎撃システム。あれ一撃で魔物めっちゃ昇天してんだけど」

「ちょっと手持無沙汰なくらいですよ」

「あれでも手加減したんだぞ? もっと強力でえげつないのも組み込めた」

「やめてください」×4

 シューリやフォーラまでそろって止められた。

「あんまり強力すぎるのも考えものなんだよな。良い状態でないと素材として使えないだろ。最適な状態で収穫するため調整した」

「気にするのそこかよ。素材とってリューファが使えるようにするためかい」

「? それ以外に何の理由が?」

「……えーと、とりあえずありがとうございます……?」

 妻が喜んでくれるならがんばった甲斐があった。

「……あれ、どういう仕組みなのか後で教えてください。動力とかどうしてるんですか」

「ん? 大好きな嫁を守りたいってのが原動力」

「意味違います! 分かってて言ってますよね!?」

 え、真剣に答えたんだが。

「お嫁さんのためにここまですごい防犯システム作るとか、つっこむとこかしら」

「スルーしとこうか」

「シューリとフォーラまでいたの!?」

「いたわよ。命令だもの」

そりゃあな。

 ランスが退治された魔物を並べながら報告した。

「大体現れた順に並べてありますが、見ての通り出現する魔物のレベルが上がってきてますね。さっきからは攻略が厳しいと気づいたのか、一気にレベルが跳ね上がりました」

 運ぶの手伝ったルチルがよだれを垂らしながら見ている。

「タイプも千差万別だな。あちこちから節操なくかき集めてるのがうかがえる。それを手あたり次第に送りつけてる感じだな」

「これ、いくつかもらっていい? 魔法学校の教材用に状態のいいのがあったらほしいって言われてるのよね」

「もちろん好きに処分していいぞ、リューファのために獲ったんだから。よし、他にもいくつか獲って来よう。ジークとランスはついて来い。シューリとフォーラはリューファを手伝って後片付けだ」

「え、私もやっつけるのやりますよ」

「駄目。ここにいろ。行ってくる」

 さりげなく行ってきますのキスして仕事に出かけた。

 俺の嫁はっていうと硬直してた。

「おいっ」

 したらジークとランスに後ろから頭どつかれた。

「いてぇっ」

「いい加減にしろや」

「限度考えてくれませんかね」

「こっちのセリフだ、シスコンも大概にしろ」

 特にジークは吹っ飛ばされて魔物のあごにクリーンヒットしてたくせに、戻ってきて親友はり飛ばすとか器用なやつ。

 妹を溺愛する兄の嫉妬と分かってるから、俺も黙ってくらってやっただろ。

「さあっ、狩りまくるぞ! リューファがほしがる素材たくさん持って帰るんだ」

「意気込みの原因がおかしいです。ちょっと落ち着きましょうよ」

「俺は至って冷静だが?」

 会話しつつ、お互いバッサバッサと倒してたら突如異変が起きた。

「!」

 誰だ?!

 バッと振り向くと、魔物の群れのど真ん中に人影が。

 恰好は前と違う。しかし見間違えようもない白い長髪と異国の服装。

 ―――始!

「チッ」

 俺は舌打ちした。

 なんでこんな時に出てくるんだよ。

 いや、こんな時だから、か? まさか俺がこの程度でやられるとは思ってないだろうが。何か伝えに来たのか。

 だったら俺一人の時に来いよ。その変装を俺の嫁の前に見せるな。

 え? 俺一人の時はないじゃないかって? 夢の中で訪ねてくるとかできるだろうが。

「お困りのようですね」

 怪盗は優雅に訪ねてくる。

 ああ、困りまくってるよ。お前のせいでな。

 始の変装と知っててもイラつく。なんでわざわざ俺の嫁がかっこいいって評する男の変装するんだよ。

 妻の様子を遠目でうかがえば、案の定うれしそうだった。

 ―――始、許さん。

 殺気全開でにらみつけた。

 ジークとランスが青くなって後退した。

「大変ですね、殿下。ピンチと知り、微力ながら加勢に参上しました」

「……なぜ貴様が知ってる」

 ちょいちょいのぞき見してんじゃねぇよ。

「昨夜からこの騒ぎというじゃないですか。聞きつけただけの話ですよ。どうにもあなたには敵意を持たれているようですから、敵ではないと証明する機会と思いまして」

 うるせぇ、敵じゃねえのは知ってるよ。だから変装するにしても女でいいだろが。

 ルチルがおびえてリューファの後ろに隠れた。隠れられる大きさじゃないが。どこが一番安全か、さすが動物の本能で分かっている。

「それは奇妙だな。結界の周囲に幻術かけてあって、戦闘が気づかれないようにしてあるんだよ」

 一般人がパニックにならないよう、そうしてある。

「なんでクラウス様、そんなもの使ってるの。これだけ広範囲じゃ大変じゃない」

「一匹二匹の襲撃ならよくあるけど、これだけ大挙して押し寄せて来てるのが公になると、国中パニックになるかもしれないからだって。と言いつつ、リューファが安心して寝てられるようにってのが本音とみた」

 フォーラの分析は正解である。嫁の安眠は死守する。

「パニック、ああそうね。それならさっさとクラウス様が出て一掃しちゃえばよかったんじゃない?」

「んー、わざと出なかったみたいだね。『魔王』の手持ちを減らす、手下をおびき出す作戦かな」

 シューリの考えは半分当たり。師匠に手下はいない。自分以外みんな馬鹿だと思ってた師匠は、手下として使う価値すらも他者に見出さなかった。信じられるのも価値があるのも自分だけ。

