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11 勇者と魔法の鏡 ~やっぱキモイ~

 封印のアイテムが二個手に入ってから数日後。

「まだあの怪盗野郎の情報は一つもねぇのかっ」

 俺はいらだたしげに各地からの報告書をぶちまけた。

 腹立ちを隠そうともせず、むっつりして頬杖をつく。

 ジークが宙を舞う紙を器用に集め、

「リューファが席外してると、ほんっとお前取り繕わねーのな。まぁいいけど。その顔つきと態度見たら恐がるだろーからな」

「うるせぇ」

 だからお前らの前でしかやらねぇだろうが。

 リューファは今、封印のアイテムを調べるのにアトリエもとい研究室にこもってる。

「うちの妹の前では、そういう凶暴な面は引き続き隠しといてくださいよ。八つ当たりでこのところ連日あちこち天変地異引き起こしてることも。さすがにそれバレたら、本気で逃げられますよ」

「分かってるよ」

 確実に危険人物認定される。それくらいは俺だって分かってんだよ。

「イラつくのも分からないでもねーけどさ、大丈夫だって。あれからリューファも怪盗のことは話題にしてねーだろ? 興味失せたんだって」

「それでも俺の嫁にカッコイイって言わせたクソ野郎は消す」

「落ち着け。ほんっと極端に走るやつだな! 嫉妬もそこまでいくと危ねーどころじゃねぇよ!」

 過去、リューファに色目使おうとした・使った連中の末路を思い出したのか、震えあがるジーク。

「とりあえず東の方の国々に圧力かけて探させて―――」

「国ぐるみでやらせないでください。問題になりますよ」

「こりゃダメだ。ランス、鎮静剤持ってこい!」

「そのようだね、兄さん」

 ランスが走って行き、リューファ連れて戻ってきた。

「なに、どしたのランス兄様? 急げって、何かあったの?」

「何を差し置いても優先しなきゃいけない緊急案件だよ。はい、クラウス様、どうぞ」

 どうぞどうぞと妹を前に差し出す。

 ありがたく受け取った。

「リューファ、おいで」

 腕つかんで引き寄せ、倒れこんできた嫁をしっかり抱きとめる。

 彼女を実感した瞬間、嘘のようにイライラが治まる。

「……あー、柔らかい、あったかい。いい香り。落ち着く」

「っきゃああああああ!?」

 真っ赤になって固まる嫁。

 口をはくはくさせて兄たちを見るも、ジークとランスはお互いの健闘をたたえ合ってる。

 はい、ここまでが最近のテンプレ。

「ふぅ、これで一安心だね」

「ああ。鎮静効果抜群だな。さすがうちの妹のかわいさは世界一だ」

「ちょっと兄様たち?! 妹をなに差し出してんの?!」

「え? だってクラウスが暴……婚約者欠乏症で死にそうだから」

 ごまかすジーク。内容は一緒だ。

「そんな病気あるかいっ!」

「ある。一定時間嫁がいないとおかしくなる」

 断言する俺を、当の嫁は「コイツおかしいんじゃないか」って目で見てきた。

 ほんとなんだけどな。それで俺は毎日最低一回は会いに来てたんだ。

 ま、おかしいのは否定できないか。

 自分でもなんでこんな彼女がいないと不安になるのか、会えただけですぐ気分が浮上するのか謎。両親が心配するのも分からないでもない。

「大丈夫ですか、クラウス様?」

「嫁が好きすぎるだけだ。好きだよ、リューファ」

 笑顔で言えば、彼女は「あうあう」とうめいてまた固まった。嫌というより、うれしいと思ってるのが手に取るようにわかる。

 ジークとランスがぼそぼそつぶやく。

「本気で嫌なら、殴ってでも逃げるもんな……」

「それ以前に近付きもしないよ。大人しく膝の上で抱擁されてる時点で、好きなのモロバレだよね。うれしいって顔に書いてある。鈍いなぁ……」

「傍から見りゃ、バレバレだよなぁ。鈍感なのがリューファのいいとこだけどさ」

「とんでもなく鈍感な子じゃなきゃ、クラウス様の度を越した独占欲と溺愛に辟易して逃げてるよ。割れ鍋に綴じ蓋ってことだね」

「つーか、リューファさえ与えときゃ大人しいって、チョロいな。いいのかこれで? 敵が人間だろうが魔物だろうが魔族だろうが常勝不敗の『勇者』サマが、嫁にはアッサリ負けるってのは面白いけどな」

