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19 勇者はアホを目指す *すでにおバカ

 俺は白昼堂々言った。

「嫁がかわいくて仕方ないんだ。どうすればいいと思う?」

 仮にも皇太子がマジ顔で言う内容じゃないのは自覚した上でだ。

 だってほんとに俺の妻がかわいいからー。

 友人たちはものすごい残念なものを見る目を向けてきた。

 ジークがテキトーに返してきた。

「よかったな。とりあえずそれしか言えん」

「好きすぎて片時も離したくないんだ。日に日にかわいさが増してると思う」

「うちの妹は世界一可愛いんだから当然だろ」

 そこは本気だな、シスコン。

「以前は常に写真を持ち歩いてたが、嫌だと言われた」

「それはそうでしょうね」

 なんで嫌がるんだろうなぁ。選り抜きコレクションをわざわざファイルしたのに。

「まぁ現物を持ち歩けばいいからそれはいい。でもかわいすぎてどうしたらいいか分からない。正直に言ったら、やめろと言われた」

「普通は恥ずかしがると思いますよ。でもこれまで言葉にしてこなくてすれ違ったんですから、どうぞ思う存分甘いセリフ吐きまくってください」

 さすがランス、頼りになる援護射撃だな。なんかちょっとバカにされてるけど。

「そうか。そうしよう」

「………………」

 当の嫁が膝の上でもじもじ身じろぎした。

「あの、そういうのは本人のいないところでやってもらえますか……っ」

 なお、彼女がこの位置にいるのは俺が断固として要求したからだ。これなら脱走防止にもなるし、ずっと傍にいられるし、彼女がここにいると実感できて一石三鳥。

 今の俺はとにかく彼女がすぐ傍にいないと駄目なのだ。

 前世の記憶が戻った場合、多くは副作用がある。たいていは精神的に不安定になるんだ。俺の場合戻った記憶が一個どころじゃない。ループした全部と、さらに発狂してた間のまで全部である。どれほどの影響かは推して知るべし。

 というか、前に一気に覚醒した時はそれが原因で発狂したわけだしな。今回狂わずに済んだのは、彼女に手が届いたから。彼女が生きてここにいると知り、安堵した。

 当時のことは客観的に見られるようになったし、自分とは別物だと分離することでどうにか落ち着いてるが、それも『どうにか』だ。

 ろくでもないシンクロ能力をまた発動させるわけにはいかない。俺の精神状態に応じて発動するようだから、阻止のためには精神的な安定が必要不可欠だ。

 つまり彼女がいればいい。

 俺は我ながらチョロいことに、彼女がすぐ手の届く距離にいれば安心する。特に触れてると「生きてる」と実感できて効果が高い。死別を幾度となく経験した俺には、彼女が今生きてここにいてくれることがなによりうれしい。

 てわけで、至極真面目な理由からリューファを抱きしめているわけである。決して新妻とイチャイチャしたいからしてるだけな脳みそ沸いてるアホ野郎ではない。……たぶん。

にしても、これまでなんで天変地異引き起こしていたのかって謎が解けたな。この世界は反物質でできている。シンクロ能力は始のように『作る』こともできるが、それはとりもなおさず『変化・変形』させることもできるってわけだ。マイナスの感情にひきずられると、よくない変化を引き起こしてしまう。それが天変地異の真相だ。

 ……父上と母上が言ってたな、俺は嫁の溺愛に全精力つぎ込んでれば周りに被害でなくていいって。まさにその通りだったわけだ。彼女が好きってことしか考えてなければ、たとえ能力が発動したとしても花が満開になるとかその程度。悪い意味の影響は出ない。

