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13 勇者の夢と過去の真実

 ―――夢を見ていた。それが前世実際にあったことで、すでに起きてしまったことだとぼんやり意識していた。

 俺は必死になって結界を解除しようとしていた。

 今と全く違った容姿に金色の髪。共通点があるとすれば、瞳の色くらいだ。

 古めかしい作りの城―――茨姫または眠り姫の眠っていた城の周囲に張られた結界。強固で破れない。

 これを張ったのは彼女であり、誰も巻き込まずたった一人で決着をつけるためだということも分かっていた。

 早く、早く行かないと。中には彼女がいる。

 このままじゃ彼女が危ない。

 知識と力を総動員し、やっと破った。全速力で走る。魔法使いの黒いローブが翻った。

 持っているのは魔法使いの杖であって、剣じゃない。

 黒いローブに杖というスタイルは遥か昔の話。それだけでもこれが過去の話だと分かる。

 彼女と奴が見え―――そして彼女の姿が揺らいだ。

「カレン―――!」

 俺は彼女の名を叫んだ。

 奴には彼女の放った魔法が作動している。高度な封印で、さしもの奴も防げなかった。封印される。

 けれど相打ちだった。彼女が消えていく。

 それは封印や消滅の魔法でなく、『別世界へ弾き飛ばす』魔法によるものだった。

 彼女も奴も元は別世界の人間。元の世界へ戻すのか―――それとも、まったく異なる世界へ飛ばしてしまうのか。

 永遠に会えなくなる。

 もう二度と。

 絶望が襲う。

「……ネオ……」

 彼女が俺の名を呼んだ。

 悲しそうに苦しそうに、絶望に涙して手を伸ばす。

 俺は彼女をつなぎとめるため、あるいは一緒に行くために必死で走りながら腕を伸ばした。魔法でありったけ加速する。でも―――。

 届かない。

 届かぬまま、彼女の姿が消える。

 カラン……と彼女の杖が地に落ちて音を立てる。

 俺の手の中に残ったのは、彼女が最期にこぼした涙が一粒だけだった。

「……う……あああああああ!」

 俺は絶叫した。

 ネオ=アローズが狂った瞬間だった。


   ☆


「……っは!」

 飛び起きると、そこはもはや見慣れた公爵邸だった。

 しばらく混乱して辺りを見回す。

「ここは……あれ……?」

 ……あれは夢か?

 大切な人を失う夢。なぜあんな夢を。

 髪をかきむしる。汗をびっしょりかいていて、気分が悪い。

「……違う。夢じゃない。あれは前世の記憶だ。過去の出来事―――そして今の俺はネオって名前じゃない。クラウスだ」

 自分に言い聞かせるように、言葉にして整理する。

 やっと混乱が治まると、おかしい点に気づいた。

 リューファがいない。

「―――! リューファ!」

 真っ青になって飛び起きる。毛布が落ちた。

 普通に考えれば、眠ってしまった俺を起こすのが悪いと、そっと出て行ったのだと分かる。しかし俺はすさまじい恐怖に襲われていた。

 さっきの夢と重なる。

 ()()()()()()()()()

「―――また……?」

 またとはなんだ? 失うってなにを?

