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21 勇者は怪盗の正体を推理する

 大急ぎで帰ると、妻が血の気の引いた顔でへたりこんでいた。

 まさか……っ、ループ中の記憶が発現したんじゃないだろうな?

 恐怖に襲われながら、前にしゃがんでのぞきこむ。

「リューファ?」

 握りしめてる手を包むように手を重ねた。

 リューファがはじかれたように顔を上げ、とびついてきた。

「クラウス様っ!」

 うわっ。ちょ、何このうれしいサービス!

 すばやくしっかり抱きしめる。

 あああ、あったかくて柔らかい。いい抱き心地……じゃなくて。

「クラウス様、クラウス様……っ」

 混乱して号泣してる。

 どうやら恐れてた事態ではないらしい。思い出したようには見えない。

 じゃあ何でこんなパニック起こしてるんだ?

 基本タフなリューファが泣くのはものすごく珍しい。数えるほどじゃないかな。

「ど、どうした? 何があった? 誰に泣かされたんだ、そいつ斬りに行く」

 今すぐ即刻即座に。

「クラウス様が帰って来ないから……っ。いくら呼び出しても出ないし、な、何かあったんじゃないかって心配で……っ」

「え。俺のせい?」

 ぽかんとして返したら、おもいっきりにらまれた。

 何で?

「そうですよっ!」

 えー、マジでどうして?

 そこで通信機の着信に気付いた。

「あ……ごめん。気づかなかった。うわ、すごい着信の数」

 ちょっと色々仕掛けてたんで気づかなかったよ。

 胸倉つかまれて怒られた。

「気づかないほど何してたんですか! ま、また『魔王』でも現れて、ケガでもしたんじゃないかって……」

 リューファはくしゃっと顔を歪め、さらに泣く。

「ふ……っ」

 あわわわ。

「ご、ごめんって。俺は何ともないし。落ち着け」

 慌ててソファーに移り、背をさする。

 心配してくれたのは超うれしいんだけど、泣くほどとは。

「ちょっとあちこち回ってただけだよ。つい時間を忘れて」

「あちこち……って、どこ、行ってたん、ですかっ」

「んー……前世に関係のあるところを少し」

 ぎくりとリューファの体が強張った。

「どうした?」

 まさか思い出した?

「……それが、恐かったんです。前世の記憶が戻ると、元いたところに帰りたくなるから。……もう戻ってこないんじゃないかって、恐くて……っ」

 ……あ、ああ、そっちか。

 よかった。

「大丈夫」

 ぽんぽんと俺は優しくリューファの頭をなでた。

「俺は必ず帰ってくるよ。リューファがいるから」

 俺の帰るところは一つしかない。

 発狂しても俺の行きたかったのは、最愛の人がいるこの未来だった。

 最期の瞬間見えた、幻影だったのかもしれないが、手を差し伸べていたカレンの姿。俺は本当に幸せな思いで彼女の元へ飛び込んでいった。

 ただ彼女に会いたかった。

 俺の望みは愛する人と共に生きること。ただそれだけだった。

「……本当ですね……?」

 穏やかな気持ちで見返した。

「本当。何があっても俺は()のところへ行く。俺たちはずっと一緒だ」

 事実、来れただろ?

 どれほど長い時間が経っても、世界が違ってしまっても。

 もう離れない。離れたくない。今度こそずっと一緒にいたい。

 独りは嫌だ。

 誓いのように唇を重ねれば、リューファは拒まなかった。

 ゆっくりなだめ、涙をふいてやって、落ち着いた頃にバレッタを出した。

「そうだ。これやる」

 手の中にコロンと何か置かれた。

「きれい……」

 うれしそうに目が輝く。

 よかった、気に入ってくれたらしい。

「これ、どうしたんですか?」

「作った」

「作った?!」

 凝視された。

「クラウス様がですか?」

「そう」

「え……だって、こういうの得意じゃないですよね」

 グサッ。

 うん、苦手だけど。

 知ってるよ。俺は超絶不器用なんだよ。

 なにせシンクロ能力も上手くコントロールできないしなー。←ふてくされ

「そうだけど、がんばったんだよ。下手で悪かったな。……いらないなら捨てる」

「え、いや、ほしいです」

 さっそくつけてくれる。

 いつかの記憶が重なる。

 ……懐かしいな。

「どうです? 似合います?」

「……ああ」

 俺はちゃんと覚えてるし、気づいてたよ。カレンは最期の瞬間、俺の贈ったバレッタをつけてくれてた。

 口では婚約解消すると言ってても、まだ愛してくれてるって分かってた。

 そして泣きながら消えた……。

「どうしました?」

「……いや、別に」

 カレンの頃のことを思い出してくれたらいいな、と密かに期待してたが無理だったか。

 師匠に封じられてるから、やはり封印のアイテムを破壊するしかない。

「……クラウス様?」

 回想を打ち切って微笑んだ。

「何でもない。それより、呼び出した用事って何なんだ?」

「あ。えーと、軍が今てんてこまいで。最高責任者のクラウス様がいないから、兄たちが悲鳴あげてるそうです。シューリはじめ近衛隊まで駆り出されてて、ファーラが連絡要員として本部に残ってくれてます」

