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15 勇者の前世②

 それからの俺はいっそう注意して勉強に励んだ。

 ぶっちゃけ師匠に敵視されようが何だろうがどうでもいいんだけど、そしたらカレンの傍にいられなくなる。それだけは嫌だった。

 ま、それ以前に俺みたいな『下』すぎて極度の不器用なのを、敵とは認識しないだろ。あまりに不器用すぎると哀れになるらしく、気の毒すぎて応援したくなるもんらしい。

 そもそも敵と認識するからにはそれだけの脅威がなきゃいけない。相応のレベルってことだ。同程度っつーか、それ以上。俺はどう考えてもはるかに及ばなかった。

 俺がささやかな功績をあげると、王は必ず師匠に恩賞を与える。一見してはっきり分かるくらい俺より差のついた褒美を。

 普通ならムッとするだろうが、俺はどうでもよかった。名声も地位も興味ねーよ。師匠が欲しけりゃどうぞ。

 金だって、もし病気になっても薬代に困らないのと、日々の生活費に村への援助金があれば十分。それ以上は望まない。

 そうして年月過ぎたある日のことだった。

「ネオ、ちょっと話があるの」

 カレンが話し始めたのは半分驚き、半分納得の真実だった。

 カレン達親子は異世界からの転生者である。

 師匠の知識や技術は別世界のもので、そこでは誰もが知っていたり、使えたりする。

 師匠は虚栄心が強く今世と同じ性格で、奥様は人に頼らねば生きていけず精神的にもろいこと。

 かつてのカレンは失敗し、ゆえに不適格と見なされ、その後病死したこと。

 ……納得しすぎてあきれるくらいだった。

「なるほど」

「え。ずいぶんすんなり信じるね」

 カレンのほうが驚いてた。

「だってカレンは俺に嘘つかないだろ。そんな性格じゃないのは知ってる」

 あっさり答える。

「つーか実は、師匠が前世の記憶もちだろうってのは予想してたんだよ」

「あ、そうなの?」

「何もない所かに一から独力で考え出したにしては、師匠の手がける分野は広すぎる。思いつくとかいう次元を超えて、不自然なものもあったんだ」

 別世界の価値観や常識を持つカレンには普通のことだろうけど、俺みたいなこの世界に初めからいた人間には不自然に映る部分が多々あったんだよ。王や司法長官が気づいたのもその例だ。

「師匠本人は前世の記憶だと気づいてないみたいだな」

 というより気づきたくないんだろ。

「うん。自分がだれだったか、過去何があったかは覚えてない。持ち越してるのはあくまで学問の部分のみ」

 ふーん。

「にしても、異世界か。面白い。機会があれば行ってみたいな」

「ほんと驚かないね。怪しまれるかと思った」

「なんで? 世界が一つだけなはずはないだろ。人間が全てを理解してるなんてありえない。並行世界、多次元世界……色々あるはずだ。今は証明されてないだけで」

 大体、死後の世界自体が別世界といえる。存在を知られてはいるけど干渉はできない。

 異なる世界くらいフツーにあるだろ。

「カレンがいた世界はどんなだったんだ?」

「えっとね……」

 それからというもの、俺は時々地球のことを教わるようになった。

 カレンの知識は控えめに言ってもすごかった。師匠より詳しい分野もザラだ。

 わずか七歳で死んだっていうけど、そんな子供がこんな情報量なんであるんだ?

 数学・天文学・医学・機械工学・語学・薬学……めちゃくちゃ多くの分野をカバーしてる。どう考えたって一般教養のレベルじゃねーだろこれ。

 カレン本人は自覚なしっぽいが、たぶん専門家レベルだ。

 ……前世の師匠にたたきこまれたんだろうな。家庭教師を何人もつけられてたっていうから、彼らはみんな専門家だったんだろ。実はその道の権威でした、みたいな。

 プライドの高い師匠が娘の教育に最高の人材を使わないわけがない。

 今もそうなように、娘がバカだと自分がバカにされてると感じる師匠はかなりの水準の教育を課してる。やってること同じだな。

「教えたことを使うのは自由だけど、気を付けて」

 カレンは釘を刺してきた。

「分かってる。その地になかった動植物を持ち込むと生態系が壊れるのと同じことだ。どんな影響が出るか分からないからな。慎重に使うかどうか検討する」

「……うん」

 てのは口実で、本音は師匠にカレンのほうが優れてるとこがあるとバレたら困るから。

 カレンは守らなきゃ。

 前もってカレンから情報を得たことは大きなアドバンテージになった。必要な時にそれとなく誘導し、より効果的に師匠が『新発見』できるようになる。師匠が知っててカレンが知らないこともあって、完璧とはいかなかったけどな。