 ―――彼女に決まってる。

 リューファの姿が見えない。それだけで不安でたまらない。

 冷や汗が噴き出す。動悸が速くなり、苦しくて左胸をつかんだ。

 彼女が消えたあの瞬間が蘇る。

 狂ってた頃の思考が戻ろうとして、必死に抑えこんだ。

 駄目だ、またああなっちゃいけない。あれは狂人だ―――まぎれもなく。

「でも俺は……二度も彼女を失うわけには……っ」

「クラウス様?!」

 その時、リューファが飛び込んできた。

 俺はよほど具合が悪そうに見えたのだろう。慌てて駆け寄り、

「大丈夫ですか?! どこか悪いの? すぐ横になってください!」

「―――」

 彼女の姿を見ただけで安心感が押し寄せる。

「リューファ……」

 彼女を引き寄せ、抱きしめた。異常な動悸が治まっていく。

「きゃあああああ!」

 リューファが叫んで硬直していたが、気にしている暇はない。

 よかった……。生きてる。ここに、俺の傍にいる。

 彼女さえいれば、この症状は治まる。そうすれば正気を保てるといわんばかりにしがみついた。

「リューファ」

 もう失うのは嫌だ。置いて行かれるのは。

 あの頃の絶望と孤独は思い出したくもなかった。忘れたままでいたかったから、これまで頑なに記憶が戻るのを阻止してたんだろうな。

 声音でなにか察したのだろう。リューファが心配そうにのぞきこんでくる。

「クラウス様……? どうしたんですか?」

「……いなくなったかと思ったんだ」

 前世の俺はこの部屋で暮らしていた。当時とは内装が変わっているが、面影はある。

 彼女を失った後、毎朝起きては孤独にさいなまれる日々。この場所で。

「私がですか?」

「……そう」

「自分の部屋に言ってただけですよ。これ作ってたんです」

 リューファがネックレスを出す。シンプルだが純金製で、トップにアメジストとブラックオパールがついている。俺が渡した材料で作ったのだろう。

「クラウス様の指示通りにしましたけど、これでどうですか?」

「……ああ」

 まだ震えの残る手でつけてあげた。

 俺の瞳と髪の色の宝石が胸元で光る。金はかつての俺の髪の色だ。少しは気分が良くなった。

「うん、よく似合う」

「……ありがとうございます。あの、本当に大丈夫ですか? 真っ青でしたよ」

「君が傍にいれば大丈夫だ。こうしてると安心する」

 ソファーに戻ると彼女を膝の上に乗せて抱きしめた。

 心臓の鼓動が聞こえる。再確認して安心した。

 ……ああ、大丈夫だ。彼女は生きている。ちゃんとここにいる。

「そっ……そうですか、それならどうぞお好きなだけ」

 え?

 なんだ、俺まだ混乱してるな? 現実と記憶がごちゃまぜに。

「本当か?」

 顔を上げれば、リューファは真っ赤になりながらも耐えていた。

 空耳か幻聴かと思ったら、現実だった!

 まさかOKしてくれるとは思わなかった。そこまで俺の様子が普通でなかったということだが、その点は無視して、ここぞとばかりに彼女に抱きついた。

 前世は自分から抱きついたり、ぴたっとくっついたりしてくれることが多かったっけ。今は自発的には来ないけど、俺にされるのは嫌じゃないんだな。覚えてなくても、俺を好きな気持ちだけは捨てないでいてくれたのか。

 己惚れてもいいよな?

「あの……落ち着きました?」

「まだもうちょっと」

 せっかくの機会を逃してなるものかと彼女を堪能する。

 大体、赤面して必死に我慢してる嫁なんてかわいすぎだろう。ついもうちょっとこうしていたいと思うのが男のサガってもんで。

 気付けば嫌な汗は完全に引いていた。

 ……もう失いたくない。

 強くそう思った。

 どうやったら二度と失わずにすむだろうか―――……。

 ふいに言った。

「リューファ、手を出せ」

「? あ、はい」

 大人しく言うとおりにする嫁。

 まったく警戒心抱いてないところが何ていうか。

 ポケットからいつも持ち歩いている指輪を出し、密かに呪文を唱えながら左手薬指にはめた。

 何でいつも持ち歩いてるのかはツッコまないでもらいたい。

 リューファはきょとんとしている。

 指輪はプラチナ製、大きなダイヤがつき、王家の紋章が入った特別製だ。ちなみに俺が作った。

 不器用の極致なんで何度も失敗し、フォーラの祖父にあきれられながらも頼み込んで出来上がりまで面倒みてもらったんだ。

「どうしたんですか、これ?」

「鈍いな。よく見ろ」

 やっと意味に気づいたらしい。耳まで真っ赤になる。

「こ、ここここれって」

「結婚指輪だな」

 しれっと言ってのけた。

 リューファが仰天して外そうとするが、無駄な努力である。

「王族のは特別製だ。一度はめると生涯外せない魔法がかかってる」

 しかもそれに俺しか知らない魔法追加した。前世の俺が発狂後、躍起になって開発してた二つの魔法の内の一つ。

 一つは俺が世界を飛び越えて彼女のところへ行ける魔法。もう一つが、もしも全ての封印を解いて彼女が帰還でき、会えたら、二度と離れないように俺と彼女を魂レベルでつなぐ魔法。

 我ながらおかしいと思うが、まぁよくやったよ自分。

 リューファは断固抗議してきた。

「な、なんてものはめるんですか!」

 昔から決まっていた婚約者にあげて非難される意味が分からない。

 加えて俺たちは前世から約束してただろ。

 まぁ一方的に婚約破棄言い渡されたんだけど……あれ? それ前世の話だっけ、今世の話だっけ?

 両方か?

「手を出せと言っただろう」

「まさか結婚指輪はめられるとは思わないでしょ?! 歴代の王族の例だと結婚式ではめてますよね?!」

「別に例外があってもいいだろう」

 そこまで待てない。

「というか婚約指輪とばして結婚指輪ですか!」

「婚約指輪は生まれた時に贈ってるはずだが」

 ああそうだったとリューファがうなっている。

 彼女が生まれた時に婚約が決まっていたため、当時作られて贈られている。それも俺が自分で作った。しかし赤ん坊がつける機会はなく、そのまま忘れてたらしい。

「あれも魔法がかかってるからな。つける人間のサイズに自動的に大きさが変わるようになってる。すぐつけられるだろう。もちろんあれもはめたら二度と外せない。持ってこい、はめてやる」

