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死域からの生還者  作者: 七夕 アキラ
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8.予想的中と音実験


 創太による3Dプリンターを使った銃とマガジン作製から四日が経過する。朝六時四十三分、106号室を拠点としていた指揮官役の石田は、部下に起こされた。

 部下の様子はどことなく焦りがあり、彼自身もなんとなく外が騒がしいことに気付かされる。すぐにかつての住人が着ていただろうスーツにに着替え、石田はベランダへと出る窓のところに張り付いた部下から早く来るように促されてしまった。


「何事だ?」

「最悪の事態になっています」

「最悪だと?」

「はい。 本当にこうなってしまった以上、避難民と一緒に我々は出ていく必要がありそうですよ」


 部下からの言葉に石田は首を傾げつつ、窓へと近付く。


「ゥゥウウウ」

「ァァァアアア」

「ォォォオオ」


 窓を開けなくても聞こえるゾンビの声。石田は嫌な予感を覚えつつ、静かに少しだけカーテンを開けた。


「ヴァアアアア」

「ゥゥウウル」

「……確かに最悪だな」

「えぇ」


 石田がカーテンの隙間から覗いた外、そこには土気色の肌や、やたらと青白い肌に、濁った目の色、全身のあちこちから筋肉や内臓が見えているモノの姿。そう、ゾンビたちである。

 二日目の朝から、いつの間にか増え始めていたゾンビ。今はカーテンの隙間からわかるだけでも、フェンス向こうの道路を埋め尽くしていた。

 しかもだ、石田たちが定時に確認してきた上戸森駅へと向かう直線の一本道は、数えるのも面倒な集団。ゆらゆらと身体を揺らしながら、右往左往している。


「おいおいおい。 ん? あれは!?」


 石田が非常に苦い思いで見ていると、ゾンビ同士でぶつかったと思った直後、いきなり共食いを始めた。


「ァァァァアアア」

「ゥゥアア」

「ゥァ、アァァァ、ゥウウ」


 共食い中の生々しい音に惹かれるようにして、周囲のゾンビが共食い中のゾンビを囲うように動き出した。


「どうしますか?」

「避難民を起こしてこい。 なるべく静かにだぞ」

「了解」

「それと武藤くんと、葉加瀬くん。 御巫のお嬢さん方も起こしてくるんだ」

「分かりました」


 部下に指示を出した後、石田は寝室へと向かった。彼が部屋に入ると、そこには創太が改造と工夫を凝らした3Dプリンターで作り出したHK45C改とAK47改がある。

 マガジンの中にはパチンコ玉が詰めてられていて、AK47改は一応フルオートで連射もできる。ちなみに彼の同僚と部下も、正規弾薬を使った通常の装備と、創太が作り出したパチンコ玉を弾とした改造銃を提供してもらっていた。

 石田はホルスターを装着し、マガジンベストを素早く着込む。そしてHK45C改をホルスターに入れて、AK47改を装備すると音を立てないようにベランダへの窓まで移動。そっと窓を開ける。すると、強烈な腐敗臭とゾンビの大合唱が。


「ゥゥゥウウ」

「ァァ、アアア」

「ブォァァァアア」


 あまりの臭いに、少しだけ距離を開けた石田の元へ避難民を起こしに行っていた部下が静かに戻ってくる。


「避難民を起こしました。 いつでも逃げ出せる準備を始めるよう指示を出しておきました」

「よろしい。 外は明るくなってきているが、今すぐの行動開始は難しいな」

「そう思います。 とりあえず武藤くん、葉加瀬くんと今後どうするかを話し合いたいですね」

「高確率でここから出ていくように言われるだろうな」

「でしょうね。 我々がここに着いてきたことで人数が増え、これに引き寄せられるように感染者たちが来たのなら」

「だろうな。 とりあえずは――――」

「ラァアアアア!」


 少しだけ声が大きくなったのをゾンビが聞き付けたのか、まるで「聞こえたぞ!!」的な唸り声が。石田はすぐに窓とカーテンを閉めて振り返った。そこには、鼻を摘まんだ部下の姿がある。