 カレンは師匠のそういう誘導が上手くて、参考にした。

 狙い通り師匠は何年も『世界一』でいられた。

 でも王の欲も変わらなかった。まだ世界征服したくて、師匠をほめちぎる。結果、師匠の欲も煽られてどんどん大きくなる。

 司法長官も必死に阻止しようとしてたけど無理だった。

 この頃には成長した俺も師匠について各地に出張に行くことが増えた。

 そこでは心から信じ切ってる人々から師匠は尊敬を受ける。そりゃもう十分すぎるほど。

 ……これで満足すればいいのに。

 俺は密かにため息ついた。

 これだけ崇められて、何が不満なんだ? 普通の人ならとっくに満ち足りてるぞ。

 王っていう最高権力者からも演技とはいえ尊敬され、この国じゃ頂点に立ってるのにさ。

 国内だけじゃ不満なのかなぁ。近隣諸国にも名声は広まってるぞ? それでも駄目なのか。

 これ以上何を欲するのか。

 憂鬱な気分で帰ってくると、それを吹き飛ばすかのように階段の上から天使が降って来た。

「ネオ――っ!」

「おい、何やってんだ!」

 慌ててキャッチする。

 かっる。やわらかくていい匂い……って何考えてんだ俺!

「えへへー」

 カレンは安心しきって笑ってる。まるでちゃんとキャッチしてくれるの分かってたというように。

 か、かわいいいいい。

 好きな子が信頼して飛び込んで来てくれたら、そりゃうれしいに決まってる。

 死ぬ気で無表情取り繕った。

「危ないだろうが。飛び降りるなら魔法を使え」

「だーって、ネオがちゃんと受け止めてくれるって分かってたもん。お帰り!」

 くうっ。

 我慢できず赤くなってしまう。

 こ、こういうの小悪魔っていうんだよな。いやもうむしろ女神級にかわいいんですけど!

「あいさつなら普通にしろ」

「娘よ、私も帰ってきたんだが?」

 師匠が苦笑する。

「もちろんパパもお帰りなさい! あのね、今日帰って来るって言ってたから、おやつ作って待ってたの! 魔力回復できるケーキを考案したのよ」

 師匠は料理に興味がない。必要性を感じず、バカにしてるようだ。

 逆に好都合。この分野でならカレンが何か新しいものを作っても大丈夫ってこと。

「そうか。もらおうかな」

 カレンに手を引かれて歩く。いつの間にか高くなった身長を見て考える。

 ……ほんとカレンも大きくなったよな。いつまでこうして気軽に触れていられるだろうか。

 そろそろお相手探し始まるのか……。

 胸が苦しくなった。

 ―――嫌だ。

 心が悲鳴をあげる。

 何言ってんだ。最初から分かってたことだろ? カレンはお姫様、俺はただの庶民だ。

 この想いが叶うことはないし、一生封印しておくんだと。好きになることすらおこがましいんだから。

 好きだからこそ、彼女の幸せを願う。

 たとえ彼女の隣に立つのが俺以外の誰かだとしても、彼女が笑っていてくれるならそれでいい。

 俺がカレンを好きだとバレたら、速攻追い出される。絶対に隠しておくんだ。

 サンルームでのティータイムも、そう考えると悲しくなってくる。

「どう? おいしい?」

「……ああ」

 バレないようそっけなく答えつつも、しっかりおかわりする。

「ねえパパ、次は私も連れてって」

「駄目だ」

「なんでネオはよくてあたしはダメなの」

「危険な仕事もあるからだ」

 これは事実で理由の半分。残りの半分はカレンを連れ出すと婿になりたいって男が押し寄せるからだろ。なにしろ上手くいけば次の王の夫。最高権力者になれる。

「あたしだって、人のために働きたいのに……」

「家にいてもできることはあるだろ」

 カレンが他の男を好きになるところが見たくなくてそう言った。

 すると奥様が楽しそうに手をたたく。

「そうね、花嫁修業すればいいわ」

 俺は思いっきり紅茶を噴き出した。

 花嫁修業だって? 誰と? 誰と結婚するためにがんばるんだよ!

 まさかもう婚約者内定してるのか?!

 そいつを殺してやりたくなった。

「……お、奥様、何を。俺は薬の調合とか魔法の研究って意味で言ったんですが」

「あら。だって、ネオくんがこの子のお婿さんになってくれるんでしょ? だから花嫁修業しなきゃー」

 はい?

 本気で意味が分からなかった。

 イマナンテイイマシタ?