「結構です!」

 リューファが半泣きで訴えてくる。

「婚約は解消してくださいってお願いしたじゃないですか!」

「俺は許可してない。すでに事実婚状態だし、結婚指輪もはめてるし、もう結婚が成立してると言ってもいい。ああ、俺もつけておくか」

 おそろいの指輪を出し、口の中で呪文を唱えつつ自分もはめた。この国では結婚指輪は左手薬指、婚約指輪は右手薬指にはめるという習慣がある。

 そういえば、この指輪の習慣も彼女が始まりだったな……。

「これで立派な夫婦だな」

 リューファの顔色が赤から青になってきた。

「式の準備を早めるか。ウエディングドレスはもう完成してるし、難しいことじゃない」

「なんでもうできてるんです?!」

 実はこれで三着目だ。何年も前から気がせいて作らせていた。

 どれにするかいまだに決まらず、お色直しってことで全部着せるかとつぶやいたら、「……うん、勝手にしてくれ」とジークにあきれられた。なぜ? ランスに至っては「残念なイケメン」とこぼしていた。

「いっそ今すぐにでも式挙げようか」

 ニコニコして提案したら、即却下された。

「お断りします! 私一応まだ未成年ですから犯罪です」

「ああそうか、じゃあ法改正しよう」

 本気で書類作ろうとしたら止められた。

「やめてくださいってば!」

「どうせあと数か月で成人じゃないか。少し早まるだけだろう」

 誤差だよ、誤差。

「俺たちに限ってはだれも反対しないぞ。なんでそこまで結婚を嫌がるんだ。なにか理由があるのか?」

「それは……っ」

 リューファが沈黙する。うつむいてドレスの裾を握りしめた。

「別に好きな女がいるとかいうたわごとは聞き飽きた。いいかげんにしろ」

 俺もまだ混乱し、イラついてたらしい。つい険しい声が出た。

「……っ」

 リューファはびくっとおびえて身をすくめる。

「俺は昔からリューファが好きなんだ。他の女など考えたこともない。それとも俺は婚約者がいながら他の女にうつつを抜かすほどの阿呆だと思っていたのか?」

 だとしたら、さすがに腹が立つ。

「……っ、ごめんなさい。違い、ます……」

「そっけない態度を取っていたのは謝る。そのほうが好かれるかと思って演じていただけだ。だがそれで疑われたのは心外だな。そこまで俺が嫌いか?」

 嫌いと言われたら―――自分でもどうするか分からない。

 感情の制御がきかなくなっている自覚はあった。

 俺の言葉にリューファがはじかれたように顔を上げた。

「違います! そんなことはありません!」

「なら、どうして結婚したくないんだ」

 重ねて問う。

「それは……」

 またなにも言わずにうつむいてしまう。

 まさか……離れてる間、何かあったのか? 具体的に言えば、他に好きな男ができたとか。

 狂ってた俺が頭をもたげてくる。

 彼女は俺のものだ、誰にも渡さない―――叫んで理性をのみ込もうとする。

「リューファこそ他に好きな男がいるんじゃないのか」

 ザッとリューファの顔から血の気が引いた。

 青ざめたかったのはこちらのほうだ。唇をかみしめて怒鳴るのを防ぐ。

  初めて会った時から好きだった女性。すでに婚約しているのにあぐらをかいていたのは認めよう。リューファに対してだけは好きすぎてヘタレ同然だったとは思う。

 だがそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――今度は失いたくなくて、嫌われたくなくて慎重になりすぎた。ああそうか、記憶がなくても俺は俺なりに必死だったんだ。

 それゆえにまた失うというのなら、今度こそ失わないために、どんな手段でも取る。

 狂ってた頃の俺が咆哮をあげ、俺を支配した。

 激情のままにリューファを押し倒した。

「く、クラウス様……っ!」

 リューファがおびえて震えている。相当恐い顔をしていると分かっているが、怒りがおさまらない。

 腕をしめつける。痛みにリューファが苦痛の声を漏らした。

「まさか自分のほうが浮気してるとはな」

「う、浮気なんてしてません……っ」

「黙れ。どこのどいつだ」

 リューファが泣きそうになる。泣きたいのはこっちだ。

 会いたくて会いたくて、気が狂うほど恋しかった。やっと再会できたのに、彼女は俺じゃない誰かを見ていたなんて。

 左手をつかんで目の前にかざした。結婚指輪が光る。

「リューファは俺の嫁だろう。他の男が好きだなんて許さない」

「ごめ、なさい。ごめんなさい……っ」

 ぽろっとついに彼女の目から涙がこぼれた。

 さすがにぎょっとして、狂ってた俺がたじろいだ。すかさず主導権を握り返し、腕の力を緩める。

 リューファの涙を見るのは初めてだった。

 カレンが泣いてたのは、父親に殺されかけた時と、最期の瞬間……。

 急いでその思い出を振り払う。

 しまった、やりすぎた。ほぞをかむ。

 後悔の念と、泣けばごまかせると思ってるのかといういらだちがないまぜになる。

 リューファは顔を覆って泣きじゃくった。

「クラ……ウス様を嫌いなわけじゃないの……っ。ただ、だって、私は……っ」

 絶望と怒りが心を染めていく。

 泣かせたいわけじゃなかった。ただ、俺を好きだと言ってほしかっただけだ。昔みたいに。

「……そこまでそいつがだれか言いたくないのか」

「ちが……だって、分からな……っ」

 分からない?