 さっきから部下の声が鼻声になっていた理由が判明した瞬間だ。


「この悪臭は一体なんですか? あまりにも臭すぎて吐き気がしてきます」

「ゾンビ共の臭いだろう。 消臭スプレーを探して、発見次第に使用せよ。 臭くてたまらん」

「了解!」


 石田が部下と協力して消臭スプレーを発見した直後、一騎たちが案内されてリビングに入ってくる。


「ぐっ! この臭さはなんですか?」


 一騎たちを起こしてきた部下が、鼻を摘まんで玄関まで下がっていく。これには案内されてきたばかりの一騎たちも同様だった。


「ちょっと待つのだよ。 今消臭スプレーを使うのは構わないが、この後すぐに食事を作るつもりなら使用はやめるのだよ」

「心配ない。この臭さでは食事も不味くなる。 だから隣の107号室で朝食とするつもりだ」

「ならば結構。 使うといいのだよ」


 創太が止めた理由は消臭スプレーに使われているアルコールに引火する危険性を指摘した。石田の方もそれは考えていたからこそ、食事は隣で答える。

 この会話を聞いていた一騎たちは、早く臭いをなんとかしてくれとばかりに視線だけで促す。これを受けて石田たちは、ゾンビが発する吐き気を誘う腐敗臭の除去を開始。

 効果が出るまでにしばらく掛かってしまうが、のんびりと時間経過を石田は待つつもりながなかった。


「座ってくれ」

「……はぁ。わかりましたよ」


 石田は外のゾンビに関して、一騎たちがなにを考えているのかを知りたくて急かした。


「かなり増えてますね」

「どうやら武藤くんと葉加瀬んくんの予想が的中してしまったようだ」


 石田は一騎から向けられた、責めるような視線に物凄く居心地の悪さを感じる。尤も、実際に一騎は責めているつもりなどなく、見事に予想的中しちゃったよ的な感じだ。


「ですね。それで? これから、どう対応するつもりなんですか?」

「我々は出ていくつもりだ。 ただ、その前にマンション周辺のゾンビを少しでも減らしたいと思う」


 こう言うと石田は部下六人にRM700改を持って、屋上庭園からどれくらいゾンビが集まってきているのかを確認するように指示を出した。


「はっきり言っていいですか?」

「もちろん」

「上から狙撃して数を減らしたとしても、それは一時しのぎにしかならない」

「そうかもしれないな」

「SATや自衛隊と連絡は?」

「してある。だが、今はどこも動けそうにない」


 一騎が考えていたのは、SATの特殊車両でマンション近くまで接近してもらい、彼らを回収してもらう方法。もう一つは、自衛隊が保有する戦車のエンジン音で引き離させることくらいだ。

 石田たちは既に他の警察署やSAT、自衛隊への接触を何度か試していた。その結果から言って、無事とは言えなくても被害が少ない警察署はある。だが、彼らは自分たちの地域の生存者保護で大忙し。

 SATの方は既に全滅状態であり、自分たちが生き残るだけで精一杯の状況。彼らは銃と弾薬が保管されているエリアを拠点にして、ただ自己防衛するしかない状態だ。


 以上のことを石田は一騎たちに教えた。そして、肝心な部分を補足する。


「自衛隊は感染が本格化したのを確認すると、各駐屯所にバリケードを設置。 その後、武装した隊員たちにジープや移送車を使って生存者の救出と食料と水の確保を最優先として行動している」