 そもそも勝とうと思ってないぞ。勝負以前に無条件降伏するって言っただろ。

「いやぁ、誰か抑え役がいなきゃ駄目だよ。リューファが小動物に見えるから、狂犬が子猫かウサギかハムスターに腹見せて服従してるって構図で面白いね」

「狂犬よりタチわりぃぞこいつは」

 段々俺の悪口になってるぞ。

 まぁどうでもいいや、と嫁の肩に頭を乗せ、顔をうずめて甘える。

 俺が甘えられるのは彼女だけだ。最高の癒し。

 別に母上にも甘えられないわけじゃないが、あの人はポヤンとしてるしな。年齢不相応に大人びた子供だった俺は、一応皇太子ってこともあり、あまり甘えようとは思わなかった。

「ひあっ。ちょ、……うう……」

 恥ずかしくてやめてほしいようだが、逃げるから追ってくる→逃げなきゃ興味失せる作戦実行中の彼女は唇かんで耐えた。

 うーん。真っ赤になりながらも、ぎゅーって眉寄せて我慢してるのかわいい。

「いやー、しかし、いるだけでそこのアブネーやつ大人しくさせられるとか。すごいなリューファ。ほんとマジよろしく」

「何を頼まれてんのかな私は?!」

「それにしてもクラウス様、これまでは一日一回会えばもってたのにどうしたんです? 数時間リューファと離れるだけでも機嫌悪くなりますねぇ」

「嫁がいないと落ち着かない」

「ほんとに大丈夫ですか」

 またうろんげな目つきされた。

「まぁ、実際一緒にいるのが当たり前になると、次はもっとと思ってしまうのが人間ですからね。それにしてもなんだか……」

 ランスは語尾を濁した。リューファに知られないためだろう。

 俺がなんだか不安定だってことだろ? 自覚はある。

 俺の中で「彼女を奪う者は許さない」って思いが増長してるんだ。ともすれば外に暴発してしまいかねないほど。

 自分でもヤバイと思うから、こうしてるんじゃないか。嫁さえいればその衝動も治まる。

 ついでに嫁のちょっと困ってる様を堪能するのくらいは許容範囲だろ? なにせ俺たちは婚約してるんだし、誰からも文句言われる筋合いはない。

 思う存分嫁を愛でてから聞いた。

「それで、封印のアイテムの調査はどうだ?」

 リューファは真面目な話題に移ってくれた助かった、といわんばかりに飛びついた。

「これだけ破損してたら、元の術式がなんだったか分かりません。現在では入手不可能な素材ですし、再び組み立てることはできません」

「そうか……。仕方ない、安全なところに厳重に保管しよう」

「城に持っていきましょうか?」

「いや。今後新たに見つかった時、比較するのにも手近にあったほうがいいだろう。リューファのところでいいよ」

「分かりました」

 強固な結界を張り、リューファのコレクションルームに収めた。そこには古今東西の魔具が大量にあり、元々侵入がまず不可能な結界が張られてる。

 で、残りのアイテムの情報はというと。残念ながらまったくないのが現状だった。

「『魔法の鏡』にきいてみますか」

 ランス兄様が言い出した。

「………………え」

 リューファが思わずうめく。

 ついでに言っとくと、彼女は俺がいつものごとく膝にのっけてがっちり囲い込んでる。

 時々髪の毛なでるとビクッとして真っ赤になるのが非常にかわいらしい。

「……魔法の鏡ねえ……」

「アレか……」

