26 勇者の父はヤンデレ予備軍
のんびりしたある日の昼下がり。
俺は私室で妃の膝に頭を乗せ、うとうとまどろんでいた。
ゆったりしたリズムでなでてくれるのが心地いい。
時々とんでもないことやらかす愚息は優秀なお嫁さんが見張……もとい面倒みててくれてるし、安心して昼寝できるというものだ。
はるか過去の夢を見た。
もうずいぶん昔、気の遠くなるほど昔の記憶の断片が浮かんでは消えていく。
どれも前世の記憶のカケラだ。
実は俺は前世の記憶もちなのだが、ギルにすら言っていない。なぜなら記憶もちと言えるほどはっきり覚えてるわけじゃないからだ。
あくまで断片的にわずかなことをなんとなく感じてるにすぎない。
知っているのは妻シェラだけだ。というのも彼女は共通した記憶があるから。
つまりずっと昔に俺たちは関わりがあったということである。
今世において俺たちが初めて会ったのは―――そしてそのことを思い出したのはまだ小さな頃だった。当時ある地方で魔物の毒が原因の病気が発生した。
父である国王は自ら退治に向かい、元凶を見事退治する。
急いで近隣住民の治療に入ったところ、そこで見たのは一人の幼い少女が懸命に解毒し、村人を救おうとしている光景だった。
泥だらけで瘦せた体で必死に薬草を調合し、投与している。
「君! ボロボロじゃないか。もう大丈夫だよ。あとは任せて」
同じ年頃の俺のほうが信用してもらえるかと、少女の前にしゃがんで顔をのぞきこんだ。
その瞬間気づいた。
デジャブ。
……あれ……?
俺は、この子を知ってる……?
目の前のこの容姿は知らない。俺が感じたのは彼女の魂だ。
懐かしいと思うその人を俺は確かに知っていた。名前も顔も思い出せないけれど。ただおそらくどこかで少なくとも恋人同士だったことは予想がついた。
俺たちは何かが原因で別れてしまった。そのへんのことは今でも思い出せないし、思い出すつもりもない。
別れた後それぞれ別の人生を歩み、生涯を終えた。今世までに何度か転生してると思う。
「―――」
少女も俺を凝視して固まっていた。
同じことが起きたんだと悟る。
ただ彼女のほうが幼くてショックが強すぎたのか、それとも衰弱してたからか、そのまま気絶してしまった。
「おい!」
とっさにしっかり抱きとめる。
先生―――後のフォーラの祖母―――がすぐ手当てする。
「魔力切れと体力を使い果たしたんですね。回復魔法はかけました。栄養をとらせてしばらく静養すれば大丈夫でしょう。……それにしても」
少女が使っていた薬草の山とナベを調べる。
「自己流でよくまぁ。見事に解毒薬を作ってますよ。この子は天才ですね」
結果的にその村の半数は死亡したと分かった。全滅を免れたのは彼女の薬のおかげだった。
彼女は多くの人の命を救った天才少女と賞賛されたけど……彼女の家族は死亡した者の中に入っていた。
自分の家族を救うことはできず、独りぼっちになってしまったのだった。
ひとまず先生の家で保護された彼女は丸三日眠り続けた。
ようやく目を覚まし、起き上がれるようになったと報告を受けた俺はすっ飛んで行った。
人払いをしてきく。
「……俺のこと分かってるよな?」
「…………。……うん」
彼女は横になったまま小さくうなずいた。
「でも……詳しいことは覚えてないの。昔の自分の名前も顔すらも」
「俺も同じだ。覚えてるのは何回かの転生前、俺たちが夫婦か恋人同士だったってことだ」
「そうみたいね」
彼女もそれ以上思い出すつもりはないと見てとれた。
「……あれからどれくらい経って、何回転生したんだろうな。なぜ俺たちが別れてしまったのか、原因はもう遠すぎて思い出すこともできない。でもあれから別の人生を経験したからこそ分かることが一つだけある。俺が愛したのは君だけだってことだ」
手をきつく握りしめ、まっすぐ彼女の目を見て言った。
別の人間として生まれ、他の女性と結婚したこともある。だからこそ分かるんだ。
彼女は一瞬目を見開いた後、ふっと表情を和ませた。
「……皮肉ね。私も同じよ。あの頃私達がなぜ別れてしまったのかなんて、もうどうでもいい。あの私たちはもう死んでるのだから。ここにいいる私たちは別の人間……そして、こうして会えたもの」
そっと頬に手を伸ばし、彼女は微笑んだ。