「自衛隊にここの避難民やあなた方の救出依頼は?」

「既にした。 だが、自分たちの場所が落ち着いてない状況では動けないと言われたよ」


 石田は民間人である一騎たちが保護を求めてこない理由を、正確に把握していた。人が一ヶ所に集まりすぎると、ゾンビが群がってくるからだ。

 そしてここら辺で今、二十人を超える人間が集まっているのがこのマンションだろうというのも、なんとなくでも理解していた。


「なら、ゾンビを追い払うこと、近付けさせないことを最優先に行動しましょうか」

「具体的にはどうするつもりだ?」


 一騎の言葉に石田は質問を投げた。すると彼は何事もないように続けた。


「実験するんですよ。 音や光に反応するのかどうかを」


 ――外にあれだけのゾンビがいるなら、確かに実験するにはいい機会かもしれない。


 石田はそう判断すると、具体案があるかを一騎たちに確認すると同時に、自分たちも考える必要がある。そう判断した直後に、マナーモードにして携帯していたガラケーが震えた。


「石田だ。なにか分かったか?」


 彼は画面に部下の名前を確認すると、すぐに通話を始めた。一騎たちに片手で申し訳ないと謝罪しながら。


『上戸森警察署の方角から、感染者がぞろぞろと大移動してきています。 一方的な要求をしてきた元避難民も混じっていますよ』

「マンション周辺のゾンビ数は? それと腐敗臭はどうだ?」

『ざっと数えただけでも300は超えていますね。 それと臭いですが高い場所だからか、ほとんど問題ありません』

「了解。 そのまま警戒を続行せよ」


 石田が通話を切って一騎たちを見ると、何とも言えない雰囲気が。


「どうした?」

「初めてあなたが石田さん、という方だと知ったなぁと思いまして」


 さっきから一騎に会話を任せていた梓が、気まずそうに言う。これを聞いて、石田は自分たちだけ名乗っていなかったことに気付いた。





 一騎たちが指揮官役警官の苗字を石田と知ってから、一時間半後。屋上庭園には一騎たち四人の他に石田の部下である警官たち八人がいた。

 シトシトと小雨が降り始めているが、傘やカッパを着たりせずにこれから行う実験のための準備を進めていく。まず最初に行われるのが、音に反応するかの実験。

 これに関しては、ある程度の成果があると彼らは確信していた。一騎たちが御巫神社通りで、道路を埋め尽くすゾンビと遭遇したことと、上空をヘリが通過していきそのエンジン音を追ってゾンビが移動したことを石田たちに話したからだ。


 一騎、創太に警官四人はRM700改のマガジンに、パチンコ玉ではなく鈴をセットしている。鈴を撃ち出して、その音を聞いたゾンビが移動を行うかをこれから試す。

 少しでもゾンビたちを移動させることが成功するなら、彼らは今後の飲料、食料確保の際に少しでも安全を得られるようになる。

 一騎たちは雨で濡れるのも気にせず、庭園の床に身体を横たえたり座り込んだ状態でテレスコピックサイトを覗き込む。少しでも遠くに鈴を撃ち出したいが、ただ遠ければいいということではない。


「一騎、どこに向かって鈴を撃ち出すつもりなのだよ」


 創太は一騎がどこを狙って撃つのかを聞いていない。これは警官たちも同じだった。だから、代表として彼に聞いたのだろう。


「とりあえず、あの信号機のところまでかな」


 一騎が指差したのは、マンションすぐのバス停から二つ目にある信号機だ。ゾンビ騒動から一週間近くが経とうとしているが、幸いにもまだ電力は来ていて信号機は一定間隔で色を変化させている。