「ん? そんな大事件でもあったのか? 俺がいない時はジークかランスが代理できるはずだが」

「人手が足らないそうです」

「ふーん」

 それだけの緊急事態って何だ。どうせ始が何かしたんだろうな。裏であれこれやるって言ってたから。

 始や『初代』たちがどこにいるか探そうという気はない。無駄だ。相手は俺よりはるかにすごい能力の持ち主たちだぞ。

「じゃあ、すぐ行くか」

 うなずいて瞬間移動した。軍本部の長官室に。

 フォーラが飛びあがって振り返る。

「ちょっ、え?! クラウス様!? リューファ?!」

 やあ、司法長官、久しぶり。

「フォーラ、驚かせてごめんね。えっと、これは古代魔術の一つで」

「いや、それも驚いたんだけど、うん……」

 フォーラは微妙に生温かい目を向けてきた。

「私はどこからつっこんだらいいのかしらね。何かもうナチュラルに……。むしろ何も言わないほうがいいですか?」

 ああ、抱きかかえてる点か?

「どっちでも。気づいてなくて無自覚なのもかわいいし、真っ赤になってささやかな抵抗してるのもアリだな」

「……。クラウス様も相当アレですよね。先にこっちから指摘するべきだったか」

「何がどうしたの?」

 鈍い嫁はそこでやっと気づいたようで、暴れた。

「いやあああ、下ろして―――っ!」

 にっこり笑って圧。

「駄目」

「いい具合に黒い笑顔してますねー。わー、想定以上にヤバい」

 ヤバイ自覚はある。

 ちょうどそこへシューリが戻ってきた。状況を見て困惑する。

「……なにこれ?」

「見ての通りの状況よ。ほっとくのが得策だと思うわ」

「うん、そうしよう。クラウス様、お嫁さんといちゃつくのは続行しててかまいませんので、耳だけ貸してください」

「私はかまうわ!」

「ああ、シューリか。何が一体どうした」

 シューリも前世がテオの妻だもんな。俺がおかしくなったのを近くで見てた。それだけに、今世邪魔しようとは思わないんだろうな。

「平然と話進めないでもらえます?!」

「例の怪盗が現れまして」

「―――」

 俺は笑顔のまま止まった。もちろん目は笑っていない。

 ん? 気温が急降下したって? たぶん無意識のシンクロ能力発動だなそれ。

「く、クラウス様……っ」

「で? 怪盗がどうしたって?」

 怪盗か……。

 あれ、おそらく始の変装だろ?

 俺の目をもってしても見破れない高度な魔法を使えて、なぜか協力するような行動を取る人物の心当たりといえば始しかない。『ネオ・ミトコンドリア・イブ』の仕業なら納得だ。

 見たこともない服装なのもそれで説明がつく。今世の始が暮らしてるところの格好か、あるいは前の宇宙の服装なんだろう。

 始の夫や他の『初代』の可能性もあるが、それならわざわざさっき俺の前に姿を見せる必要がない。面が割れてなければ、変装して怪盗キャラにしなくてもそのままでやればいいだけだ。

 変装し、かつわざとあんなキャラクターで現れるなんて始の性格にも一致してる。そういうとこふざけそうだ。

 今の始がどんな顔か、知らないけどな。それでも念のため、絶対バレないよう男に変装したってとこだろう。女性キャラで協力するそぶり見せるとリューファが嫉妬すると思ったのかもしれない。

 ヤキモチ焼いてくれる嫁かぁ。いいなぁ。

 いつも俺が嫉妬してばっかだった。なにせカレンはお姫様で美人で優しかったのに対し、俺は貧乏人。今もリューファは人気高くて、寄ってくる害虫どもをどれだけ駆除しまくってることか。

 嫉妬してむくれる新妻……ちょっと見てみたい。言ったら怒るかな。

 それはとそれとして、始のやつ。男装は勝手にすればいいが、よりによって人の嫁にかっこいいって言わせる外見にしなくてもいいだろが。

 考えつつも、リューファが報告書読み上げてるのはちゃんと聞いてた。

「現場を見に行く。案内しろ」

「は、はい!」

 リューファを下ろしてシューリに命じる。

 俺だけ行ってこよう。いくら始の変装と分かってても会わせたくない。

「待って! 私も行きます!」

 リューファが後ろから引っ張って来た。

「……リューファは来なくていい」

「嫌です! クラウス様と一緒にいます!」

 どこか恐怖にかられたような……泣きそうな声。

 急いで振り返る。

「リューファ、どうした?!」

「……独りは、いや……」

 うつろにつぶやく。

 これは……カレンの記憶か? 最期の瞬間を思い出しかけてるのか?

