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12 勇者と黄金のリンゴ

 ルチルに乗って黄金のリンゴのある保護区まで行くと、樹を守っているドラゴンはケガしていた。

 話を聞けば、突如襲撃してきた魔物をどうにか撃退したものの負傷、この怪我では次の襲撃時には厳しいとのことで応援要請したそうだ。かなり敵が強かったため、仲間を逃がして一人で応戦したという。

 人間の使う回復魔法は人間以外には効きにくい。種族が違えば体の構造や性質が全然違うからだ。俺の力では治せない。

 そこでリューファが傷口を魔物のトゲで作った針とクモ型魔物の糸で縫い合わせ、ドラゴンの皮で作った包帯で巻いて手当てした。ドラゴンタイプに効く丸薬も飲ませる。

 俺の嫁はかわいい上に優秀である。

 だからいまだに惚れる男が続出して、俺が潰して回ってるんだよ。魔具製作や品種改良だけじゃなく、他種族の治療もできる才能の持ち主なのに、なぜ本人だけが自分を過小評価してるのか謎。

 黄金のリンゴを守るドラゴンは丁寧に頭を下げた。

「ありがとうございます。ワシも年を取りましたな、情けない。魔族にやられるとは」

「襲ってきたやつはどんなのだった?」

「ギリシャの……こちらのものではないですね。魔法使いに見えました」

 こっちの地域じゃ、ヒト型で魔法を使えるのは妖精や神族と言われる存在だ。『魔法使い』って名称の存在はこっちのエリアになる。

 国というか宗派というか流派が違えば、システムそのものが違うんだ。

「黒いローブを目深にかぶっていて、顔は見えませんでした。男か女かも分かりません。輪郭もぼやけていて、なんというか、あれは実体ではありませんね」

 実体じゃない?

 俺は眉をひそめた。

「本体は別にいて、意識だけ飛ばしてるってことか」

「魔法はワシらとは別のものゆえ、詳しくなく。それもあって、そちらに救援要請を出した次第です」

「そいつはいったん消えた……というか本体に戻ったんだな」

「おそらくは。ですからまた襲ってくる可能性が高いです」

 リューファが樹を見あげ、リンゴを指す。

「こっちだと生命エネルギーの塊だっけ?」

「はい。ですからワシら一族が守っています」

「もし魔法使いだとしたら、手に入れたとしてどの程度効果を発揮するかは疑問ね」

 確かに。ジャンル?が違うと、力の性質も異なる。こちらの地域のアイテムを、別種の存在である魔法使いが摂取してもどの程度効果があるか。少なくとも本来の力は発揮しないに違いない。

「まぁ、多少の回復アイテムにはなると思うけど……」

 全回復はしないだろうな。

「本人が使うためじゃなく、依頼されたか、売っぱらう目的かもしれないぞ?」

 ジークが言う。

「少なくとも例のネックレスをも持っていたトレジャー集団は除外されるね。あの後全員逮捕したから」

 ランス兄様が指摘した。

 ブラックマーケットの一件で証拠がどっさり出てきて、そのテの連中は大量に逮捕した。元々どうにかしようと思ってたしな。

 ドラゴンが首を振る。

「トレジャーハンターではありませんよ。前に来て、追っ払いましたから」

 すでに来てたか。

 まぁ、トレジャーハンターの線は薄いだろう。高値はつく割に黄金のリンゴは入手難度が高すぎるし、実体じゃなかったってことは分身を使ったのかもしれない。あれを使えるのはかなりレベルの高い魔法使いってことで、数も限られてる。

 ただ、気になるのはそうやってすぐ見当つけられる手口を使うか? それなら普通に変装したほうがバレにくいだろう。

 とすると、他の魔法か? 例えばジュリアスのところのみたく、他の流派とか……。

 あるいはあの怪盗……?

 リューファがルチルの背に積んでたバスケットを下ろしてのんびり言った。

「ま、周囲に探知結界は張ったし。そいつが来るまで暇だからお茶でもしましょ」

 シートひいてティーカップを並べる。

 のんきさにドラゴンがあっけにとられた。

「お……お茶ですか?」

「お茶菓子はスコーンね。といっても普通のじゃないわよ。アステカのケツァルコトルからもらった鳥の卵に、長靴をはいた猫が暮らしてた粉屋の小麦粉に、エジプトのアピスがくれた牛乳とバター、お菓子の家の魔女がストックしてた砂糖で作ったの」

「いつものことながら、どこからつっこんでいいか分からないな」

 ジークがつぶやく。

 リューファはごく当然のように使ってるが、その材料普通じゃ手に入らないぞ。一品だけで、下手したら庶民なら一年暮らせる値段する。

「私は珍しい材料を手に入れやすい立場だからね。いいじゃない、疲労回復と魔力増幅の効果があるのよ。ティーセットは北欧の小人族が作ってくれただけあって、これでお茶いれるとおいしくて」

