2 勇者は自分のジョブにツッコミを入れる
前述のとおり、俺はドリミア国王の子として生を受けた。
生まれた時、国中お祭り騒ぎになったという。まぁそりゃ跡継ぎ誕生なんだから分からないでもない。
後で模様を聞いて、にしてもずいぶんなはしゃぎ具合だなと思ったら、そうなったのには他にも理由があったそうだ。ていうか、こっちのほうが割合高いと思う。
俺が「世界の命運を決める人物」だと予言が出てたから。
「―――なんだそれ」
初めて聞いた時の正直な感想。
ウっソくせぇー。
失礼。でも普通そう思うだろ。ここで「マジ? おれって超すごいじゃーん」とか悦に入ったらそれ、ナルシストか自信過剰だっつの。
どっちでもない俺はめちゃくちゃ冷やかな目をしてた。
だってほんとか? 約千年前いた有名な予言者による記録とかって信じられるかよ。
「偽物じゃないのか、それ」
めちゃくちゃ疑ったが、国宝の予言書に載ってるから間違いないらしい。当時から超重要文化財として厳重に管理されてるものだそうだ。その頃の王が予言者から直接もらい、王族しか入れない秘密の金庫にしまわれてるんで、偽造もすり替えも不可能だとか。
その書いわく、ちょうど今の時代に『悪しきもの』が復活し、世界が滅びると。
よくあるやーつ。
「ありがちだなー。え、それマジ? 超迷惑」
その予言者は百発百中で外したことは一度もないそうだ。
そんなヤバイ敵が現れるんだから、当然対抗する存在も出現する。それが俺だってわけ。
「うええ……」
思わずうめきたくなった。
そりゃそうだろ。普通いきなり「お前に世界の命運を託した!」とか言われたら、「ちょっと待って、考えさせて」くらい言いたくなるだろうが。たいていの人間なら「無理っす」って辞退するよ。
当たり前だ。小説とか虚構の中でならいざ知らず、現実にそんな重いもん背負わされても潰れるっつの。
謹んで返品したいのに、周囲は教えてほしくない情報をどんどん教えてくれる。
予言者の文書によれば、『悪しきもの』とは約千年前の魔法使いが封印した奴らしい。誰が言ったか単純に『魔王』と名づけられたその存在は人々から恐れられていた。その封印が経年劣化で解けかけてるんだそうだ。
経年劣化とかマジ困るんだけど。
永久持続するシステムにしとけよ。それじゃ単に時間稼ぎっていうか、後世に丸投げしたんじゃんか。
死ぬほど迷惑。
「しかも押し付けられたのが俺ぇ? 勘弁してくれ」
黒い髪をかきあげ、俺はうっとうしそうにぼやいた。城の中庭に寝ころび、空を見上げながら。
今日もいい天気なのに、ったく気分が滅入る。
「はは、めちゃくちゃ嫌そうだな」
傍にいた少年が笑った。
黒髪に紫の瞳でともすれば暗い印象になりがちな俺と正反対な、赤い髪と瞳。
この同い年で生まれた時から一緒に育ってる兄弟も同然な男は、公爵家長男のジークフリート=アローズ。通称ジーク。
外見通り陽気なヤツで裏表がなく、馬が合う。同じ年に生まれた、いわゆる『ご学友』だ。
お互い気性も知り尽くしてるんで、こいつにだけは俺もまったく取り繕う必要がない。
「さすがに人前じゃ言わないけど、それが素直な感想だろ」
「まぁなー。オレもお前の右腕と見なされてるんで、気持ちは分かる」
王家とアローズ家は元々親密な関係だ。発端は千年前、俺の先祖である『眠り姫』が目覚めて王子と結婚した後、例の魔女からまた邪魔されないよう守り支えたことによるという。
余談だが、『眠り姫』が王子と結婚したことにより二つの王家が融合したため、それ以前を『旧王朝』。以後を『新王朝』と歴史的には言う。どっちも国名は『ドリミア王国』で同じだから、そうやって区別してるらしい。
え? 『眠り姫』が眠りについた時、当時の王家も一緒に眠ったはずじゃないかって? 百年の空白期間、王家どうなってたのかって?