「あそこか」

「そうだ。 あそこから先は、ほんの少しだが傾斜がある。だから鈴が傾斜を転がって、さらに遠くへ行ってくれればいいと思ってな」


 創太が作製した3Dプリンターの銃は、全てにかなり頑丈で協力なスプリングがしようされている。それのお陰で何と最大で150メートルは飛ばすことが可能。

 火薬を使わずにこれだけ飛ばすとなると、普通は無理だがそこは創太の創意工夫だ。


「わかったのだよ。 いつ撃ち始めるつもりなのだ?」

「もう少し待て。 雨音がもう少しだけ小さくなったタイミングで撃つ」

「了解なのだよ」


 一騎がそう言った直後、雨が上がった。いざ、一騎が射撃指示を出そうとした時だ。


「武藤くん」


 一騎は澪に呼ばれた。


「どうした?」


 澪は雨で濡れるのも気にした様子もなく、双眼鏡を手にしていた。その彼女が見ている先で、他のゾンビと違うのが二体だけいた。


「あそこの曲がり角」

「どうした?」


 一騎は澪の隣に移動して彼女が指差した方向をテレスコピックサイトで、しっかりと確認する。すると気付いたことがあった。


「二体だけ、やけにしっかりと立ってるな」

「そう。 走るタイプ?」


 一騎と澪がそれぞれに見ているのは、他のゾンビと違って身体を揺らしておらず、真っ直ぐに歩行している個体だ。そして足だけが食われていない。

 だから澪が走るゾンビかもと、そう思ったのだろう。一騎は普通の歩行ゾンビと走るゾンビの違いなど気にもしなかったし考えてもいなかった。


「気になるな」

「うん」

「澪、これからあっち側の信号機に向かって鈴を撃ち出すから、あのゾンビがどう動くかを見ておいてくれ」

「任せて」


 一騎は澪に見ておくように頼むと、さっきまでいた位置に戻る。創太と警官たちが何事かを聞きたそうにしていたが、彼は無視して伝えた。


「これから、あの信号機に向かって鈴を撃ち出します。 セーフティー解除、初弾装填」


 一騎は指示を出しながら、自分のRM700改のセーフティーを解除し、ボルトアクションを行って最初の鈴を装填する。創太や警官たちも全く同じように動いて、すぐに撃てるようにした。


「発射」


 ――バシュン!


 音と同時に六個の鈴が発射された。それらは信号機の少し前に落ちたが、それでも周囲のゾンビは鈴が落ちた場所へとゆっくりと歩いていく。

 残念ながら鈴の音が聞こえただろうゾンビだけしか動いていない。音が小さかったようだ。このままでは、有効かどうかの判断が怪しい。だが、一騎は焦っていなかった。


「鈴だとここまで音が聞こえないな」

「本当だね。 次はどうする?」

「向きはこのままで、ターゲットは道端に落ちている空き缶。 あれに命中させて、もう少しだけ音を大きくさせましょう」

「あの一缶だけじゃ、大した音は出ないんじゃ?」

「それは試してからのお楽しみです。 澪、どうだ?」

「無反応」


 澪の一騎からの質問に、双眼鏡から視線をはずし首を左右に振りながら答えた。


「もう少し、しっかりと音が出ないとダメか」

「たぶん」

「一騎」

「あぁ。 パチンコ玉に変更。狙いは信号機より少し手前の空き缶」


 自分はテレスコピックサイトを見ながら、彼は創太に答えた。創太の方でも空き缶の位置は把握していたから、すぐにでも撃てる。


「照準よしなのだよ」

「撃て」


 ――バシュン!


 創太が放ったパチンコ玉は、正確に空き缶に命中。


 缶の真ん中に見事に命中して、カラカラと転がっていき信号機の傾斜を少しずつだが落ちていく。その音を聞いただろうゾンビたちは、鈴よりも缶の音を追っていった。

 音はほとんど聞こえてこないけど、ゾンビたちの移動からして中にプルタブが押し込まれていたようだ。ぞろぞろと歩き出している。


「澪」

「無反応」


 どうやら距離がありすぎたようだ。もしくは、ゾンビたちの発する唸り声が原因か。


「武藤さん」

「なんですか?」

「あそこのコンビニの外に設置してある回収ボックスを撃ってみては?」


 一騎が次をどうしようかと考え始めた瞬間、警官の一人がマンションから100メートル前後という非常に近い位置にあるコンビニを指差した。

 より正確には外に設置してある店内で買った缶やペットボトルなどを入れる回収ボックス。一騎はテレスコピックサイト越しに、缶の回収ボックスから幾つかが落ちそうになっているのを見た。