「うーん……」

 俺もジークもうなった。

 この世界で魔法の鏡といえば、白雪姫の継母の持ってた鏡のことである。

「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだーれ?」

「それは白雪姫です」

 継母が真っ赤に焼けた鉄の靴で処刑された後、鏡は国で回収した。しかし例によって処分に困り、うちの国に依頼がきたんだ。

 リューファが引き受け、浄化して改良。ランスが買い上げて現在は軍の備品になっている。

 ランスが苦笑して、

「みんなそういう反応するのは分かりますけど、きいてみましょう。他にアテはないし」

「まぁな……占い得意な魔法使いにきいても、水晶にうつらなかったしな」

 仕方なく了承した。

「今から行ってみるか」

 嫌なことは早く済ませてしまいたい。

 俺達は置いてある軍施設へ向かった。

 魔法の鏡は仕事中だった。現在では力を生かし、犯罪者の取り調べの際に使われている。

 部屋をのぞくと、ちょうど逮捕者の尋問で使用されているところだった。横領と贈賄の罪で逮捕された犯人が取り調べを受けていて、容疑を否認している。

「そんなことはしていない! 証拠はあるのか、証拠は!」

 ごねて逃れようとしてるらしい。こういう奴に証拠つきつける際に使われてる。

 具体的にはこうやって。

「あらー、あるわよォー♪」

 まぎれもないオッサンの声が響いた。

 犯人が虚を突かれて一瞬止まる。「???」と辺りを見回した。

 室内にいつのは係官数名と犯人のみである。係官はこんなしゃべり方するようには見えない。

「やあねェー、こっちヨ、こ・っ・ち♡」

 ……しゃべっているのは壁にかかった魔法の鏡である。

 ―――魔法の鏡はオネエだ。

 嘘だろ!?ってツッコむのも無理はない。

 絶対に白雪姫の国もキモくて、体よく追っ払ったんだと思ってる。

「……ていうか、え? まさかその口調でお妃と会話してたの?」

 最初衝撃でリューファがたずねたら、

「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだーれ?」

「天然ものの女なら? それは白雪姫よォー。そうじゃないならア・タ・シ(^ε≦*))chu-☆」

 ……だったとさ。

 こんなの持ってる時点でその妃はおかしいと国王は気づかなかったのか?

「えー? アタシがオネエだったからお妃とも上手くやってけたのよォ。ホラ、化粧品や服の販売でもオネエがやると角が立たないって言うデショ? それと同じよォ」

 同じか?

「女が世界一の美女のことを言ってもお妃は怒る。男ならもっと怒る。でもオネエなら怒りもわかなかったってことヨ」

 現在は軍の備品である鏡は、その力で次々証拠を並べていった。

 バレたという意識で犯人が逃げ出した。キモイって防衛本能もたぶんにあると思う。いや、おそらくこっちのほうが絶対強い。

「お待ちなさい!」

 鏡からニュッと手足が生えた。

 白くてスベスベ、パーツモデルができそうなほどすらりとして美しい手足である。無駄に。

 そういえば、某宝石店の新商品カタログのパーツモデルをやったそうだ。モデルの正体がこんなキモいオネエ鏡だと世間に知れたら、店潰れるんじゃないか?