「もらうぞ」

 俺はいそいそと嫁の隣に座り、左腕を彼女の肩に回しつつスコーンにかぶりついた。

「うん、うまい。嫁の手料理だからなおさらだな」

「嫁じゃありませんよ。ほら、スコーンだけだと口の中の水分なくなりますから、お茶も飲んで」

 はい、とカップ差し出す。こういう配慮の行き届いたところがすばらしい。

 ランスがボソッと言った。

「どう見ても夫婦の会話だけど……」

 ああ。今のちょっと、長年連れ添った夫婦っぽかった。

 おしどり夫婦か、いいなぁ。

 まぁ俺たちは生まれた時からの付き合いなんで、似たようなものか。

「ランス兄様、なにか言った?」

「いや別に。いただきます」

「? ああ、あなたもどうぞ」

 ドラゴンたちにもあげる優しい嫁。

 うんうん、俺の嫁は優しくてかわいいだろ。俺の嫁の料理を人にやるのはしゃくだが、人じゃないし、嫁本人が分けてるからしょうがない。感謝して食えよ。

 ルチルは察したようで、チラと微妙な視線を向けてきた。

「ご主人様、ほんとお嬢様好きですよねぇ……」

「悪いか?」

「いえ、何も」

 だよな。婚約者を好きでも、何も問題はない。

 のんびりお茶し終わっても、まだ敵は現れなかった。

 暇を持て余したジークとランスは自主トレ始めてる。中程度までの魔物なら、あれ見ただけで「ヤバイ」と逃げてくだろうな。くらったら即死だ。雑魚追っ払うにはちょうどいい。

 リューファは研究のためとかって、ドラゴンにギリシャ神話の珍しいものについて聞きたがった。

 ちょっと待て。

「このドラゴン、オスだから二人でしゃべるの禁止」

「はぁ?」

 訳が分からない、と小首かしげる嫁。

「ご主人様、最近さらに独占欲強くなってません?」

「なんかこのところイライラするんだよ。自分でも分からないが」

「そうですか。お嬢様、ご主人様の傍にいてください。お願いします。お願いですから絶対離れず落ち着かせてください!」

 真顔で真剣に頼むルチル。

 何で俺の周りは皆してこうなんだ? 俺は危険人物か。否定できないけど。

 膨大な魔力持て余して、つい暴発させるんでさすがに自覚はある。

「ええ……? うん、でもクラウス様、さすがにちょっと離れてもらえませんか?」

「やだ」

 子供みたいに言って強引に引き寄せ、膝の上にのっけて抱え込んだ。

 こうしてないと落ち着かない。

 ほんと我ながら精神状態おかしいな。

 みぎゃーと子猫みたいに嫁は叫んで真っ赤になった。

「ちょ、やめてくださいってば恥ずかしいー!」

「そちらのお国は、皇太子ご夫妻が仲よろしくてなによりですなぁ。こっちはゼウス王が浮気性で、しょっちゅうヘラ王妃様がキレて大変なことに」

「それは大変ですねぇ」

「そこのドラゴンたち! 好々爺みたく茶しばいてないでっ。ていうか夫婦じゃないってば!」

「今年中には夫婦になるじゃないか」

 誤差だろ、誤差。

「兄様たちも何とか言って!」

 こっちを見たジークとランスは無言で顔を見合わせ、またこっち向いて親指立てた。

「ガンバレ、妹よ」

「うん。頼むから当分そうしてなね」

「ちょっとおおお――!」

 リューファは叫びつつも、逃げようとはしなかった。逃げたら追いかけてくるなら逃げなきゃいい作戦のつもりをまだ実行中らしい。

 そしたら俺が逆に大喜びでかまい倒すだけなのにな。こういうとこが素直で鈍感でかわいいよなぁ。

「好きだよ、リューファ」

「だから人前でやめてください――!」

「じゃ、二人っきりならいいか?」

「よ、よくないですっ!」

 そんなこんなで嫁を愛でてたら、いつの間にか時間が過ぎてた。

 空が赤みがかってきた頃、ふと嫌な予感がする。

 逢魔が時。……魔の者が現れるにはふさわしい時間だ。

「来たな」

 俺は剣の柄に手をかけた。同時に周囲へバリアを張る。

 リューファやジークやランスも、驚きながらも条件反射で身構えた。俺のほうが察知能力は高いから、三人より早く敵には気づける。

 ……それにしても何だろう。

 この気配を俺は知ってる気がする。

「―――」

 無意識に口を開けた。

 なぜそうと分かったのか、分からない。

 本能によるものだろう。

 俺は敵がだれなのか、その姿を見る前に知っていた。

「―――『招かれざる魔女』か!」

 右手に握った剣で攻撃魔法を放つ。同時にリューファをがっちり抱き込んだ。

 リューファは震えていて、しがみついてきた。

 ―――大丈夫だ、俺が守る。

 ぎゅっときつく抱きしめながら、数十メートルほど先に現れた人影を睨みつけた。

 黒いフードをかぶっているだけじゃなく、輪郭がぼんやりしていて男か女かもはっきりしない。ただ不気味な悪意だけが渦巻いている。

 そいつは俺の攻撃をあっさりはじいた。

「……っ」

 目を見張る。

 小手試し程度であって本気じゃなかったが、それにしても簡単に弾けるものじゃなかったはずだ。

 これまでの魔物とはケタが違う。

 俺は剣を構え直した。

 ジークとランスも悟ったようで、むやみに斬りかからず距離を取る。

《……―――……》

 ふいに誰かが頭の中で警鐘を鳴らした。

 過去の俺の声。何かを叫んでる。

 これは警告か?