 うん、それなら誰にも悪意向けられずに済むし、俺も妻愛でて幸せ。すばらしい解決法だな。

 てわけで思う存分妻にベタベタしてたら睨まれた。

「せめて私のいないところでやってください」

 照れてそんなツンデレなこと言ってもかわいいだけなんだけどな。

「何で。事実を言ってるだけだ。それに本人に自覚がないようだから、わざと言ってる」

 あとそういう顔見たくて意図的にやってるとこもある。

「と、とにかくですね……っ」

「Hola! 元気かーいっ?!」

 ―――突然ものすごく陽気なラテン男が乱入してきた。

 上半身裸でジャケットひっかけただけという姿でマラカスを振っている。正直うるさい。

「……『裸の王様』」

 そう、こいつはジュリアスの従兄弟で有名ファッションブランド『裸の王様』の社長兼デザイナーだ。あだ名はまんま『裸の王様』。あのだまされた王様本人である。

 パンイチでパレードしたイメージを守るためとかいって、今もパンツ……ボトムス一丁である。上はジャケットのみ。

 そこ、イメージ守る必要あるか?

 騙された一件の責任を取って退位。その後、ジュリアスがなんだかんだで国を建て直した。

 しかし、無口で強面なジュリアスと陽気ラテンなこいつが従兄弟とはなぁ。一体どういう家系だ。極端ってことか。

 ―――ん、待てよ。そういえばジュリアスも片目が紫だ。俺と同じ色。始が紫の瞳は反物質とのシンクロ能力者の証かもしれないって言ってた。ジュリアスは異世界への転移魔法が使えるし、可能性は高い。

 極端って性質も一致する。もしかしたら性格が極端な人間にこの力は出やすいのかもしれない。心のエネルギーが大きいから発現する力も大きくなるって理屈だ。

 ただジュリアスの場合は片目だから、使えるのは転移魔法のみでシンクロはできないのかも。ジュリアスの周囲で天変地異や異変が起きたって話は聞かない。

 ……うらやましいな。

 俺もそのほうがよかった。コントロールできない強大な力なんか、あっても無用の長物だ。化け物呼ばわりされて虐殺されるだけ。

 ……嫌なこと思い出し、かき消すために妻を抱きしめた。

「なんでここに?」

「セニョールの注文した品が全部できたから、持ってきたのさ」

 ああ、早速分身使って整理してるとこだ。

 なにしろ大量にあるんで、どれから着てもらうか順番決めるのが非常に難しい。世界一の難問だな。

「クラウス様、無駄遣いはやめてくださいって言いませんでした?!」

「嫌だ。嫁を着飾らせたい」

 リューファはめまいがするって眉間を押さえた。

「はっはっは。いいねえ、新婚さんは」

「それより、もう全部できたのか。早かったな」

「セニョールの頼みだからねぇ。うちのお針子部隊にがんばってもらったよん」

 まぁ、最優先で作れって圧力かけたけどな。ちゃんと割増料金払ったぞ。

「ところで結婚したんだって? おめでとさん。まぁ、セニョールんとこは昔から決まってたけどねぇ」

「当然だ。好きな女は囲い込んどくものだろう」

 物理的にもな。

「そうそう、僕も結婚したんだ」

 リューファが驚いて、

「え? 服にしか興味ないって豪語してたのに?」

 俺は知ってる。ジュリアスから聞いてた。

「そうさ。妻は美人でね、僕同様ファッションへの愛がすごくて……ああ、彼女が一番興味あるのは靴なんだけどね。意地悪な継母たちにいじめられてて、困り果てたところを従兄弟の奥さんが連れてきてくれて」

 従兄弟の奥さんとはジュリアスの妻のことだ。色々と訳アリというか、ある意味リューファと関連性があるというか……。

「ああセニョリータ、その節はグラシアス。従兄弟の奥さん、作ってもらったアクセを気に入ってるみたいだよ」

「それはなにより」

 そういや、ジュリアスが頼んできたっけ。あいつもなかなか強かなんで、妃にさせられた女性は絶対逃げられないだろうと予想してた。案の定つかまって、そりゃもう大切に囲い込まれてる。