「…………?!」

 ぴきっと固まる犯人。衝撃的すぎて脳の回線がショートしたらしい。

 慣れてる係官は視線そらしてた。

「悪いことするコはおしおきよォー!٩*(゜∀。)وヒャッハアアアァァァァァアア!!!!!」

 それはそれは綺麗なフォームで鏡が走り、犯人に抱きついた。完璧なフォームと速さである。

 ひげびっしりの顔が鏡表面に浮かび上がり、むっちゅううううううと犯人に迫る。

 絶叫が響きわたった。

 合掌。

 チーン。

 あまりのショックに気絶した犯人を、青ざめた係官が連行していった。「なんでこんな仕事してるんだろ……」って顔してる。再び合掌。

「………………」

 俺は腕をさすった。鳥肌が。

「……これだから関わりあいたくなかったんだよ……」

 げっそりして嫁を後ろから抱きしめた。

 かわいいもので癒されるに限る。

「あン、もォー。もっとやりたかったのにィ。ブサメンでもいいのヨ、アタシの守備範囲は広いものッ(*´ω`*)ウフ……あら、殿下たちじゃない」

 鏡が気づいた。

 気づかなくてもよかったな。このまま帰りたかった。

 手足を生やしたまま、鏡がにんまりする。

「あらァー、おあついことで。殿下ってばお嫁さん大好きねェ❤」

 当然だろ。

「嫁じゃないわよ。クラウス様、放してください」

「嫌だ。キモさに鳥肌たってて、リューファでダメージ回復しないと精神的にキツい」

 嫁がいれば大丈夫。

 ジークも腕さすっており、平然としてるのはランスのみだ。

 笑顔の下でどうせまた危ないこと考えてるんだろ。

「ン、もォ、ひどいわねェヽ(`Д´)ノプンプン まァいいワ、ところでみなさんそろってどうしたのカシラ?」

 説明したくねぇなぁ。

 一番鏡に慣れてるランスが事情を説明した。

「魔王封印のアイテム。なるほどね、分かったワ」

 鏡は手足をしまい、壁に戻った。このほうが集中できるらしい。

 手足が生えるようになったのはリューファが改造したからじゃなく、前からだ。お妃の用がない時は、こうやって勝手に出歩いてたらしい。絶対、城の怪談の一つだっただろ。

 この鏡を作ったのは例の妃本人だったという。一体どういう思考回路をしてたんだ?

「……ンー、だめねェ。見えないワ」

 しばらくして鏡が言う。

「なんでも見通せるんじゃなかったのか」

 俺は戸口から入ろうとせず、遠巻きにきいた。

 近寄りたくない。

「アタシは全能じゃないわよォ。元々世界一美しい人はだれかってために作られたんだもの。未来やアタシの能力を超えたものはみえないワ」

「そうか。無駄足だったな」

 わざわざ我慢してたのに。

 そんな時間あったら嫁といちゃついてたかった。

「アラひどい。アタシは眼福だからいいケドっ(⋈◍>◡<◍)。✧♡ 殿下にジークフリート様にランスロット様、美形三人そろってるんだものッ。ステキッ❤」

 鏡が投げキッスしてくる。

 うげっ。

 俺は足でハートを蹴り飛ばし、リューファを抱きしめた。

「キモい」

「同感ですが、放してください」

 やだ。絶対。

「やあねェ。そう言われるのは慣れてるからいいけどォ。それにしても二人ともラブラブねェ❤ ウフフ、あてられちゃう~( ´艸`)」

「ラブラブじゃないっ!」

「なんで? 結婚するんデショ? いいことじゃない」

「しないわよ」

 グサッ。

 けっこうキツイんだけど。

「アラ、どうかした? 女同士だもの、悩みがあるなら話してごらんなさいナ」

 女同士か?

「悩みもなにも、クラウス様は他に好きな人がいるから、お邪魔虫は退散しただけよ」

「えェ?!Σ(゜□゜(゜□゜*)ナニーッ!!」

 鏡がびっくりして、表面にキモ顔が出る。

 ひっこめろ!

 今すぐ剣でたたっ斬ってやりたい。

「ちょっと、なんでそんなことになってるのヨ、殿下?!」

「誤解だ。ちょうどいい、俺は昔からリューファ一筋だって言ってやれ、鏡」

「そうよォー。殿下の好きな人は前からずっとアナタじゃないのッ」

「嘘つかなくていいってば」

 婚約者は信じず、手をヒラヒラ振る。

「アタシは魔法の鏡よッ、嘘はつかないワッ」

「はいはい」

「殿下、なにやったのヨ。乙女心はフクザツなのヨ?」

「夫婦間のことに口を出すな」

 あと、キモいから手足また出そうとするな。

「だれが夫婦ですか」

「俺たち。もう同居してるんだし、事実婚だろ」

 リューファは思いっきりねめつけてきた。照れが耳の赤さに現れてる。

 本気で嫌がってるんじゃなく、恥ずかしがってるんだよな。かーわいい。

 鏡がキラリーンと目を光らせた。

「キャ――ッ(≧∇≦) なになに、同居? 押しかけ? ステキなフレーズ満載じゃなーい❤ 乙女心にバキュンバキュンくるーウ❤ ああ、妄想がはかどるワ。なーんだ、それじゃあただの照れかくしなのネッ。お・ちゃ・め・さ・ん☆ヾ(*ゝω・*)ノ」