 まずい。

「分かった。一緒にいる。だから落ち着け。な?」

 俺はここにいると分かるよう、しっかり抱きしめた。

 大丈夫。あれはもう終わったことだ。俺はちゃんとここにいるよ、今度は手が届く。

 安心したのか、俺の首に腕を回して力を抜き、もたれかかってきた。

「……っ」

 ああ。独りじゃないよ。


   ☆


 この状態のリューファを連れ出すわけにはいかない。ジークたちのほうをこっちに呼んだ。

 あきらかにおかしい妹の様子を見て慌てるジークとランス。

「ど、どうしたリューファっ」

「医者呼ぼうか?」

「大丈夫だ。精神的なものだから。俺が傍についてれば治る」

 ジークがじろりとにらんできた。

「……おい、クラウス。お前が何かしたんじゃないだろうな」

「何かって何だ」

 濡れ衣だぞ。

「キレてどえらいことやらかさなかったかって言ってんだよ。オレのかわいいかわいい妹がおびえるようなことをだな」

「俺がやったならリューファのほうから抱きついてこないだろ」

「あ、そっか」

 そもそもリューファがおびえるようなことやるか。やるにしてもこっそり裏でやるっつの。

 ランスがリューファの顔をのぞきこむ。

「リューファ。具合悪いならお兄ちゃんと家に帰ろうか?」

「いや」

 駄々っ子みたいに首を振る。

「クラウス様の傍にいる。離れたくない」

 じーん。

 これだけで舞い上がる俺チョロい。

 そうだよな、俺ももう二度と離れたくないよ。

 ランスは微妙なおももちで、

「……そう。でも無理はしないんだよ?」

「うん」

 ああ、かわいい。俺の嫁ってなんでこうもかわいいんだろ。

 しばしうれしそうに最愛の妻を眺め、やおら真面目な話をした。

「―――で? 封印のアイテムが見つかったって?」

「ああ。例の怪盗がわざわざ届けてくれたよ」

 ジークが持って来た箱にはイヤリングが入っていた。

 本物だな。『招かれざる魔女』が耳につけてた。

 現物を実際に現場で見ていた俺には分かる。

「本物だな。……リューファ、浄化できるか?」

「あ……はい」

 俺ができるんならやるんだが、残念ながらそういった能力はない。 

 リューファが浄化したものを無意識に触ろうとしたんで慌てて止めた。

「今の状態じゃやめといたほうがいい。精神的に弱ってる時にこういうのを扱わないのは常識だろ?」

「それは……そうですが……」

 この混乱した精神状態で下手に記憶を戻せば、ひきずられてループ中のことまで思い出してしまうかも。それだけは避けたい。

「いいんだ。明日にしろ」

「……はい」

 ランスが別の包みを出した。

「それから、こちらは隣国から届きました。あのバカ王のコレクションにあったそうです。これも怪盗が見つけたらしく、クラウス様に進呈するよう言われたとか」

 へえ、あそこにあったんだ。

 たぶん始が見つけやすいところに出しておき、さらに俺に送るよう工作したんだろうな。

「相当クラウス様が恐かったみたいですね。他にも山のようにお詫びの品が届いてますよ。これ目録」

 長いリストを面倒に思いながらも見る。

「財政難なのに、こんなに放出しちゃ駄目なんじゃ……」

「リューファ、欲しいやつ選べ。向こうには相応の代金を払っておく」

「え? 買い取るんですか?」

「いくら宝物を積まれても、俺の嫁にしようとしたことを許せるか」

 つい声が1オクターブ下がった。

 フォーラがさすがに苦言を呈した。

「クラウス様、嫉妬と独占欲はほどほどにしときませんと」

「そう言われても、俺はリューファを手放す気はないし。妻を溺愛して何が悪い」

「だからそういうことを平然と言わないでくださいっ!」

 真っ赤になって物理的に口を手で塞ごうとした妻の手を取り、流れるように軽く口づけた。

「ぎゃあああああああ!」

 思いっきり濁点で叫ばれた。

 なんで。

「何するんですか―――!」

「え? 嫁の反応がかわいいから」

 ついうっかり。

「だ・か・ら! 何をどうしたらそんな行動をとるって結論になるんです?!」

「リューファは照れ屋だから、こうすれば赤面するかと思って。恥ずかしくて悶えてる新妻を鑑賞するのもいいよな」

 わざとだと悟った妻は思いっきりにらんできた。

「ほんとにしばらく口閉じててもらえます?! 今はまだここにいるの身内レベルだからいいですけど、外でもそういうこと言ってたら『勇者』のイメージがた崩れですからね!」

 あ、うん、むしろ望むところ。

「別にいいけど。嫁のほうが大事」

「よくありませんっ!」

 忠実な腹心たちはこっちを完全無視して話を進めていた。

 いやぁ、優秀で助かるよ。

「何で怒られるのか分からない。嫁のかわいい姿を見たいだけなのに」

「ちょいちょい変態っぽいというか、ヤバいこと言ってるんですよ! 自覚ないんですか!」

 自覚はある。

 俺はさ、君を失っておかしくなったんだよ。全て忘れて別人として新たな人生を始めたけど、やっぱりおかしいんだ。忘れてしまっていても無意識にネオの記憶が作用したんだろう。