「―――あの怪盗か」

 リューファがぎょっとして目を見張る。

 そうか、やつか。

 一段と低い声が出る。

「そういうことか」

「違います! そうじゃありません。クラウス様が嫌いじゃないのは本当です、信じてください」

「信じるねえ……」

 嘘はついていないだろう。リューファはそんな性格じゃない。

 なら、なぜ好意を持っている男がだれか言えないのか。バレたら俺がなにかすると思ってるからだ。

 否定はできない。今すぐチリにしてやりたいくらいだ。

「別に相手がわかってもなにもしない」

「……消し炭にしてやるって顔してます」

 ああ、顔に出ていたか。

「そうしてやりたいのは事実だが、実際にはなにもしない。やったらお前は悲しむだろうし」

「……ほ、本当ですよ、ね……?」

「中途半端に死によって引き裂かれれば、想いは強まる。知っている。だからやらない」

 死によって引き裂かれれば―――。

 ……そう。まさに今の俺がそうだ。

 この世界では魂が転生するのは当たり前のことだ。死した魂は天国か地獄に行き、一定期間の後、転生する。

 ほとんどが転生しても前世のことは覚えていない。ただし前世でなんらかの強烈な体験をしたとか、どうしても覚えていたいという強い想いがあれば記憶を保持し続けることが可能だ。

「クラウス様?」

「……なんでもない。とにかくそういうものだからな。みすみす妻の心をくれてやるつもりはない」

「あの、私は……」

「俺の妻だろう」

 嫁じゃない、といういつものセリフを遮った。

 ―――今度は手放さない。なんとしてでも守り抜く。

 リューファの涙をぬぐい、起き上がらせて引き寄せた。

「俺はまた失うわけにはいかないんだ。どんな手段を取ってでも手放さない」

 ごめんな、と心の中で謝った。

 こんなおかしい俺に捕まって。

「クラウス様? 何の話を……きゃあっ?!」

 抱き上げて歩きながらきく。

「婚約指輪。どこにある?」

「え? 父が厳重に保管して……って、しまった」

 リューファが口を押えたが遅い。

「なるほど。じゃあ公爵に言って出させてこよう」

「く、クラウス様、待って……っ」

「待たない」

 俺は早速公爵を呼びに行った。


   ☆


 リューファの左手薬指に結婚指輪がはまっているのを見た侯爵夫妻は大喜びだった。いそいそと金庫から婚約指輪を出してくる。

 ジークとランスも肩をたたいて祝福してくる。「これでやっと肩の荷下りた!」って感じるのは気のせいか?

