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派遣ですが"曇らせ令嬢"をしています

作者: 珍椒肉絲

 手足は既に石のように重く、ずっと感じていた鼓動の感覚もどこか遠くなってきた。目を開いているのに、まだ明るい時間のはずなのに世界が暗闇を帯びてきて、いよいよもう自分に残されている時間はあとわずかだと確信する。


「も…う…よく目も見えないの…手を……ぉ願い…」


「アリア!俺はここにいるから…死ぬな!!俺を置いて逝くな!!」


 金髪碧眼で線の細い美丈夫が抱きかかえた茶髪の令嬢の手を震えながらも強く握る。令嬢の腹部からは溢れた血は止まりそうもない。


「ニール…私を…てくれて…ありがとう………ぉ願い……どうか幸せになっ………」


 絞り出す令嬢の最期の言葉は彼に届いただろうか


「アリアっ!アリアーーーっ!!」


 辺りに響くのは、貴族の令息らしからぬ激しい慟哭ばかりだった。



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「おつかれちゅぁ~ん!曇らせ27号(ニナちゃん)今回も最っ高だったよ!特に最期に手を握ってもらうアドリブ!もうヒーローのトラウマは確定的に明らか!!なんつってね!よっ!大女優!!あ、悪役令嬢部の325号(ミツコさん)お疲れ様です!今から現場入りですか!?」


 丸いサングラスにカーディガンをプロデューサー巻きした男性が忙しく動き回っている。


 先ほどまでアリアと呼ばれていた女性は彼を会釈で見送り、曇らせ部27号と記名されたタイムカードにスタンプを押す 星歴55863年 5月25日 帰社 と。


 だんだん記憶が薄れてきてしまったが、前世でもこんなことをしていたような…と思う。

【スターダスト異世界人材派遣会社】の曇らせ部27号…数字から曇らせニナとも呼ばれるが、それが現在の彼女の名前だった。

 俗に言う異世界転生…あるいは転移なのだろう。入社面接以前のニナとしての記憶を思い出そうとすると、全く別の世界の会社員をしていた女の記憶…おそらくは前世の記憶しか出てこない。

 異世界転生モノにありがちな、乙女ゲームが大好物の冴えないOLというやつだ。

 強いて他と違うところを言うならば、乙女ゲームの中でも特にトラウマ持ちの攻略対象が好きで、そのトラウマに繋がる曇らせエピソードに本編以上に興奮した特殊性癖くらいだろう。


(はぁ…ニール様は良かった。やっぱり男は曇らせで磨かれるものよね)


 ニールはこの後、自暴自棄になって出征した先で出会った看護師と恋に落ちるシナリオだ。きっと幸せになってくれる。



 様々な世界に曇らせ令嬢や悪役令嬢を派遣し、その世界のシナリオを進ませる。世界の住人から見ればここはきっと神々のオフィスなのだろう。曇らせ27号なんて味気ない名前でも、大好物の曇らせを自らの手でプロデュースできる今の仕事は最高だ。


27号(ニナちゃん)帰社したてで悪いんだけど、曇らせ部に退職者がでちゃって…急遽次の現場お願いできるかな?」


 人事部のお姉さんが声をかけてきた。

 退職者というのは、派遣された世界の住人になってしまい会社に戻らない人のことだ。

 シナリオ通りにことが進まず、悪役令嬢が愛されポジションに入ってしまったり、死罪になる筈が国外追放で生きながらえてしまったりすると退職者扱いとなってしまう。


 まぁ神々のシナリオというのもあくまで「この世界ならこうなるだろう」という予測の元に書かれたものだから、外れることもあるものの途中退場がデフォの悪役令嬢部や曇らせ部にはめったにないことである。


「珍しいですね…。代役大丈夫ですよ、資料いただけますか?」


 ついさっき死んできたばかりだというのに、次の曇らせ案件にワクワクしてしまう。


「ストライクど真ん中だわ…」


 次のターゲットは大国の王子様。銀髪に青い瞳はどことなく冷たい印象を与えるものの、生まれ持っての性格は明るく前向きで優しい。シナリオでは明朗活発であった王子が初恋の幼馴染が殺されることで暗く、冷たい感情を持ち人間不信に陥る。


