24 勇者は過去に別れを告げる
珍しく父上にあんなことを言われからだろうか。ふと父さんのことを思い出した。
前世の父親のことである。
あんな別れ方をしたんだ、同時代近いところにはいないだろう……と思ってたんだけどな。意外と近くにいて驚いたよ。
記憶を取り戻して割とすぐ気づいた。ジークがテオだと気付いたように、魂の感じで分かる。
確か今日は休みのはずだったな。……行ってみるか。
トイレとかなんとか口実をつけて抜け出した。
分身を行かせることもできたが、なんとなく俺自身が行ったほうがいい気がしたんだ。
今世の父さんは城下の街中にいた。妻子と一緒に歩いている。
どこにでもいそうなごく普通の家族連れを俺は物陰から眺めた。
彼は俺の補佐官の一人だった。特に秀でた才能はないが、地道・堅実に仕事をこなし、周りの信用も高い。
前世でもそうだったな。平凡でもコツコツ働く真面目な農夫。ああいう時代でなければ普通の一般人としてのんびり過ごせただろう。
……それから。
俺は母親の女性の方に目を向けた。
前世の俺の母親だな。
幼い頃に死に別れたが、なんとなく分かる。
「そっか……」
お互い強く想い合っていれば、来世でも夫婦になることがある。
父と母は愛し合ってたんだな。
よかった。
自然と笑みがこぼれる。
前世の分も今世は幸せになってほしい。
「ねえねえ、あのね」
五歳くらいの男の子が楽し気にしゃべりかける。
両手をそれぞれ父母とつなぎ、うれしそうだ。
ごく普通の少年。魔力の量も平均的だ。
かつての俺ネオとは似ても似つかない新緑の髪と茶色い瞳。何一つ共通点はない。
親子三人、とても幸せそうだ。
「…………」
俺は緩い風を起こし、男の子がカバンにつっこんでいた帽子を吹き飛ばした。
「―――あーっ! ぼくのぼうしが!」
「あらら」
「おっと」
父さんがとっさに風系魔法で手繰り寄せようとするも、俺のほうが強くてどんどん飛ばされていく。
「あれ? ち、ちょっと待ってなさい。取ってくる!」
俺は人のいない方いない方へと飛ばした。追いかけてくる父さんと街はずれの野原へ誘導する。
そこにネオの姿で待っていた。
変装魔法を使えば簡単なことだ。
帽子を手に立つ俺の姿を見た父さんは瞠目した。
ザア、と自然の風が吹き、金髪が揺れる。
狂った後の長い髪ではなく短い頃だ。そもそも父さんが知る俺の姿はそっちである。
服も真っ黒な魔法使いのローブ。今では時代遅れとなってしまい、過去の遺物だ。
父さんの口が動いた。
「―――ネオ……」
俺を見て記憶が蘇ったらしい。まぁ、それを狙ったが。
「…………」
俺は淡々と見返した。
「父さん」
「ネオ……これは、幻覚か?」
父さんは顔面蒼白で立ち尽くした。
「ネオがここにいるわけがない。だってあれからどれだけの月日が経ったと」
「……まぁ、そうだな。俺は―――ネオはもう死んでるよ」
ネオ・アローズはもういない。
自ら命を絶ったのだ。
「俺ももう別の人間だし……ただ少し話があって来ただけさ」
「話……」
父さんはがばっとその場に膝をついた。頭を下げる。
「すまなかった!」
「父さん」
「いくら謝っても足りないのは分かっている。だが、言わせてくれ。私はお嬢様を傷つけ、お前も裏切り―――」
「父さん。頭を上げて」
静かに頼んだ。
「もういいよ」
もう、いいんだ。
「今なら分かるんだ。父さんの寂しさも、奥様の気持ちも。だからって許されることじゃないだろうが。でも俺も怒って責めるだけで、最期まで謝罪の言葉にさせてごめん」
「ネオ! お前が謝ることじゃ」
「俺が責め続けたから、父さんは今世も俺の近くにいるんだろ? 覚えてなくても、俺を助けようとして」
「……今世も?」
父さんは俺がクラウスだと知らない。首をひねるだけだ。
「ついでに言うと、同じなのか『眠り姫』や陛下も近くにいるんだよな」
「え? そうなのか?」
「ああ」
どっちもそれぞれ城で働いてる。
かつては最高権力者だったのが、今世は一般人として生まれた。贖罪として自ら望んだんだろう。
「ともかく、もういいんだ。父さんは父さんで新しい人生を送ってくれ」
「しかし」
「母さんと今の息子と幸せなんだろ? 俺と違って、真っ当ないい子そうじゃないか」
「ネオ」
俺はふっと笑った。
「思うんだよ。俺が普通の子どもだったら……生まれてきたのがごく普通の子どもだったら、父さんも母さんも平穏な人生を送れたんじゃないかって。母さんが早死にしたのは魔力の強い俺を生んだせいかもしれない」
今世の母上も難産だったのはなぜだ?
「そんなことは」
「父さんも師匠や奥様と会わずに済んだ。俺が苛烈な運命に巻き込んでしまったんだよ。俺がいなければ」
「ネオ!」
俺はふーっと長く息を吐いた。
「だからさ、今世の姿見て逆に安心したんだ。あの子なら俺みたいにおかしな運命引き寄せたりしないさ」
平穏無事に過ごせるよ。
「……もう過去に縛られなくてもいい。自由になってくれ」
スッと指を伸ばし、父さんの額にあてた。
「ネオ、何を―――」
「俺の親でいてくれてありがとう、父さん、母さん。さよなら」
魔法で記憶を消した。
もう思うい出さなくていいように封印しよう。
父さんの目が虚ろになる。
その手に帽子を握らせ、そっと場を離れた。
しばらくして父さんは我に返った。
「……あれ? 今、私は何を」
そこで 帽子に気付き、
「あっ、そうだった。急いで戻らないと」
妻子のもとへ走って戻る。
待っていた子供が喜んで帽子をかぶせてもらった。
「ぼくのぼうし! ありがと、パパ!」
「よかったわね。さ、帰りましょ」
「ああ、帰ろう」
また親子仲良く手をつないで歩いて行く。
俺は遠くから眺めた。
幸せそうなその姿は俺たちではなしえないものだった。
……始が言ったように、俺はどうやっても力ゆえに重要人物になってしまう。ひっそり静かに暮らすことは望めない。
父さんも母さんも善良な人たちだった。ゆえに、俺のような異常な子供の過酷な運命には耐えられなかったんだ。平凡な子供であったなら、幸福な一生を終えられるはず。
だから頼んだぞ。
少年に心の中で祈った。
父さんと母さんを幸せにしてやってくれ。俺にはできなかったことを、どうか。
「―――さよなら」
過去の一つへ別れを告げ、俺は異なる方へ歩き出した。




