44.動画と戦闘映像
小松交通の社員寮を、一騎たちは無事に当面の間の拠点として確保。昼食を済ませた後、彼らは社長やドライバー達から見て欲しい動画があると言われ、会社の会議室へと案内された。
社長とドライバーたちが見せた動画は、ゾンビ同士の共食い。しかし、本当に重要なのは一体のゾンビによる一方的な共食いが行われたこと。
「……一方的だな」
「食べる対象がいないと、共食いをするのは知っているのだよ。だが、これは予想外で想定外なのだよ」
「グロすぎ。ジャーキー、見ちゃダメ」
「ワフ?」
「こんなゾンビは初めて見たな」
「本当にな。一体、何体食えば普通のゾンビに戻るんだか」
「この映像、明石二尉や狭間二佐にも見てもらう必要があるよな」
「こんなRZは初めてだ」
彼らがパソコンでプロジェクターに再生された動画を見て、口々に今まで見てきたゾンビと違うと言う。動画が撮影されたのは、ゾンビ発生から二週間後の日付。
時間は正午すぎで、換気のために窓を開けたところ妙に血生臭いから数人のドライバーがスマフォで外を撮影したところ、撮れてしまったと。
動画の中では一体のRZが両手を伸ばした状態で歩き、WZに接触すると抱き付くようにして頭や首などに噛みついていく。いきなり食われたWZも無抵抗ではない。
抱き付いてきたRZの腕に噛みつき返し、真っ黒な歯で腐った肉を食い千切ろうとする。だが、RZは腕が食い千切られそうになると、何とWZの頭にかぶり付いた。
髪の毛などがあるのも気にした様子もなく、かなりの速度で咀嚼と、飲み込みを続けていく。
「うっ!」
「うげっ!」
「おえっ!」
RZがWZの脳を一心不乱に咀嚼して、飲み込んでいく。そのシーンを見てしまった澪や梓などの女性陣が口を押さえた。動画のRZは噛まれていた腕を解放すると、お返しとばかりに全身を食い荒らしていく。
『な、なんだよ。なんなんだよ、あのゾンビ』
『共食いってレベルじゃない。適切な表現があるなら、これだけだ』
「『『捕食』』」
一騎と動画撮影中のドライバーが、全く同じタイミングで
呟いた。
『ゥゥゥウウウウ』
『ギュァァァアア』
『ギュヒィィイイ』
『ァァァアアアア』
動画の中ではRZが次々とWZを食べていく。捕食されているWZの悲鳴のような唸り声が響き、それに惹かれるようにして他の個体が群がり、唸り声を出したゾンビを共食い開始。
そのうち、WZ同士でも共食いが始まっていく。RZは共食い中のゾンビでもお構いなしに捕食。たった二十分の再生で、十四体がRZの血肉に。
「ここからです。ここからが、本当に重要な部分です」
若いドライバーがそう言った直後、捕食していたRZが急にガクンと倒れる。倒れたかと思った直後、ゴボゴボという音がして両手足が膨張と収縮を開始。
膨張と収縮が五分ほどで終わると、そこには腕と足が異常に大きくなっていた。RZは近くで共食い中の他のゾンビを襲って、再び咀嚼と飲み込みを開始し、また膨張と収縮。
五回繰り返されて終了した時には、身長が三メートル近くあり、なぜか腕はハンマーのようになっている。
「ペシャンコの正体はこいつだな」
一騎は中村たちが撮影してきた上空写真の中から、車がペシャンコになっていた物を自然と思い出していた。動画を見ている前で、腕がハンマーのようになった元RZは、近くに停めてあった何台かの車をペシャンコに潰す。
「ハンマーゾンビ、HZか」
車はペシャンコなのに、それを行ったHZの腕には傷一つなし。動画の中で雄叫びを上げると、意外な早さでどこかへと走っていった。
「あれを殺すには、正確に頭部を撃ち抜くしかないのだよ」
「そう簡単に撃たせてくれるか怪しいがな」
「自衛隊による四方八方からの同時狙撃で殺るしかない」
「俺も同じ意見だ。どうだ?」
「RPGでハンマー状の腕ごと吹き飛ばせば、全く問題ないと思うんだが」
「車をペシャンコにして、傷一つないような変異体だ。RPGでどうにかなるのか? それに意外と動きが素早い。命中させられるか?」