 唯一道具として使ったのは二人目の娘、『招かれざる魔女』にしてカレンの異母妹だけだ。そう考えるとなんだかな……。

「それで、どこで知った? 邸内にスパイがいるとは思えない。調査済みだからな」

 時々俺の様子を見に来てるのは知ってるが、いつどうやってかは分からない。のぞき見されるのは不快だ。初めから来る時は言えよ。

 不満げに剣を向けた。

 一応、始以外の人間である可能性を排除するためきく。

「貴様、『魔王』側の人間か」

「とんでもない」

 必死の否定。これは本当だな。嘘ついてれば悪意や敵意に敏感な俺はすぐ分かる。

「殿下と同じく、『魔王』復活を阻止したいんですよ。もし『魔王』側なら、大事なアイテムを届けたりしないでしょう」

「実体で来ない奴に言われてもな」

「実体じゃないんですか」

 ランスの問いに答える。

「紙に幻術系の魔法陣書いてあるだけだ。それ自体はありふれた方法だが、幻術と気づかれないよう、いくつか魔法重ね掛けしてある。そのうち一つは現代では存在しない古代魔法だ」

 俺の目を使えばそれくらいすぐ見える。

 ただ見えても分からない魔法もあるな。始しか知らない、あるいははるか昔にはあったものなのか。

「古代魔法を今使える人間はいないはずだ。例外は前世の記憶持ち。きさま何者だ?」

 始なんだろ?

 言外に問う。

 『ミトコンドリア・イブ』の存在は秘めたままにしておきたいと言っていたから直接口にしなくてもいいが、テレパシーなりなんなりで語りかけてくればいいだろ。

 もう正体は割れてんだ。何か用があるなら早く言え。

 怪盗は困ったようにうなり、敵か味方かはかりかねて攻撃をやめてた魔物を吹っ飛ばした。

「訳あって正体は明かせませんが、この通り敵ではありませんよ」

「どうだかなー」

 ジークが剣を構えなおす。

 すると、怪盗は敵だと認識した魔物たちが一斉に攻撃しようとした。

 別にこいつがやられようが本体じゃないしノーダメージでどうでもいいが。

「―――うるさい」

 自分でも不気味なほど静かな声が出た。

 振り向きざまに一撃で薙ぎ払う。

 大地が割れ、巨石がふっとび、数十mもの土煙と閃光が立ち上った。

「ひえええええ」×5

 あ、しまった。消し飛んだら素材獲れない。

 わかってはいてもイライラする。

 後方でもリューファが慌ててるのが聞こえてくる。

「ど、どうしようー」

「あ、機嫌直すのは簡単。リューファがかわいく上目遣いで名前呼べばOK」

 !

 想像してちょっと機嫌直った。

 なんだそれ最高じゃん。

 ジークがあきれかえってつぶやいた。

「……現金なやつ」

「うるせえ、ジーク。俺がチョロいのは自覚ある」

「まぁチョロいほうが助かりますけどね。現に今とか」

 やってくれないかなぁと期待してると、妻はブンブン首を振って訴えてた。

「上目遣いとかできるかっ!」

「身長差あるんだから、意図しなくてもそうなるじゃないの。ま、仲直りしてから無自覚にいちゃついてるし、特に考えなくても素でいけるわよ」

「むむむ無自覚にいちゃついてなんかいないしっ」

 やってるやってる。そこがかわいい。

 ジークとランスも同意。

「いやー、やってる。天然な嫁がかわいいことしてくれれば、そりゃクラウス様がエスカレートするのも仕方ないって」

 うん、だよなぁ。

 シューリは嘆息して、

「それよりどうする? 怪盗捕まえるのに加勢するか、クラウス様を止めるか……リューファがね。ここで大人しくしとくか、魔物退治手伝うか」

 俺としてはぜひとも上目遣いでお願いポーズしてほしいんだが。

 察したジークとランスが逃げた、もとい撤退を表明した。

「あ、クラウス、怪盗は任せた。オレら残りの魔物片付けるわ」

 さすが歴戦の将、戦法の選択が的確だな。

「よろしくお願いします」

 怪盗が慌てて、

「ちょ、私もお手伝いしますよ。そのために来たんですから」

「なら本体出てこい」

「それは無理ですと」

「名も名乗らない、本体も出てこない奴を信用しろと言われてもな」

 怪盗はまた迷って、ようやく名乗った。

「―――(つるぎ)。私は運命と戦うために生まれた存在です。ですから『つるぎ』とお呼びください。遠い異国の言葉で、剣という意味です」

「…………」

 それはもう滅んだ前の宇宙の、か?

 今はなき、始たちの故郷。

 ずっとずっと昔に滅んでしまった世界。帰りたいのか? それとも自分たちを生み出したろくでもない研究のあったところなど帰りたくもないのか。

 複雑なところだろうな……。

 俺は同情のような目を向けた。

 ループを繰り返してる俺には分からないでもない。俺にとってそれは最初の回や2.3回目あたりだ。化け物扱いされ人々に虐殺された人生。

 あの世界に帰りたいかときかれれば……答えは否だ。だがあの頃に運命を変えられていれば、の後の二ケタに及ぶやり直しはなくて済んだ。

 しかしカレンとも出会えなかったわけで。

 怪盗は肩をすくめた。

「といっても、この姿ではあまり力が出せませんがね」

「まだ信用したとは言ってない」

「構いませんよ、私が勝手にお手伝いしてるだけですので」

「そうか。だがまぁ、どうやら『魔王』の味方じゃないようだ」

 俺は無造作に手を振り、鳥型魔物を撃ち落とした。

「あれは『魔王』の使い魔だ。奴の血をつけた魔具が魔物の姿に化けてる。本人は体力温存してて、目だけ飛ばしたってとこだろ」

 なにせ俺がえげつない魔法を封印の上に重ねがけしまくったからなぁ。出てこれまい。

 師匠が行方不明になってから『招かれざる魔女』と融合して復活するまでの間、様々な魔具を作り出していた。ほとんどはネオ時代の俺が破壊したが、中には取りこぼしもある。

 ま、このところで探しまくって見つけたけどな。ヤバそうなのは壊し、そうでないのはわざとマーキングして残しておいて餌として使ってる。まさにこの魔具はそれ。

「おい、聞こえてるんだろ」

 師匠、なあ?