 それとも……いや、これは―――。

 怒りと絶望と壮絶なまでの悲しみと、憎しみの慟哭。

 前世の俺が悲痛なまでに絶叫してる。

《……レン……》

 あらゆる感情がないまぜになって混乱しながらも、たった一つの言葉を叫んで。まるで狂ったように。

 何かを伝えようとしてる。……人の名前?

 それは、誰の。

 こみ上げるものをこらえるように唇をかみしめた。

 ああ、まただ。

 前もあったから分かる。これは前世の記憶が一気に戻りそうになってるんだ。前はまだ小さすぎて危険だと、無理やり押し戻して蓋をした。

 でも今度は押し返せない。強すぎるのと、記憶を取り戻さねばならないと思うからだ。

 俺は思い出さなければならない。

 なぜなら俺はこいつを知っている。全ては前世に起因しており、俺にはやらなければならないことがある。

 彼女を守ること。

 リューファを抱きしめる腕に力を込めた。

《……ン……》

 過去の俺がひたすら叫び続けている。

 完全に狂人だな、と自嘲の笑みがもれそうになった。

 他人の目で見られるから言える。

 そうだな、俺は狂ってた。彼女を失ったことで壊れたんだ。

 あまりに重すぎる記憶の奔流が襲ってくる。

 これを一度に受け入れれば、下手したらまた狂うな。やけに冷静に分析してた。

 ああ……俺はそれほどまでに彼女が大切だったんだ。

 そう、彼女は。

《カレン》

 脳裏にその、唯一の人の名が浮かんだ。

 過去も現在も愛する人。

 そして、今度こそ完全に記憶の蓋が開いた。

 前世の俺の姿がぼんやり見え、闇に溶けて消えていった。


   ☆


 ―――……ああ………やっと取り戻せた。

 一番最初に浮かんだのはそんな言葉だった。

 腕の中に懐かしいぬくもりがある。

 失い、長い年月を経てようやくまた会えた大事な存在。

 どんなに姿かたちが変わってしまっても、俺には君が分かる。だから必ず。未来で会おう。

 そう誓った最期の想いが蘇った。

 長い間求め続けた人が腕の中にいる彼女であることを、俺は不思議と冷静に受け入れた。

 理屈じゃない。ただ理解した。それだけだ。

《……なぜだ―――》

 かつてよく知っていた声に、俺はハッとした。

 『招かれざる魔女』がテレパシーのように語りかけている。

 どうやら俺は一瞬意識が飛んでたらしい。

 記憶を取り戻した俺だが、一度に受け入れたら危険なため、どうやら最低限だけ受け入れて後は一旦脇へ置いたっぽい。

 分かりやすく言うと、脳内にタンスを作り、引き出しにとりあえず急いで適当につっこんだ感じだ。

 今全部見てたらとんでもなく時間がかかるし、確実にのみ込まれて魔力が爆発する。これまでやらかしたのの比じゃない。

 普通の人でも前世の記憶が戻れば混乱や人格の豹変が起きるもの。まして俺じゃ、絶対とんでもないことになると断言できる。

 だいいち、そんなことしてる場合じゃない。長年の宿敵が目の前にいるんだ。まずこいつを倒すことが、今やるべきこと。

 奴も一目で俺が誰か分かったらしい。

 外見が全然違うのに、よく分かったな。

 もはや魔族の域に足突っ込んでるから、魂レベルで知覚できるんだろう。

 なあ。家族を犠牲にしてまで、そんなものになりたかったのか……? 

 奴は俺に露骨な憎悪を向けた。

《―――なぜ、きさまがここにいる》

 俺はこいつを知っている。

 そう、よく知っていた。

 ()()。……相変わらずだな。

 あきれて見返す。

 俺は彼女の生まれ変わりを抱きしめ、いつかのように宣言した。

「―――こいつは渡さない」

 あんたはもう彼女の親でもなく、権利も何もない。

 そもそも自分から放棄したじゃないか。まして彼女には今、別に親がいる。

 大体実の親でも、自分の野望のために娘を人柱にするなんてもってのほかだろ。

 声音に彼女が驚いたように、パッと俺を見上げた。

 大丈夫だよ。今度こそ死なせない。()()は俺が守る。

「…………」

 何か焦ったように、彼女が杖を出現させた。

 昔と違い、上部の玉を二つの輪がXのように取り囲んだもの。

 あれ……なんでリングがついたんだったか?

