23 勇者の父は息子について真剣に悩んでます ~うちの息子がおかしい件~
……うちの息子、どうしよう。
ドリミア国当代国王である俺アキレスはゲンナリして物陰から息子を眺めていた。
隣では同じく妻である王妃が残念なものを見る目を向けていた。
その後ろには親友で息子の義父が同じようにあきれてる。
あ、普段は一人称に『私』を使っているが、オフではクラウス同様『俺』である。
極端に走る性格が原因で嫌われてると勘違いし、あまつ他に好きな人がいると思われて婚約破棄されかけ、必死でなりふりかまわずあの手この手使って結婚してもらい、ようやく落ち着いたわけだが。
息子のアホさ加減はよく承知してる。離婚切り出されたんじゃたまらん、土下座してでも頼みこもうと様子見に行ったら、だ。
「……あの、いいかげんに離してもらえません?」
「嫌だ」
息子は嫁さんを膝の上に乗っけて、それはそれはうれしそうに抱きしめてた。
うわぁ、めちゃくちゃ安心しきって。幸せそうににやけきってこのヤロウ。
つい毒づく。
しかもそうしながら仕事はキッチリやってるのが恐い。ペンに魔法かけて自動書記中。すごい勢いで書類が片付いている。
これでサボってたら「アホか!」とどつけるのだが、無駄に有能な息子は隙がない。
色ボケしてサボったらリューファちゃんに怒られる・嫌われると分かってるな。そういう才能は他で使え。
でもまぁ多少行動がおかしかろうが、ちゃんと働いてるならもういいや。あきらめた。人生あきらめが肝心である。リューファちゃんがついてるなら大丈夫、うん。
とりあえずがんばれ。
頼む、バカ息子お願いします。
陰から両手合わせて拝む義父。
息子は嫁さんの髪に顔をうずめた。
「……んー、いい香り」
「かがないでくれます?! あと近い!」
「ちょっと栄養補給」
「何の?! お腹空いたなら軽食用意させますからっ」
「精神的なものだからいらない。リューファがいれば落ち着く」
「ちょ、兄様たち、無視してないで何か言ってやってよ!」
ジーク君はじめ四人はめんどくさそうに顔をあげた。
「やらせてやれ。身動き封じれる」
「そうしてれば何も起こさないよ」
「ガンバレ」
「私は関係ないわ、巻き込まないでね」
「ちょっとおおおおお!」
全員スルーである。分かる。
息子は援軍得たとばかり、さらにリューファちゃんを抱きしめた。左手を取って薬指の指輪さすってるのは無意識か。
「リューファ、好きだよ」
「こういうとこで言わなくでいいです!」
真っ赤になったリュ―ファちゃんがもがく。見てて気の毒になり、そっと場を離れた。
「……うちの息子、どうしよう」
改めて声に出す。
妻と親友と無言で顔を見合わせた。
しかし息子を止めるという選択肢はない。嫁さんといちゃついてれば、ジーク君の言った通り動きを封じられるのである。ランス君の言ってるように、余計なことせず安心だ。
なにしろあのバカはキレると天変地異引き起こす魔力の持ち主。しかも無意識の暴発で、コントロールできてないから始末に悪い。
それが好きな子さえいれば彼女に全力が向く。うっかり魔力が漏れても花が咲くとかその程度で、無害な発動だ。
ぜひともリューファちゃんにはクラウスの見張り役をこのままお願いしたい。
親友ギルガメシュ、通称ギルが不承不承口を開く。
「どうしようって言われてもな」
「だって! あのアホどうすりゃいい?! 変わった子だとは思ってたが、あそこまでバカとは思わなかった!」
天に向かって叫ぶ。
「ほんとになぁ。お前はまぁアレだけど比較的マトモなのに、息子はなんであそこまで変わってんだか……」
比較的マトモってどういうことだよ。完全にじゃないってことか。
「小さい頃は妙に聡くて冷めた子で、何にも関心がなくて。大きくなったらフラッとどこかに消えてっちゃうんじゃにかと心配で甘やかしたのがまずかったかしら……」
遠い目になる妻。
確かにクラウスは頭が良すぎるせいか冷めていて、あらゆることに無関心だった。皇太子としてふるまっていたのも、他に跡継ぎがいないのと育ててもらった恩程度の理由だ。