 俺の呼びかけに、魔物がゆっくり起き上がった。

《―――ネオか。きさま……!》

 ははっ。

 皮肉な笑いがこみあげる。

「姿かたちが変わっても俺だと分かったか」

《分からぬはずがない。またしても私の邪魔をするか……!》

 邪魔? それはどっちだよ。さんざん俺とカレンの幸せの邪魔をしやがって。

 師匠の殺気が膨れ上がった。

 魔物が一斉に退散を始める。師匠が魔物を味方と思ってないように、魔物の側も支障を味方とは認識してない。自分の身が危うければ速攻逃げるさ。

 逃さず狩っておいてと。

「ほらほら、あんまりリキ入れたら壊れるぞ」

 その魔具の容量以上の魔力込めたら、せっかく一時的に出られたのに無駄骨だろ。

《おのれ……きさまがめぼしい回復アイテムや遺跡に仕掛けを施さなければもっと力が貯まったのに……!》

 当たり前だ、やるに決まってるだろ。

「お前、いつの間に」

「暇をみて。黄金のリンゴが狙われたってことは、そういう類のは他のも狙われてると思ってな。手あたり次第にセンサーやトラップ仕掛けといた」

「アイテムで回復ができなくなった。そこで『招かれざる魔女』は魔物を集めたというわけですか」

「こいつの性格なら、集めてまず俺にけしかけてくると思った。案の定だな。ま、俺も色々言ってやりたいことがあったから、おびき出したのさ」

《おのれ、ネオ……!》

 師匠が吸収の魔法を使った。

 おやおや。あんなに見下してる他者の魔力を自分の中へ入れるのは嫌がってたのに。手段を選んでられなくなったか。

 ……さて、どうしようかな~。

 のんびり考えてると、怪盗が飛び出した。そのまま魔物の群れにつっこみ自爆する。

「!」

 ええ?!

 いくら本体にはノーダメージだといっても、すぐさま自爆なんて手段とるとは。始なら他にやりようはあるだろうに。その紙媒体でできることには限界があるってことか。

 ある程度強い魔物は怪盗のおかげで消えたが、残りは師匠が吸収してしまった。

 「クラウス様!」

 リューファの声に師匠が反応した。

 黒いもやの中で光る眼に浮かんでいたのは―――悲しみと苦しみと―――懐かしさ……。

 わずかに子への愛情があっただろうか?

 師匠。カレンへの愛情があったのか?

 期待した次の瞬間、『招かれざる魔女』の憎しみのほうが師匠の感情を凌駕した。すごいスピードでリューファに向かって飛び、上空から結界に体当たりする。

「きゃあああ!」

「リューファ!」

 とっさに俺たち全員でさらにバリアを張った。

 『招かれざる魔女』め、まだ彼女を狙うのか!

 俺がやろうとしたその時、リューファにカレンの姿が重なって見えた。

「―――あたしが倒さなきゃ」

 幻聴と幻覚だったのか、それとも。

 でも俺にははっきりカレンの声が聞こえた。

「絶対に、私が倒す!」

 刹那、彼女は結界外、師匠の真上にテレポートしていた。杖にありったけの魔力を乗せ、振り下ろす。

「私が、やらなきゃならないの!」

 カレンとリューファの意思が重なる。

 生贄にされかけ、絶望して反撃した姿を思い出す。

 昔もそう言って、たった一人で背負ったカレン。

 もういい。もういいんだ。君が一人で苦しむことはない。

 俺は彼女の背後に跳んだ。

《なぜだ、なぜおまえまで―――!》

 どうして娘も弟子も自分に逆らうのかと叫ぶ師匠。

 なんで分からないんだ?

「リューファ!」

 混乱と悲しみに飲み込まれそうになるリューファを俺は力ずくで止めた。杖をもぎ取り、代わりに師匠を抑え込む。

「リューファ、リューファ」

 かつてとはいえ、実の親と戦わなきゃならないのはつらいに決まってる。俺がやるから。

 君がやらなくていい。

「……クラウス、様……」

 言い聞かせるように何度も名を呼べば、彼女も我に返った。

「クラウス様ぁっ!」

 泣きながらすがりついてくる。俺も泣きそうになりながら必死で彼女を抱きしめた。

「独りは、もういや。私はここにいる!」

「……分かってる。絶対離さないから」

 二度と君だけ飛ばさせるもんか。あんな思いはもう嫌だ。

 師匠の感情がまた現れた。

《なぜだ……。なぜ、おまえまでそいつを選ぶ……》

 何を言ってる?

「切り捨てたのは貴様だろう」

 俺は言い放った。

 そもそもカレンの婿候補として俺を連れてきたのは師匠自身だろ。大体、あれだけの仕打ちをしておいて、娘が父親より恋人を取ったからって怒るのはお門違いだ。

 父親として嫉妬するなら、どうして愛情かけて育ててやらなかった。

 ふざけるな!

「何もかも捨てたのは貴様のほうだ。自分の欲のためにみんな殺そうとしたんじゃないか!」

 激情に任せて魔力をぶち当てた。核である魔具が破壊され、師匠の力も霧散する。さらに無意識で魔力をたどって本体まで届かせていたようで、封印されてる師匠と『招かれざる魔女』にまで大ダメージを負わせた。

 黒いもやがあったところには何も残っていなかった……。

 