 彼女がそれをかざすと白い光が放たれ、作られつつあった奴の魔法陣を打ち砕いた。

「?!」

 奴が驚いて彼女を見る。

 どうして驚くんだ? まさか彼女は反抗しないと思ってたんじゃないだろうな。今さら何を言う。

 彼女はお前が殺したくせに。

 飼い犬に手をかまれた気分だってか? ふざけるな。彼女はお前の願望を満たすための道具じゃない。

《―――私の邪魔をするか……!》

 奴の邪気と殺気が膨れ上がった。

 あまりの空気にジークとランスが思わずたじろぐ。

 ……ほんと変わらないな。自分の地位を脅かすものや反抗する者は絶対悪と信じ、徹底的に排除しようとするところ。

 俺は彼女を後ろ手にかばった。

「下がってろ」

 短く言って、ありったけの魔力を剣に集める。

 かつて、彼女が作ってくれた剣に。

 ……あの時は使えなかったな。剣の使い方なんか知らなかった。

 せっかく君が俺のためにと遺してくれたのに。

 でも今は使える。俺が剣術を身に着けたのは、きっとこのためだったんだな。

「無理無理! 本気だこいつ!」

「クラウス様、本気ですか?!」

 なんか悲鳴が聞こえた気がするが、どうでもいい。

 ―――こいつは俺から彼女を奪った。

 悲しみと怒りが心を塗りつぶしていく。

 俺は彼女以外何もいらなかったのに。

 地位も名声も何もかも、あんたに喜んで進呈したじゃないか。常に一番でなければ気がすまないあんたを立てて、望み通りに賞賛を得られるよう配慮してたじゃないか。

 彼女もそうだった。生まれてからずっと、いやさらに前世からずっと、気を遣って常に顔色をうかがって。必死に殺されたくないとがんばってた。

 なのに、あんたは彼女を。

 カレンを。

「はあッ!」

 すさまじい魔力の爆発が起きた。

 轟音と閃光が辺りを包む。

 遠く離れた王都でもそれは見えたほどだという。

 たっぷり十分くらい衝撃は続き、ようやく光がひいた後に見えたのは大きくえぐられた大地。

 『招かれざる魔女』の姿は影も形もない。向こうも防御しただろうが、さすがにこれだけ直撃を受けてはノーダメージでいられるはずがない。しばらくは動くこともできないだろう。

「ご主人様、こわいよう……」

「大丈夫。お前にはやらないわよ。もう敵もいないし」

 震えるルチルをリューファがなでる。

「…………」

 なんかイラっとした。

 俺以外に触れてるのが嫌で、彼女をひっぺがして抱きしめた。

 彼女は俺のだ。

「ちょ、なんですか! いいかげんセクハラで訴えますよ……えっ?」

 振り向いて目を見張った彼女はすぐさま回復魔法を唱えた。

「大丈夫ですか? 魔力使いすぎたんですね。回復します」

「……違う。それはたいしたことない」

 どうにかそれだけ言う。それが精一杯だった。

 不思議なことに、魔力残量はかなりあった。けっこう使ったはずだが、無尽蔵かというくらい次々溢れてくる。

 まるで俺を核にして、周りから力が集まってくるような。

 ジークが心配そうにきいてきた。

「おい、クラウス、肩貸そうか?」

 わずかに首を振り、彼女の肩にうずめる。

「リューファを抱いてたほうがいい」

 過去の俺は彼女を失ったことで狂った。だから彼女さえいれば落ち着くはずだ。

 予想通り、スーッと心が鎮まっていく。

 ほうっと一息ついた。

「ああ、そうか」

「こら! この状況を兄として放置すな!」

「え? 嫁に甘えたいって言ってるんだから、親友としてはほっとこうかと」

 俺は目を閉じた。

 ……落ち着け、俺。奴は一旦消えた。とりあえず危険はない。彼女もここにいる。

 今度は奪われず、守れたじゃないか。

「クラウス様……?」

 リューファが心配そうにたずねてくる。

 ……ああ、彼女を心配させちゃいけない。

 俺が見たかったのは最期の時みたいな涙じゃなく、師匠に捨てられ殺されかけた時のような悲痛な決意でもなく、幸せな笑顔だったんだから。

 何とか頭を起こし、無理やり笑顔を作った。

「大丈夫だよ」

 だから、そんな顔するな。

「……無理してません? 休んだほうがいいですよ」

「おやおや、すごいですよ、クラウス様。来てみてください」

 ランスがわざとリューファの注意をそらすため呼びかけた。見れば、えぐれた地面のあちこちから大量の宝石が露出している。

「へぇ。で?」

 その程度の感想しか出てこなかった。

「反応薄っ」

「なんで? リューファさえいえれば、他は何もいらない」

「ちょっ」

 彼女が真っ赤になって固まった。

「……あー、元々クラウス様は物欲に乏しい上、魔物退治で希少なものなんて見なれてるからねぇ」

「慣れってこえーな」

  黄金のリンゴを守るドラゴンがうなずいた。

「ああ、この辺りは掘るとそこらじゅうで採れますよ。なにしろ黄金のリンゴがなるくらいですから。……敵はどうやら去ったようですね。助けていただいたお礼です、どうぞお好きなだけ持って行ってください」

「別に俺はいらない」

 彼女以外欲しくない。

「え、けっこう質のいいアイテムが作れますよ?」

「リューファがほしいならもらおう」

「コロッと意見変えてんな。おいクラウス、大丈夫か? なんか包み隠さないのが悪化してんぞ?」

 悪化? 何が?