いずれ遠縁でも何でも王にふさわしい器の者を連れてきて任せ、自分はどこかへ行ってしまうんだろうと思っていた。
何か―――あるいは誰かを探して。
物心つく頃からクラウスがそんな衝動を持っていたのには気づいていた。
「クラウスには何か大事なものが欠けてた。だからリュ―ファちゃんを好きになった時はようやく何かに関心を持ててよかったと安心したんだが」
心の欠けた部分を補える存在。
そう、おそらくクラウスが探していたのはあの子だった。
妻が頬に手をあてて、
「そうなのよねぇ……。急に前言撤回して婚約するって言いだした時は驚いたけど、小さくてかわいい無力な赤ちゃんを守りたいって思うのは自然なことだし? がんばってて微笑ましいわぁと最初は思ってたのよね」
「なんかおかしいと気付いたのっていつ頃だったっけ」
「リュ―ファちゃんが三歳とか五歳の頃じゃなかったかしら」
「確かに。それまでは単に庇護対象を守らなきゃって感じだったのが、あきらかに違う独占欲になってきたような」
膝抱っこで昼寝してるリュ―ファちゃんを断固離さず、妻が代わってと言っても嫌がる様は変だった。
「恐怖……に見えるんだよな。うちの娘と離されるのを恐れてる」
「たぶん前世で相当悲しい経験をしたんじゃないか? 察するに、前世のリュ―ファちゃんと悲惨な別れ方をしたんだろう。どういうことだったのか詳しくは分からないが。それがトラウマになってて、また奪われるってパニック起こすんだろうな」
妻と友人はうなずいた。
俺たちもそれくらい気づいてたよ。これでも親だ。
息子とその婚約者がかつて愛し合っていて引き裂かれたことくらい想像がつく。あそこまで恐怖におびえるくらいだ、かなり辛かったに違いない。
クラウス本人も詳細は思い出していないようだが、思い出したらおかしくなると察知して無意識にブロックしてるとみえる。
「そんな悲劇に見舞われた息子が今世幸せになれるなら手伝ってやりたいのが親心。……って考えたのが甘かったかしら……」
「最近はとみに常軌を逸してきてるよな……」
「父親が言っていいのか」
実の親だから言うんだよ!
「みんなしてリュ―ファちゃんを溺愛してて、気づくの遅れたのもまずかったわね」
「ライバル潰してたのも婚約者ならそりゃそうだ、と大目に見てたのもな。アレ普通じゃない」
息子がライバル潰してた現場をうっかり見てしまったのを思い出し、震える。
「震えてやるなよ、父親だろ」
「そういうお前だってブルブルしてるじゃないか」
大の大人が二人してガクブル。しかもこれでも俺たちはクラウスが頭角を現すまでは世界一レベルのコンビだった。
偶然とはいえ見てしまったのは、クラウスがそこまで隠すつもりがないからだ。リューファちゃんにだけは死ぬ気で隠してるが、他の人間はどうでもいいらしい。むしろ目撃して恐怖を与え、同じように馬鹿な真似したらどうなるか分かってんだろうなするんじゃねぇぞと威圧してるフシがある。
「だって恐いだろがっ。ありとあらゆる手段使って社会的に抹殺するわ、武力でシメたあげく殺気全開で心へし折るわ。あれで言うこときかないやつはいねぇ!」
「最後は全員気絶してるもんな。クラウスのほうがよっぽど魔王らしいんじゃないかと思ってる」
父親による息子の評としてはいかんのだろうが、本音である。
クラウスのあまりの所業に、まともな男ならリューファちゃんに横恋慕しようなどとはしなくなった。触らぬ神に祟りなし。
強い魔物が現れた場合にやっつけてくれる人の機嫌を損なうのは悪手だという理由もある。クラウスもそこまで読んでやってる。ほんとタチが悪い。
「それでもまぁ、リューファちゃんの重要性を考えれば守るのは当然だしね? でもねぇ……」
「一定時間離れてるだけで機嫌が悪くなるどころか、魔力が暴走するっておかしい」
いくらなんでも異常だ。
「オレも最初は単なるホームシックだと思ってたんだよ。長期間城を離れたのはあれが初めてだったし。そしたら違うじゃないか。で、リュ―ファと会った途端治まるんだもんな」
「通話で治ってたのが、そのうち映像じゃ我慢できなくなったんだって?」