   ☆


「わ、私は異世界の人間だったんです」

 落ち着かせるため自室に連れ戻すと、リューファは泣きじゃくりながらつっかえつっかえ話した。

「べ、つの世界の。そこで死んで、転生したはずだったんです」

「そうか」

 知ってるよ。

 俺は背をさすりながらうなずいた。

 君がずっと昔に話してくれたから。

「でも、さっき見えたの。私は死んでなくて、眠ってるだけで。それが本当なら、この私は? ぜ、全部夢なの? そんなのやだぁ!」

 俺は彼女の手を取り、納得させるように言った。

「夢じゃないよ。リューファ、ほら、ちゃんと俺の手は温かいだろ?」

「……あったかい」

 触覚で感じ取ったことで現実を確認できたらしく、ゆっくり顔を上げる。

「ほら、夢じゃないだろ?」

「……はい」

「リューファは俺の嫁で大好きな奥さんだよ」

「……はい」

 微笑めば、リューファはぼろぼろ泣いた。

「……っう……」

「ほら、もう泣くな」

「ごめ、なさ……」

「うーん、どうしたらいいかな」

 こういう時は、そうだなぁ。やっぱ明確な愛情表現かつはっきり肉体で知覚できることを。

 と思ってついキスしたら石化してた。

「な、な、な」

「うん、泣き止んだ」

 よかったよかった。

「何するんですかあああああ!」

 思いきりひっぱたいてやりたいとばかりに怒られた。

 なんで。

「え? 泣き止んでほしい、でも嫁の泣き顔もかわいいなぁと思って」

「思ってそういう行動とるんですか!」

「だって我慢してまたすれ違うのは嫌だしな。ストレートに出すと決めたって言ったろ? うんうん、俺の嫁はほんとかわいい。怒ってる姿もかわいい」

「真面目にお願いします」

「俺は真剣に思ってるが」

「ダメだこの人」

 頭抱えられた。

「……私の白状したことが嘘だとは思わないんですか」

 ああ、元異世界人てところか?

「なんで? 全然。嫁の言うことを疑うわけがない」

 最初聞いた時もすんなり信じたろ。

「……異世界とか言ってるんですよ」

「他の世界があることは知ってた」

 始も説明してくれたし。

「前世で交信方法とか研究してたからな。それにしても魔法がない世界ってのは面白い」

「……そんな研究してたんですか」

 ああ、飛ばされた君を取り戻すために。あるいは俺がそっちへ行くため。

「俺も前世の記憶もちだからかもな。言ってみれば、前世も過去の世界、別世界だろ?」

 やり直し回もパラレルワールドみたいなものだ。それでいうと俺は一体どれだけの世界を渡ってきたんだろ。

「……なるほど」

「この世界内で転生したか、他から来たかの違いなだけだ。俺にとっては、他国から来た、くらいの感覚でしかないな」

 俺があまりにあっさり信じるもんで、リューファは拍子抜けしてしていた。

「どんな前世だったか聞いてもいいか?」

 直近の、つまり向こうの世界に飛ばされた後の人生はよく知らないんだよな。興味がある。

「……あまり言うことはないですよ。普通の女の子で、平凡に暮らしてたってだけで」

「写真が欲しい」

 こぶし握って嘆願した。

「……は?」

「前世のリューファの姿が見たい。よし、念写しよう。これ持って思い浮かべて」

 魔法施してある紙を渡して念写してもらう。

 写し出されたのは異国の格好をした美少女。

 カレンと同じ黒髪黒目、顔立ちは違くてもやはり妖精のような美しさ。かわいさの次元を超えている。語彙がなくて表現できん、とにかく最高。

 一目ぼれ三回目である。

 しかもどれも全員同一人物だ。

「……っか」

「?」

「かわいい……!」

「……はい?」

 尊い!

 思わず目頭を押さえる。

 いかん、震えが止まらない。

「かわいすぎて悶え死ぬ! 大事に持ってよう」

「ちょっ、何しまってるんですか!」

「え? 妻の昔の写真を携帯するだけ」

 俺の宝物だ。

 そうだ、カレンの念写もしておいて一緒に持ってよう。

 リューファは必至で取り返そうと手を伸ばしてくる。

「返してください!」

「嫁の写真持ってても、誰も文句言わないぞ。この姿のリューファもいいなぁ。ところでこの服はそっちの世界で普通に着てるものなのか?」

「普段着じゃなく、制服です。学校の。こっちでも魔法学校の制服とかあるでしょう。それと同じようなものです」

 ああ、俺らは学校行ってないけどあるよな。

「へえ。こういうの作らせようかな。着てほしい」

「嫌です!」

 速攻拒否された。

「これは学校に通ってた時だから着てたんです。今じゃただのコスプレですよ」

「でも見たい」

「見てるじゃないですか、今」

 写真を指す。

「写真じゃなくて現物が見たい。それとこれとは別」

 せっかく本物がここにいるんだ、やってもらわずどうする。

「妻にコスプレ要求するとか、なに危ないこと言ってるんですか」

 ものすごい冷めた目向けられた。完全に涙引っ込んでる。

 しかしそれくらいでくじける俺ではない。

 真顔で宣言した。

「かわいい妻をこの目で愛でたい」

「さらに危ない発言になってます!」

 どのあたりが?

「そんなことに使うなら返してください! ていうか燃やします、今すぐ!」

「燃やしても、俺が完璧に記憶したからいくらでも念写できるぞ」

「無駄にいい記憶力をこういうところで使わないでください」

「逆にこういう時使わずいつ使うんだ。ほんとかわいいなぁ。こんな子見たら、俺なら速攻結婚する」

「一気に飛んで結婚ですか」

「そりゃあそうやって自分のものにしておかないと。……って、まさか誰かと結婚してなかっただろうな?!」

 がばっと振り向く。

「殺気はらまないでください。私、学生、十代だったんですよ。あっちの世界じゃ、平均結婚年齢は30代ですし。そもそも私モテませんでしたし」

「ありえない。めちゃくちゃかわいいじゃないか。異世界の美醜の基準がどうかしてるんだ。俺の嫁がかわいくないとか言う奴の気が知れない」

「眼科か脳外科行ってください」

 というかたぶん気づかなかっただけじゃないか? リューファはカレンの頃からそうだが自己評価が低すぎる上に、他者からの好意に超鈍感だ。師匠と奥様から常に否定されて育ったためそうなってしまった。

 おそらく惚れてた男は何人もいただろうが、ちっとも気づかなかったんだろう。幸いだった。

「なんで。リューファは世界一かわいいのに」

「ですから平凡な女子高生ですって。付き合ってた人もいませんでしたし」

「よかった」

 心の底から安心した。

「そんな男でもいたら、何としてでもそっちの世界に行ってシメるとこだった」

 不可能だろうがなんだろうが、やり方編み出して。始に頼み込んででもどうにかする。さすがに始には力じゃ敵わないからなぁ、これが土下座の使い時だ。

 本気具合に気づいた妻はちょっと青くなってた。

「じゃ、リューファが結婚したのは過去も現在も俺だけってことだよな」

 さらに言うなら婚約者も恋人も俺一人だ。

「……はあ、まぁ、そういうことになりますね」

「大好きなリューファを独占できるのは俺だけでうれしい」

 ご機嫌で最愛の人を抱きしめた。

 俺は君だけだよ。始に何人カノジョ斡旋されたって、好きになったのは君だけだ。

「あ、あの、人の話聞いてました!?」

「え、何が? リューファの前世の写真なら捨てないぞ」

 しっかり言っておく。

「捨ててくださいっ。そうじゃなくて、さっき見えたあの光景! 前世の私は死んでなくて、眠ってるだけだって」

 ああ、それか。

 確かに気になるが、始がそんな手抜かりするとは思えない。リューファを奪われたら俺が暴走するのは分かりきってるのに、そんな方法で連れてくるか?