「次はあっちを狙ってみましょうか」

「「「「了解」」」」


 RM700改を持った四人の警官が場所を少し移動して、澪寄りへ。


「あなた方は、信号機方面を見ておいてください」


 一騎は武装していない警官たちに、さっきの空き缶を追っていたゾンビを見ておくように言って、缶回収ボックスへと視線を戻す。


「オレと創太で撃ちます。 倒れなかったから、続けて頼みます」

「あれは人力でボックスを倒した方が早いと思うのだよ」

「あそこに行くまでにゾンビに、向かった人間が食われる可能性の方が高い」

「仕方ないのだよ」


 二人は全く同時に合図もなしに、ボックスを撃った。当たった角度が投入口の少し上だったが、見事に倒れる。ゾンビどころか、生きている人間も殺せる威力を持たせられているのだから当然かもしれない。


 ――カン! ――カン、カン、カン!!

 ――カラカラカラカラ!!!


 信号機の方よりも距離が近かったから、ボックスが倒れると同時に蓋まで開いた。そこからも缶が落ちていき、うるさくなる。


「走った」


 澪の見ている双眼鏡の中で、しっかりとした足取りの二体のゾンビが缶の方へと走っていく。


 ――ガシャン!!


 そのままガラスを衝突し、派手な破砕音を出させた。一騎も視線を向けて確認すると、コンビニのガラスを割った二体のゾンビは転がり続けて音を発する缶の方へと走る。

 走るゾンビは缶その物の存在には気付かず、勢いよく幾つかを蹴飛ばしてしまった。そして、蹴飛ばされた缶が音を立てながら転がっていく。


「おぉ。感染者たちが離れていく」

「音に反応するのは、これでほぼ確定ですね」

「石田さんに連絡を入れろ。 これなら、俺たちがここから移動していく時も、危険性は減るだろうからな」

「了解」


 その音を聞いただろうゾンビたちは、唸り声を上げながら一斉に警察署方面へと動き出した。そしてマンションを囲むようにしていたゾンビも移動開始。これを見てから一騎は信号機側の警官たちの方へ。

 一騎の背後ではRM700改を装備した警官たちが、嬉しそうな声を上げて石田の携帯にメールを送っている。


「どうですか?」

「転がっていった缶の音を聞いたらしいゾンビが、一斉に音源へ移動を始めたよ」

「ただ、見たところ緩やかな傾斜のようだから、缶が止まった後が予想付かないな」

「音が消えたら、またこっちに戻ってくると思いますよ」


 一騎の考えを聞いた四人は一斉に顔を見合わせる。そして、常に一定間隔で音を出してゾンビを引き付けさせる方法がないかと考え始めた。


「武藤くん」

「ん?」

「買う?」

「なにを?」

「缶」

「なんで?」

「引き付けるのに」


 ――引き付けるって、そうか。ゾンビをか。それにここら辺で周囲を警戒しながら、素早く飲み物を手に入れるとしたら自販機か。


 さらに一騎は澪が言おうとしていることもわかった。今のうちに缶を確保することで、飲み干した後にゾンビを遠ざける時にすぐ放り投げることができると。


「そうするか。 今、マンション下のゾンビがほとんど離れているなら、自販機を使うのにいいタイミングだし」

「行く?」

「あぁ、行こう」

「創太は一緒に来てくれ」

「どうしたのだよ」


 彼は自販機の缶を手に入れたい理由と、管理人室で周辺にゾンビが残っていないか確認して欲しいことを告げた。警官たちの方は、自分たちから上から警戒に当たり、接近するゾンビがいれば狙撃して援護すると申し出てきた。