 さっさとリューファの右手にも婚約指輪をはめておく。取ろうと格闘してるけど無駄なあがきだ。

「抱きかかえられた子猫が無駄なのにジタバタしてるみたいでかわいいなぁ」

「分かりますけど、クラウス様腹黒いですよ」

「お前に言われたくないな、ランス」

 要するにどっちもどっち。

 さらに逃げ道塞ごうと、夫妻は自主的に城へすっ飛んでった。父上の印章つき結婚証明書取ってくる気だな。周囲の協力ぶりがハンパない。

「ちょっと待て父様ぁ!」

「おっと」

 ガチバトルしてでも止めてやるといわんばかりに追いかけようとする嫁を取り押さえる。

 静かに魔法封じの呪文を唱えた。

「って、クラウス様、それ!」

 リューファは気づいたが対抗する術はなく、がくんとへたりこむ。寸前で受け止め、堂々とソファーに腰かけると膝に乗せた。力の抜けた嫁の体を抱え込む。

 急激にゴッソリ体中の力が抜けてるだろうに、リューファは睨んできた。

「な、なんでこの術知ってるんですか……?!」

「おい、大丈夫かリューファ。クラウス、なにした?」

「魔法封じよ。禁術指定されて、今は残ってない古代魔法……っ」

 その通り。むしろよく知ってたな。

 俺はネオの記憶を使ったわけだが、彼女に記憶はないはず。……ああそうか、リューファは研究者だ。古代の文献も読み解ける。どこかで見たんだろう。

 嫁は当然の推測をした。

「クラウス様、まさか転生者ですか……?」

「そうらしいな」

 ゆっくり嫁の左手薬指をなでる。

「らしいって、はっきり覚えてないってことですか」

「全部思い出したわけじゃない。断片的だな。『招かれざる魔女』と対峙したことがきっかけで少しだけ思い出した」

 一番ヤバイ所はまだ意図的に押し込んでおいてる。発狂してた頃のことなんか、思い出しても楽しいもんじゃない。

 時間がなくて細かい部分もまだ全然見てないし。

「どういう意味だよ、クラウス」

 真実を全部話すわけにはいかない。特に彼女については。

 事情がちょっと複雑に入り組んでる上、奴がかけた魔法も解けてないからな。

 そこで、話してもいい部分だけざっくり説明することにした。

「俺は転生者だったらしい。前世で『招かれざる魔女』と戦ったことがあるようだ」

「ええ?!」

 ジークとランスが仰天する。

 テオは驚くことじゃ……あ、そうか、そうだった。駄目だな。まだ混乱が治まってない。

「細かくは覚えてないが、相当敵対関係にあったみたいだな。向こうも俺が誰か気づいたようだ」

「あ、だからか」

「なるほど……。かつての宿敵。だから『勇者』に転生したというわけですね」

 リューファがボソボソつぶやいてるから何かと思えば、こっそり魔法が発動しないか試してたらしい。当たり前だ。けっこう本気でかけたんだぞ。

「空間転移で逃げられると困るからな。逃げないよう、一時的に制限させてもらう」

「うう……」

 ぐぬぬ、とほぞをかむ嫁。困り顔もまたかわいいなぁ。

「逃げません。ですから解いてください」

「嫌だ。絶対逃がさない」

 また目の前で奪われるのだけは絶対にごめんだ。

 逆に拘束を強める。

 嫁は眉をしかめて聞いてきた。

「あの……なんでそこまで私に執着するんですか」

「なんでって、リューファがかわいいから」

 即答。

 あと俺の場合は過去に失ってるってのもあるな。今度こそと尋常じゃないくらい執着してるわけだ。

 自分でもおかしいのは分かってる。

「うん、それは分かる」

「全面的に同意します」

 うなずくジークとランス。

 ん? 俺がおかしいの同意するって意味かそれ?

「全員眼科行け! もしくは脳をみてもらってよっ」

「クラウスはともかくオレらの脳みそはマトモだぞ」

 俺はともかくって何だよ。

「小動物ってことですよね。私は愛玩動物じゃないんですが」

「外見が非常に好みなのは認めるが、そうは思ってないぞ。抵抗するのも小さい生き物がじゃれてるみたいでかわいいけど」

「リューファは庇護欲をそそるタイプなんだよ。男ってそういう生き物には弱い」

「解説ありがとう、ランス兄様。クラウス様あのですね、私は守ってもらうほど弱くはありません。自分の身は自分で守れます」

 確かに「『勇者の嫁』のほうが倒しやすそうだせ」って襲ってきた魔物を返り討ちにしまくってるよな。

「知ってる。だからいいんじゃないか。ただ守られるだけの女ならいらない。戦いのとき、隣に立てる女だから欲しい」

「え?」

 そうだ。俺が今世、記憶がなかったのに彼女に一目ぼれしたのは、容姿が好みだっただけじゃなくその凛とした強さに惹かれたんだと思い出した。

 儚くか弱そうに見えながら、芯の強さを感じさせる瞳。俺は魂そのものを見ていたからこそ、気高い彼女に心を奪われた。

 ネオがカレンを好きだったからじゃなく、俺は俺自身でリューファを好きになったんだ。

「いや……倒した魔物を嬉々として解体する女って、普通ドン引きしませんか……」

「いちいち流血沙汰で大騒ぎする女じゃ困る。しょっちゅうだからな。どんな状況でも平然としてられないと、俺の嫁は務まらない」

 こんなおかしい俺のストッパーにならなきゃならないわけだろ。

「うんうん、その通り。オレもそう思う。だから強くてカッコいいイケメンなシューリがいい。よし、ひとっ走りしてプロポーズしてくる」

「ジーク兄様、やめてあげて」

「それに魔物倒すのも解体も俺だってやってることだ。お互い様だろう」

「いやぁ……男と女じゃ、視覚的社会的に影響が違うと思います……」

 そうか?

「外見も中身も好みで、背を預けて戦える人材。だからリューファがいい。すでに婚約者でよかったよ、他の男がちょっかい出してこずに済む」

「冗談でもリューファのことにふれられたらキレてたもんな……こいつマジだ」

 マジもマジ、大マジだけど何か?