 今度こそずっと俺のそばにいられるようにするだろう。そうすれば俺はシンクロ能力を発動せず、世界も安定したままになる。

 ということは、だ。

「精神攻撃じゃないか」

「……え?」

「『招かれざる魔女』がどこまでリューファの事情を知ってるかは分からないが、何も知らなくても精神攻撃を仕掛けることはできる。相手が勝手にマイナスに考えるよう仕向ける魔法あるからな。もちろん禁術」

「精神攻撃……」

 『招かれざる魔女』ならそれくらいやる。やつのカレンへの憎しみはすさまじく、そして筋違いだからな。

「俺のアキレス腱はリューファだ。奴もそれを察して、リューファを崩そうとしたんだろう。動揺を誘って、殺すつもりだった」

 あの時のように。

「―――」

 ひゅっとリューファが息をのむ。

「そこまでやるとは、奴も堕ちたもんだ」

「? あの……クラウス様、『招かれざる魔女』は昔そこまで悪い人じゃなかったんですか?」

「ああ、まぁな。元は善人だったぞ」

 一応、な。

 別世界の知識を独占し、自分が世界で一番優れた存在でいられる間は善人のようにふるまってた。本音はどうあれ、惜しみなく人々のために働く師匠は確かに良い人だった。

「何が原因で……?」

「それは……」

 言いよどんだ時、ドカ――ンと派手な音がした。

「!?」

 リューファは思わず身構えたが、俺は平然としていた。

「この聞き覚えのある音。ジークがまぁたシューリにぶん殴られたな」

「ですよね、これ」

 やれやれ。

「リューファの護衛を口実にシューリを泊まりこみにしてやったのに、あいつも進歩しないなぁ」

「あ、そんな裏があったんですか」

 まぁ親友の恋路は応援するもので。

「にしてもクラウス様、ジーク兄様とほんと仲いいですよね」

「まぁ、溺愛してる妹を嫁にもらったわけだし。それにあいつはテオの転生者だから、つい兄心がな」

「……へ?」

 リューファはしばし沈黙した。

「ジーク兄様って昔からあんな変人だったんですか」

「第一声がそれか」

 分からないではないが。。

「クラウス様の前世の弟で、うちの先祖がアレか……」

 そう思うよな。

 ちなみに君の前世の異父弟でもあるぞ。

「昔はあんなんじゃなかったんだけどなぁ。昔の姿見てみるか?」

 おでこくっつけて映像送る。天使のように無邪気でかわいく、そしてしたたかだった異母弟の。

 リューファはガバッとおでこ外して、

「誰!?」

「ジークの前世」

「キラッキラしてて普通に純真な男の子なんですけど!?」

「あー、うん、今の熱血バカから考えるとな。あの頃はかわいかった」

 遠い目。

 人間、変わるもんだよなぁ。

「何をどうしたら熱血バカ脳みそ筋肉変態野郎になるんですか!」

「ま、別人ではあるから。記憶が完全にあったとしても、前世と同じ人間ができることはない。姿かたちも違うし、生まれた環境やその後の経験によって人格は形成されるものだからな」

「そりゃそうですけど」

「テオはまさに人懐っこい『弟』ってキャラで、誰とでも上手くやってける要領のいいやつでさ。魔法使いとしても優秀で、真面目な働き者。だから俺が当主丸投げしても異論が出なかったんだよ」

 王の姪と結婚できなくなったド庶民より、王の甥が公爵家当主になったほうがいいに決まってるしな。

「優秀……うん、まぁ、不出来ではない。真面目な働き者……どこが?」

「うーん、今の不真面目さはわざと誇張してんじゃないかって気がするな。シューリにかまってほしくて」

「……ああ、かまってちゃんみたいなとこはありますよね」

「テオの恋人の転生者がシューリだからかな」

「え?!」

「あいつ、彼女にベタ惚れでさぁ。ヒマさえあれば好きって言ったり、抱きついたり、見てるこっちが恥ずかしくなるような言動が多々……。わが弟ながら大丈夫かと思った。もう少しマトモに育てるべきだったかな」

 最後はぼそっと。

「え、それ現在クラウス様がやってますよね」

 すかさずツッコまれた。

「俺は両想いの子、ていうか自分の嫁にやってるだけだから問題ない。新婚夫婦の日常の範囲内」

「範囲外です!」

 照れ屋だなぁ。

「シューリの前世も見るか?」

 またでこ経由で見せる。ドジっこ司書。

 司法長官のほうと勘違いしないよう注意した。

「あ、一人目のほうだから」

「………。誰!?その2!」

「シューリの前世」

「片付け手伝ってくれてた子のほうじゃなくて? あんなドジっ娘だったんですか!」

 今もまだそうだろう。

「あれでも二十歳だぞ。もちろんテオよりも年上で、かなりのドジ&天然でさ。ほっとけないところがよかったらしい」

 それが男装の麗人にはなるとはびっくりだ。

「自分でもドジなのを気にしてたから、次は頼れるかっこいい大人のお姉さんになりたいと思ったんだろうなぁ。一方でテオは年下なのを気にしてたから、年上に生まれてきたと」