「従兄弟は奥さんにベタ惚れでねぇ。あいつ恋愛経験ナシで感情自体希薄な奴だから、見てると面白いよん。ご主人様になんとか喜んでもらおうとしてる犬かライオンみたいなのさ。それがまたヘタクソで不器用。奥さんもツンデレ風味で、不器用恋愛初心者カップルがイチャイチャしてるみたいでさ~」

 ケラケラ笑ってマラカスを振り、フラメンコ踊ってる『裸の王様』。

 ジュリアスが聞いたらブリザード吹き荒れるぞ。こいつは気にしないだろうが。

「この前も……」

 言いかけたところへ乱入者が現れた。

「アラー、なぁにィ、コイバナ? ちょっとアタシにも参加させなさいよォ~ヾ(#`・з・´)ノ彡プンプン」

 バターンと勢いよく飛び込んできたのは魔法の鏡。当たり前だが歩いてきたということは手足が出てるということだ。

 さらに鏡の表面にはむさいおっさん。それに手足が生えたバケモノ。

 キモ!

 全力で引いた。

 あのさぁ、化け物ってのはこういうのを言うだろ? なぁ、俺は全然違うじゃないか。ほんとやめてほしい。

「アラっ、『裸の王様』じゃない、久しぶり~ヾ(*´▽`*)ノ オヒサァ♪」

「おっ、魔法の鏡。今日もいい手足だねっ」

 ……誉め言葉なのか?

 魔法の鏡はくねっくねっと決めポーズ取る。どこからどう見てもキモイ。

 夢に見そうだ。最悪。

 目そらして、かわいい妻だけ見ることにした。妻の夢なら大歓迎である。

「この前はうちの奥さんの作った靴はいた足のモデルをグラシアス。おかげで売り上げ倍増だよ~」

 魔法の鏡が副業でパーツモデルやってるのは知ってたが、『裸の王様』のところで靴のモデルをやってたのか。

 ……こいつは自分の妻が作った靴をこれにはかせたのか? 速攻で離婚切り出されるぞ。

「当然デショ。アタシのこの脚線美で落とせない男はいないワっ(・ω<)☆」

「こいつ、そろそろ廃棄してもいいかな……」

 ぼそっとつぶやいた。

 同感とうなずく一同。

 本当になんで白雪姫の継母はこんなもの作ったんだろうか。悪人の思考回路は理解不能だ。

 でも役に立つこともあるんだよな。この前俺の嫁にちょっかい出そうとしたどこぞのクズ王、強制退位させられたのをとっつかまえてきてこいつに与えておいた。これまで何人もそうやって任せたことがある。物理的にも精神的にも大ダメージ与えられるだろ? キッツイお仕置きに、どいつも早々に大人しくなるんだよな。

 まぁ後悔しても解放してやる気はないが。

「奥さん、靴職人なんですか」

「そう。意地悪な継母や義理の姉たちから独立するため、内職で靴を作ってたらしいんだよねー。いつもこき使われてたんだって。灰かぶりなんてあだ名までつけられてたらしいんだよん。偶然その才能を見つけた従兄弟の奥さんが僕んとこ連れてきてくれたんだ~。本当にファッション大好きで話が合ってね」

「そ、そう……」

 カレンが昔教えてくれた地球の童話に似た話があったな。『シンデレラ』だっけ。

 記憶力がいい? 俺はカレンの言葉なら一言一句覚えてるぞ。

「つい寝るのも忘れてファッションについて議論を交わすこともよくあるんだ。で、深夜にこの前そうやってできあがったのがこ・れ☆」

 出してみせた写真には、猫耳をつけさせられ真っ赤な顔してうつむいている女性の姿。深夜のテンションでOK出したが、翌日冷静になって悲鳴をあげたというところか。でも一旦いいよと言った以上、引けなくなったと。気の毒に。