俺も疑問に思って聞いたら、当時後を継いだのは王家の親戚の人間だったそうだ。同じ王家の人間なのさ。だからまぁ、百年を経て同じ血筋が統合されただけ。
ちなみに『新王朝』になった際、他にも変わったことがある。例えば一年を表す期間だ。
『眠り姫』の時代は魔法使いが少なく、医療技術も低く、飢饉も多い。人間は短命だった。ところが百年の間に数が増えて技術が進歩し、誰もが魔法を使えるよう人類も進化し、同時に長命になった。時間の感覚も変わったわけだ。
そりゃ、百年も経てばなぁ。色々世の中変わるよ。
ていうか思うんだけど、『眠り姫』たちって目が覚めた時よく言葉通じたよな。普通百年も経ってれば変わってね?
話を戻して、それまでの一年て単位も大幅に変更された。
だから『千年前に魔王がいた』って話は今の単位での千年だ。旧王朝の感覚に直すとケタが違う。
「ま、魔物の襲撃で困ってる人がいるのは事実だし、それ倒すのはやぶさかじゃないが」
「さすが皇太子」
俺は顔をしかめた。
「好きで皇太子なんかやってるんじゃない。俺しか子供がいないんだからしょうがなくやってるだけだ」
もし弟妹がいたら、喜んで譲ってる。残念ながらありえず、儚い望みだが。
俺が生まれた時、かなりの難産だったらしい。あやうく白雪姫みたいになるところだったと聞く。俺の先祖は眠り姫だっつーの。
母妃にベタ惚れな父王は、「妃の命を危険にさらしたくない。子供はこの子一人でいい」と宣言したそうだ。
しかしこの何代かは王家の子供が減ってきており、兄弟代わりになる親戚もいない。そこで仲のいい友人であるアローズ公爵家のジークが指名されたってわけだ。
その弟ランスロット、通称ランスはまだ幼く、兄の隣でぼーっとしてる。
あまりしゃべらないヤツで、たいていどこ見てんだか分からない。何か変なもの見えてんじゃないよな。
「はあぁ……」
何度目か分からないため息をつく。
「……大きくなったら旅に出ようかな」
俺はぽつりとつぶやいた。
王座にも権力にも興味はない。
空を自由に飛ぶ鳥を眺めて思うことはただ一つ。
―――『会いたい』。
……誰に?
虚空に問いかけても答えはない。
ただ誰かどこかで俺が会いに行かねばならない人がいると予感しているだけだった。
ジークが真面目な顔つきになり、座りなおした。
「なに、お前、王にならねーの?」
俺は目をすがめて、
「特になりたいと思わないんだよな。さっき言った通り、直系が俺しかいないから仕方なくやってるだけだ。大体『勇者』だ何だって生まれた時から言われ続けて嫌気がさしてきた。こんなただのガキに何で壮大な期待してんだよ。どいつもこいつも」
本音を吐き捨てた。
ジークになら全部ぶっちゃけられる。たまった不満をまくしたてた。
「予言だか何だか知らねーけど、信じすぎだろ。世界には何人も有名な英雄がいるじゃねーか。チビで何もできないガキよりそっちに頼めよな」
この頃すでに魔物退治で名をはせた英雄が何人かいた。即戦力で経験豊富な彼らに頼むべきだ。
ジークは肩をすくめて、
「まぁなー。けど、ガキのオレから見てもお前の魔力は桁違いだぜ? 大きくなったらすごい魔法使いになるって期待されてんだよ」
「王家の魔力のせいでそう見えるだけだろ」
「つーか、こういう五歳とは思えない会話してる時点で普通じゃねーよ」
「お前だってそうじゃねーか」
皇太子という責務ゆえか、俺は実年齢より精神年齢がはるかに上だった。一日のほとんどを一緒に過ごしてるジークもその影響か、中身は五歳じゃない。
「オレは単にお前の影響。ランスはこんなんならなくていいぞ。ゆっくり大きくなれ。子供は子供らしくな。……っとそうだ、そんなことより聞けよクラウス。オレに妹ができるんだ!」
ジークが拳を握りしめて喜びをあらわにした。
あ、ちょっと近くの草に火がついた。
火系得意でうっかり出すのやめろよ。消火しとこう。ジュッと。
つーか、親友の進路相談を『そんなこと』で片付けやがったコイツ。
「弟もいいけど妹もいいよなー。なぁ、ランス」
「…………」
兄に髪の毛ぐしゃぐしゃやられても黙ってぼけーっとしてるランス。
大丈夫か。嫌なことは嫌だってはっきり言えよ?