 幻聴か。何の攻撃受けてるんだ俺。犯人はどいつだ。

 つーか、俺がカレンを好きだってバレてたのか?!

 ちなみに後で確認したら、屋敷で働く全員が「え、バレバレだったけど」「隠してるつもりだったの?」と言ってた。そんで「ほんと不器用……」って哀れみ+応援の眼差し向けられた。

 まじですか。

「あ、あの、俺はその」

 そりゃカレンが好きだけど!

 奥様はうふふと笑って、

「恥ずかしがらなくていいわよー。それに、最初からお婿さん候補として連れてきたんだもの。ねえ、あなた?」

「うむ」

 は……はああああああ!?

 ちょ、え、都合がよかったからじゃねーの?!

 そういう意味でも都合がよかったからと理解する。

「そんなことだろうと思った。でなきゃパパが弟子とるわけないもの。嫌な人だったらお断りだったけど、ネオならいいよ。だってあたし、ネオ大好きだもん!」

「…………っ」

 幸せすぎて涙出るかと思った。

 真っ赤な目元を手で覆う。

 うれしかった。

 あきらめてたんだ。最初から叶わぬ恋だって。

 本当に。

 好きなことずっと一緒にいられる。たった一人の愛する人を妻にできる。

 踊りだしたいくらいだ。

 カレン。大好きだよ。

 俺が生涯で一番幸せな瞬間だった。


   ☆


 俺がカレンの婿候補だったのは、国王はじめ主だった人々には周知の事実だったそうだ。特に驚きもなく、むしろ「ああ、やっと」って反応。

 俺に話す数日前には正式に決定してたらしく、国王直々の許可書まで発行されてた。

 てっきり追放されると思ってたのに何だよこれ。悩んだの何だったんだ。

 王としても俺がカレンの婿になるのは好都合だったようだ。司法長官だって、事情を知ってる俺のほうがいい。座を狙ってた連中を除き、特に反対はなかった。

 そいつらからは嫌がらせやら罠やら仕掛けられたけどな。ま、対処しといたよ。そういう連中のひがみからの嫌がらせは長年やられてて慣れてる。

 誰がカレンを渡すか。

 これまで無関心だった名声も功績も、カレンのために利用した。何不自由ない生活させてやれるよう、稼ぎも見直す。

「ところでカレンに何かプレゼントしたいんですけど、何がいいと思います?」

 司法長官と王立図書館司書にきいてみた。

 二人はカレンの友人だ。俺という婚約者ができたことでカレンの外出制限は緩み、俺と一緒なら自由に外へ出られるようになる。そうしてできた貴重な友達だった。

 地位もあり家柄もいい彼女たちと友人になることはプラスだと師匠も許したわけだ。司法長官の名前聞いた時はちょっと渋ってたが。

 年齢不詳のおそらくかなりの高齢ベテランどS魔女に、ドジっ子天然姉さん。……すごい組み合わせだな。ほんとこうも違う三人がよく親しくなったもんだ。

 え? 俺? 俺の友人関係はって?

 ねぇよ、友達なんて。

 貴族連中には庶民ってバカにされてるし、庶民出身の魔法使いとも仕事以外で接点はない。数少ない魔法使いは忙しいんだよ。それに師匠が唯一とった弟子ってことで、どうも近寄りづらいっぽいんだよな。