 それほどまでに傷は深かった。

 穏やかに笑った。

「よかった。いつもの調子に戻ったな」

 それでいい。そうやって、怒って笑って、素直に感情を外に出せるようにしてあげたかった。誰に気遣う必要もなく。

「え……」

 俺の意図を察したリューファは黙り、赤くなってうつむいた。

 気まずさをごまかすように二個目を浄化する。

「あ、あの、こっちも浄化しときますね」

 さすがに疲れが見えた。

「リューファ」

 自分にもたれかからせる。

「疲れたろ。少し休んでていいぞ。俺が傍にいるから」

「……はい」

 フォーラが急いでティーセットを用意させ、ハーブティーを淹れる。

「ほら、飲みなさい。うちの農園で作ったんだけど、精神疲労に多少効くわ」

「ありがと……」

 安心したのか、リューファはそのまま俺にもたれてうたた寝してしまった。

 俺はそのまま嫁を眺めながら、ゆっくり髪をなでていた。

 いつまでも離そうとしないからか、フォーラが目を半眼にして、

「……ベッドに寝かせてきてあげたらどうです?」

「え、普通に断る」

「速攻拒否ですか。頭大丈夫です?」

「たいがいひどいな。リューファも望んでることだぞ? 試しに」

 移動させようとすると、嫌だというようにリューファはしがみついてきた。

 眠ってても俺の傍にいたいと思ってくれるなんて最高。

 やめるそぶりすると力を抜く。

「ほら」

「完全に寝てるのに、無意識って恐いわね……。こんなろくでもないアホな事故物件を『カッコイイ勇者サマ』と信じてる友人がなんだかねぇ」

「ある意味一番危ないよね。そりゃまぁリューファには絶対害になることしないけど」

「当たり前だろ。にしても、かわいいなぁ」

 はあ。これしか言えない。

 愛おし気にしがみついたままの妻を鑑賞。

 さすがにジークがイラついて苦言を呈した。

「オレの妹がかわいいのは当然だろ。クラウス、兄としてはまったく面白くない状況なんだが?」

 おや。さっき無意識に俺にしがみついてきたのが、兄の自分は頼ってくれないのにーって軽くショックだったんだな。

 テオなら逆によかったと親指立てるだろうが、こういう反応するあたり、やっぱ別人てことだよな。テオではあるが、こいつはジークだ。

 前世と同じ人間ではない。違うところもある。

「俺の嫁なんだからいいだろ。いい加減妹離れしたらどうだ」

「うるさい」

「まぁ正直、そこまで安心しきってる姿見ると怒るに怒れませんが」

 ランスが俺の腕の中で心底安心したように寝息をたてている妹を眺めて評した。

 シューリが肩をすくめ、

「よかったじゃないですか。そこまで信用されてるんだから」

「どこからどう見ても無邪気な嫁と、新妻がかわいくて仕方ない脳みそとけてるダンナの図ですけどね」

 フォーラ、容赦ないな。

「仕方ないだろう。やっと嫁にできてうれしいんだから」

 どれだけかかったと思ってる。千年どころか、ループ中も含めたら途方もない時間だぞ。

「別に非難はしてませんよ。よかったですねと言ってるんです」

 遠まわしに、そっけない態度とってた頃のことをチクチク刺してるな、これは。甘んじて受けることにした。

 俺は嫁を抱きかかえたまま立ち上がった。

「さて、現場回るか」

「は? クラウス、お前、そのまま行く気か?」

「そうだが?」

 嫁と離れる意味が分からない。

 ランスとフォーラがげんなりしている。

「私とシューリがついてますから、リューファは寝かせてあげておいたらどうですか」

「目を覚ました時に俺がいないとパニックになるぞ」

 俺もそうだったから分かる。

「寝てる間に抱っこされて連れまわされてたと知れば、嫌われると思います」

「…………」

 ……ランスの言うことは一理ある。

「なら、見えなければいいんだろ」

 小さく呪文を唱えた。

「これでよし。リューファの姿を見えなくした」

「そんな魔法が?」

「まぁな。前世の知識を使えば造作もない。だって、かわいい嫁の寝顔を人に見せたくはないからな」

「……色々言いたいことはあるが、黙っとく」

 ジークが眉間を押さえた。

「才能の無駄遣いですね」

「なんだよ。嫁のために使わないで、何のための力だ?」

「方向性が大いに間違ってる気がします。ほんとなんでリューファもこんな男が好きなのかしら」

 怪盗が襲撃先で発見した、被害に遭った一家を聴取したところ、一家は怪盗を軍人だと思っていたようだった。軍の中でも秘密裏に動く特殊部隊だと。

 そんなわけはない。だったらあんな派手な格好をするものか。

 まったく始め、悪ふざけが過ぎるぞ。

 一家にとっては自分たちを助けてくれたし、「いい人」という認識らしい。お菓子をもらった子供など、完全に惚れたようだ。

「いい人かなぁ?」

 ジークが首をかしげる。

「暴行されてた一家を救ったし、封印のアイテムをわざわざ届けてきたし。そこまで悪人じゃないんじゃない」

 シューリが言う。

 だから困る。怪盗と言いながら盗みはしていないから、今捕まえたとしてもせいぜい不法侵入くらいの罪しか問えないのだ。

 むしろ悪人を捕まえたり、犯罪の証拠を提供してくれたので、チャラにしておつりが出る。たぶん分かっててやってるな。

 リューファが「かっこいい」などと言わなければスカウトしたいくらいだ。なにしろ正体は神様レベルの最初の人類、この世界を創った『ネオ・ミトコンドリア・イブ』である。最強だ。