 ところでこの猫耳、いいな。リューファにもつけてほしい。絶対こうやって恥ずかしがって抵抗する。それが見たい。

「…………………………」

 リューファは気の毒そうに沈黙した。

「かわいいだろう? 最高だろう? まさに最上級フラメンコ、サンバカーニバルだよねっ!」

 『裸の王様』はマラカスでジャグリングしながらフラメンコのステップを高速で踏み出した。

 言ってることもやってることもまったく意味が分からないが、興奮してることだけは分かった。

 どうでもいいがマラカスが四本に増えてる。

「…………」

「…………」

 沈黙してるジークもシューリに対して同じこと考えてるのが分かった。同志よ。

 視線を交わし、うなずき合う。

 『裸の王様』に注文する。

「これ、一個買おう」

「ちょっと待ってくださいよ?!」

 猛烈な抗議が妻から。

「買ってどうするつもりですか! まさか私につけろってことですか?! 死ねと!?」

「嫁以外に誰につけさせるんだ」

 鼻血ふくほど似合うと断言できる。

「真剣な顔して変態チックなこと言わないでください!」

「かわいいのに」

「猫はかわいいですけど、私は人間です! 小動物みたいな外見ですが猫じゃありません!」

「大丈夫。絶対に合う。保証する」

「そんな保証いりません!」

 さて、できあがったらつけてもらって写真撮影を……。服はどれにしようか。ここはやっぱりフリフリで可愛い系の。

 妄そ……じゃなかった、想像が楽しすぎる。

「アラ~、可愛いじゃなーい?イイ!(゜┏∇┓゜*)≡(*゜┏∇┓゜)イイ!サイコ――ヾ((*≧∀≦*))ノ゛――ゥ☆」

 魔法の鏡がグッと親指立てた。

「いい感性してるわネ、さすが『裸の王様』だワっ!サイコウヽ(o’∀`o)ノヤーン♪」

「お、分かる~?」

「もちろんヨッ。アタシは男の気持ちも女の気持ちも分かるものッ。男の願望よネヾ(*´∀`*)ノキャッキャ♪」

 リューファが真顔で言った。

「クラウス様、今すぐ魔法封じ解いてください。そんなろくでもない願望はグーパンで粉砕します」

「え、何で。嫌だ。絶対似合うから」

 カレンの頃に見れなかった分も、色んな格好見たい。

「じゃあ魔法使わなくてもいいです。物理的に普通にグーパンで殴らせてください。強烈な刺激を頭部に加えれば、そんなバカな考えは吹っ飛びますよね」

「殴られたくらいで俺がリューファを好きな気持ちは薄れないから無駄だ」

 むしろループで強まってるしな。我ながら異常な執着心もそのせいだろ。

「……っ」

 リューファは真っ赤になり、拳を握りしめたままプルプル震えてる。ジークなら喜んで「殴っていいぞ!」って言うとこだろうな。……テオのやつ、俺がカレン失ったショックでおかしくなったの見て、ずいぶんとまぁ変な方向に学習したもんだ。

 覚えてないのに、そういうとこは残ってんのな。

 鏡が肩をすくめた。肩ってどこだ。

「もォ~、照れ屋さんネッ。ま、男にとっちゃそういう可愛い反応してくれたほうがいいんだけど。いいじゃない、夫のささやかな願望をきいてあげるくらい、夫婦でしょオ、コノコノォ( ^∇^)σ)゜ー゜)プニッ」

「ち~が~う~っ!」

「この猫耳、白ネ。黒やピンクがあってもいいんじゃナイ? (★ゝω・)b⌒☆」

 ほほぅ。アリだな。

 真剣に検討する俺とジーク。お互い無言。

「おっ、いいねえ! さすが魔法の鏡だ」

 裸の王様とシンデレラの鏡は固く握手し、そのまま華麗にターンからのフラメンコに突入する。

 裸の王様が男パート、鏡が女パート。……鏡は女パートでいいのか?