「そうだった。動きが俊敏なのを忘れていた。ずっと立ち止まってくれていれば、確実にRPGで頭を吹っ飛ばせるんだがなぁ」
動画再生が終わると警官組と数名の自衛隊員が、どうやってHZを殺すかの話し合いを開始。
「社長、ドライバーの皆さん。HZはこの時に見ただけですか?」
「あぁ」
「そうだぜ」
「どこに向かって行きましたか?」
「来栖野市方面だが?」
一騎は上空写真で見た破壊光景が、間違いなくHZが行ったのだと確信したようだ。
「この動画以外に、変わったゾンビが撮影された物は?」
「ないな」
「残念なのだよ」
「社長、大移動の映像、ある?」
「ん? あるぞ?」
「見せて」
一騎と創太は他にも変異ゾンビの姿が確認できればと思っていたが、見事に期待はずれで終わってしまった。だが、澪は二人とは違うことが気になった様子。
澪の言葉が聞こえた警官組と自衛隊組も、一時的にHZをどう殺すかの話を中断。
「凄い数なのだよ」
再生開始と同時に映った大量のゾンビを見て、創太が静かにコメント。この際、少しだけ絶叫らしき音声が含まれていたが、気付いたのは三森だけ。
「ここら辺のゾンビが一斉に移動か」
「会社周辺のゾンビだけじゃ数が合わない。他の場所も複合ファミリーレストランに移動しているんだろう」
「あっ」
「澪?」
プロジェクターに映し出されたのは、昼下がりの道路を大量のゾンビが移動していく光景。場所は会社の二階から撮影されたようだ。横転車バリケードで移動ができないWZたちは、驚くべきことに迂回を始めた。
数十匹のゾンビ犬とゾンビ猫は、横転車バリケードなど飛び越えていく。途中、澪が思わずといった感じで上げた声。一騎がどうしたのかと見ると、宮司姿の男性ゾンビだった。
「……もしかして」
「……そう。お父さん」
ゾンビになってしまった父親。それを澪は映像の中で見つけてしまったのだ。変わり果てた姿を見て、涙を浮かべる澪の肩を一騎は静かに抱き寄せた。
「クーン」
ジャーキーが「元気出して。僕たちがいるよ」とばかりに小さく鳴いて、鼻を澪の左手に押し当てる。
『ゾンビの大移動か。どこに向かっているんだか』
『社長、社長。マンション(社員寮と社長の物置を兼ねている)にいるドライバーたちからメールです。
マンション周辺のゾンビも一斉に移動を開始したと。それと来栖野市方面からも数百前後のゾンビが移動してきているそうです。しかし、唸り声がうるさいですね。』
『あぁ。この光景と唸り声が、夢にまで出てきそうだ』
二人と一匹の様子など気にした様子もなく、他の面々は映像を見続けている。
「退出するか?」
「……ううん。見ておく」
ゾンビになってしまったとしても、澪にとって父親の姿は見ておきたいのだろう。家族写真などを持ち出せなかったから、仕方ないのかもしれない。
澪はどこからともなくハンカチを取り出し、さっと涙を拭いた。二人は映像に視線を戻す。物凄い数のゾンビが歩いていくのを見ているうち、一騎はふと疑問を抱く。
「ゾンビは人が多く集まっている場所に、自然とどこからか寄ってくる。小松交通とマンションにだって人が多いのに、どうして移動を始めたんだ?」
「それを言われると、確かに気になってくるのだよ。複合ファミリーレストランの方に、いきなり人が増えたとしてもゾンビがどうやってそれを認識するのか。実に興味深いのだよ」
ゾンビが大移動した理由。それを考えようとした一騎たちだが、思わぬ人物がヒントを与える。
「呼んでた」
「え?」
「三森、呼んでたってのは?」
「聞こえなかった?」
一騎が三森に説明を求める視線を向けると、彼女は話した。動画再生が始まった直後、絶叫のような音声があったこと。その絶叫がまるで「こっちに集まれ」とでも言っているような気がしたと話す。
これを聞いた瞬間、小松交通の社員以外の全員が気付いた。というか理解した。
「SZか」
「SZ?」