「本当に何者なんでしょうね」

 ランスが考え込む。

「さあな。あの派手なナリもどうせ変装だろうし。そういえば、リューファはああいう服が好みなのかな。取り寄せてみるか」

「東の方の国の服ですね」

 祖母の店があるから異国文化に詳しいフォーラが言う。

「確かキモノといったと思います。画像だけならあったような……」

 魔法によって膨大なデータを記録してある手帳をめくる。あったとかで、見せてくれた。

 後でリューファが言うには着物ドレスというやつらしい。

「よし。取り寄せよう」

 即決。

 これ着せたい。

「では祖母の店ならツテがありますから、頼んでおきますね」

「頼む。色はピンクな。差し色は赤か白。絶対似合うぞ」

 ジークもくいついていた。

「いいな。シューリもぜひ着てほしい。男物のやつ。かっこいいからな!」

「まぁ間違いなく女性たちが叫んで、喜びのあまり気絶するわね」

「うんうん。てわけでかっこよくて強いシューリ、俺と結婚してくれ」

 シューリが無言でジークを空に打ち上げた。

 キラン。

 今日もよく飛ぶなぁ。

「……あーあ。でも兄さん、今日はずいぶん我慢してたほうだと思うよ? いつもならもっとプロポーズしまくってる」

「今日は静かだから油断してた。あいつ、いつになったら学習するんだ」

「妹の様子がおかしかったから、ジークも我慢してたのね。プロポーズ病? 一生治らないんじゃない。ただ、簡単にどうにかする方法ならあるわよ」

「なに?」

 期待をこめてきくシューリに、フォーラはあでやかな笑みを浮かべた。

「結婚してあげればいいのよ」

 男装の麗人の顔がものすごく歪んだ。が、どこかうれしそうなのが隠しきれてない。

「断る」

「あら、そう? あなたならジークのファンも怒らない、っていうか大喜びすると思うわよ。リューファも結婚したことだし、あなたもあきらめてお嫁に行ってあげればいいのに」