 バッチンとウインクされた。

 ……吐き気が。

「今すぐ粉々に粉砕して不燃ごみに出していい? いいよね、ランス兄様」

「うーん、まぁ、そうしても止めないかな」

「アラ、ひどい」

「あのね! クラウス様はただ緊急事態でうちに泊まりこんでるだけだから! 対策本部に寝泊まりしてるだけ! ていうか、父も兄たちもいるし!」

「でも同居に違いはないデショ。アナタたち両想いだし、周囲も認める婚約者。なにも問題はないじゃないのヨ」

 そうそう。もっと言ってくれ。

 第三者の言うことなら聞くかもしれない。

「両想いじゃないっ!」

「殿下がぎゅーするまでずっと手つないでたじゃナイ? しかも恋人つなぎだったワー❤」

 リューファの顔が一気に真っ赤になった。慌てて言い訳する。

「あれはっ! クラウス様が放してくれないから! 獲物が逃げなければ追ってこないし、それで耐えてるの!」

「なに言ってるんだか分からないワ。どう見てもラブラブカップルよ。あ、夫婦だったわネ❤」

 そうだろ? ラブラブ夫婦だよなー。

 嫁がぐいぐい腕をひきはがそうとしてるけど、ハムスターがもがいてる程度でしかない。

 俺の嫁、超かわいい。

 ランスが話題を戻した。

「ところで、もう一つ聞きたいことがあるんだ。先日現れた謎の怪盗について」

「ああ、話には聞いてるわヨ。イケメン怪盗が現れたんですって? アタシも会いたかったワー。ええと、確か姿かたちはこんな……」

 俺の嫁にかっこいいって言わせた容姿な!

 察したランスがすばやく飛びついて鏡を裏返し、机上に倒した。

「映すな」

 声が低い。

「エッ? なに、なんで? どうしてダメなのヨー?」

「いいから映すな」

 ……ああ、思い出すだけでイライラする。よくも俺の嫁を。

 ジークが落ち着けと俺の肩に手を置いた。

「お前に映してもらいたいのは、そいつの正体だ。どうせ変装してるだろうから」

「フゥン? まぁいいワ、やってみるわネ」

 うーにゅうにゅうにゅむにゅむにゅにゅという訳分からん擬音を発する鏡。

 キモさにスッと冷静になった。

 落ち着いて待ってると、鏡は音をあげた。

「ごめんなさーい、ダメだわァ。そいつ、かなり強い魔法使いなんじゃない? たぶん水晶玉使っても、はねかえす術使ってるワ」

「あれもこれも分からないんじゃ、ただのキモいオネエ鏡だな。ぶっ壊すか」

 冷静になったとはいえまだちょっと怒ってるんで、口調がきつくなった。

「ひっどおーい、アタシだってがんばってるのヨッ」

 ジークが俺を連れ出したほうがいいと判断、外に出た。

「ごめん。オレ、もうギブ」

「あっ、ジーク兄様ずるい! 私も行く!」

「ああ、そうだな。ところで鏡はしばらく女性犯罪者しか取り調べないよう罰を与えろ」

「エッ? (´・д・`)ヤダ アタシは男が好きなのヨッ。女ばっかはイヤァ! ぎゅーもむちゅーもできないじゃないッ!イヤ(≧ヘ≦ ))(( ≧ヘ≦)《《o(≧◇≦)o》》ヽ(`・Д(`・Д(`・Д(`・Д・´)Д・´)Д・´)Д・´)ノスペシャルヤダ!!!Σ(゜Д゜)ィ━(´A`)ャ━(≧◇≦)ダ━(Å ̄*)))━ァァッ!!!」