 リューファも心配そうに見上げてきたんで、隊長は問題ない、精神力かき集めて普通の態度を装った。

「あの敵はかなりのダメージを与えておいたし、俺が邪魔すると分かった以上もうここには現れないだろう。やつの目的はおそらく買う服のためのエネルギー摂取。効果が同じなら、他のもっと狙いやすいアイテムを狙うはずだからな」

「ありがとうございます。これは私からのお礼です」

 ドラゴンは頭を持ち上げ、黄金のリンゴを一つもいだ。

「いいのか?」

「はい。純金製なので、金銭価値も高いですよ」

「純金……」

 なら、加工してアクセサリーにできるな。彼女にあげよう。

 もらっておくことにした。

 ところで空いた穴をどうするかと思案してたリューファは、ふと思いついて魔法で水を張った。

「これなら休憩時に水も飲めるし、子供たちの遊び場にもできますよ」

「おお、水場がすぐ近くにあるのは助かります。ありがとうございます」

「もし見張り増強したいなら、リヴァイアサンの稚魚持ってきて放流しますけど」

「……リヴァイアサン?」

 て何だっけ。そんな魔物、師匠捕まえてたっけ?……駄目だ、まだ頭が働いてないな。記憶が混乱してる。

「よその怪物です。海に住んでる」

 ああ、そうか。現世の話か。

「知ってる。怪物の稚魚なんてなんであるんだ」

「友達が研究で飼育してて」

 フォーラか。

 あいつもたいがい昔から変だよな。司法長官時代も、鞭で魔物こき使ってなかったか?

 ……司法長官時代? あー、ほんとにごっちゃになりかけてる。とりあえずつっこんだ引き出しから記憶がどんどん漏れてきてるな。

「へー、海の生き物なのに淡水で暮らせるのか」

「怪物でもちゃんと育てれば悪さしないのもいるんですよ。何匹かいります?」

「いえ、いいです……」

 ドラゴンは丁重に辞退した。


   ☆


 かくしてルチルに乗り、帰り道。発狂しないため、理性をつなぎとめるかのようにずっと彼女を抱きしめていた俺は、ふと思い出して黄金のリンゴを出した。

「リューファ、これやる」

「……え、いいんですか?」

 いいも何も、嫁以外の誰にやるんだよ?

 世界で一番美しい女性へ渡すものだろ。そんなの、自分の嫁に決まってるじゃないか。

「ただし条件がある。これで装飾品を作って、自分用にすること。人に渡すなよ」

「はあ、装飾品ですか? まぁできますけど……私がつけてどうするんです?」

「俺の気分がいい」

 ジークとランスが無言であきれた目向けてきた。

「それから、宝石は必ずこれを使え」

 持ってきた原石の中からアメジストとブラックオパールを選ぶ。俺の髪と瞳の色な。

「分かりました」

 それを選んだ理由にはまったく気付かず、リューファはうなずいた。

 さて、そろそろ城に連絡を入れないとな。

 通信機を起動して父上につなぐ。端的に報告すると、案の定父はプチパニックになった。

「お前、またやらかしたのか!」

 またって言うな。リューファにバレるだろ。

「今度はどんだけ壊した! 山脈か、海嶺か、国丸ごと一つか!」

「息子をどれだけ危ないと思ってるんです。そこまでやってませんよ」

 今回は。

 前科は……ある。

「嘘つけ! さっきとんでもない魔力の爆発を感じたから急いで塔に上ったら、尋常じゃない光の爆発が見えたぞ!」

 チッ。届いてたか。

 口の中で小さく舌打ちする。

「被害者出してないだろうな?!」

「出してませんよ。失礼な」

「とっさにお前の背後に隠れなきゃ、オレらもヤバかったけどな……」

 ジークがボソッと言った。

「そうだったっけ?」

「そうだよ! もーほんと頼むからお前そのあり余りまくってる力は敵だけに集中してブチあててくれ! 『魔王』にならいくら全力でやってもいいだろ!」

「言われなくてもそうするが」

 師匠は俺の最愛の人を殺し、奪ったんだ。手加減なんかしてやる義理はない。

「無駄に力と才能あるやつって、敵がいないと駄目なんだな……。発散先がないと危ないというか。『魔王』復活は恐ろしいことだが、クラウスのためにはよかったかもしれん」

「うちの息子ってどうしてこう……あああ」

 母上が青い顔で倒れそうになった。

 あ、危ない。

 すかさず待機してたシューリが受け止める。

 ああ、さすが。……って、母上がポーっとなってるぞ。

 男装の麗人ってのは女性の琴線に触れるらしく、母も例にもれず好きらしい。女性の考える男性の理想像=男装の麗人らしいからな。

 受け止め損ねた父がポツン……と寂しそうな表情してた。

 がんばれ、父よ。妻大好きなところが親子だなと思う。

「うおおおおお、シューリ、かっけー! 結婚してくれ!」

 興奮したジークが叫んで画面につっこみそうになり、リューファとランスが止めた。

 さすがに俺もジークの頭が血まみれになるのはどうかと思うんで止める。いや、こいつなら無傷で機器だけぶっ壊れそうだが。

 つーか、意外と計算高いのは昔から知ってたが、今世はだいぶかっ飛んでるな。どこまで演技やら。

 シューリもコレに捕まって気の毒に。対抗するため、今世じゃ無意識に強くなろうと思った結果、男装の麗人になったのかな。

「男前だな」

「男前ですね。これだから女性にモテるんですよ」

 ……ふーん。

 してほしいんだな、と俺は解釈した。

「そうか。なら俺もやろう」

 ひょいっと嫁を抱き上げる。

 彼女は衝撃のあまり、口をぱくぱくさせて何も言えない。

 ジークもランスも、画面の向こうの父たちもあらぬ方向へ視線をそらした。

 師匠の一件があって以来、触れることもできなくなってたっけな。それまではむしろ彼女のほうから触れてきてくれてたのに。

 前世と違って恥ずかしがりで消極的だから、俺のほうから行動しないとな。

「逃げられる心配もないし、これはいいな」

「お、おも、重いんでおろしてください!」

「軽いぞ。なんてことはない」

 いつだったか二階から飛び降りて出迎えてくれた時も、軽くて驚いたくらいだ。軽いし柔らかいしふわふわだし、いい匂いするし、天使が舞い降りてきたかと……って、これも前世の話だな?