 絵面的には嫁に行くのか婿に行くのかどっちだ。

「私のことよりフォーラはどうなの。後を継がなきゃならないんだから、大事でしょ」

 フォーラは一人っ子なので婿をとる必要がある。

「私? 私なら心配ないわよ。ふふふ」

「……危ない気がするのは気のせいじゃないよね?」

 間違いなく危ないな。

 まぁどうせ適当な気の合う男を婿にとるつもりだろ。つまりはランスだ。お互い内々に話しがついてるんじゃないかとふんでる。

 『勇者の嫁』の兄と親友で、妥当な組み合わせだ。同類だしな。恋愛感情はないが同志としてタッグ組む感じか。

「ところで、払い下げ品と隣国から買い取ったもの、もう仕分け終わって運んでいいそうです。持って行きますか?」

「ああ、そうだな。俺がやろう」

 瞬間移動を使えば簡単だ。

 一瞬で全部公爵邸に運んでやった。


   ☆


「……ん……」

 地下倉庫に搬入してたら、物音のせいか、リューファが身じろぎした。

 ぼんやり目を開く。

「ごめん、起こしたか、リューファ?」

「……クラウス様?」

 寝ぼけたような声だ。

 もぞもぞして服をつかんでくる。

 うーん。寝ぼけまなこな嫁、ほんとイイ。

「……ほんとに無自覚でやるんだからなぁ」

「え? 何か言いました?」

「別に。やっと手に入れたって感慨にふけってるだけ」

 俺を頼ってくれるのがうれしいんだよ。前は全部一人で背負ってただろ。

「あー、やっぱ駄目だ。入らねぇ」

「あれ……何してるの?」

「お。起きたか、リューファ。具合どうだ?」

「……私、寝てた? うん、大丈夫」

 嘘だな。精神力はそうすぐには回復しない。しかもどうやら眠っていた間に少し昔の記憶を夢に見たらしく、それでエネルギー使ったようだ。

 指輪に仕込んどいた魔法でかなりの負荷は俺が身代わりで引き受けてる。でなければもっと大変だろう。

 俺? 俺はとっくにおかしいんだ。狂人にさらなる負荷がかかったところでなんてことない。

「払い下げ品運んでんだけど、一個大きくてな」

 直径1m以上、長さ3m以上はある大木を指す。

「何それ?」

「ユグドラシルの枝。枝でこれなんだからすごいよね」

「見た目ただの大きい丸太。これをコレクションしてたやつの気が知れないな」

 同感。これ置いといてどうしようと思ったんだ。

「そうだな。なぁシューリ、こんな重いの持ち上げられたらたくましくてステキ!って惚れなおさないか?」

「そもそも惚れてないから惚れなおさない」

「またまたぁ。やってみるから、できたら結婚しよう!」

「潰れてしまえ」

 はいはい、恒例のバカップルのやりとりな。

 でもこれ前世じゃなかった。テオは年の差を気にして、年下っぽいことは避けてたせいか。逆に年上になった今世じゃ余裕があるわけだな。

 年上に生まれたのは執念だな。うーむ、こういうところが俺の弟だと思う。

 ああ、最初の頃のループじゃ違かったっけ。赤の他人で敵同士だった。でもその頃から俺たちってどこか似たものがあったんだろうな。

 だからこそ戦ったというか。

「真面目な話、あれどうしよう……。大きさからいって家具に加工しようかな」

「ソファーがいい。二人掛け以上の」

 すばやく注文つけた。

「それくらいはできると思いますけど。なぜ?」

「リューファは俺の膝の上で、横にはいずれ子供が生まれたら子供たちを座らせるから」

「そういうことさらっと言うのやめてもらえます!?」

 あ、強引に下りちゃった。

 後ろから抱えこむ。

「はーなーしーてーっ!」

 やだ。

 そうしたら瞬間移動して逃げそうな気配がしたんで、すかさずささやく。

「瞬間移動使おうとしたら魔法封じかけるぞ」

「うっ」

 フォーラがあきれ声を出した。

「クラウス様、ですからほどほどに」

「嫁に傍にいてほしいだけだが? うん、やっぱり落ち着く。癒される」

「お疲れならセイレーン合唱団に心安らぐ曲歌ってもらってください」

 セイレーンといえば人を海へひきずりこむ魔物だが、今ではまともな合唱団もといアイドルグループを作って世界巡業してる。魔物の中でもそうやって共存しようとしてる種族はいるのだ。

 ぶっちゃけアイドルやってたほうが金稼げるんだそうだ。金は貯まるわ、ファンはいっぱいだわ、種族のイメージアップもできるわ、そのほうが楽しくてかつての家業に戻る気はないらしい。

 元々魔物は人間の負の感情が生み出したものでも、自我がある。中には平和的にシフトしていくものがいてもおかしくない。ドラゴンだって元は魔物の一つ。

「聞くなら嫁の歌声のほうがいい。できれば膝の上で」

「セクハラで訴えますよ!」

「ハープ持ってるだろ」

「『ジャックと豆の木』のジャックが持ってたハープですか。私は残念ながら音痴なので、楽器があっても歌えません」

 才能あふれる俺の嫁だが、音楽は大の苦手だった。楽器を作ることはできるものの、演奏や歌はまったくダメ。

 なお、ランスはプロ顔負けである。音楽家でも食っていけると思う。

 それに対してジークは音痴といより攻撃。歌っただけで魔物が気絶したことがある。ちょうど魔物にダメージ与えられる音域が出てるそうだ。さすがは元祖『勇者』。

 え、俺? 聞くなよ。

 俺の場合はシンクロ能力と相まって妙なことになる。変な形の花が咲いて踊り出すとか、急に大雨が降るとか。

「上手い下手はどうでもいい。嫁が俺のためにがんばってくれるのがうれしいから」

 そう、上手下手は問題じゃない。だから俺がどんなポンコツでもいいんだよ!

「がんばるつもりはありませんっ」

「少しでも離れてると落ち着かないんだよ。リューファを常に携帯してれば精神も安定すると思う」

「精神安定剤作りましょうか」

「かわいい嫁がいることが一番の薬だからいらない。ああ、口移ししてくれるんなら飲むけど」

「無理! 無理です!」

 救いを求めるようにジークたちに信号送るリューファだが、四人とも無視して収納作業続行。

「うーん、さすがに入らない。どうする?」

「工事業者手配しようか?」

「いや、必要ないから。私がやる。だからクラウス様どいてください!」

 口実にしてどうにか抜け出したリューファは壁に手をあてた。

 ドカ―――ン。

 一部ふっ飛ばす豪快な解決法に、ジークたちが引いた。

「……ええー……」

 まぁ地下だし、掘って拡張するのが一番だが。

「あれ?」

 いぶかしげにリューファが右側の土をコンコンたたく。音が変だな。

「どうした?」

「空洞があるっぽい」

「へえ? ここは昔から家宝とか色々保管してた場所だ。隠し金庫くらいあっても驚かないな。あけてみようぜ」

 ジークは剣で穴を開けた。

 お前がやってることも大差ないぞ?