 でも別に気にしてない。基本的に物事に無関心な俺は友人も欲しいと思ったことがないんだ。ぶっちゃけカレンさえいればいい。

「俺はそういうの疎くて。同性のほうが分かるかと」

「私みたいなおばあちゃんと若い子は感覚違うわよ。あなたのほうが分かるんじゃない?」

「ええ? やっ、私もセンスないし! それに、お金持ちのお嬢さんなカレンがもらってうれしいものって何?」

「そこが問題で。ただ、俺が買えるものってたかが知れてて……」

 普段カレンがもらってる贈り物と言えば、高価な宝石やドレスが多い。俺もこの頃にはだいぶ稼げるようになってたとはいえ、とてもとても。

「金額じゃないわよ。あの子は値段の高い物なんかよりも心のこもったプレゼントを喜ぶ子よ」

「確かに。どんなに安くても、相手が自分のことを思って選んでくれたかどうかよね。孤児院の慰問で子どもから道端に生えてた花もらったのでも喜んでたもの」

 ああ、カレンは優しい。薄汚れてたガキの俺の手を迷うことなく取ってくれた人だ。

「ただし、よ。どうやら君は普段身に着けるものをあげたいのね?」

 司法長官がニヤリとして言った。

 う。

「自分の婚約者だぞーってアピールしたいのよねぇ~?」

「あ、そういうこと。微笑ましいなぁ。男だねぇ」

「ちがっ、ただ普段遣いできるものなら抵抗なく受け取ってくれるかもと思っただけでっ」

 ニヤニヤやめてくれ。

「『至高の魔法使い』が妻に結婚前指輪を贈ったのと同じようなことしたいのね。っでもいきなり指輪だと遠慮されるかもってとこでしょ」

「ああ、高価だから。あの指輪見たことあるけど、ものすごく貴重な魔石使ってるもんね」

 婚約時に婚約指輪を、結婚時に結婚指輪を贈る習慣は師匠が始まりだった。

「じゃあ、ネックレスやブレスレット? それに使う石なら大きさもたかが知れてるわ。それくらいなら手持ちであるんじゃない? 魔物退治とかで出張した時に魔石見つけるのはよくあることだもの」

「そうね、カジュアルなほうがいいわ。加工は知り合いの魔具職人に頼んであげるわよ」

「ネックレスやブレスレット……」

 それもいいんだけど。

「……カレンは髪長くて、本読む時とか前かがみになると髪の毛邪魔っぽいんだよ。髪飾りとかどうかな」

「あっ、いいじゃない」

「そうねぇ、気軽に受け取れそうね」

「で、自分で作る」

 さっき全面的に同意した二人とも、瞬間的にものすごい表情浮かべた。

「やめときなよ。失敗するのが目に見えてる。材料の無駄」

「改造はともかく、一から造形は苦手なくせに。恐ろしい化け物生まないでよ?」

「分かってるよ! 悪かったな不器用で!」

 これでもがんばってるんだよ!

「がんばってるのは知ってるけど、どうにもねぇ……」

「ポンコツぶりがすさまじいのよねぇ……もはやここまでくると哀れになって応援したくなるくらい」

 ひどい言われよう。

「ともかく俺は自分が作ったもんカレンがつけてくれて、カレンは俺のだって知らしめたいんだよ!」

「明言したわね」

「がんばれ」

 ああ、ボロクソ言われようがやってやるよ。

 見本になるオーソドックスなバレッタ買って来て、師匠に訳を話して造形の修行を頼みこんだ。同じくものすごい顔された。

「……挑戦はすばらしいことだが、時にはやめておいたほうがよいぞ」

 前に魔具作りの修行した時のあまりのできなささ思い出してるようでげんなりしてる。カレンはすぐできたのに俺はいくらやっても駄目で、とうとうあきらめられた。

 できあがってる魔具を改造するのはできるのになぁ。金属の形を魔法で変えて作るとか料理とか、素材からだと無理。ひどいとヤバイもんが生まれる。

「どうしてもカレンにプレゼントしたいんです! お願いします!」

 土下座する俺に師匠も哀れ→応援したい気持ちになったのか、承知してくれた。

 幸い仕事の報酬や出先で見つけたりなんだりで材料は豊富にある。

 予想通り失敗しまくった。

「……もういい加減あきらめて、プロに頼みなさい」

「いえ、まだがんばれます!」

「いや、材料を使い果たしただろう?」

「なら買ってくるか採ってくるかします」

 師匠はあきれながらも魔石や鉱脈のありそうな場所を教えてくれた。

 俺は速攻飛んでった。文字通り飛行魔法フルスピードで。

 目を有効活用してちょっ速で見つけ、パンチ一つで大地を割り収穫。山のように担いで持って帰って来た。

「おお……」

「おばかなのかしら……」

 師匠と奥様は半笑いと残念なものを見る目してた。

 馬鹿で結構。俺は最初っからただのバカだよ。

 さらに失敗を重ねてどれくらい経ったか、ようやく完成した時には二人とも涙をぬぐう仕草して肩たたいてくれた。

「よくがんばったわね」

「造形がまだまだだが、それでも見られる程度になったのはたいしたものだ。よくやった」

「はい! さっそく渡してきます!」

 ウキウキして書庫に行けば、カレンは本読んでた。すぐにピシッとした顔を作り、話しかける。

「何やってるんだ?」

「ん? ちょっとねー」

 カレンは長い黒髪をかき上げてしゃがんだ。また髪がこぼれ落ちてきて、わずらわしそうに背に回す。

「髪切ればいいんじゃないか」

「やーよ、長いほうがかわいいんだもん」

 うん、俺としても長いほうが。サラサラで手触りよくてさ。

 さりげなくバレッタを差し出す。

「ほら」

「え?」

「やる」

 あああああ、なんでこんなそっけない言い方しかできないんだよ俺は。だからヘタレの不器用って言われんだよ。

 うるせー、気に入ってもらえるかどうか不安なんだっ。

「これどうしたの?」

 答えられず、そっぽを向く。

「まさかネオが作ったの?」

 ぎゃあ、一発でバレた。

「……なんでそう思うんだよ」

 お、重い? こういうの重いか?