「お前に似ないといいな」
「んなの当然だろ。絶対可愛い」
「まだ生まれてもいないのによく断言できるな」
「オレの妹なんだから可愛いに決まってる! クラウスにとってもよかったじゃねーか。妹代わりができるんだぜ」
「いや別に、そこは素直におめでとうと思ってる」
新しい命が誕生するのはめでたいことだろ。
そこへ父上と公爵が通りがかった。
「ああ、アローズ公爵に娘が生まれるという話をしてるのか? ちょうどよかった。それについてお前に話しておくことがあってな」
「何です?」
俺は起き上がってきいた。
落とされたのはまったく予想外の爆弾発言だった。
「その子、お前の嫁にすることにしたから」
「……―――は?」
マヌケな反応をした俺は悪くない。
何言ってんだこのオヤジ、トチ狂ったか。
寝言は寝て言え。
つい悪態をつく。
当たり前だ。まだ生まれてもいない赤ん坊を嫁にすると言われて嫌がらないやつはいない。
「冗談じゃない! 絶対嫌です」
俺は叫んだ。
《―――俺は彼女に会いたいんだ》
なぜだか知らない。なぜか、そう強く思った。
心の中でもう一人の自分が叫んでいるような感覚。
次々言葉が浮かんでくる。
《彼女に会いたい。そうでなければ、俺が生きている意味なんかない。会いたい》
誰に会いたいのかなど考える余裕もなかった。
理屈も何もかもすっ飛ばし、脳内がその思い一色で染まっていく。
《そして、今度こそ―――》
「クラウス?」
父が心配そうに俺を覗き込んでいた。
「―――」
……感覚が戻ってくる。
俺……は……。
「どうした。気分が悪そうだな」
「え……」
顔色が真っ青だったらしい。
気付けば汗をびっしょりかいていた。
俺は今何を……?
「医者呼ぶか?」
父は慌てて自分で走って行こうとした。
仮にも国王なんだから、人を使えばいいのに。
俺は無理に平静を装った。
「いえ、大丈夫です。驚いただけで」
「そうか? すまんな。そこまで驚くとは思わなかった。本当に具合が悪いんならちゃんと言うんだぞ。やっぱり医者」
「呼ばなくていいです」
唯一の跡継ぎが具合悪くなったなんてことになれば大騒ぎだ。めんどくさい。
「ところで、なぜ嫁なんて話になってるんですか」
そもそもの原因を冷静に問い詰めようと思った。
皇太子という身分上、政略結婚はありえる話だ。だがうちの国はのどかで近隣諸国とも仲が良く、世界も平和である。わざわざする必要はない、と強制的に頭を戻して考える。
まして父と母は恋愛結婚だ。子に政略結婚を強要する性格でもない。
父は咳払いして、
「実はな、例の予言書があるだろう。あれに書いてあったのだ。お前の誕生の予言とは別に、助ける存在の誕生もな」
「初耳です」
まぁ、現実問題いてもおかしくないが。一人で戦うのは無理あるだろ。
「うむ。あの予言書は機密情報だからな、伏せている情報があるのは仕方なかろう。お前が王家に生まれてくるのが分かっていたように、その協力者がアローズ家に生まれてくるのは分かっていた。それが女性なこともな」
父はジークとランスに目を向け、
「よって、ジーク君やランス君は違うわけだ。男だからな。今度生まれてくるのは女児で、間違いない」
「それで婚約者にして囲い込もうってわけですか」
『助ける存在』が異性。つまりは恋人か夫婦を想定してることは予想がつく。
婚約者なら傍にいる理由になるし、行動を共にしていても不自然ではない。また法的にも守ることができ、敵対勢力に取られないようにする意味もある。
「言い方をもうちょっとどうにかしなさい。というかな、可愛い女の子が傍にいたら好きになるだろう。先手打って予約しとけという親心だ」
どういう親心だ。
再び悪態。
「なんで可愛いって断言できるんですか」
「先代公爵夫人と現夫人のどっちに似ても美人になるぞ?」
俺は二人の顔を思い浮かべた。
確かに。
だが。
「父親似だったらどうするんです」
同じだけこっちの可能性もある。非常に恐ろしい可能性である。