「比較対象がおかしいだけじゃないですか?! 魔物ばっか倒してるから、標準的重量のその標準が狂ってるんですよ!」

 シューリがもはやこっちは無視して報告した。

「あー……一応ご報告しときます。そこからそんなに離れてない西隣の国から連絡がありました」

 ランスが思い当たることがあったらしく、

「ああ、魔具のコレクターだね。コレクションが豊富だから封印のアイテムを持ってるかもと思って、見せてほしいと声かけておいた」

「そうそれ。見せてくれるって。ついでに寄ってきたら?」

 リューファは助かったといわんばかりにとびついた。

「分かったっ。行きましょう、クラウス様! あと、飛行中に立ち上がるのは危ないんで座ってください!」

「俺は反射神経いいから問題ない。ああそうか、ひざ抱っこでもいいのか」

 ふいにあの時のこと思い出したから抱き上げてみたけど。膝にのっけるのもいいよなぁ。これは前世でやったことないし。

 リューファは耳まで赤くなって否定した。

「そんなことは一言も言ってません!」

 え、でも離すって選択肢はないぞ。

「えーと、進路変えますねー」

 ルチルが主の行動をスルーし、進路を変えた。

「おーろーしーてーっ!」

 いい加減限界なのか、リューファが本気で嫌がって飛び降りようとした。

「―――」

 一瞬で怒りと悲しみが蘇る。

 スッと目を細めた。

「っ?!」

 リューファはビクッとして逃げるのを止めた。

 ……ああ、うっかり出てたか。ごめん。恐がらせるつもりじゃなかった。

 ただ君がいないと俺は駄目なんだよ。君がいるから、俺は正気でいられる。

 座り込み、大人しくなった彼女を抱きしめて顔をうずめた。

 ……あたたかい。心臓の鼓動も聞こえる。大丈夫だ、彼女は生きてる。

 彼女が生きてる証を確かめてると、首回りに腕が回された。

 えっ?

 驚いて目を開ける。

「……リューファ?」

 リューファが自分から抱きついてきてくれた!

 奇跡かこれは。

 一気に気分が上昇する。

 そりゃ、前世じゃけっこうやってくれたけどっ。無邪気なさまがそりゃもうかわいくて、鼻血出そうになってた。ところで今もって鼻の粘膜鍛えられてないな。どうやったらできるんだ?

 あっという間にまた思考が割とアホな方向に飛んで行く。

綺麗でかわいいお姫様が好意全開で抱きついてきてくれるんだぞ、うれしいに決まってるだろ! 喜ばない男がいるか?!

 天に向かって一人叫ぶ。

「落ちたら嫌だからつかまってるだけです!」

 リューファはあきらかに本心じゃないこと言って、恥ずかしそうに顔を伏せた。

 ……っか、かわいい……!

 これがアレか、ツンデレか。

「……そうか」

 昔の彼女もいいけど、今の彼女もイイと感涙にむせぶ。

「ただそれだけですっ! 深い意味はありませんからね?!」

「分かった分かった。俺の嫁は可愛いな」

 にこにこして嫁を抱きしめ返した。

 アッサリやられるチョロい俺と、婚約者を無自覚に手の中で転がす彼女に、ジークとランスだけじゃなく父たちまで拍手してた。



   ☆


 隣国の王城は金ピカだった。そりゃもうキラキラと物理的に光ってる。

 趣味悪。正直な感想。

 あまり国同士の仲が良くなく、俺も直接の面識はない。前の王はマトモだったらしいが、今の王が派手好きの贅沢者で、浪費しまくってるらしい。とにかく光物が好きで、城全体に金箔を張るよう命じたとか。そんなとこで暮らしててまぶしくないのか?

 中も宝石や金、高価な美術品がこれみよがしに飾られている。絵や古物は特に、きちんと管理しないと劣化するぞ。

 これだけ飾り立てるのに、どれだけ血税が使われたのやら。税金てのは国民から預かった、彼らの生活を豊かにするためのものっであって、為政者が個人的に楽しむための財布じゃない。

 それが分からない時点でこの国も長くないだろう。そのうちクーデターが起きるか、それとも増税に次ぐ増税でも金が集まらなくなって、外から奪い取ろうと戦争起こすか。

 うちの国に迷惑がかからないようにしてほしいものだ。手を打っておいたほうがいいかもしれない。

 現に、隣の国の皇太子である俺が来たにも関わらず、王は椅子にふんぞりかえったまま睥睨してくるだけだった。

 この国の王の評判は「ハゲ小男ブサイクデブ、外見も中身も最悪で醜悪」。ぶくぶく太った腕をフゥフゥ言いながら伸ばし、カロリー馬鹿高な食べ物にかぶりつく。

 これが豚だったら、さぞかし美味い肉で高値がつくだろうな。

 周りに侍らせてる女たちはどう見ても金目当て。化粧も濃いし、香水の匂いも不愉快だ。というか、焚いてる香に麻薬が含まれてる。匂いで分かる。

 俺もリューファも毒や麻薬の類は利かないが、不愉快なんで香炉ごと魔法で消し、空気も綺麗にした。

 俺の嫁に臭いものかがせるなよ。

「コレクションを見せてくれるとのことだが?」

 いらだちを隠そうともせずにきくと、隣の王は食べながらうっとうしげに答えた。

「そうとも。わたしの所蔵品をぜひ見せてほしいと懇願されればねえ」

 懇願した覚えはない。

 あと、食べながらしゃべるな。クチャクチャうるさい。

 こっちの国は金山のおかげで繁栄したが、とっくに最盛期を過ぎ、国際的な影響力もあまりなくなっている。金もそろそろ枯渇しそうだと潜り込ませたスパイから報告を受けてる。