「売ってるものにしては作りが甘いもん。それに、最近魔具作りをパパに教わってるでしょ。でもあんまり上手くいってないって」

ugu.


 耳まで赤くなる。

「魔法作ったり、魔具改造したりはできるのに、一から作るのはできないなんてびっくり」

「うるさいな。どうせ俺は不器用だよ。悪いか」

「ううん、全然。むしろちょっと安心しちゃった」

 え?

「ネオって何でもできる完璧超人って見えるけど、同じ人間なんだなーって。一つくらい苦手なことがあったほうがいいよ」

「……そうか」

 カレンはこんなどうしようもない俺を笑うどころか、それでいいと言ってくれる。

 優しくて清らかで……出会った頃とちっとも変らぬ、大好きな人。

 いつもカレンは俺を救ってくれるんだな。

「ね、これもしかしてあたしのために作ってくれたの?」

 カレンがにんまりいて俺の顔を覗き込んできた。

 グフゥッ!

 即座に無表情を張り付け、

「違う。師匠に魔具作りの練習するよう言われて作ったうちの一つだ。捨てるのももったいないから、お前にやるだけ」

 だーから俺のバカー!

「ふーん。ま、そういうことにしといてあげよう」

 カレンはクスクス笑って、うれしそうに早速つけた。

「似合う?」

「……ああ」

 苦労して自分で作ったものを婚約者がつけててくれる。うれしかった。

「ふふ。ありがと、ネオ」

 くっそおおおお、かわいいなもー!

 つい抱きしめたくなる衝動を必死で抑える。

 こらえろ俺。いくら婚約者っつっても、まだだめだ。結婚後ならいいだろうけど、嫁入り前に師匠のいる屋敷内じゃまずい。

 そういや結婚後は別に屋敷建ててそこで暮らすことになってんだよな。どんな家にしよう。カレンが好きなものめいっぱいつめこんでー。

 なによりカレンが安らげる空間を作りたい。

 カレンはいつもどこか緊張してる。いつ師匠がキレるか、危害を加えられないかと恐れてる。実の親と暮らしててそう思わなきゃならないっておかしいよ。

 早くカレンをここから連れ出してやりたい。心から安心して笑っていられるように。

 ……そんな未来が来ると信じてた。

 でも静かに破滅の足音は近づいてきていた。


   ☆


 司法長官の読みはやはり当たってたということだ。

 師匠が自己顕示のためおしみなく情報を放出し続けた結果、それを受けて師匠を超える才能の持ち主が現れ始めたんだ。

 師匠は表向き平静を装ってたものの、怒り狂ってるのが分かった。

「この私より優れているだと? ふざけるな、認めん! 私こそ世界で一番―――いや、誰もが及ばぬ至高の存在なのだ!」

 誰も聞いてないと思って怒鳴ってたのを聞いた。

 すぐ司法長官に連絡する。

「まずいですよ」

「ええ、そのようね。彼らが潰されないよう、手を打ちましょう。協力してくれる?」

 俺と司法長官は密かに彼らが消されないよう対処した。

 ホントに消されそうだったもんなぁ。師匠も直接手を下すほどバカじゃなくて裏で手を回し、策を弄してたんだけど、これがどれもこれも手口えげつねぇ。

 罠にはめて冤罪、なんてかわいいもんだ。社会的に抹殺した後、確実に二度と自分の地位を脅かさないよう本当に殺しにかかってた。完全に殺人計画。殺すとこは安心のためもあって実際自分でやるつもりだったらしい。