盛岡の呟きを社長が聞き取った。隠すような情報でもないので、彼は教えたのだ。絶叫によって周囲のゾンビを集める変異体がいることを。
その変異体は殺されない限り絶叫を上げ続けて、際限なくゾンビを呼び集めてしまう厄介な個体だと。盛岡が社長と社員たちに説明している間に、ゾンビ大移動の映像は終了。
一騎たちは無線機を使って、三森がSZの絶叫を言語として認識したらしいことを明石に教えるのだった。
□
無線機を使って一騎たちが明石に、三森がSZの絶叫を言語として認識したらしいことを教えてから一時間後。小松交通の社員寮の505号室を、訪問する明石とその護衛を行う四人の自衛隊員の姿があった。
――ピンポーン
「はいはい。どちら――――」
「盛岡、全員揃っているか?」
「何の用だよ」
「武藤くんたちと、警官組に見てもらいたいものがある」
「ラインとかスカイプで問題ないだろ」
「お前たちが出発した後、使えるか試したがダメだった。だから直接な」
盛岡は「メールか無線で問題ないだろ」と言ったのが、明石の方は首を左右に振った。彼は事前に無線で505室を作戦室的なように扱うと、そう聞いていたからまっすぐに訪問したのである。
室内にはいつもの面々が揃っていたから、盛岡は「とりあえず入れ」と促す。
「あれ? 明石さん?」
「え? 無線で三森のことは教えたはずなんだけどな」
「俺たちに見てもらいたいものがあるらしい」
中村が盛岡に促されて入室してきた明石に気付いた。まったり休憩中だった他の面々も、明石と聞いて視線をリビングの入り口へと向け、少し驚いた表情。
護衛の自衛隊員は中にいた同僚に「明石二尉の護衛で来た」と告げると、タバコを吸いに共用廊下へと出ていく。
「来栖野大学病院に向かったコブラが、厄介なゾンビと遭遇した。その時の戦闘を後付けのカメラで撮影した映像があるから、見て感想を聞かせてほしい」
自分が事前連絡なしに訪れた理由を話し、明石はスマフォから一枚のSDカードを引き抜く。
「パソコンは?」
「ちょっと待ってください」
自衛隊員の一人が73式装甲車から運び出したパソコンの一台を素早くセット。起動が済んだのを確認すると、明石からSDカードを受け取って差し込んだ。
「明石さん、コブラで厄介なゾンビですか? それとも、オレたちが使う銃だと苦労するような変異体ですか?」
「両方、だな。いや、コブラなら確実に殺せると思うが」
一騎の問いに、お茶を濁したような返事。どう答えようかと明石が考えようとした直後、準備を終えた隊員が声を描けた。
「明石二尉、動画ファイルを再生しますか?」
「見てもらった方が早い。再生してくれ」
「わかりました」
一台のノートパソコンの回りに、かなりの人数が集まって再生が始まった映像を見る。再生早々にコブラのエンジン音が大音量で入っていて、あまりの音にほぼ全員が耳を塞いだ。
「移動は見てもらっている通り、ほとんど問題ない。音を聞き付けたWZと数体のRZが追い掛けているが、その数も多くはない」
音に慣れただろうタイミングで全員が、耳から手を放すと明石が説明を開始した。まさにこの時、コブラが軽く旋回して地上を移動するWZとRZをカメラに捉える。
数に関しては、確かに多くても三十体前後。旋回が終わり、来栖野大学病院へと向かったコブラ。飛行時間およそ十五分で到着したが、地上は大量のゾンビ。
「音に気付いたゾンビを、病院から少しでも引き離そうと二機のコブラが全く同じ方向に移動を開始したのは問題なかった」
「移動を開始した後に問題が起きた、と」
「うむ。そろそろだ。十字路を見ていてくれ」
明石の言う通り、コブラ二機が同じ方向に向かって移動を開始する。道路という道路を埋め尽くす大量のゾンビが、一斉にエンジン音を追って動き出したのは問題なかった。
「ここからだ」
一定距離まで離れた場所で、コブラは滞空しながら事故車にぶつかりながらも、確実に下へと集まってくるWZとRZに機銃掃射を開始した直後だった。
――ガシャーーーーン!!