「リューファは俺のだ。俺の嫁はだれにも渡さない」

 真剣に宣言して抱きしめる。

 嫁が真っ赤になってうつむいた。心臓がバクバクいってるのが聞こえる。

「は、恥ずかしいんでやめてください……」

「なんで。大人しくしてたら逃げられるじゃないか。だったら力ずくででも囲い込む」

 ジーク兄様が何とも言えない顔で、

「ああ……うん、なんか本性出したって感じだな……」

「え、ちょ、これ前世の記憶が引き金になって本来の気質が表面化しただけ?!」

「そうだろ。魔物退治の様子を思い出してみろよ。どう考えても大人しくない。クラウスが慎重だったのはお前だけだ」

「ああ、嫌われたくないから慎重になりすぎてた。それが失敗だったんだから、強引にいくことにする」

 にこやかに言ったら、なぜか青ざめられた。

「ま、待ってくださ……」

「待たない。そもそも一目惚れだったんだ、十分すぎるほど待った」

「え?」

「生まれた直後から思念体飛ばしてただろう」

 リューファはびっくりして俺を見上げ、顔の近さに赤面して逃げようとしたんですかさず捕獲した。

「やっぱり見えてたんですか?」

「最初は幻覚かと思ったけどな。その後も時々見えたから、意識だけ飛ばしてると確信した」

 ランスとジークが驚く。

「え? リューファ、そんなことしてたの?」

「う……赤ん坊の体じゃ身動き取れないから、探検してた」

「こら! まだ小さかったのになんて危険なことを!」

「そうだぞ、魔物や魔族には見えてたかもしれないんだ。攻撃されてたらどうする!」

「何もなかったんだからいいじゃんー」

 うんまぁ、俺が目光らせてたんで。

「思念体の姿は今のリューファと同じ。はっきり言って、それに一目ぼれした」

「そ、そうですか……」

「初恋で、その頃から好きだった。絶対逃がさない」

「たぶんに初恋こじらせてる気がするが。まぁなんだ、お前が本気だってことはずっと知ってるから、オレらも邪魔はしなかったろ」

 リューファが文句言おうと口を開きかけた時、ズドドドドドとすごい足音が聞こえた。

 うちの両親と義両親、シューリとフォーラが飛び込んでくる。

 父はバンッ!と印章つき証書を掲げた。

「うちのバカ息子とようやく結婚する気になってくれてありがとう! というわけでこれ特別の結婚証明書だ」

「見捨てられたらそこのアホ息子、終わりだもの。本当にありがとう」

「いちいち俺をディスるのやめてもらえませんか」

「だってそうでしょうが。あなたがヤバ……駄目すぎてどれだけ胃が痛くなったと思ってるの!」

「何度ゲンコツくらわしたいと思ったか! あまりのバカっぷりに、見限られないか戦々恐々としてたんだぞ」

 ひどい言われようである。

 ていうか母上、ヤバイって言いかけませんでした?

 リューファは「あうあう」と青くなったり赤くなったり忙しい。その肩を親友たちがたたく。

「結婚おめでとう」

「どうなることかと思ったわ」

「シューリ、フォーラ、ちょっと……」

 さぁて、仕上げしようか。

「リューファ」

 油断してる嫁を振り向かせ、唇を塞いだ。

 指輪にかけた魔法が完成するのが分かる。作動した魔法が俺に流れ込んできた。鎖状になり、絡みつく。

 鎖は荊のようにも見えた。

 これは俺と彼女を魂レベルで離れなくするもの。……正確には、()()彼女に縛りつけられる魔法だった。

 カレンが『飛ばされた』時俺も共に行こうと思ったように、俺は彼女がいるならどんな世界でもよかった。故郷や家族と離れても、元来人や物に興味が薄いからどうでもいい。俺がそっちに行くんでも構わなかったんだよ。

 たとえどこに行っても、愛する人さえいれば幸せだった。

 封印だとしても同じだ。彼女といられるなら一緒に封じられてもいいとすら思った。

 ―――あの時この魔法があれば彼女と共に行けたのに、と嘆いたネオ=アローズが考えた魔法。まさかこうして本当に使うことになろうとはな。

 これで俺はもう彼女から離れずに済む。また狂うことなく、正気でいられる。

 自分の思考にあきれながらも、心の底から安堵した。

「リューファ、愛してる」

 万感の思いをこめて言えば、ここ一番というくらい真っ赤になった彼女は「もう無理!」と絶叫した。


   ☆


 もういっそこのまま式やっちゃう?と両親はたたみかけた。

 まぁドレスはすでにあるし、できるこはできる。

「仮にも皇太子の結婚式をいきなりはどうなんです?」とまっとうな意見を述べる公爵夫人。

「女の子にとって結婚式は憧れですから、きちんと準備しなきゃだめですよ。こんな急じゃなくね」

「まぁそうだね、リューファは今さらお披露目する必要もないし」

 シューリとフォーラも反対意見は出さない。

 どれだけ俺が危険物扱いされてるか分かろうというもんだ。

「予定より早いけど、もう妹を嫁にやるのかぁ。兄さん寂しいな」

「言っとくがクラウス、かわいいかわいいうちの妹は世界一美しい花嫁姿じゃないと許さないからな」

「当然だ。……別のデザインのウエディングドレス作らせようかな。四着目」

 どうやったら指輪外せるか格闘してたリューファががばっと振り仰いだ。

「今何て言いました? 四着?! すでに三つあるってことですか!」

「あるぞ? あれもこれもいいと思って、全部作らせた結果。ほんとはもっとあったんだが、自重した」

 なにしろ着る相手の素材がよすぎるもんで、絞れなくてな。

「もちろん全部着てもらう」

「私何回お色直しすりゃいいの?!」

「えー。だって、せっかく作らせたのに。デザイン、一からこだわったんだぞ?」

 シューリとフォーラのあたりから「残念なイケメン」てささやきが聞こえた。

「次期国王がこんなんで大丈夫ですかね?」

「統治はちゃんとやるぞ。リューファが望むから」

 フォーラは真剣な顔でがしっとリューファの手を握った。

「ほんっとにきちんと手綱握ってさばいてね。あなたが見張ってればクラウス様は比較的まともよ」

「比較的って」

「嫁に褒めてもらいたいって動機なんだから、その一語入れるわよ。まぁ理由が何であれ、ちゃんとやってくれるならこれまでみたくみんなスルーするわ」

「え、ちょっと待……これまでみたくって何」

 好きな子の前じゃかっこつけたくて、そこらへん隠してたからなぁ。我ながらアホだと思う動機でがんばってる、でなきゃ皇太子の座なんかとっとと人に譲ってるって分かったらさすがに怒られるだろうと思って。