 それと、ここまで基本的に会話にも参加しなかった梓は、スマフォで今までの音実験を動画撮影している。これを後で石田たちにも見せて、成果があるのを伝えるためだ。

 一騎、創太、澪の三人は一階へと向かい、監視カメラで周辺を確認。ゾンビの姿がないのを確認して、108号室から出ようとした。


「待ってくれ」


 いざ、マンションから出発してバス停の一直線道路を進んで、信号機を少し越えた場所にある自販機へと向かおうとした時に、今まで会話を交わしたことのなかった避難民の一人、四十代くらいツナギ姿の男性が実際に買いに出ようとしていた一騎と澪に声を掛ける。


「なんですか?」

「外に行くなら、これを持っていくといい」


 一騎が振り返るとツナギ男性は、平均的なキャリーケースを一つだけ持っていた。


「何かを手に入れるつもりなんだろ? それだったら、持ち運ぶ物が必要になるはずだ」


 この時、一騎と澪の二人は肝心の自販機で買った物を持ち運ぶリュックや鞄などを持っていなかった。なので、タイミング的には、買いに出てから困る前。

 一騎も澪もすっかり入れて持ち運ぶための物を用意していなかったことに気付く。二人とも無意識に急がなければと焦っていた証拠だ。ちなみに創太からはバールが渡されている。


「助かります」

「感謝」


 一騎と澪は同時に頷いて、差し出されたそれを受け取る。そして、今度こそ108号室の窓から出発した。今回は近場だからこそ、無線機は持っていかない。

 それでも、一騎は3Dプリンターで作られたUSP45とポケットに予備マガジン三つを入れていたが。ゾンビがいなくなった道路を進む二人は、マスクを持ってこなかったことを悔いていた。ゾンビが発する強烈な腐敗臭があるからだ。


 ――カラカラ

 ――カンカン


 ゾンビは空き缶の転がる音がする方向へと移動していく。それを確認し鼻を摘まんだ状態のまま急ぎ足で二人は自販機へと向かった。そして現金を入れようとして澪が気付く。


「電気、届いてない」


 実は一騎たちが、キャリーケースを受け取っていた最中に電力供給が停止していたのだ。二人が気付かなかったのは、夜間でなく照明が必要な状態になったから。

 それはさておき、一騎はテコの原理でバールを使い、自販機を無理矢理にでもこじ開けた。そして、澪がキャリーケースを開けたのを確認して、中の商品をどんどん取り出していく。

 ケースの中が半分くらい埋まる頃には、自販機に入っていた商品も取り出し終わった後。二人はすぐにマンションに戻ろうとして、自分たちを見る視線に気付いた。


「ジャーマン・シェパードだな」

「うん」


 二人が視線を感じた方向を見ると、首輪が付いた一匹のジャーマン・シェパードが見ている。正面から見た感じ、噛み傷も食べられた場所もない。

 どうしようかと考えていた時、一騎のジーンズ内にあるマナーモードにしてあるスマフォが振動。着信であり発信者は石田だった。


「どうしました?」

『部下が確認した。 そのジャーマン・シェパードはどこからも出血は確認できないそうだ』

「わかりました」


 一騎は石田の言葉を信じて、軽く手招きする。すると、彼と同じ髪色のジャーマン・シェパードは小走りで接近。澪が「待て」と指示を出すと、残り五メートルの場所でお座り状態に。

 澪はそのまま、慎重に歩み寄りシェパードの全身をしっかりと確認、さらに寝転がらせて腹部も確認。噛まれていないし、食べられていないのが判明する。ちなみにオスだ。


「大丈夫」

「感染していないってことか?」

「そう」


 一騎たちは今まで人間のゾンビしか見たことがない。人間以外もゾンビ化するのか不明だが、今は感染していないことがわかっただけでも幸運と考えるべきか。

 二人は首輪を確認して、名前がジャーキーだと知ると何とも言えない表情に。そのままジャーキーを連れて108号室へと戻った。新しい仲間というか家族が増えた状態で。

主人公の一騎の髪色に合わせて、ジャーマン・シェパードを登場させました。

今後、ジャーキーがどうなっていくかは、お楽しみということで。

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