 ああ、主だった国にはスパイくらい潜入させてるぞ。

 それに引き換えうちは魔物退治で現在最も発言力が大きい。力関係はあきらかだ。それに気づかないんだから、これは駄目だな。

 冷静に分析する。

「なにか探し物をしているそうだね。何なのかな?」

「それは機密情報だ。教えられない」

 実は、魔王封印のアイテムを探してることを公にしていない。表向き「王室所蔵の宝物が紛失して探してる」ということにしている。もしバレれば仲が良くない国とかに妨害される恐れがあるからだ。

 他にろくでもない連中が集めて面倒なことしでかす恐れもある。そのため魔王封印のアイテムのことは最高機密となっていた。

 何かおかしいとふんで、探りを入れてるな。

 俺が無表情で考えてると、リューファが助け舟出した。

「実は陛下が王妃様に贈ろうとしていた装飾品が行方不明でして。あせっておられるんです」

 それらしい嘘の『真相』。しかもこれは実際にあった話で、説得力がある。

「父がどうしてもあれでないとだめだと言うんでな。この前プレゼントしたドレスに合うとかなんとか。あんまりうるさいから、仕方なく俺も探すのを手伝っている」

 王室所蔵の目録にあったネックレスで行方不明なのがあって、探したことがあるんだ。どうやら何代か前に盗まれ転売されてたらしい。

 隣国の王は顎をしごいた。顎っつっても肉が何重にもなってて、どこまでが顎でどこからが首だか分からない。

「ふむ。……それはそれは。そういうことならコレクションを見せてやるのはやぶさかではないが……まさかタダとは言わないだろう?」

 はぁ?

 俺はあきれかえった。

 間違いなく探し物があって、譲ってほしいと言われたから代金を請求するなら話は分かる。正当な売買だ。だが、あるかどうかも分からないものを調べるのに、仮にも他国の王族に金をよこせと要求するのはおかしい。

 あからさまな嫌がらせだな。

 ため息をつく。

 マトモに取りあうだけ無駄だ。

 断るために口を開こうとすると、隣国の王が下卑た笑いを浮かべて言った。

「そうだね。そこのお嬢さんが相手をしてくれるなら話は別だ」

 …………。

 おい。今何つった。

 さすがに訊き間違いかと思ったが、相手はニヤニヤしてリューファを舐めるように見ている。

 リューファは『勇者の嫁』として有名だ。いくらなんでも隣の国なのに知らないはずがない。知ってて言ってるんだ。

 ―――スッと思考が冷えた。

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 無理して押し込んでた感情が溢れてくる。ドロドロと冷たく黒いものが思考をのみ込んでいく。

 仇の姿が脳裏に浮かんだ。さっき会ったのとは違う姿の。

 ―――リューファは渡さない。

 目にもとまらぬ速さで剣を抜いていた。

 ツーっと、隣の王の頬から血が流れてる。そこで初めて場にいる全員が気づいたらしい。

「え?」

 おそるおそるリューファが見上げてくる。俺は一切の感情がない顔で、何でもないふうに剣の柄を指でたたいた。

「ちょ……っ」

「おい……っ」

 リューファが何が起きたか察し、ジークが青くなる。ランスは頭を抱えた。

 言っておくが、魔法は使ってない。物理的に高速で剣を抜き、剣圧をほんの少し当てただけだ。あんな奴、剣で斬る価値もない。この剣は彼女が俺のために遺してくれた大切なものだ。

「うわっ、うわあああああ! 血?!」

 隣の王が飛びあがり、パニックを起こした。よほど俺が恐かったのか、使用人も衛兵も震えるだけで助けようとしなかった。媚びてた女たちなど、すでに逃げ出してる。

 俺は悠然と進み出、走り回る隣の王に足払いをかけた。ぶざまに倒れ、床の上でのたうち回った。

 どうやら倒れたら自力じゃ起き上がれないらしい。太りすぎで。

「―――もう一回言ってみろ」

 底冷えのする声で問い、ゆっくり剣を抜く。

「俺の嫁をどうするって?」

 ドンッと首ギリギリに剣を突き立てた。ひぃっと悲鳴があがる。

「俺は今日すこぶる機嫌が悪い。嫁に手を出そうなんて、よほど死にたいらしいな」

 師匠だけじゃなく、他にも俺からリューファを奪おうとする者がいたとはな。同じ結末になる前に、今度は完全に排除しておこう。今度こそ失敗しない。

 無表情のまま魔力を放出しようとしたところで―――リューファがとびついてきた。

「やめてください、クラウス様! 外交問題になります!」

 ぎゅっとしがみつき、必死に訴える。

「…………」

 あたたかい。……うん、そう、これは彼女だ。

 少しだけ思考力が戻り、リューファを見る。

「……なぜ止める」

「止めますよ。戦争する気ですか」

「戦争? なるわけがない。一瞬で片がつく」

 何のために俺が力をつけたと思ってるんだ? 君を守るためだろう?