「そうそう、普段着も注文してある」

「どこに何着ですか」

「『裸の王様』に百着くらい」

 『裸の王様』ってあの有名な話を知ってるだろうか? これは店名で、あの王が立ち上げたファッションブランドだ。詐欺師にだまされた後、責任を取って譲位し、「自分で作れば安心安全な品質」と言ってファッションデザイナーになった。周辺諸国にいくつも支店を構える人気店である。

 だまされたことを逆手にとってPRに使い、店名にするとはなかなか図太く、商売人として抜け目がない。

「百! 単位おかしいです! それとお金の無駄遣いじゃないですかっ!」

「それくらいの金使ったところで、俺の個人資産はビクともしないが」

 どれだけ持ってると?

「俺は自分にあまり金をかけないし。そもそも嫁を自分好みに着飾らせる以外で金を使う意味が分からない」

「意味が分からないのはクラウス様の思考回路です」

「何で? 大好きな嫁のために使う以外、何に使えと?」

「つくづくリューファ以外の一切に興味も感心も薄いのな、お前……」

 ジークがあきれかえる。

「王子がそんなおかしいことやってたら、うちの国おしまいですよ」

 父が肩の荷が下りたと言わんばかりに大げさな伸びをした。

「いやいや、これからはリューファ嬢が手綱を握っててくれるから安心だな! ほんとこの阿呆はしっかり手綱を引き締めておいてくれないと危ないんだ。ああ、尻にしいといてよいぞ。というかしいておいてくれ」