 器用に裸の王様が放り投げたマラカスを鏡がキャッチし、投げ返しながら踊っている。無駄にレベルが高い。あ、マラカスの数が増えた。どこに持ってたんだ。

 どんどん曲もスピードアップしてる。リンボーダンスやコサックダンス、フラダンスまでやり始めた。

 勝手にやってろ。

「ヘーイ!」

「キャッホーウヽ(●´3`)ノ゛ルンルン♪」

 時々ハイタッチ。

 変な連中の奇行はどうでもいい。それより色違いはナイスアイデアだ。

「リューファはピンクの猫耳でもいいか」

 妻がものすごい勢いで振り返った。

「つけませんよ!? 死んでもつけませんからね?!」

「え、白がいいか? うん、両方買おう」

 もちろん初めからそのつもりだ。

「いやあああああ!」

「まいどあり~」

 リューファは必死に兄たちに助けを請うが、ランスは全力で関わるのを拒否した。賢明な判断だ。

 同じ穴の狢なジークは注文。

「オレも買おうかな」

「ちょっと待って! それどうする気?!」

「え? もちろんシューリにあげる」

「殺されるからやめて! 絶対本気で怒る! ものすごい殺人光線向けられるよ! マジで斬りかかってくるよ!」

「うーん……ゴミを見るような目を向けてくるシューリもいいんだよなぁ。それもまたオツ」

 リューファが物理的に引き、俺にしがみついてきた。

 か、かわいいっ。

 いざって時、頼れるのは俺ってことだ。うれしい。じーん。

 逃げてるのは実兄からだが、確かに変態だしな、うん。え、その一因は俺にもある?

「じ、ジーク兄様、Mの気あったの」

「ないぞ」

 あるだろ。

「いや、今の発言は絶対そうでしょ。ろくでもない扉開かないで!」

「違うって。そんな反応でもシューリが相手してくれるからうれしいだけ」

「変態だったんだな、お前」

 そうか、俺が発狂したせいで。悪かったなぁ。

 でもそういうのは反面教師にしろよ。

「断じて違う。シューリにならうれしいが、他の奴にやられても嬉しくない」

「ポジティブシンキングにもほどがあるよ、兄さん」

「はっはっは。だからいまだに平気でプロポーズできるんだろ」

 俺そういやネオ時代、好きな子はどんな手段使ってでも、死んでもゲットしろって言ったっけ。真面目に守らなくていいんだぞ?

「あ、でも、シューリはかっこいいから狼か狐のほうがいいかもな」

 真面目に考えだす現世の親友で義理の兄弟。

 アホかと言いたくなるが、確かに他の動物ってアイデアはすばらしい。リューファは何がいいかな。

「どっちにしろやめてね?!」

「しっぽも必須」

「必須じゃない! そんな必須科目ない!」

「ああ、そうだな。揃いのドレスもいるか。しっぽつきの」

 いっそ、新たにおそろいのドレスを作らせて……。

「いらないいいいいい!」

 妻が悲鳴をあげた。

「OK、お揃いのドレスも注文承りました~」

「いいわネっ、アタシも欲しいワ(o´ω'o)ノ」

「じゃ、早速帰って作るよ。アディオス!」

「いいダンスだったワ、またネ~。アタシもそろそろお肌のお手入れの時間だワ、エステ行くのヨ。じゃ~あね~ヾ(*T▽T*)ヾ(*T▽T*)ヾ(*T▽T*) マタネーン!! ヾ(◎m◎)サラバジャ」

 二人……一人と一枚とも優雅に踊りながら去っていった。

「……………………」

 台風一過。

 ぐったりするリューファと一連のことを華麗にスルーして仕事してるランスを尻目に、俺とジークは「どんなおそろいドレスを作るか」デザインをものすごく真剣に検討し始めた。