「とうとう不機嫌さ隠さなくなってきたんで、もうこれは危ないと判断して帰国急いだ」
「その節はすまん。助かったよ」
引率サンキュ。
「婚約者が好きすぎるにしてもねぇ。あなたたちだって出張することはあったけど、クラウスみたいにはならなかったでしょ?」
「ならんならん。我慢できる」
「通信機使って声聞けて顔が見られれば十分」
妻大好き男二人は手を横に振った。
「とはいえ、前世そんなにひどい目に遭ったってことよね。となると傍にいさせてあげたいわ」
「うん、分かる……」
親として息子の悲しむところは見たくない。
ギルは微妙な顔で言った。
「オレにとってもクラウス様は大事な弟子で、もう一人の息子だと思ってる。だから娘がストーキングされてもこらえてたわけで」
「すまん、マジですまん」
ストーキングという点は誰も否定しない。
あのバカ、分身を置いて自分は毎日婚約者に会いに行ってたんだぞ? 才能の無駄遣いとかいう次元を超えてる。
婚約者に最低一日一回は会うためだけに技術を磨いた息子。おかしい。
「幸か不幸か、おかげで魔物退治めっちゃ上手くなってさぁ……。気配の消し方とか上手すぎ」
「どういう理由でレベルアップしてるんだよあいつは!」
「だけどリュ―ファがいる時は絶対えげつないやり方しないで、かっこよく見えるようにがんばってる」
「情けなさと涙ぐましさで涙が出るわ」
好きな子にかっこいいって思ってもらいたくてがんばる我が息子。方向性はおかしいが、努力はものすごい。
全員顔を覆った。
「お、男としてはその気持ち理解できるぞ? なんかもうあそこまで不器用すぎてから回ってると、ガンバレって応援したくなる」
「お前の場合、身につまされるのもあるんじゃないか? 父親の俺よりよっぽど似てるぞ」
まぁもう一人の育ての父親みたいなもんだが。
「ああ、オレも妻がOKしてくれるまでけっこうかかったからなぁ……」
親友は思いをはせた。
十才くらいの時に惚れて猛アタックを繰り返し、玉砕を続けてOKしてもらえたのは五年以上後だったような。
「クレオはクールで男前、ズバッとぶった切られんの。でもそこがイイ。大の男をたたきのめせるほど強いとこもしびれる。カッコイイ……」
「うっとりするな、ノロケ始めると長いんだから止めろ」
ちなみにギルの奥方、公爵夫人の正式名称はクレオパトラである。
「それよりクラウスがアホすぎるのと危なすぎる。よくまぁリュ―ファちゃんもあんだけ長年囲い込みとストーキングされてて気づかないよな。あの過剰な愛情に潰されないのってすごい」
「ああ、我が娘ながら鈍感ぶりがケタ外れだ」
「普通あれだけイカレた男、ダッシュで逃げるわよね。気にしないでお嫁さんになってくれるって奇跡だわ」
妻が実の息子をイカレた男と評してるが、まったく同感なのでつっこまない。
「まぁ逆に言うと、リュ―ファちゃんが平気な子だからこそクラウスも安心してやってるんでしょうね」
「相性がいいんだろうな」
天変地異をも引き起こせる激情の持ち主と、鈍感というかそれを受け流せる度量の持ち主と。ぴったり合うわけだ。
クラウスを受け止められるのは普通の子じゃとても無理だ。前世の記憶のためかどこか感覚が違い、許容できるリューファちゃんは相当稀有な存在である。
「リューファちゃんはクラウスの見張りで精神安定剤で受け皿で調教師で制御装置なんだ、頼むから見捨てないでやってくれえ」
「途中おかしな単語がなかったか。その通りだが」
「いやホント、あの子さえいればクラウスの精神正常だろ」
「正常かしら」
「俺も言ってて思った。……少なくとも狂人ではない」
発狂寸前ではあるが、かろうじて復活してる。
「どんなに馬鹿でアホでも大事な息子だ。ギルには悪いが、どうか一緒にいさせてやってくれ」
「分かってるよ、アキレス。オレだって反対はしたことないだろ。それにうちの娘なら大丈夫だ。母親の英才教育のおかげで夫の操縦が上手い」
「自分が手のひらで転がされてると分かってて、喜んでされてるってすごいよな」
しかもなんで満足げなんだ?