「どーれ。ご先祖様は何を隠したんだ?」

 俺は隠した覚えはないんで、隠したとすればお前の子孫だな。

 そこは見覚えのある小さな部屋だった。

 これ前世の俺の部屋そのまんまじゃないか。

「うわ……」

 所狭しと並ぶというか、こっそり詰め込みまくったとおぼしき大量の魔具や書物。ほとんどはテオが集めたと思われる物だ。師匠にまつわる魔法の記された書物や魔具。禁術指定されたものばかりだから隠しておいたんだろう。

 最期に俺は師匠にまつわる記憶や物を消去したはずだが……完全じゃなかったらしいな。取りこぼしが。

 世界中から特定の人間に関することを完全に抹消するのは不可能だったか。

 自分でも半ば無理だろうと思ってたが。それでもやらざるをえなかった。

 研究者にとっては宝の山に、目を輝かせるリューファ。昔の研究ノートをめくって、

「昔の魔法使いの研究所みたいね。魔具もこれを書いた人が使ってたんじゃない?」

「先祖か。名前は?」

「ネオ=アローズ……」

 ―――。

 俺は目を細めた。

 なんともいえない感慨。

 君の口からその名を呼ばれるのはいつぶりだろう。

 懐かしい……。

「なんだ。こんな所に残ってたのか」

「クラウス様?」

「テオのやつ、全部とっといたのか。でもさすがに表には出せないから、隠しておいたんだな。俺がいつかまた使うと思ったのかな」

「……クラウス様?」

 首をかしげたリューファが、やおら合点がいったというように、

「ネオ……ってクラウス様の前世……?」

「ああ」

 あっさり。

 なぜか全員目が点いなってた。

「……ええええええええ?!」

 思わず耳を塞ぐ。

「うるさい」

「だって、重大事項じゃないですか! なんで言ってくれなかったんです!?」

「言うほどのことでもないだろ」

 カレンの記憶が戻ってないのにあんまりネタバレするわけには。

 ジークがあっけにとられてきく。

「いや、あるだろ。え、てことはお前、オレたちの先祖だったのか」

「違う。俺は結婚してなかったし、子供もいなかった。直接は血がつながってない」

 お前の先祖はお前だろ。変な言い方。

「死んだのは……いくつだったかな。あんまり覚えてない。最後のほうは時間の感覚がなくてな。色々あって、ずいぶん前に弟に全部譲り渡してたし。名前はテオ。だからアローズ公爵家はテオの子孫てことになるな。あいつとは異母兄弟で、母親が違うんだよ。だから元々半分しか血がつながってない」

「さらにすごいことさらっと開示してません?!」

「異母兄弟……ということは、家督争いでも?」

 そんなもあるわけないだろ。

「違う違う。そもそも公爵の爵位をもらったのは俺だ。それまではただの貧しい農民。俺の功績を認めるってことで、当時空きのあった公爵位をもらったんだよ」

 王の姪と結婚するのに庶民のままじゃまずいってことでな。

「いや、公爵って本来王族の血統ですよね。無関係な人間がもらうには高すぎません?」

「……色々あったんだよ」

 実質はカレンが叙爵されて俺はその婿扱いだ。カレンは王の姪であり王位継承権第一位。

「俺とテオは十歳以上離れててな。でも俺は貧乏人の生まれで、貴族なんて柄じゃなかった。テオは生まれた時から公爵家の人間として育ってたし、合う奴がやるべきだと思って全部任せた。俺にはやることもあったしな」

「やること?」

 ……カレンを取り戻すことだ。

 俺は答えず、記憶をたどってあるものを探した。

「俺の記憶が確かなら」

 ああ、あった。

 保管しておいたそのままの箱から封印のアイテムの一つ、ブレスレットを出す。

「これ、封印のアイテムの一つじゃ!」

「な、なんでクラウス様持ってたんですか?!」

「それに壊れてるじゃんか!」

「……色々あってな」

 発狂しながらも探し続け、やっと一つだけ見つけて壊したんだよ。

「と、とにかく浄化!」

 リューファは急いで浄化魔法をかけた。

 さて、しまっとこう。

「ここに置いとけば安全だろ。リューファは疲れてるみたいだから、明日以降調べればいい。ああ、それからフォーラ、そこらの持ち出すなよ。ちょっと訳ありでな。見るのも禁止する」

 念のため釘をさす。

「そうおっしゃるなら……。でもなぜ駄目なのか、うかがっても?」

「前世の俺はかなりヤバい魔法も研究してた。敵がそういうのを使ってたから、破るためにな。だからそういうのの記録も残ってる。世に出るとまずい」

「分かりました」

 発狂してた頃研究してた、人に言えないどころじゃないレベルなのはマズイよなぁ。

「あ、ただしリューファはいいぞ」

「はい? なんで私はいいんですか」

「すでに知識があるから、見ても変わらない」

 ヤバイのはこっそり消去しておくとして。それ以外ならカレンは知ってる。記憶が戻れば分かることだ、問題ない。

 リューファはいぶかしげに考えこみ、ふと封印のネックレスに手を伸ばした。

「!」

 グン、と封じられてた記憶が流れ込むのが分かった。

 これは俺が過去壊したもの。これまで見つけた封印のアイテムとは状態が違った。

 待ち望んでいた持ち主に触れ、一気に戻ろうとする。

「しま……っ!」

 キャパオーバーを悟り、リューファはとっさに意識を切り離した。

「リューファ!」

 昏倒するリューファの体を、俺はすばやく受け止めてた。


   ☆


 急いでベッドに寝かせる。

 よりによって最悪の部分の記憶だったのか、ひどいうなされようだ。

 俺はしっかり手をつなぐ。

「クラウス、リューファは」

「大丈夫だ。俺がバリア張っといたんで浸食はされてない。リューファも危険を感じて自分で意識を切り離し、守ったんだろう」

「じゃあこれは」

「……引き金となって前世の記憶のうち思い出してない部分が戻ったんじゃないか」

 ジークたちもリューファが前世の記憶もちだということは気づいているから、あえて言った。ただし誤解することを承知の上で。

 みんなリューファがカレン=『最後の魔女』だということを知らない。これがアイテムに封印されていた彼女の記憶が戻る副作用だということも。単に大昔のどこかの誰かだった頃の記憶だとしか思ってないだろう。