「二度と後悔したくないから言うわ。私もね、あなただけが好きよ」
「……っ」
泣きそうになった。
過去失敗した俺たち。
たぶん、原因はささいなことだった。それがすれ違いを生み、亀裂が大きくなって修復不可能なまでになってしまった。
何度もそのことを後悔した。あの時に戻れたらと俺はきっと何度も何度も自分を責めたんだろう。
でも今、もう一度やり直すチャンスをもえらえたということなら。
今度こそ間違えたりしない。
俺は彼女の手に自分の手を添えた。
「俺の名はアキレス。―――君は?」
「私はシェラ。シェラザード。初めまして?」
「ああ、そして久しぶり、かな」
後悔しないよう、幸せになろう。
☆
さあ、こうと決めたら俺は行動が早い。
まず先生に直談判。
「先生、シェラは孤児になってしまいました。彼女の才能を埋もれさせるのは惜しいですよね? 後見人になってもらえませんか」
「ああ、それはいいですよ。こちらも考えておりましたし」
よし。
「それから彼女と結婚するんで、成人までにこっそり妃教育仕込んどいてください」
キラキラした極上ロイヤルスマイルで言い切った俺に、先生はたっぷり十分くらい停止した。
「……は?」
冗談ですよね?ってドン引きしてるな。
冗談どころか、真剣そのものだっつーの。本気だぞ。
「父上と母上と同じ反応ですねぇ」
「いや普通こうなりますよ。え? 殿下、あの子が好きなんですか?」
「好きも好き、本気ですが何か? 俺は彼女以外いらない」
先生は何とも言えない表情で俺を眺めた。
「一目ぼれした相手をがっちり捕まえて逃さず、結婚に持ち込むのは『眠り姫』の頃からの王家の伝統とはいえ……。まぎれもなく殿下も血を引いてますねぇ……」
ああそうそう、父上も母上に一目ぼれの恋愛結婚だったんで、特に反対されなかったよ。むしろよく分かるって応援された。逆に母上は遠い目してた。
ドリミア王国は実力主義で、一応貴族階級はあるものの、身分にあぐらをかいていばってるだけで働かない者は容赦なくクビである。王妃・王配も貴族や他国王族クラス出身者と庶民出身は半々だ。だから身分の点は問題にならない。
俺はシェラが幼いながらも村の半数を救った英雄だというニュースを広め、周到に彼女の評判を確立した。
隠れた特技は裏工作なんだ。正面切ってのどストレート戦法はギル、搦め手は俺の担当。そうやって俺らコンビは上手くいってるわけ。
俺のそんな腹黒ぶりにはちっとも気づいてないシェラは―――まぁ俺も必死に隠してるんだけど―――先生について教わり、どんどん新しい薬を新開発していった。また多くの病人が救われることになり、『救いの女神』だと有名人に。
国内外で評価が高く、彼女を皇太子妃にする流れは着々と進んでいった。
弊害はそんな彼女に横恋慕する阿呆や、利用しようとたくらむ輩が現れること。
徹底的に潰した。
そんな俺の悪辣さを唯一全部知ってるギルに言われた。
「おーい……。アキレス、やりすぎじゃね?」
「え? だって、害虫は速やかに全滅させないとだろ?」
「涼しげなロイヤルスマイル向けんじゃねーよ、嘘くせぇ。つか、全滅って。そういや魔物相手に笑顔で容赦なくえげつなさすぎる作戦しかけて掃討するヤツだったなお前」
「そう言うギルだってクレオちゃんに寄ってくる男排除してるじゃないか」
同じ穴のムジナって知ってるか?
「オレが潰してるのはろくでもねー連中だけだよ。マトモで真剣にクレオのこと好きなやつのジャマはしてねぇ。そこらへんは公平に競争すべきだ。てか、それ以前にクレオんとこの防御態勢がすごすぎ」
世界的大富豪だからなぁ。有力候補のギルに対してはあちらは何もしないが、並の男じゃクレオちゃんに近付くことすらできやしない。けっこうな警備体制である。
「俺もあの姿勢見習って、もっと警戒レベル上げようかな」
ぽつりとつぶやいたら、速攻止められた。
「すでに王家直属の特殊部隊、シェラちゃんにつけてんじゃねーか! これ以上て! やめろよ!」
「じゃあ個人的に秘密部隊作ってやらせよう。それなら問題ないだろ。私設兵なんだから。クレオちゃんち、あれ見る限り手練れに詳しいだろうから、人材紹介してもら……」
「絶対やめろ」
真顔でがしって肩つかまれた。
なんで?