「妻がかまってくれるのはうれしいし、オレの妻って有能だろ~って自慢したい」
「へいへい。夫人には感謝しかないよ。期待通りのプロフェッショナルに育ててくれて」
「だろ? オレの妻は世界一かっこいいんだ!」
妻バカもここまでくると清々しい。
「クラウスにもそうやってお嫁さんだけに全力投球しててもらいましょ。そうすれば魔力も暴走しないし、世界も平和だわ」
「そうだな、シェラ」
妻シェラザードに重々しくうなずいた。
「……って黙認してたら加速してるじゃないかどうしよう~」
初めに戻って嘆いた。
「最近じゃアホなくらいのほうが無害と認識されるんで、むしろバカ扱いでいいんだって堂々と言い放つ始末だぞ?! そりゃ恐れられるよりはいいと思うけどさぁ」
『魔王』を倒すまでは倒せるのがクラウスくらいのもんだから恐れられててもどうにかなるが、その後のことを考えるとまずいだろ。共通の敵がいなくなれば、桁違いの力を持つ者は恐怖の対象となり、排斥を始めるのが人間だ。
自分たちが守ってもらっておきながら、平和になるともし自分に向いたらと恐れ、自らのために恩人であっても消そうとする。人間というのはそういう生き物だ。
「そこまでベタベタしてるとね……度を越してるわ……。リューファちゃんよく我慢できてるわよね」
「超鈍感だからではないかと。恥ずかしいといいつつうれしそうで、お父さん複雑」
すまん。
「ま、まぁ、今はたぶん前世の記憶が戻ったことによる混乱が原因でしょう? 治めるためにやたらとやってるのよ。しばらくすれば治まるわ、きっと」
「希望的観測だろうな……」
「でしょうね。私も分かってて言ったわ」
夫婦そろってため息ついた。
数か月……いや、数年単位かなぁ。それで治まるかなぁ。
「どうだろう。そろそろ殴ってでも止めるべきか」
真剣に父として相談。
「ちゃんと話せば? あれでもお前の言うことは聞く耳もつだろ」
「でもねぇ。あの子のあんな幸せそうな顔見るとしのびなくて。小さい頃あれほど冷めてた子が、ようやく好きな対象ができたんだもの」
「だよなぁ……。こう考えちゃうのがいけないんだが……」
親も大変だよ。
はあぁ。
そこへノックの音がした。
気配と叩き方で息子だと分かる。
「噂をすれば影か。入れ、クラウス」
「なんですか父上、ずいぶんげんなりしてますね」
「お前の最近の言動のせいだろうがっ! あー、どうせそれ分身なんだろ?」
本物にしか見えない姿を眺める。
「よく分かりましたね」
「状況からそう予想しただけだ。まったく見分けはつかん」
「当然ですよ。バレないよう長年訓練したんですから」
「その動機がおかしいんだよ。仕事は分身にさせといて、自分は婚約者の傍にいたいってどうなんだ」
息子は心底不思議そうに首をかしげた。
「なんで逆にしなきゃならないんです?」
駄目だ。分かっちゃいたけどうちの息子ダメだわ。
「どうせ今も本体はリューファちゃんといちゃついてるんでしょ」
「もちろんです。かわいくて癒される」
「かわいいのは否定しないけど、しつこい男は嫌われるわよ」
「我慢してまた誤解されるのは嫌ですし、リューファも本気で嫌がってるわけじゃありませんから」
しれっと言うな。
はあ。
もう一回ため息ついて、真面目な顔を向けた。
「クラウス。本当に大丈夫なのか?」
「何がですか?」
いつになく真剣な俺の声音に、息子は驚いて聞き返す。
「お前は前世の記憶もちだろう。これまではおそらく肉体的・精神的ダメージを避けるため、無意識に戻るのを阻止していたようだが、ここのところで一気に戻ったんじゃないか?」
「―――」
「何があったかは聞かん。話したくなさそうだからな。ただ話したほうが楽になるなら、いつでも言いなさい。それと、これだけは覚えておけ。何があってもお前は私達の大切な息子だ。辛かったら頼りなさい。グチを吐き出したければいつでもぶちまければいい。私たちはいつでもお前を助けるよ」
「……父上」
クラウスはとまどいながらもどこかうれしそうだった。
妻が穏やかに微笑む。
「ええ。親だもの。我が子の幸せをいつも祈ってるわ」
「……母上」
「私ももう一人の父親みたいなものです。同感ですな」
「……公爵」
こきおろしはするし、あれこれ文句も言うが。それでも。
どんなに欠点だらけでも、大事なかわいい我が子なんだよ。
「……ありがとうございます」
クラウスはぶっきらぼうに、しかし照れくさそうにつぶやいた。
両親の名前はあえて決めてなかったのですが、いい加減分かりづらくて決めました。
クラウスの父→アキレス *ギリシャ神話
クラウスの母→シェラザード *アラビアンナイト
リュ―ファの父→ギルガメシュ *ギルガメシュ叙事詩
リューファの母→クレオパトラ *エジプト
伝説・神話上の人物からとってます。クレオパトラは実在しますが古代エジプト王朝ではよくある名前。有名な最後の女王・世界三大美女の一人だけではありません。
ギリシャ神話にはヘラクレス・テセウス・オデュッセウス・イアソンなど他にもたくさん英雄がいる中でアキレスにした理由は、彼の出生エピソードによります。母テテュスが「生む子は父親を超える能力を持つ」運命もちで、色々な思惑から運命回避のため人間と結婚してできた子供でした。ちなみにテテュスは別作品でもちょろっと書いた、鍛冶の神ヘパイストスの養母です。アキレスは運命回避の結果生まれたわけで、ぴったりだと思いました。
クラウスの母親を『シェラザード』にしたのは、殺される運命を自分の知恵と勇気で生き延びた賢い彼女の名前がふさわしいと思ったから。
ギルガメシュはシュメールの神話。エンキドゥという戦友で無二の親友がいたところから。
クレオパトラは知恵と美貌を兼ね備えた人だった点。こっちの夫人ならどんなピンチでも自力でどうにかしていけそうです。