「ジーク兄様、中身はまごうことなき子供ですよ。ていうか、そんな思い通りに転生できます?」

「思いが強ければ、人格に影響を与えることはある。上手く望むところに転生できるかは運だが、テオなら意地でも実現させるだろうな」

 つくづく俺ら兄弟だな。

「ちなみに二人目のほうはフォーラの前世だ」

 ドSな司法長官。

「あっち!? あんな女王様みたいな外見の子が!? でも納得!」

 今もフォーラはあんなもんだろ。

「鞭が良く似合う、サイコメトリー魔法編み出したストーカー野郎に本人の恥ずかしい過去エンドレスで見せ続けた鬼司法長官な」

 敵に回したくない人間の一人である。

「フォーラはずいぶん丸くなったもんだよな」

「そうですかね」

「あれでも丸くなったなった」

 昔はもっと……うん。王が司法長官だけは一目置いてたのもそこらへんがな。

「ま、三人とも前世の記憶はないが」

「あのー、じゃ、ランス兄様が前世の恋人ってオチですか」

 いや?

「それは違う。ランスの前世は知らないな。別の時代なんじゃないか」

「あ、そうなんですか」

「全員前世の関係者ってわけじゃない。体内で魔物を浄化できるドラゴンなんか、あの時代いなかったしな」

「ふうん。幻獣も進化してるんですね」

 いたら捕まえてきてカレンにプレゼントしてたよ。絶対喜ぶ。

 実際カレンが好みそうなのがいると聞けば、片っ端から捕獲してきてプレゼントしていた。ペガサスなどその例だ。

 速攻で獲ってくる俺を周りは生暖かい目で見てたっけ。

「そうだ、封印のアイテム触れば、他の映像も見られるかも。前世あいつとは友達だったはずだから」

 手元に最新の三つを出す。

「三つ一気にやると負荷が大きい。俺も一緒に触ろう。精神が影響受けないよう、結界張ってやれる」

「自分でできますけど……」

 絶対ダメ。

「俺が心配なんだよ」

 リューファの手を取り、同時に封印のアイテムに触れた。


   ☆


「ネオ―――っ!」

 懐かしいカレンの声が俺を呼ぶ。

 ……ああ、懐かしい。

 彼女はどうやら屋敷の廊下を駆け抜けてるらしい。階段まで来ると、二階から飛び降りた。

 階下の玄関にいたかつての俺がとっさに受け止める。

「おい、何やってんだ!」

「えへへー」

「危ないだろうが。飛び降りるなら魔法を使え」

「だーって、ネオがちゃんと受け止めてくれるって分かってたもん。お帰り!」

 抱きつく彼女。

 かわいいっ……が、そこでハッとした。

 待てよ。そういや、リューファはカレンが自分自身だと知らない。つまり夫が他の女といちゃついてるシーンに見えるんじゃ?

 ひいいいいい。

「………………」

 妻がジト目向けてくる。

 くしくもこの当時と同じく、決死の無表情になった俺。内心は冷や汗ダラダラである。

 黙って視線を戻す妻。

 ち、沈黙が痛い。あああのな、俺が好きなのは君だけだって、ほんとだってば!

 師匠が苦笑してドアをくぐってきた。

「娘よ、私も帰ってきたんだが?」

 師匠……。この頃は優しい人でしたよね……。

「もちろんパパもお帰りなさい! あのね、今日帰って来るって言ってたから、おやつ作って待ってたの!」

 ある程度できるようになった俺を連れ、師匠は泊りがけで仕事に行くことが多くなっていた。

「魔力回復できるケーキを考案したのよ」

「そうか。もらおうかな」

 親子そろってティータイム。

 将来悲劇が待ち受けているとはとても思えぬ光景だ。

 ずっとこんな穏やかな時を過ごせると思ってた……。

「どう? おいしい?」

「……ああ」

 もうちょっとしゃべれよ俺。

 他人の目線で見ると、過去の自分をどつきたくなる。

 でもうれしすぎて叫び転がりまくったら、師匠に失格の烙印押されて追い出されてただろうしな。カレンのそばにいるため死ぬ気で抑えるしかなかった。

 リューファがぼそっと、

「……クラウス様、当時モテたでしょ」

 ひい、嫁の言葉のトゲがっ。

 師匠の攻撃より効く。

「別に怒ってるわけじゃないですよ。事実の確認です」

「ぜ、全然モテてない!」

 事実だ。声を大にして言う。

「嘘つかなくていいですよ」

「ほんとだって!」

 運よく師匠に拾ってもらっただけの貧乏な庶民だぞ。身分を自慢する貴族連中にそりゃあ馬鹿にされまくってたもんだ。

「ねえパパ、次はあたしも連れてって」

「駄目だ」

「なんでネオはよくてあたしはダメなの」

「危険な仕事もあるからだ」

「あたしだって、人のために働きたいのに……」

「家にいてもできることはあるだろ」

 ネオの俺が言うと、奥様が手をたたいた。

「そうね、花嫁修業すればいいわ」

 ブフォオオッ。

 盛大にむせる過去と現在の俺。

 そういやここそういう話の流れだった!

 慌てて口ふいてくれるカレン優しい。

「……お、奥様、何を。俺は薬の調合とか魔法の研究って意味で言ったんですが」

「あら。だって、ネオくんがこの子のお婿さんになってくれるんでしょ? だから花嫁修業しなきゃー」

「あ、あの、俺はその」

「恥ずかしがらなくていいわよー。それに、最初からお婿さん候補として連れてきたんだもの。ねえ、あなた?」

「うむ」

 うなずく師匠。

 カレンもけろっとして、

「そんなことだろうと思った。でなきゃパパが弟子とるわけないもの。嫌な人だったらお断りだったけど、ネオならいいよ。だってあたし、ネオ大好きだもん!」

 ぐは……っ。

 かわいすぎて瀕死。

 う、うれしいんだけど今の妻は盛大に誤解しまくってて!