 犯人探しにばかり躍起になり、手当たり次第に拷問や弾圧を繰り返す残忍な王子と軍部に嫌気をさしたヒロインが、レジスタンスとして王政をひっくり返そうと立ち上がる。敵対しつつも徐々に惹かれ合う2人…立ちはだかるトラウマの壁…


「何これ性癖どストライク!冷酷な銀髪王子とか誰得?私得!強いヒロインちゃんとか敵対シチュとか…あーもう!全部大好物です!明朗活発な子を曇らせるならとことん堕としてあげなきゃね!あぁぁ!曇らせたい!!」


 最高のモチベーションを胸に次の現場に向かった。


 ふぇっ…オギャっ…オギャァッ

 曇らせ27号…いいや、ルリ・ミシリア公爵令嬢の産声が響き、世界が回り始める。


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 唇になにか柔らかいものが触れた気がしてぼんやりしていた意識を急浮上させると同時に胸から下がふんわりとした温もりに包まれ、目を開く。


「あ…起こしちゃったかな」


 大きな青い瞳を細めて微笑む銀髪の美青年こそ今回のターゲット、18歳になったレオ・モルディオス王子である。


「ん…殿下…」


「2人の時はレオって呼んで」


「レオ様…いらしてたんですね。とんだお恥ずかしいところをお見せしました」


 公爵邸の庭のベンチに腰掛けて本を読んでいたら、いつの間にか寝てしまっていたルリにレオは毛布をかけてくれたらしい。


「いいや、むしろルリのかわいい寝顔を見れてよかった。でも自宅とはいえ少し無防備じゃないかな…?」


「だってあまりに麗らかな日差しなんだもの…」


「そうだね…僕も少し日向ぼっこしたくなってきたよ」


 いたずらっぽく笑ったレオはルリのすぐ隣に座り、毛布の半分を引き寄せて自らに掛ける。一つの毛布をはんぶんこ…未婚男女には許されないほど近い距離…


「レオ様…」

「いいじゃない。昔だってこうしてたんだし」


 咎めようと声をかけるものの、レオは頭をペタンとルリの肩にひっつけ更に近づいてくる。


「それは…子供のころのことでしょうっ…」


 互いの鼓動の音すら聞こえてしまいそうな距離にルリはドキドキしてしまう。


 ――――やりにくい……


 見ての通りターゲットとの親密度は順調に上がっている。それは喜ばしいのだが、なんせこの男 いちいち距離が近い。貴族らしい距離を保ったお付き合いをしてくれた今までのターゲットとは違い、頭をなでるのは挨拶、隙あらば指を絡ませてくるし、並んで歩く時は腰を抱いてくる。恋愛経験がさして豊富でない社畜OLにはなかなか強い刺激だ。


 独占欲のほうも強いのか、夜会の前にはイヤリングや髪飾りなどが贈られ必ず付けて参加するように言われる。

 婚約者でもないルリが、これほどまでに王子の近くに居ればこれまた規定路線とばかりに嫉妬に身を任せた他国の王女などからイビリをうけるのだが、必ずレオが救い出してくれる様はまるでヒロインの位置づけにいるように思われた。


(ちがう…私は途中退場の曇らせ令嬢よ…ヒロインの踏み石なのよ。暗殺者部の3110号(サイトーさん)にサクッと殺されてレオ様を曇らせるだけの…)


 これは仕事だ。女優は共演相手に恋なんてしない。してはならない。


「ね…ルリからも父上にお願いしてよ…僕と婚約したいって」


 レオはまたルリの指を愛しそうに撫でている。くすぐったいけど…不快ではない。


「レオ様…婚約してしまったらミリシア公爵家は権力を持ちすぎることになってしまいます。他の貴族の反発を招いて内政を荒らすわけにはいきません」


「…ロブルス公爵家か…忌々しいな」


 この国の二大勢力とも言えるミリシア公爵家とロブルス公爵家。前者は宰相や大臣を輩出し、後者は軍部幹部を多く輩出していたが、ここ数十年近隣諸国とも良好な関係が続き、軍部に活躍の場がないためロブルス公爵家の権威に翳りが見えていた。