 最後のほうは完全に男の野太い声に戻っている。

 無視して嫁を抱き上げ、施設を出た。


   ☆


 城の中庭の芝生でしばし休憩することにした。

 俺はがっちり嫁を抱え込み、癒し確保。ジークもランスも何も言わずに容認。

 中庭は巨大な花園となっていて、今はちょうどバラの時期だ。ハートの女王のバラ、ペンキ塗って赤くしようとしたいわくつきのバラを前に浄化依頼されて引き取り、移植したものだ。

 ジークが俺と妹の状況にはつっこまずに言う。

「魔法の鏡でもだめかー。でも怪盗がかなりのレベルの魔法使いだって分かっただけでも収穫だな」

「水晶玉もはねかえすことができる奴なんて、そういるわけじゃない。意外と絞られるんじゃないか?」

 考え込んでると、リューファが向こうを歩いてく人物に気付いた。

「あ」

 すらっとして背の高い、銀髪ポニーテールで中性的な近衛。

「シューリ!」

 呼び止められた男装の麗人は振り返り、こっちへやって来た。

 昔は普通の貴族令嬢だったのが、いつからか何を思ったか男装始めたな。どうでもいいが。興味ない。

 まぁ大方、ジークに見合う強い女性になろうと思ったんだろう。それが変な方向に行った。

 ジークも止めるかと思いきや、放置してる。それどころか「ファンの女の子たちが鉄壁ガード作ってくれてて、余計な虫近寄れないじゃん。ラッキー」とのたまってる始末だ。我が友人ながら、なかなか腹黒い。

 ランスの兄で、あの夫人の息子だからな。ていうか長年俺の補佐やってる時点で、かなりしたたか者だよ。

「おや、リューファ、ひさしぶり。こんなところに……」

 言いかけてシューリは立ち止まった。ジークががばっと立ち上がり、なぜか側転→空中前転→ひざまずく→バラ百本を差し出す。

 どこから出した。準備いいな。どうせ魔法の鏡の後で城に寄るならシューリに会えるだろう、ってんで持って来ておいたんだろ。

 こういうとこが実はしたたかだっていうんだよ。

「今日もかっこいいな、シューリ! 結婚しよう!」

 ぞわわわわっとシューリが肩を震わせた。

「暑苦しいんだよ、お前はっ!」

 ドカ―――ン。

 強化魔法かけた拳で一発。友人はお空へふっ飛んだ。

 黙って目で追う俺たち。

 キラーン。

 星になる。

 典型的手法。

 ……俺もおかしい自覚はあるけど、ジークもたいがいだよなぁ。

「……お疲れ。毎度のことながら、兄がごめん」

 リューファが誤れば、シューリはパンパンと手をはたいた。

「リューファのせいじゃないよ。あの脳筋野郎、なんで私に目つけやがったんだか」

 元々生まれた時に、親同士が目つけてるぞ。正式に婚約してないだけで。

 ジークもわざと道化装ってるだけで、本気で惚れてるからな。俺が言うのもなんだが、どうあがいても逃げられないと思う。

 両想いなんだし、そろそろあきらめて嫁になってやれよ。

「理由は明白だと思うけど……強くて凛々しい。美人。ジーク兄様の好みどんぴしゃじゃない」

「私は熱血バカは嫌いだね」

 口ではそう言ってても、本心違うのモロバレな。傍から見てればよく分かる。

「真面目な話、家柄も釣り合うし、シューリには弟がいるから嫁にいってもいいわけじゃない?」

「私は仕事が一番大事だから。結婚は考えてない」

「えー、でも、シューリが兄嫁ならうれしいんだけどな」

「断る。あのバカもいい加減にあきらめろっての」

「オレの辞書にあきらめという文字はない!」

 ジークが空飛んで帰って来た。シューリの顔がゆがむ。

 テンパってやらかしたシューリのため、あえて場を茶化してるのは分かるけど、やり方間違ってないか?