「嫌がらせか、難癖つけてトラブルにしようって魂胆なのは分かりますよね? 挑発にのっちゃだめですよ」

「ケンカ売ってきたのはこいつだ。よりによって俺の嫁をよこせだなんて宣戦布告だろう」

「とにかく! もうやめましょう」

 リューファは必死に言いつのり、俺の右手に触れた。

「…………」

 つかんで力ずくで止めようとしてるわけじゃない。優しく、なだめるように撫でてくる。

 ……いつもいつも、おかしくなりそうな俺を人間に留めておいてくれるのは彼女だった。

 リューファがいれば俺は狂わない。

「……君が、ずっと俺の傍にいてくれるなら」

 そっと左手でリューファの頬に触れた。

 君さえいれば、他には何もいらない。

 それが俺の最期まで願い続けた、今もなお変わらないたった一つの望み。

「大丈夫ですよ。私は傍にいます」

 リューファは穏やかに笑って言うと、安心させるように抱きしめてくれた。

 涙が出そうだった。

 剣をしまい、両腕で彼女をきつく抱きしめる。

「……頼む。どこにも行くな。ずっと傍にいてくれ」

「いますよ。だから落ち着いてくださいね」

 ぽんぽんと優しく背をたたいてくれるたびに心が鎮まっていく。

 ……どれくらい経ったのか、ようやく俺は顔を上げた。隣の王は恐怖のあまり失神してて、他にも何人かが泡ふいて倒れてた。

 魔法でロープ出してぐるぐる巻きにしてると、騒ぎを聞きつけて王弟や家臣団がとんできた。平謝りの後、土下座が始まる。なんか「悪い王を退治して下さってありがとうございます!」「さすが勇者様!」とか感謝された。

「こんな馬鹿を王にするな。しかも他国まで巻き込むとは迷惑だ」

「おっしゃる通りで。申し訳ありません」

 個人的に始末つけてやりたいところだが、そうしたら国際問題になる。それはリューファが望むところじゃないと判断し、さっさと帰ることにした。

「えっ? あの、お詫びも兼ねて宴席をですね」

「いらん」

 そもそもかなり無理して普段通りを装ってるんだ。限界に来てる。特に怒りが抑えきれてない。

 リューファも気付いてたようで、ジークやランスと結託して帰路を急いだ。

 城から見えない位置まで来ると、リューファはルチルに地上へ降りるよう命じた。

「え? どうかしましたか奥様?」

「奥様っていうのはやめて。バレるとまずい魔法使うの。緊急事態だから仕方ないわよね。みんな黙っててよ。失われた古代魔術使うから」

 テキパキ言うと、空間転移の呪文を唱える。

 ……何で俺はそれが空間転移魔法だって分かったんだ?

 次の瞬間、俺達はアローズ公爵邸に帰還していた。場所は転移魔法陣の上。ルチルだけは壁つき破るんで、庭である。魔法陣が設置されてるのは屋内だ。

「ええ?!」

 ジークとランスが驚いて窓に飛びついた。

「ここ、うちかよ?!」

「リューファ……まさかこれって」

「準備なしでも、どこへでも飛べる空間転移よ。わざとこのポイントに飛んだけど。周りから見れば転移魔法使って帰ってきたように見せるためにね。くれぐれも人には言わないで。今はない魔法を知ってるとなると、色々面倒なの」

 好きな所に飛べるのに、魔法陣の上に帰還したのはわざとか。

 ジークが感心したように言う。

「そんなものあったのか。よく知ってたな」

「犯罪に悪用されないよう、意図的に抹消されたらしいの。私が知ったのは、うちに書物が残されてたから」

「なるほど……。確かに黙ってたほうがよさそうだな」

「クラウス様もお願いですから黙ってて……」

「ちょっと来い」

 ひょいとリューファを抱え上げて運んだ。

 すれ違った使用人たちが驚いてたが、さすが公爵家の使用人。スルーする。

 俺にあてがわれてる部屋に戻り、彼女をソファーに下ろす。

 リューファは詰問されると思ったのか、恐る恐る、

「え……えーと、黙っててすみません。でも禁術指定された理由が理由だからと」

「別に怒ってはいない」

 ゴロンと横になろ、頭をリューファの膝の上に乗せた。いわゆる膝枕というやつである。

 瞬時にリューファの顔が沸騰した。

「う、あ、あの、クラウス様」

「しばらく寝る」

 さすがに限界。

 精神が悲鳴あげてる。

「あう、寝るなら普通にベッドで寝たほうがいいと思いますよ?」

「リューファといたいからいい」

 リューファの指に自分の指をからめて逃がさないようにし、目を閉じた。

 ぽつりとつぶやきが漏れる。

「……もう失うのは嫌なんだよ……」

「え? なにか言いました?」

 返事をする気力もなかった俺は、彼女が確かに傍にいると安心しながら意識を落とした。

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