 ループ一回目では『魔王』とそれを倒す『勇者』と呼ばれた男たちは、それそれ好きな子に似合うドレス論議中。実に平和であった。


   ☆


「―――バカなの?」

 その夜、今日も妻を抱き枕にして寝てたらそんな声が聞こえてきた。

 目を開けるといつぞやの白い空間で、虹色の瞳を持った女性がいた。

「いや、まごうことなきバカね。まさかここまでアホだったとは」

 あきれを通り越した目でため息つかれた。

「久しぶりだな、始。第一声がそれか。でもいいだろ、俺はバカなほうが。あまりにもバカであれば人は脅威と感じない。魔王呼ばわりされて殺されずに済む」

「それはそうだけどね。あんたは度を越してるのよ。リューファが気の毒だわ」

 なんで?

 始は手を振って、

「さて。ともあれ思い出したようね。子供の頃に思い出しかけた時とかどうなることかと思ったけど、どうにかなってよかったわ」

「始はどうやってこっちを見てたんだ? いつから?」

「最初から。あんたがクラウスとして転生した時からよ。あたしのほうが先に転生するようにしたもの。あ、近くにはいないわよ。あたしはなるべく直接関わらないほうがいいんで、遠くから後方支援してると思って。そうね、使ってるのはリューファのやってた精神のみの移動方法と同じもの」

 やっぱり。

「あの子もさすがよねぇ。自力でそんな技編み出しちゃうなんて」

「俺の嫁はすごく優秀でかわいくて最高なんだよ」

「ノロケなくていい。まさかあんたが思念体見えるなんて思わなかったわよ。それまでもなんか嫌な予感がして遠巻きに見てたんだけど、リューファの思念体に見惚れてるのに気付いて、ヤパイと思って近寄らないようにしたわ」

 別の意味でヤバイというようにも聞こえるんだが?

「にしても、記憶なかったのに一目惚れして捕獲するとはね。執念」

「捕獲って言うな」

「好かれたいあまりに変なキャラ装って、結果婚約破棄言い渡された時が一番危なかったわー。あそこで記憶戻って暴走したらどうしようかと。色々ツッコミたいことはあるけど、まぁひとまず結婚できてよかったわねと言っておくわ」

 確かに思い返せばあそこで能力発動してたら終わりだったな。

「彼女の記憶を封じてるアイテムも、経年劣化で壊れかけてきてる。おかげで見つけやすくもなってるわ」

「もしかしてブラックマーケットのオークション会場にもう一つあったのは始が?」

「そう。自然な感じで見つかるよう調整しといたわ。他のも見つかり次第、順次やっとく」

「助かる。ありがとう」

 全て壊せばカレンの記憶が戻る。

「今後の相談をあたしの仲間も入れてしたいから、そのうち時間作ってちょうだい。一度集まりましょう」

「分かった。俺も会ってみたいし、礼も言いたいからな」

 うなずく。

「今度の回は上手くいくといいわね……。じゃあ、今日のところは手短に。またね」

 『始まりの女性』はそう言って消えた。

 ……ああ、今度こそ失敗しない。二度と彼女を殺させるもんか。

 目を覚ませば、愛しい彼女が腕の中にいた。

 あたたかい。

 ようやく絶望しかない朝が終わったんだと心から安堵した。

 そのまままた寝たふりしてると、起きた妻は昨日みたく焦ってた。

 かわいいなぁ。幸せだなぁ。

「嫁が腕の中にいるなんて、朝から最高の気分だな」

「狸寝入りしてたんですかっ?!」

 つい本音漏らせば、目を吊り上げて怒られた。

「三十分くらい前からかな。いやぁ、うれしすぎて可愛い妻の寝顔を鑑賞してた」

「いやああああ、寝顔とか見ないでーっ!」

 むしろこれもアルバムに丁重にお迎えする予定だ。

「何で。リューファから近づいてくれたくせに」

 いつも自分から俺を抱き枕にするじゃないか。

「あれはクラウス様がうなされてたからです! 非常事態だったからです!」

「うなされてた?」

 そうだっけ?