周りの密かな工作はともかく、俺とシェラの恋は穏やかなものだった。
失敗した経験があるからこそともいう。今度は上手くいくようにお互い考え、一時の感情に任せて激突したりしないよう注意してる。話し合い、譲り合って着地点を見つけて。
そうやってのんびり平和的にやっていった。
その甲斐あって無事結婚し、子供も生まれた。ずっと昔に叶えられなかった夢。
よかった、と心底安堵した。
ただこの出産で一時はシェラの命が危ぶまれた。
「ごめんな、シェラ。子供はこの子一人でいい。十分だ」
生まれたばかりの我が子を抱き、泣きながら言った。
また君と別れたくない。
「……そうね。だから泣かないで、あなた」
まだ腕を動かすのもきついだろうに、彼女は俺の涙をふこうとしてくれた。
俺の子を産んでくれてありがとう。もう、十分だよ。
息子クラウスは健康そのもので、すくすく成長した。
強い魔力を持ち、頭はいいし、大抵のことはなんでもソツなくこなす要領の良さ。一部ものすごく驚異的に不器用だが、完璧な人間なんていない。そういうもんだ。
……で、この息子がなかなかに悩みの種だった。
同類のカンとでもいうか、クラウスの心は何かが欠けてると俺は気づいていた。俺と同じく、愛する人を得られなかった悲しみをひきずってる。
いや、俺よりもっとひどいとみた。
このままじゃこの子は心が壊れてしまうかもしれない。
その時に思いついたのが王家に伝わる預言書を利用することだった。あれは独特な魔力を感じられる。クラウスと同じ質のもの。
たぶんあれを遺したのはいつかの前世のクラウスだろう。
ということは、わざわざこんな仕掛けしてまで得たかった人が現れるということだ。予言の通りに。
なら、望みが叶うようにしてあげよう。
親として息子が壊れるのは何としてでも阻止したい。
それに似たような喪失を味わったことがあるからなおさら、幸せにしてやりたいんだ。
作戦は成功し、クラウスは欠けていたものを埋める唯一の人を手に入れられた。リューファちゃんがいればクラウスは狂わない。本当に良かった。
……よかった、で済めばなぁ。
今度はその婚約者が好きすぎてしょーもないことになった。
遠い目。
我が子の裏での悪辣ぶり見て、ちょっと自分の過去の行い反省したよ。身につまされる。似すぎだろ息子よ。
俺よりひどいことに、クラウスは愛情が重すぎる。本来何事にも無関心だから、その反動が一点集中してるわけだ。あれを一身に受けるほうはたまったもんじゃないだろう。
よくリュ―ファちゃんは耐えられるよなぁ……。ギルも大概でクレオちゃんはよく我慢できるなぁと思ってたけど、あんなん軽いほうだったわ。
…………。
うん。もう息子も大人だし、ていうか俺疲れたし、もういいや息子のお嫁さんに全部任せる!
丸投げじゃないぞ決して。たぶん。
超鈍感でスルースキルに長けた義娘のおかげでこうして妻とのんびりできるし。いやぁ、最高。
―――ふと目を開けると、妻は薬学の本を読んでいた。
皇太子妃になって以降研究からは退いたが、引退後はまたやりたいそうだ。彼女の幸せを阻むつもりはないので、応援してる。
俺が起きたのに気付いた彼女はこっちを向いた。
「起きたの? おはよう」
穏やかな笑顔。
はるか昔、別れ際に見た表情とはまるで違う。覚えてなくてもそれは確信があるんだ。
失敗した過去は辛いものだった。だけどそれがあるから、幸せになるために努力できる。やり直せる。
「ああ、おはよう」
俺も穏やかに微笑み返した。
クラウスの両親も似たような失敗経験者でした。だからクラウスの気持ちが分かり、協力してくれてたわけです。クラウス一人の努力だけじゃなく、陰で支えてくれてる人がいたからこそなんですね。
アキレスが息子ほどイカレなかったのはあそこまで悲惨な経験じゃなかったことと、相手も自分を想ってくれてて明示してくれてるためです。早い段階で相手も自分を好きだとはっきり言ってくれたから、安心して落ち着いた。そこが違う点でした。
結果、父はヤンデレにならずに済みました。よかったねシェラちゃん。