「クラウス様」

「は、はいいっ」

 ビシッと背筋伸ばしていい返事。

「ビビらないでくださいよ」

 だって妻に怒られるのが世界で一番怖いんだよっ。

「り、リューファ、怒ってる……?」

「別に怒ってませんよ。これは前世の話で、私はいなかったんですし。いわば元カノとラブラブな頃の映像見てるだけで」

 いや君なんだけど。

「……怒ってるよな」

「面白くないだけです。ただまぁ、親の用意した婚約者がいたんだなーって」

「俺が好きなのはリューファだけだから! あれは前世の話で、今世はリューファ一筋だし!」

 というか過去も今も君一筋です。

「マジでどうすればいい? なんでもする」

 あ、そうだ。さっきうっかり消しちゃった魔物と同じようなの見つけて素材集めてこよう。

「マジで何でもしそうなんでやめてください。何もしなくていいですよ、分かってます。強引に結婚させられればね」

 うぐ。

「……恨んでる? 理由があってしたことだけど、無理強いしたことは反省してる……」

 しょんぼり。

「悪いとは思ってたんですね。……いいですよ。私も頑なで、けっこうひどいことしましたし。私も謝らなきゃならないと思います。……それに、おかげでクラウス様のお嫁さんになれたんだからいいです。……強引なクラウス様もかっこよくて、実はちょっとうれしかったし……」

 小声も俺の耳はしっかり拾った。

「それ本当か?!」

 瞬間的に顔輝かす俺。ほら、チョロい。

「ちょっ、独りごとを拾わないでください!」

「愛する妻の言葉は何一つ聞き逃さない。強引にしても実は喜んでたのか。よし、今後はもっと強気でいこう」

「いかなくていいですー!」

 リューファは叫んで読み取りを中止しようとした。

 これは逃げるなと予想できたんで、先に現実に戻って先手打っておいた。

 意識戻したら覆いかぶさられた体勢という状況に、赤面して叫ぶ妻。

「もっ、もう十分強気じゃないですか! これ以上はほんと無理いいいい!」

「本気で嫌ならやめるけど、実はうれしいんなら話は別。好きだよ、リューファ。かわいい俺の奥さん」

「キラキラさせて迫ってこないでー!」

「夫婦なんだからいいじゃないか」

「ちっともカケラも微塵もよくないっ!」

 ふふふ、照れ屋でかわいいなぁ。ほんっと俺の嫁最高。

 前世できなかったぶんも堪能しなきゃ。

「あ、そうだ。うっかりさっき消し炭にしちまった魔物と似たのを捕まえて素材持ってきたぞ。庭に置いてあるから後で確認してくれ」

「は?! いつ行ったんですかっ。ていうかいいですってば!」

「え、それは分身飛ばして」

「無駄な才能の使い方! なんで分身がそんな強いんですか!」

「長年の訓練のたまものだな」

 うんうん。

 より強くなっても、理由と原動力が嫁のためだってことは周知の事実なんで、誰からも生暖かい+残念なものを見る目向けられたっけ。今より弱かったのに化け物と言われ、惨殺された回とはえらい違いだ。やっぱ良識ある妻にべた惚れでチョロい男だと、アホ扱いのおバカ認定で人類の脅威とは思われないんだなあ。

 今度こそ妻と平穏無事に過ごすためにも、やはりどんどんこの方向を突き進むべきだと思う。

「というわけでもっとラブラ」

「しませんってば! どこがというわけなんです!?」

 いい笑顔で提案したら、ぐぎぎぎぎと顎押し上げられた。

 いてて。

「どいてください~っ」

「うーん。さっき話に出たみたく、上目遣い+お願いポーズでおねだりしてくれればちょっと考えるかも」

「しませんって言いましたよね! ていうかやっぱ聞いてたんですか!?」

「駄目か?」

 こてんと首をかしげる。

「う……っ」

 赤くなってどもる嫁。

 カレン時代にきいてたらどうだったのかな。なんで当時きいたことなかったんだろ俺。

 ああそうか、言うまでもなく無自覚でカレンのほうがしてくれてたからか。無自覚に純粋と純真と天然を加えたら、そりゃ最強だって話。

「リューファ」

「…………」

 催促すれば、妻は羞恥をこらえつつ口を開いた。

「……く、クラウス様、お……お願いします、もういいでしょう……?」

 ビシイッ。

 冗談抜きで鼻血吹くかと思った。

 尊みが過ぎて死ぬ!

 かわいい、それしか言えん!

 もじもじしながら恥ずかしいけど必死で言うところがたまらん。

「リューファ、好きだ」

 感極まって抱きついた。嫁は悲鳴あげた。

「ぎゃあああああ、なんでそうなるんですー!?」

 むしろこうなるって結果決まってただろ。

 最愛の人のぬくもりとにおいをかみしめる。

「あー、ほんと柔らかいあったかい安心する」

「リクエストきいたじゃないですかー! 恥ずか死ぬの我慢したのに!」

 考えるかもと言っただけで、承知するとは言ってない。

「うんうん、俺のこと好きって示してくれたから、今度は俺の番と思って」

「今は言ってませんよね?!」

「態度が言ってた言ってた」

「やだもおおおおおっ!」

 自分の言動に出てるのに、好意に関して超絶鈍感だから気づかないんだよなあ。そういうとこが昔からイイ。

 顔を隠そうと俺にしがみついてくる嫁に微笑んだ。

「好きだよ」

 かつてここで暮らしていた頃は毎日言っても拒絶され続けた言葉。でも今ははねつけられない。

 彼女は目を泳がせながらも、どこかうれしそうに小さくうなずいた。

 ああ、そうだ。俺はただ、君に笑っていてほしかったんだよ。


   ☆


 さて、ひとしきり妻を堪能すると、疲れてるリューファを眠らせた。そして念のため向こうの世界へ行ってリューファの前の肉体を確認したり、ジュリアスのところへ赴いたりと忙しく動き回る。