「こんなうなされてるってことは、辛い記憶ってことですか」

 ランスがきく。

「さぁな。これまでは大まかにしか思い出してなかったのが、一気に戻って混乱してるだけかもしれない」

 ちょっとした嘘をつき、二人きりにしてくれるよう頼んだ。

「でも心配で」

「目が覚めた時に大勢いたら余計混乱する。落ち着くまで静かに休ませてやりたい」

「けどな」

「それにこういうのを見越して、精神的負荷を俺も引き受けられるよう指輪に魔法仕込んどいた。ぶっちゃけ今俺もかなり負担してる」

 精神的な疲労がドッと来てるよ。でもこんなの耐えられる。

「よくまぁそんな魔法作りましたね。準備の良さにはあきれますよ。というか、それではクラウス様もキツイのでは?」

「俺は大したことない」

 一度発狂した人間がダメージくらっても変わらないさ。

「とにかく俺はしばらくこっちにかかりきりになる。こうして手をつないでるとか物理的に接触してないと無理なんだよ。だから怪盗出没の後始末のほうは頼む。さすがに同時にはな」

 ジークはすぐ理解した。

「分かった。任せとけ」

「頼む。ああ、分身はついて行かせるから」

 ほれ、と分身を出現させた。

「同時にできんじゃねーかよ!」

「普段より精度落ちるぞ。受け答えが違和感あるかもしれない。それにこれに入れてある魔力分しか動けない。常時力送るほどの余力はねえよ」

「充分だろうがよ。このチート野郎」

 文句言いながらも二人きりにしてくれた。

「……リューファ」

 そっと頬に手を添える。

「大丈夫だよ。それはもう終わったことだ。もう安心だから」

 リンクすることによって俺にはどの記憶を見ているのかが分かっていた。

 ああ、あの頃か……。カレンの傍にいるため必死でがんばってた幼い俺。

 師匠の危険性が垣間見えていて。気づいていてどうにかしようとしてたのは司法長官一人だけだった。

 ―――ふいに早送りが始まる。場面は一瞬で師匠がカレンを生贄にしようとしたところに飛んだ。

 でも思い出したくないのか暗くてよく見えない。

「助けて、ネオ――!」

 カレンの絶叫が響いた。

「いやあああああ!」

 リューファが叫んで飛び起きる。

 とっさにしっかり抱きしめた。

「リューファ! 落ち着け、リューファ」

 必死で言い聞かせるが、目の焦点が合っていない。

「いやあ! 来ないで! 助けて―――!」

「大丈夫。俺がいる」

 暴れるリューファを抱きしめ、根気よくなだめた。

 実の親に見放され、見殺しにされる記憶なんて辛いだろう。苦しいだろう。

 何度も大丈夫と言い聞かせ、背中をさすった。

「独りにしないで、いや、離れたくない!」

「俺はここにいるよ。安心しろ。もう大丈夫だから。俺も離れ離れになりたくないよ」

「恐い、恐い……!」

「うん。恐かったよな。二度とあんな目には遭わせない。俺が守るよ」

「寂しい。独りは嫌。帰りたい」

「もう帰って来たよ。ずっと一緒にいよう。もう何の心配もない。俺がついてる」

 どのくらいそうしていたか、ようやく落ち着いたリューファが俺を見上げた。

「……クラウス様……?」

「―――」

 ネオ、とは呼んでくれないんだな。

 完全に記憶が戻ったわけじゃない。分かってるよ。

 分かっていても少し残念だった。

「ああ、俺だよ。落ち着いたか?」

「……私、夢、見て……。夢じゃなくて、『最後の魔女』が送ってきた思念で……。いきなり黒くて恐い何かが襲ってきて、訳分からなくて、恐くて……っ」

 ガクガク震えるリューファをさらに強く抱きしめる。

「分かった。もういい。もういいから、少し寝なさい」

「独りにしないで……っ。寝たら、またあれが襲ってくるっ……」

「俺がいるから大丈夫。追い払ってやるよ。君は今度こそ俺が守るよ」

 そのために俺はここにいるんだから。

「奴が現れても、俺が絶対倒す。もうお前には指一本触れさせない。必ず守ってみせる」

 リューファはぼんやり俺を見返し、小さくなずいた。また意識を手放す。

「君の苦しみや辛さは俺も引き受ける。安心してお休み」

 彼女の目から落ちた一粒の涙をそっとぬぐった。






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