「ないなら書きこんでやる。出してみろ。ていうか、どんどん求婚の仕方がおかしな方向に行ってるぞ?!」

 その点は同意する。

「アクロバティックなのもだめか? じゃあ、きれいな星空の下でロマンティックな音楽流して、花火で結婚してくれって文字を……」

「お前を打ち上げ花火にしてやるわっ!」

 再びパンチでお星さまになった。

 バカップルのいちゃいちゃにしか見えない。

 俺はふとリューファを見下ろし、

「リューファもそういうプロポーズの仕方が好きなら、喜んで今すぐやるが」

 とっくに婚約してる上、今年中に結婚予定なのにプロポーズ?ってツッコミはナシで。

「やらなくていいです」

 本気の拒否だった。

「じゃあ、豪華客船貸し切りでのほうがいいか? 舞踏会の最中でもいい」

「絶対嫌です!」

 ふぅん、そういうのは好みじゃないのか。

 リューファがジト目で見返してきた。 

「クラウス様、だんだん思考が兄に似てきてる気がしますが、大丈夫じゃありませんよね」

「そこは普通大丈夫かときくとこじゃないか?」

「大丈夫じゃないから言ってるんです。ちょっと前までの無口でクールな性格どこ行ったんですか」

「そのほうが好かれるかと思って黙ってただけだ。中身は変わらん」

 リューファは半目になった。

「あのろくでもない兄に変な影響されないでください。今からでも間に合います、まっとうな思考回路に直しましょう」

「嫁と堂々といちゃつけるからこのままでいい」

 かわいい嫁を抱きしめ、さりげなく頬にキスすると真っ赤になって抵抗された。

 うーん、子猫がもがいてる程度でしかない。

 ランスが妹の行動をスルーし、のんびりきいた。

「そういえばシューリ、この間のクラウス様の誕生パーティーの時はどこにいたの? 見当たらなかったけど」

「あのバカに会いたくないから逃げてた。顔合わせたら絶対求婚されるから。人の目があるし」

 仕事にかこつけて、必死に逃げてたな。逃げるから余計追ってくるんだって、いい加減気づいてもよさそうなものだが。

「シューリなら兄さんとお似合いだと思うけどね」

「どこがっ?!」

 シューリがかみつく。

「私とあのバカ並べてみなさい」

「イケメン二人に見える」

「イケメンかどうかはともかく、そう、男二人に見える」

「平気。シューリはかっこよくて男前だから。女性ファンめちゃくちゃ多いし。シューリならジーク兄様と結婚しても、兄様のファンは黙ってる。ていうか、むしろ歓喜すると思う」

 …………。

 ちょっと待て。今、聞き捨てならないことが聞こえた。

 俺はピクッと体を強張らせた。

 リューファがいぶかしげな視線を向けてくる。

「……かっこいい?」

 怪盗にも言ってたよな。でも俺は婚約者なのに、一度も言ってもらったことないぞ!

「え? かっこいいじゃないですか。男装の麗人は女性の考える理想の男性像ですからね。シューリ、今日は何枚ファンレターもらった?」

「二十五。差し入れは十八」

 なんか地雷踏んだと気付きつつも答えるシューリ。

「わお。さっすが、モっテモテー」

 ランスが俺に「落ち着いてください」と必死で訴えてくる。

 当の嫁本人はまったく気づかず、こてんと首をかしげてる。

「どうかしました?」

「……そうか、リューファはそういう男が好みか……」

「は? なに言ってるんですか? シューリは女性ですよ」

「……じゃあ、長髪が好みか。なら伸ばす」

「別にそういうわけじゃありませんよ。ていうか、クラウス様、髪伸ばすってイメチェンするんですか? そのままでいいと思いますよ、じゅうぶんかっこいいんですから」

「…………」

 俺はまじまじと嫁を見た。

「……今何て言った?」

 願望がなせる幻聴じゃないよな。

「え? 髪の長さは気にしませんが。って、私の好みなんかどうでもいいのでは?」

「その後」

「クラウス様が髪伸ばしたらって? まぁそれもアリですが、別にいいんじゃないですか?」

「もっと後」

「クラウス様はそのままでじゅうぶんかっこいいんですから、特に手を加えなくても……」

 幻聴じゃなかった!