 その後で後始末押しつけ……任せたジークたちのところへ。

 俺の姿を見たジークは急いで椅子から立ち上がり、

「クラウス! リューファは?!」

「落ち着かせた。本体がついてるから心配ない」

 まぁ向かわせたのはこれも分身な。本体はしっかり妻の傍にいる。

 さっきちょっと向こうの世界へ行くため傍を離れたんで補給しないと。何をって? 嫁成分を。

「え? あ、そっか、お前分身か」

 言わなければ大抵の奴には分からない。見かけは本体と変わらないし。

 普通に椅子に座り、皆を眺めた。

 ……さて、どこまで話したものか。

 ある程度は事情を教えておくことにした。

「ざっと説明しておく。まずリューファも前世の記憶もちだ」

「なんだって!?」

 さすがに全員仰天していた。

「お前の前世の知り合いか?」

 お前もな。

「いや、リューファの前世は異世界だそうだ」

「異世界?」

 うちの国では異世界の存在自体が知られていない。異世界へ飛ぶ魔法がないから当然と言えば当然だが。

「知人の国では周知の事実だが、この世界とは別の世界が存在するんだ。向こうの国でもあまり交流はないが」

「なぜ知られていながら交流がないんですか?」

 これはフォーラの質問だ。

「そこは魔法のない世界だからだそうだ。あまりにも世界のシステムが違いすぎて、トラブルになるかもしれないと慎重を期してる。安全な方法での交流を模索してる最中だな」

「なるほど」

「魔法がない世界ですか。興味深いですね」

 ランスがつぶやく。

「それは置いとくとして、問題は。リューファの前世は事故で死亡してる。魂は肉体を離れ、こっちの世界に来て転生した。こういうケースは前例がない。召喚されて、生きたまま肉体ごと来た人間はいるんだが。さらに前例のないことに、死後も前世の肉体は延命治療で生き続けてるんだ」

 ランスとフォーラは驚いて顔を見合わせた。

 シューリはしばらく考え込み、理解できたとうなずく。

 ジークはまったく理解できなかったようだ。

「えー……悪い、どゆこと?」

「間違いなく死んでて魂も離れてるのに、肉体だけ高度な医療技術で維持させてるんだよ。意識はない、寝たきり。さながら眠り姫だな」

 『眠り姫』は俺の先祖か。

「目覚めないのか?」

「魂が抜けてるから無理だろ」

 フォーラが思案気に、

「リューファは前世完全に死んでない。何らかのショックで魂だけ飛ばされ、今の肉体に一時的には入ってるだけかもしれないと?」

「何らかのきっかけで元の肉体に戻るかもしれないって? 死んでないのに転生するのはありえないよ」

 ランスが言う。

「意識体だけ飛ばして、人に憑りつくことあるでしょう。『転生』じゃなく、『憑依』なんじゃない? リューファは生まれてすぐ、その後もしょっちゅう意識体飛ばして散歩してたんでしょ。普通そんなことできないわ。まして魔法のなかった世界の人間が。なのにできたってことは、肉体と魂の結びつきが弱かったからじゃないの?」

 シューリが頭をかいて、

「難しいことは分かりませんが、リューファが前世の肉体に戻ることがあったとしてですね。クラウス様はその姿でもいいんでしょう? 他の国で異世界と交流を計画中ってことは、行き来できる。クラウス様ならどんな手段を使ってでもリューファをこちらに連れてくるでしょうし」

「別に姿かたちはどうでもいい。外見が変わってもリューファは俺の嫁だ。前世の姿もかわいかったし」

 すかさずコピーを出してみせた。

 案の定、ジークとランスがくいついた。

「かっ、かわいい!」

「コピーください。一部、いや百部」

「やらない。嫁を愛でていいのは夫の俺だけだ」

 サッと隠す。

 ジークが恨めし気にうなった。

「じゃあ見せるなよ。自慢かちくしょー」

 男性陣を女性陣は冷ややかな目で見ていた。

「どうつっこんだもんかな」

「無視するのが正解じゃないかしら」

 何とでも言え。俺の嫁は世界一。

「で、姿が前世のでもいいなら何が問題なんです?」

「リューファが自分を犠牲にして『招かれざる魔女』を倒し、前世の肉体で目覚めることもなかった場合だな」

 しんと場が静まった。

 自分の命と引き換えに『魔王』を倒す。リューファならやりかねないと全員が理解していた。

 怪盗が『招かれざる魔女』につっこんで吸収を阻止したことで、同じ考えが浮かんだようだ。

「今世の肉体は消滅。前世の肉体にも戻れない。となったらリューファはどうなる? この世界で転生するのか、異世界に戻るのか」

 フォーラがきく。

「過去、異世界から来た人がこちらで死んだ記録はないんですか?」

「知人に聞いたところ、わずかながらそういうケースがあるそうだ。記録によると、どうやらこちらで転生したらしい。前世の記憶もちとして転生したから判明したそうだ」

「なら問題ないんじゃ……ああそうか、リューファは肉体が異世界に残ってるんですね。引き寄せられるかもしれないと」

「だが、生き返れるかどうかは分からない。肉体は確かに残ってるが、蘇生できるほどの状態なのか? それに、異世界ではシステムが違う。死=消滅だとしたら、その瞬間リューファは消滅するかもしれない」

「冗談じゃない!」

 ジークが叫んで立ち上がった。蒼白になっている。

 俺は落ち着くよう諭し、座らせた。

「みんなに話したのはそのためだ。俺はなんとしてもリューファを守りたい」

「オレたちだってそれは同じだ」

「今回のことで分かった通り、リューファは一人で『招かれざる魔女』を倒そうとしてるフシがある。それじゃ駄目だ。みなで力を会わせないと」

「リューファが一人で暴走しないよう説得しましょう」

 ランスが言う。

 ああ。前世でも『招かれざる魔女』をカレンが一人で倒そうとして、相打ちになった。……仲間みんなで協力すれば、そうはならなかったろうに。

 少なくともカレンがあんな目に遭うことはなかったろう。

「……繰り返すわけにはいかないんだ。みんなで力を合わせ、今度は誰一人欠けることなく終わらせたい」

 あの頃はなかった知識と技術、新しい仲間が今はいる。だから今度は。

 必ず、奴を倒して全て終わらせる。

 俺は静かにそう告げた。

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