「そうそう。いいかげんにしろこのバカってひっぱたくくらいでいいわよ。下手したら喜びそうだけど」

「息子にけっこうひどいこと言ってません? お二人とも。俺にMの気はないですよ」

「じゃあ、彼女にそうやってひっぱたかれたらどうする」

「…………」

 俺は真剣に考えこんだ。

 怒りでも何でも、彼女が感情ぶつけてくれるなら。それは生きてそこにいる証拠なわけで。

「そ」

「それはそれでいいかもとか言ったら、嫌いになりますよ!」

 涙目でぶったぎられた。

 おっと。

 気付いた俺はにやりとした。

「ふうん? 嫌いになるってことは、裏を返せば俺が好きってことか」

 リューファはびきっと固まった。

 おーおー、真っ赤になっっちゃって。

「そ、そんなこと言ってません!」

「照れなくても。ああ、かわいい。嫁が新婚早々うれしいことを言ってくれて幸せだ」

 違うと言い張るツンデレな嫁を抱きしめる。

 ジークが苦渋に満ちた顔で肩をたたいてきた。

「クラウス、よかったな。でも頼むから新婚夫婦のイチャイチャは二人きりの時にしてくれ。独身者にはきつい」

 やめろとは言わないのな。

 覚えてなくてもテオの人格が無意識に働いてるんだろうな。後押し惜しまないのはそこからきてる。

 ていうか、新婚夫婦っていい響き。

「じ、ジーク兄様、新婚夫婦とか言わな……」

「そうだな。さっそく二人きりになろうか」

「むむむむむり―――!」

 叫ぼうが何だろうが、すでに彼女は法律上もれっきとした俺の嫁である。大義名分を手に入れた俺は当然のようにリューファの部屋に陣取った。

「出てってください。さもなきゃ私が出ていきます」

「夫婦が一緒に過ごして何が悪い」

 そもそもこの部屋は俺たちが結婚したら一緒に住むために作ったものだ。千年かけてようやく望みがかなった。あるべき形になっただけのこと。

 誰にも邪魔されず悠々と嫁との時間を楽しんだ。嫁本人は、隙あらば脱走しようとしてたが。

 魔法封じかけといてよかった。さらに指輪の魔法で俺がリューファから一定距離離れられないようにしてあるんで、精神体だけ飛ばして逃げ出すことも防いである。

 え? アホかもしれないけど俺はこれでも戦闘センスはあるんだぞ。獲物を逃がさないようにする術くらい心得てる。

「さて、夜も遅いし、寝ようか」

「かなり待ってください、そこで寝る気?!」

 ベッドに近付いたらものすごく抵抗された。

「百歩どころか一万歩譲って、それじゃクラウス様がここで寝てください。私はソファーで寝ます」

「嫁をソファーで寝かせて俺が占領なんて駄目だ」

「だったら自分の部屋戻ってくださいよ!」

「リューファのいるところが俺の居場所だけど」

 ていうか、離れたら狂うよ? 俺。

 どうあがいても出て行かない俺に、とうとうリューファも音をあげた。

「分かりましたよ、もう……今日だけですからね?! 明日は戻ってくださいよ?!」

 ぷりぷりしながらベッドの真ん中にクッションで防波堤を作る。

「境界線越してきたら怒りますよ!」

「夫に一人で寝ろとか、ひどい嫁だな」

「無理矢理おしかけてきたくせになに言ってるんですか。そもそも未婚の娘と一緒のベッドってどういうことです」

「もう結婚してるだろ」

 ああそうだったと頭を抱える嫁。

 ていうか、魔物退治で仮眠取る時とか必ず俺に寄りかかって寝てたのに今さら?

 小さい頃からの癖もあり、実はリューファは外で眠る時俺の傍でないと寝ない。ジークやランスがいても俺のところにやって来る。

 ここなら何があっても安心って腕の中で眠る婚約者、かわいすぎて毎回鼻血吹くの必死で耐えた。これで無表情装うのが上手くなったといえる。

「じゃあ手をつなぐところで妥協するか」

 しぶしぶ提案すれば、何言ってんだコイツって目で見られた。

「ふうん。ならどうしようかな」

 あれもこれも駄目っていうと不満だなぁ。

 あきらかにもっとひどい要求されると察知したのか、手をつなぐのはOKした。

 それでも俺が寝たら抜け出してやると機会をうかがってたが……慣れって恐ろしい。嫁はあっさり寝た。

「安心してくれてるのはいいけど、警戒されなさ過ぎてるのもどうなんだろ……」

 上体を起こし、嫁の寝顔を眺めながら考える。

 せめてもの抵抗と向こう側向いてるとこがいじらしい。

「照れ屋だなぁ」

 脳内メモリにばっちり残すべく見てると、そのうちリューファが寝返り打った。こっちを向く。

「……ん~……」

 もにゅもにゅうめいて、境界線の枕をたたく。何か違う、と眉間にシワ寄せてる。

「リューファ? どうした?」

 狭いのかなと思ったが、ベッドの大きさはゆうに大人二人が寝ても余りある。半分割しても一人寝るには十分だ。

 俺の声にリューファは目を開けた。ぼんやりしてるところを見ると、寝ぼけてるらしい。

「……くらうすさま」

 舌ったらずに言うと、枕を全部後ろへ放り投げて飛び込んできた。そのままぎゅーっと抱きつく。

 うわああああ!

 喜びのあまり叫ばなかった俺を褒めてもらいたい。

 くっ……かわ……貴い!

 駄目だ、うれしすぎて言葉が出てこない。

 カレンは普段からけっこうこうやって抱きついてくれてたなと思い出し、さらに感動した。じーん。

 リューファは俺にもたれて眠る時、必ず服なり腕なり握りしめる癖がある。たぶん彼女としてもそうしてれば俺が傍にいると実感できて安心なんだろう。

 これは完全に無意識で寝ぼけての行動だ。本音ともいえる。

「リューファ、俺はここにいるよ。愛してる。昔からずっと」

 リューファは俺を見上げ、へにゃっと破顔した。

 ぐはぁッ。

 あまりのかわいさに心臓飛び出そう。

 何これマジで何なんだよこのかわいい存在は!

 起きてる時は恥ずかしくて真っ赤になるだけか、照れて抵抗するか逃げ出すかする嫁が、はっきりうれしそうな反応みせた。

 本人は気づいてないけど、こうやってちょいちょい好意示すんだもんなぁ。そりゃ俺だってリューファも俺のこと好きだと疑わず、多少強引な手段取るさ。

「……うん」

 嫁はにこにこして頬ずりしたかと思うと、抱きついたまま顔をうずめて眠ってしまった。

 ……ヤバイ、もうどうしよう。俺の嫁かわいすぎ。

 悶絶してのたうち回って叫びたい。とりあえず分身を誰もいない山奥に送って、代わりにやっておく。無駄な能力の使い方。

 境界線超えるなって言ってたけど、リューファがとっぱらって来たんだからいいよな。うん。抱きついてるのもリューファだし。むしろ外して起こすほうが悪いと思わないか?

 そういや、前に仮眠中俺の服つかんでる妹見たジークが笑ってたっけ。

「なんだ、クラウス。抱き枕になってんのか」

「ああ、嫁の寝具ならなってもいいな」

「おい。冗談だろ。冗談だよな。仮にも皇太子が何言ってんだ」

 本気だったんだが。今も喜んで抱き枕代わりになる所存である。

 そっと見れば、リューファは安心しきって微笑んで規則正しい寝息をたてている。

 腕の中に確かにあるぬくもりに心底安堵し、俺も口元をほころばせた。

「……おやすみ、リューファ」

 明日起きても独りじゃない。

 君がいるんだと泣きたくなるような安心感に包まれながら、俺も目を閉じた。 

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