 これはもう王に報告したほうがいいと判断した俺たちは、ついに進言した。

「そんな、まさか。殺人まで考えているなど」

「ええ、さすがにこちらも予想外でした。せいぜい社会的に潰すくらいかと。それでも見過ごせませんが」

「そこまで腐ってるとは考えもしませんでしたわ。でも、言われてみれば当然ね。異常なまでに肥大したプライドと欲に飲みこまれてるもの」

 司法長官はちらっと俺に目配せして、

「カレンは大丈夫? はっきり言って、あの子の才能は父親を超えてるわよ。本人は無自覚みたいだけど。あの男もそれに気づき始めてる」

「カレンは師匠の実の娘ですよ? いくらなんでも」

「どうかしらね。実の子であっても、敵と認識したら容赦しない気がして不安だわ……」

 それは予知だったのか、単純に状況から判断した予想だったのか。この忠告をスルーしてしまった俺は楽観的すぎた。

「犠牲者が出ないうちに『至高の魔法使い』を拘束すべきですわ」

「せんでよい」

 王はバツが悪いのを隠す子供のようにそっぽを向いた。

「陛下! 実際に犠牲者が出てからでは遅いんですよ! あの男を御しきれなかった現実をお認めなさい」

「うるさいなぁ! 違う、余は失敗などしておらん」

「陛下!」

「王は一番偉いんだぞ、臣下ごときが意見するな!」

 愚かな王は己の失敗や非を認めず、意地を張り続けた。結果、師匠の増長は続く。

 俺と司法長官は二人だけでくいとめようと必死だった。

 そのうち師匠のやり方が変わってくる。

「殺そうとはしなくなったのね?」

「むしろもっと悪いですよ。見てください。師匠は地下に秘密の部屋を作って、そこでろくでもない研究を始めました」

 こっそり忍び込んで覚えてきた内容をかき出したメモを見せる。

「人間の魂を利用した魔具作りや、術者が相手の魂を食らい吸収してパワーアップする魔法です」

「なんですって!? 禁術じゃないの!」

「殺しても、人は転生します。殺しても師匠が生きてるうちに転生してきたら繰り返しになるだけだと気づいて、阻止するためには魂をどうにかするしかないと結論付けたんでしょう」

 しかも封印するより自分の役に立つ方法を選んだ。

「傍に置いておけば見張れる。相手の自我を残しておけば、苦しむ様も見られて楽しいってことね。……反吐が出るわ」

 同感。

「危険なんてもんじゃないわ。今度こそ陛下を説得してただちに行動を起こさなきゃ。行きましょう!」

 俺たちは一歩も引かずに説得した。

「だ、だが……師だろう? 師を告発するのか?」

「師匠が罪を犯そうとするのを、弟子だからこそ放ってはいけません。ご安心を、俺は田舎へ引っ込みます。カレンも連れて行きますよ。犯罪者の娘となれば、そしりを受けるでしょう。カレンは俺が守ります。二人でひっそり静かに暮らします」

 王は驚いて、

「まだカレンと結婚するつもりなのか」

「当然です」

 何言ってんだ。俺がカレンから離れるわけないだろ。

「カレンも静かで穏やかな暮らしがしたいと言ってました。富も名声も地位も不要だと。王位継承権についても、ずっと以前から捨てたいと明言してましたし」

「それは分かっておるが」

「師匠が逮捕されれば、いずれにせよカレンの王位継承権は放棄せざるを得ない」

「問題はないわね。少し前ならいざ知らず、懸案だった継承権第三位はもう長くなさそうだもの」

 こいつを次の王にしたくないためにカレンを第二位にしてた男は、最近病床に伏したそうだ。暴飲暴食が原因の自業自得。

 次に権利のある者は王のハトコにあたる公爵。聡明で温和、現在大臣をやってて民からの評判もいい。万一の時に彼が王座を継ぐなら異論も出ないだろうと言われてる。

 王はようやく折れた。

「……やむをえん。『至高の魔法使い』を捕らえよ」

 俺らはホッとした。が、王の次の言葉に唖然とする。

「そうだ、捕まえて強制的に知識を出させればいいだけではないか。うむ、考えてみればそのほうが楽だ。世辞を言って機嫌を取ってやる必要もないしな! さんざん余に迷惑をかけてきた愚か者が、鉄格子の中で飼い殺しにされる。プライドも傷つくであろう。そうやって命尽きるまで余のために尽くすのだ。余が世界を征服するための礎となれ。……ははははは!」

 やっぱこの王ろくでもなかった。

 舌打ちしそ。

「陛下! まだそんなことを。あきらめなさい!」

「うるさい! ああ、カレンのことだが生活は保障しよう。あの子は無関係だ」

 狂気の王でも、カレンを実の子同然にかわいがる気持ちは依然としてあった。

 王妹である奥様もそのまま屋敷で終生変わらず暮らせるようにと王は言った。なんなら再婚してもいいと。

 俺はよりぬきの精鋭を連れて屋敷に向かった。司法長官は収監する牢獄を急きょ作る。

 ……なんだか胸騒ぎがする。

 早く行かなきゃ。

 異変にはすぐ気づいた。

 まず屋敷の使用人が一人もいない。奥様すら。

 どこ行ったんだ?