「……父親似はない、絶対ない。ないと信じたい。きっと大丈夫だ、夫人のほうが強いから。色んな意味で」
「まったくその通りです」
即答する公爵ご本人。自分で言ってる。
ジークも深くうなずく。ぽけーっとしてたランスまでコクコクしてた。
アローズ公爵夫人はもう一人の息子みたいな感じで俺も可愛がってもらっていて、実の子同様に叱られることもある。立場とか身分とか無視して純粋に駄目なことは駄目だと怒ってくれる人は貴重だと思う。
……でも恐いんだよな。
母上はおっとり型で、あまり人に怒りの感情を抱かない。天然ボケの気があるんだよな。
公爵夫人はその分もカバーしてあり余る、『厳しい母』だ。女傑とはああいう人のことを言う。
だもんで、俺も強さと怖さはじゅうぶん知ってる。
「中身も似てたら恐いんですけど」
喜んで尻に敷かれてるアローズ公爵みたいには俺はなれそうにもない。
「中身まで似ることはないだろう。別人なんだから。それに、お前がそうならないよう育てればいいじゃないか」
「育てるって……」
五歳の息子に何推奨してんだ。
うろんげな目を向けた。
「ま、嫌ならやめてもいい。とりあえずそういう話があるってことだ。実際生まれてきて顔見てから決めたらどうだ」
「はぁ……」
まぁ、見もせずに断固拒否はフェアじゃないだろう。対面して義理を果たしたら速攻断ればいいか。
俺はその子と結婚する気なんかない。だって。
《過去も未来も、俺には彼女しかいないんだから》
俺はジークにきいた。
「なあ、お前はいいのかよ。圧力とか気にすんな。正直に言え」
ジークはちょっと考えて、
「んー。悪くはないな」
ぐはッ。
援軍頼んだのに、思い切り背後から撃たれた。
おいこら親友!
察しろよ! ここは援護しろよな!
「おいいいいい! あんだけ妹大事って言ってたろ!」
権力に屈したとかはない。ジークはそういうヤツじゃないんだ。アローズ公爵夫人同様、そういうの抜きで接してくれる。
「大事だからだ。お前ならよく知ってて信用してる。大切な可愛い妹を託せるだろ」
「信頼してくれてるのはありがたいが、かなり待て」
「それにもし下手な相手に嫁いでみろ。遠方だったりすると顔見ることすらできなくなるかもしれないんだぞ? でもお前んとこならいつでも会える」
それが理由かよ。
脱力した。
つーか毎日会えるよな。俺とは仕事で毎日一緒なんだから。
早々に見切りをつけ、ランスに鞍替えしよう。
「ランス。お前は嫌だよな? ずっと弟か妹ほしがってたじゃないか。それがすぐ取られちゃうんだぞ」
「…………」
ランスはぼーっとした表情のまま、無言で兄の袖をつかんだ。
通訳する兄。
「賛成だってよ」
裏切者!
そう叫びたくなった。
いや、そもそも二歳児に援軍頼むほうが間違いか。
それでも俺は婚約なんてしたくなかったんだ。
―――会いたい人がいる。
一体なぜそう思うんだろう?
考えられるのは、これは前世の名残だということだ。
この世界において魂は流転する。転生は証明されており、『常識』だ。現に時々前世の記憶もちが生まれている。
ただし残ってる記憶の程度は個人差が激しい。強烈な体験をした者はかなり鮮明に覚えてるようだ。
記憶が戻るのも人それぞれで、物心ついた時にはあったケース、大きくなってから何か原因となる出来事があって誘発されるケースと色々ある。
俺もこの口だろう。全然はっきりとしてないが、大切な人がいたことは分かる。
おそらくは恋人が。
転生してなお生き続ける想い。それほどまでに強力な願い。
いつかその理由が分かる日が来る。なぜだか確信していた。
だから予言なんかで決められた婚約なんてぶち壊す気だった。
《そう、壊してしまえばいい。俺から彼女を奪う者は全て排除すればよかった。そうすれば、ああならなくて済んだんだ》
……俺は、『彼女』を。
《愛してる。どんなに年月が経っても、姿かたちが変わってしまっても愛してるよ。必ず君を見つけ出すから―――》
だから、待っていて。
俺は必ず君の所へ行く。