「……ああ」

 起き上がって髪をかきあげる。

「そうか。うなされてたか」

 まだ俺も不安定なんだな。

「あの……前世の記憶でも夢で見て、それが原因ですよね?」

「まぁな」

 おびただしい数の彼女の遺体が転がる悪夢。

 あれは幻だが、俺が彼女を殺され奪われたのは全て現実だった。リセットされて『なかったこと』にされても、『あった』のだ。

 たとえ始が時を戻しても、本当に『なかった』ことにはならない。なぜなら俺も始も覚えているし、カレンが感じた絶望と苦しみをなかったことにしたくない。リセットされたからといって、師匠の罪を『なかったこと』にさせてたまるか。

 沈黙する俺をリューファが心配そうにのぞきこんできた。

「……大丈夫ですか? 混乱とか起きてませんか?」

 ぺたんと額に手をあててくる。

 ……優しいな。

「特には。むしろ色々納得したって感じだな」

「納得ですか。無理しないでくださいね。クラウス様、けっこう我慢しすぎることがあるから」

「平気だよ。君さえいてくれれば」

 俺は最愛の人を抱きしめて顔をうずめた。

 彼女が真っ赤になって固まるのが分かる。

「く、クラウス様……っ」

「……少しだけこのまま」

 声音がかすかに震えた。

 君がいれば、俺は他に何もいらない。今度は君と幸せな人生を送りたい。

 もう不毛なループは嫌だ。

「あの……大丈夫ですか?」

 返事の代りに強く抱きしめた。

 大丈夫だよ。君がいれば。

 赤くなってうつむく恥ずかしがりな新妻に顔を近づけたら、両手で阻止された。

「何するんですか!」

「何って……我慢しなくていいって言うから。あと、お礼の意味も兼ねて」

「いりません! そういう変態チックなのじゃなく、まともな方法で私にお役に立てることがあるならお手伝いしますと言ってるんです!」

 俺はいい笑顔で頼んでみた。

「ある。リューファが毎晩寝る時抱きしめててくれればうなされないと思う」

「無理です」

 即答された。

 とか言って、お願いきいてくれるのが俺の嫁なんだよな~。

「抱き枕がほしいなら用意します。材質は何がいいですか。大抵のものなら用意できます。『ガチョウ番の娘』のガチョウの羽枕がいいですか、『白鳥の王子』のほうがいいですか」

「俺がほしいのは枕じゃなくて嫁なんだが。夫のささやかな頼みじゃないか」

「どこがささやかですか!?」

 反抗しつつも、結局その夜も同じこと。というか、これは俺が嫁を抱き枕にするんじゃなくて、嫁のほうが俺を抱き枕にしてるんだよなぁ。抱きつき、安心しきって寝息たててる妻を見る。

 小さい頃から着実に刷り込……じゃなかった、教え込……でもない、慣れさせてきたかいがあった。

 大好きな子がいつも傍にいてくれたり、思う存分愛でたり、色んなドレス着せたり。前世できなかったことを昇華するようにじゃんじゃんやった。後悔しないように。

 リューファは怒ったり甘えたり照れたり。くるくる変わる表情がどれも愛おしくて。

「好きだよ」

 何度も言った。恥ずかしくて言えなかったあの頃の分まで。

 そうするとリューファは真っ赤になって口をぱくぱくさせる。うれしいのが丸わかりだ。

 本人はごまかしてるつもりらしいが、素直な彼女はけっこう考えが顔に出る。カレン時代と違って表情豊かだ。気持ちを隠し、本音を押し殺して常に両親の顔色をうかがう必要がないからだろう。本来の姿でいられてよかったな。

 カレンの時みたく「好き」と言ってくれないまでも、態度でバレバレ。

「俺の嫁はかわいいな。そんなところも好きだ」

「だだだだから人前で言わないでくださいー!」

「はは」

 ああ、俺は笑えてる。

 こんな当たり前の日常が、ずっと俺はほしかったんだ。

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