 まさか師匠が……。

「カレンは!」

 探知能力を全開にした。

 やっぱりというか、地下に反応がある。

 急いで向かった。いちいち階段使うのも惜しい。床も壁もぶち抜く。

 途中奥様が悲鳴あげて走り出てくのが視界の端で見えた。

「やめて、やめてパパ―――! 助けて、ネオ!」

 カレンの悲鳴が聞こえ、理性も何もかも吹っ飛んだ。

「カレン!」

 飛び込むと、予想通りな魔法陣が床に書かれてた。すぐさま文字の一部を削り取る。

 複雑な魔法になればなるほど正確な呪文が必要で、一文字でもなくなれば起動しない。それが欠点だな。

 カレン、口から血が……!

 くそっ、師匠めカレンに怪我させたな!

 拘束を解き、回復魔法をかける。

「カレン、大丈夫か?!」

「……ネオ、どうして……?」

「奥様が悲鳴あげて飛び込んできた。錯乱寸前だったけど、なんとかカレンが危険なことは分かったから」

 この場で師匠が殺人より危険な計画立ててたから逮捕に来た、って言ったらショックが大きすぎる。ごまかした。

「……ネオ、ネオ……!」

 カレンは泣きじゃくりながらすがりついてきた。

 カレン、辛かったな。もう大丈夫だ。

 俺は愛する人をしっかり抱きしめ……―――やおら、顔を上げた。『至高の魔法使い』を睨みつける。

 殺気全開。これほど人を憎いと思ったのは初めてだ。

「……よくもカレンを傷つけたな!」

 俺のカレンを。

 魔力も放出してたようで、壁や床のあちこちに亀裂が入る。

 背後の兵士の何人かが気圧されて後ずさった。

 カレンは恐がるどころか、安心したように俺の服を握りしめる。

 なんでだ。どうして実の娘を。

 師匠は一瞬たじろいだものの、すぐ立て直した。

「……おやおや。恩師にそんなものを向けるとは、感心しないな」

「あなたに拾ってもらったことは感謝してます。けど、なぜカレンを傷つけた! あなたの娘じゃないか!」

 あれほどあんたに気を遣い、あんたの欲望が満たされるよう心を砕いてたのに。

 実の子に親の欲求を満たすよう要求するなんておかしい。

「なぜ、なぜ。皆そう言うなぁ」

 師匠はちっとも悪いとは思っていないとばかりに、ゆったりと首をかしげた。

「決まっているだろう。私が唯一無二、至高の存在となるため、生贄にするのだよ。この私の役に立つのだ、光栄だろう?」

「師匠……!」

 なぜそう思えるんだ。

 兵士たちも師匠が狂ってると悟る。

「私は誰も思いつかないすばらしいものを生み出せる、比類なき天才。孤高の存在。とてつもなく貴重な才能の持ち主。世界一、世界最高の存在だ。最も優れ、最も気高く、最も尊敬、いや崇拝すべきだ」

 うっとりと陶酔に入っていく。

 どう見ても異常だった。

「より強い魔法使いを吸収すれば、私はもっと高みに行ける。さらに人々を導き、正しい方へ先導し、世界を救うことができる。むしろ感謝すべきだろう、きさまらは。そう、私は世界でただ一つの存在として君臨する。……そうだ、その存在を神と言う」

 『至高の魔法使い』は手を広げた。

「私こそ神! 永遠に唯一崇拝されるのだ……!」

 高らかな笑い声をあげる。魔力がほとばしった。

「……師匠……!」

 なんでこうなるんだ。

 どうして()()()

 いつも?

「カレン、師匠は邪気に憑りつかれたらしい。追い払って、すぐ元の師匠に戻す」

 そう思ってたほうがいい。ごまかして杖を握った。

 でも分かってたカレンは首を振った。

「……違う」

 妙に悟りきった表情だった。

「パパは……昔からああなの。ママも……。ずっと昔から、こうだったのよ。これが本性。言ったでしょ? それを隠してただけなのよ……」

「何だって……?」

 唐突に理解する。

 これだけの情報量を記憶していられ、さらに再現できる師匠はまぎれもなく才能がある。その師匠の娘のカレンがなぜ前世、幼くして死んだのか。

 病死はその通りだろう。でも、助けられたんじゃ? 師匠は見殺しにしたんじゃないか……?