 ぱあっとこの数日鬱屈してたものが全部晴れる。

「あ、薔薇がすごい満開」

「え、なにこれ」

 後ろでランスとシューリが何か言ってるな。ああ、また魔力漏れてたか。別に害ある方向じゃないからいいだろ。

「リューファ! 大好きだ!」

 最愛の嫁を思いきり抱きしめた。

「ぎゃああああああ!」

 小さな体でどうやってそんな大声出せるんだ、ってくらいの悲鳴がリューファから出た。

「放してください!」

 恥ずかしくていやだって意味で真っ赤な顔で言われても。

「通報しますよ?!」

「クラウスが軍のトップなんだから無理だろ」

 しれっと戻って来たジークがコメントする。

 その通り。皇太子が婚約者といちゃついてても合法だし。

「てか、嫁とベタベタしてるだけだから、そこまで騒ぐほどのことでもないだろ」

「嫁じゃありません!」

 嫁だよ。確定。決定事項。ずっと昔からな。

 シューリが生温かい目を向けてきた。

「はいはい、ごちそうさま、新婚さん。あ、言い忘れた。リューファ、結婚おめでとう」

「結婚してないっ! 私は婚約解消申し出たの!」

「はあ? さっきからずっとそれだけベタベタしてて? 私に声かけた時にはもう殿下が肩抱いてたじゃない」

 そうそう。もっと言ってやれ。

「あのねっ、獲物が逃げると追うのは『勇者』の習性なの! だから逃げなければ興味なくすでしょ?!」

「意味わかんないけど、言いたいことは分かった。……というか、まさかここまで鈍い子だったとは……」

 シューリは頭を振り、残念なものを見る目を幼馴染に向けた。

 リューファが鈍すぎるくらい鈍いのはシューリも知ってる。

「って、あ、ごめんね、シューリは仕事中だったでしょ」

「いやいいよ、どうせ殿下に知らせを持ってくんだったから」

「え?」

 ん?

 本来近衛隊所属であるシューリが俺に用ってことは、リューファ関連か魔物がらみということだ。

「南の方に魔物が出現したらしい」

 俺は顔を引き締めた。すぐ聞く。

「どんな魔物だ?」

「黄金のリンゴの木保護区が国境に接してますよね。あそこからの救援要請です。守ってるドラゴンが信号を送ってきました」

 英雄ヘラクレスが取りに行った黄金のリンゴか。不思議な力があるとかで、それを狙う密猟者から守るためドラゴンが番をしている。

「あれは魔法使いの世界のものじゃないだろう。あっちの神話のテリトリーだ。要請するならまずあっちに頼むべきじゃないか? よそ者の手だしは嫌がる奴もいるからな」

「要請したようですが、別件でヘラクレスもペルセウスもオデュッセウスもテセウスもイアソンもアキレスも出払ってるとか。つきましては『勇者』にお願いしたい、だそうです」

 つまりそれほど高レベルの敵か。

「アキレスは黄金の鎧だけなら貸せると言ってますが」

「それ死亡フラグだよね。借りてアキレスの代役で戦場に出た友達が死んでなかった?」

 リューファがツッコミを入れる。

「ペルセウスはメデューサの首が必要なら、現在の所有者の女神アテナに頼んで。イアソンは妻メディアと離婚調停中で忙しい、だそうです」

「メデューサの首は見たら石になる呪い、もう経年劣化してるし。イアソンはまぁがんばれ」

「俺は絶対離婚なんてしないからな」

 念のため明言しておく。

「それ以前に結婚してません」

「浮気も絶対しないし」

「それ以前にクラウス様が結婚するのは私ではなく好きな人でしょう」

「だから好きな女と結婚したい」

 眉をひそめるリューファに、全員嘆息した。

 これだけはっきり言っても駄目か。 

「まぁ、ジャンルは違えどだれかが困ってるなら放ってはおけない。行くか」

 リューファに手を貸し、一緒に立ち上がらせる。

「あの辺りには転移魔法を設置してない。一番近くまで転移魔法で飛んで、あとはルチルを使おう」

「かしこまりました。直ちに準備致します」

 シューリが敬礼して走って行った。

 追っかけてプロポーズしようとしたジークはまたふっ飛ばされた。好きにしろ。

 装備を整えてから、今日にでも向かうことになった。


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