 ただでさえ不満を抱えているロブルス公爵家を差し置いてミリシア公爵家に更なる権力を与えるのは穏やかではない。


 シナリオの上では、根負けしたルリが婚約を引き受けたことでロブルス公爵家から暗殺者が送られルリが殺される。

「自分がルリに婚約を強いたからルリは死んでしまった」という自責の念に囚われたレオは「軍部が弱っているからこのような暗殺を許してしまった!軍部を強化していただければ犯人を必ず捕まえましょう」というロブルス公爵の口車に乗せられ暴君と化してしまう。

 私を暗殺する予定の暗殺者部の3110号(サイトーさん)も既にロブルス公爵家に仕えているはずだ。

 全ては順調に思われた。


「ねぇルリ……ルリは僕のこと好きだよね?」


「えぇ…お慕い申し上げております」


 レオの青い瞳が妖しく光っているように見えた。


「ロブルスの豚はどうにかするから…僕と…引き返せないところまで行かない?」


「え…」


 レオはこんなことを言うような人だったろうか…明るく前向きな性格という設定とは程遠い…


「既成事実…作っちゃえば誰も文句言わないと思わない?」


 明朗活発…目の前の男にそれが似合うだろうか?

 何かがおかしい そう思い始めたときにはルリの両肩はベンチの背もたれに縫い付けられるように押し付けられ、レオの身体の影にすっぽりと納められてしまった。


「レオ様…いけません…っんんっ!」


 荒々しい口づけで口内を犯される。当然静止の言葉など出せるわけもない。


 暫しして突如唇が離され、新鮮な空気を貪っていると「チッ」と舌打ちの音が聞こえた。レオの視線の先にいるのは最近新たに雇われた彼の侍従…確かファルと呼ばれていた男はレオを呼び戻しに来たらしい。


「レオ様、お戯れは程々に」


「ファル…少しは気を遣えないのか?」


「今はまだその時ではないと。まだ先にすべきことがあるということです」


 ニタリと笑みを浮かべるファルにルリはひどく嫌悪感を抱いた。あの男は何者か…。


「ルリ、必ず迎えに来るから待っててね。()()かわいいルリ」


 先ほどとはうってかわって優しい、唇に触れるだけのキスをしてレオは帰っていく。


 俺…なんていう人じゃなかったのに。


 シナリオに何らかの綻びが起きていると、なんとか暗殺者部の3110号(サイトーさん)とだけでも連絡をとれないかとあくせくしているうちに、公爵である父と共に登城するよう命じられた。


 王から伝えられたことによれば、ロブルス公爵家に雇われた暗殺者を捕らえ処刑を行った と。


(まさか…暗殺者部の3110号(サイトーさん)先に帰社しちゃったの!?なんで!?)


 暗殺者はルリを狙っていたことが判明し、上位貴族暗殺未遂の罪でロブルス公爵家は爵位も領地も没収となったこと。

 そして…レオとルリの婚約が王命で決まったこと。ルリの安全を守るため今後王城で暮らすこと が告げられた。


「ルリ、新しい部屋は気にいった?」


 案内された王城の一室でルリが落ち着かないでいると、レオがニコニコしながらやってきた。


「殿下…」


「レオ」


「レオ様…一体なぜ…」


 レオはルリの髪を撫でながら告げる


「全部ファルの言う通りだったよ」


 だから ファルは一体何者なのか……


「また今夜来るよ。俺のかわいいルリ」


 愛しそうに髪にキスするレオは既にどこか堕ちているように思えた。


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「悪役令嬢部の325号(ミツコさん)も!ベテランモブ令嬢部の32号(サニーちゃん)も!曇らせ部の27号(ニナちゃん)も退職って!!どーなってるの!!!しかもどこの現場にもヤンデレ男が現れるなんて!」


 相次ぐ退職者に【スターダスト異世界人材派遣会社】は荒れていた。


「これじゃ次の現場にキャスティングできないじゃないかーーっ!」


「あの、プロデューサー!経営部から緊急の連絡です!たった今我社は買収されたと!」


「買収!一体どこに!?」


「えーっと…一応同業者みたいですが…【ヤンデレクリエイト研究所】だそうです!」

誤字脱字報告ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごい共感できます。 ゲームのトラウマエピソードとかを見ると、 他人の秘密を覗き見してる背徳感と罪悪感があっていいですよね… [気になる点] ベテランモブ令嬢と悪役令嬢の二方も気になり…
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