 カレンのこれは繰り返しの絶望に接した反応だ。繰り返し。そう、師匠は前にも同じことをしたんだ。

 思い通りにならなくて、半ば八つ当たりで我が子を捨てた。死ぬと分かってて放置した。

 何度生まれ変わっても繰り返す、延々と続くループ。

 ()()()

 頭の中で何かが点滅する。

 俺は―――()()()()()()()()()()()()

「あははははは!」

 『至高の魔法使い』が体をのけぞらせて哄笑した。

「だからどうした? 私は神。神に逆らうのか? このできそこないめ。想定以上に役立たずだったな。昔と変わらない。だが、神は寛大だ。すばらしく広き心によって、汝の罪をゆるそう。我の糧となれ」

「師匠! あなたは神じゃない! 目を覚ましてください!」

 それでもカレンの親だ。できることなら。

「おやあ? 小さきものが何か言っているなぁ。ああ、きさまか。貧乏人の何も持たないガキのくせに、無礼な。神に逆らってよいと思っているのか!」

 すさまじい魔力をつぐこんで攻撃してくる。

「チッ」

 すかさずバリアを張って防いだ。左腕はしっかりカレンを抱きかかえる。

 他の連中は……動けないな。気圧されてるし、師匠の豹変ぶりを信じられず戸惑ってる。

 師匠の攻撃は容赦なかった。どれも殺傷能力が高く、禁術も平気で使ってくる。

 本気で殺しにかかってるな。

「師匠……あなたは実際才能ある人だった。たとえ前世の知識を自分が考え出したものだと勘違いしてたんだとしても、これほどの量を記憶し、再現できるのはすごいことです。覚えてたからといって、そう簡単に何もないところから再現はできない。あなたはすごい人ですよ。だから皆尊敬した」

 俺が真実に気づいてたことに、師匠がギョッとする。

「な……んだと……?」

「あなたの『新発見』『新発明』は全部前世の知識だ。その世界で習ったことで、ここにはないからあなたは再現させようとした。つまり本当に発見・発明した人は他にいる。ただ前世の知識だと分からず誤解した。……いや、本当は分かってたんじゃないか? 独力で考え出したにしてはおかしいって思ったはずだ。でももしその推測が正しければ、あなたは『一番』でなくなる。心を支えていたものがなくなってしまう」

「違う……違う違う違う!」

「自分の心を守るため、肥大するプライドを守るためにあなたは自分に都合のいいように真実をねじ伏せた。信じたいことだけ信じ込んだ」

「黙れえええ!」

「分かってたからこそ、いくら尊敬を集めても満たされない。偽物だから。空隙は広がるばかりで、どんどん枯渇していく。そうしてついに狂ってしまった。満足できなくて、何もかも滅んでしまえと。どんなことをしても満たされないと分かっててそれでも、自分が考える『最も優れたもの』でいるために実の子すら犠牲にしたんだ!」

 指さして糾弾する。

「なんで、なんでそんなことのために前世のカレンを見捨てて殺したんだ?! 必死にあなたに愛されようとしてた子供を! しかも今世まで! 誰かを殺してでもやらなきゃならないことだったのか、あなたの願望は! 人の命よりも自分の心が大事だったのか!」

「うるさいいいいいい―――!」

 狂人は絶叫して頭をかきむしった。さらなる魔力がほとばしる。

 ……どうする?

 応戦するのは簡単だが、カレンの目の前で父親を倒すのは。

「くそ……っ」

 距離を取るか? 師匠をぶっ飛ばして……いや、カレンの傍から離れるのも危険だ。遠隔で何か仕掛けてくるかもしれない。

 その時カレンが動いた。

 杖を出現させる。

「カレン!」

「―――あたしがやる」

 そう答える彼女は迷いがなかった。

 何もかもあきらめた、平静な声。

「だけど、師匠はお前の……!」

「父親じゃない。母親もあたしを見捨てた。もうあたしに親はいない」

 そんな。

「あれはただの邪悪なもの。倒さなければならない」

 これまで反抗したことのなかった娘の抵抗に、師匠は逆上した。

「きさま! 私の娘だというのに、父親に歯向かうか!」

「生贄にしようとしたくせに、何を言うやら。駒だって断言したのは誰? 言ったでしょ、あたしに親はいない。金輪際、親とは思わない。ただの―――倒すべき敵よ」

 杖から白い光が放たれる。

 黒い光とぶつかり、衝撃波が周囲のものを吹き飛ばしていく。

「はあああああッ!」

 カレンは泣いていた。

「カレン、やめろ、俺がやる!」

 つかんだ手は振り払われる。

「―――これはあたしがやらなきゃならないの!」

「カレン……!」

 『至高の魔法使い』の顔が歪んだ。そこにあった感情が何かは分からない。

 止める間もなくカレンは全ての力をたたきつけた。

「―――あたしはただ、普通に幸せになりたかっただけなのに……!」

 悲痛なまでの叫びは、師匠の耳に届いただろうか?

 我が子を泣かせ、そんなことまで言わせて罪悪感はないのか。

 大爆発が起き、全てが光に包まれた。

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