窓ガラスの割れるような音と同時に、急にコブラの高度が上昇する。機銃も掃射中止。
『グヌォォォォオオオオオオ』
やたらと重低音のような雄叫びが、映像の中から聞こえてくる。
「なんだ?」
「今のは雄叫びか?」
「SZににしては、絶叫が短いのだよ」
彼らの疑問は後付けカメラが下を映したことで、一瞬にして解決した。
「HZだと!?」
「どうして大学病院の近くに!?」
一騎と小野の驚いた声が上がる。映像には腕がハンマーのようになったゾンビ、HZが確かに映っている。だが、驚くのは早かった。
HZがハンマーのような腕を使い、一台のクラウンがコブラに迫っていたのである。幸いにも距離が足りず、コブラに衝突せずに落下していく。
――ドガーーーーン!!
地上に落ちた直後、残っていたガソリンに火花が引火して爆発。パイロット同士の間でどんな会話があったのか不明だが、一機のコブラが地上のWZとRZに機銃掃射を再開。
もう一機がHZに対して機銃による攻撃を開始。すると、ハンマー状の腕で顔面をガード。その腕に機銃が命中するが、なんと肉片どころか血の一滴も出ていない。つまり、全く攻撃が通じていなかったのだ。
「ウソ、だろ」
「どう……すれば」
「どうやって殺せばいいんだよ」
「し、信じられない!」
「おいおいおい」
「HZとは?」
一騎と澪、盛岡と小野が目を見開いて映像を見続ける。明石の問いに中村が答えている最中にも映像は続く。HZの腕が頑丈なのを見たパイロットは、機銃だけでなくミサイルも発射。
――ドゴーーーーン!!
三発のミサイルが腕に命中しても、無傷の状態でHZは立っていた。パイロットが機銃の狙いを腕から足に変更するも、腕と同じで全くダメージなし。それを見たらしく、機銃が停止。通用しない弾を撃ち続けても意味ないからだ。
『グロォォォォオオオオオオ!』
お返しだ! そう叫んでいるようにも見えるHZは、放置されていたバスに近付いていく。片手を振るって、なんとバスをコブラに向けて殴り上げた。
「「「「「「「ええええぇぇぇーーーーーーー!!??」」」」」」」
「ワフーーーン!?」
明石以外の全員が、映像を見て一斉に声を上げる。いつの間にか一騎の膝に頭を乗せて映像を見ていたジャーキーも、驚いたように「なにが起きたのーーー!?」とばかり吠えた。
映像ではコブラからロケット弾とミサイルが撃ち込まれるも、HZはハンマー状の腕で完璧ガード。合計八台の車が殴り上げられ、上昇回避するシーンが繰り返される。
もう一機のコブラが地上のWZとRZを機銃とミサイル二発で二百体近くを殺すと、二機は撤退というか退却を選んだようだ。大学病院から離れ始めたところで、映像再生は明石によって停止された。
「早速だが、どうにかしてHZを殺す方法を一緒に考えてもらいたい」
再生の終わったノートパソコンから、一斉に視線が明石へと集まる。
「こほん。なにか方法はないか?」
無言でジィーっと見られて、明石も自分が無理難題を言っているのを再認識する。しかし、放置するということは出来ない。今の拠点にHZが攻撃を仕掛けてきたら、間違いなく死者とゾンビになる人間が続出するだろう。
「明石」
「なんだ?」
「全戦車とコブラによる一斉攻撃しかないと思うんだが」
「却下だ。賀古市の基地が無防備になる」
「ならどうするんだ?」
「それを考えてもらいたい」
「バカか!?」
「なんだと!?」
「機銃もミサイルも通用しないゾンビだぞ! 全戦力で排除するしかないだろうが!!」
「基地を守る防衛力を割くのは無理だ! そんなことをしたら、基地内に保護している市民が不安になる!!」
「お前はバカだな! もしも俺らが全滅したら、次にHZが向かう先が賀古市かもしれないだろうが!!」
「そんな事態にならないようにするためにも、なんとしても殺す必要がある!!」
「だから最大火力と戦力しかないって、さっきから言ってるだろうが!!」
「基地内の市民が不安に駆られて、暴徒化する危険性だってある!! 彼らは戦車と戦闘ヘリがあるから、無事だと考えているんだぞ!!!」
「俺たちが死んでも良いってのか!?」
「自衛隊は国と国民を守るのが役目だろうが!!」
「お前の言う国が正常に機能しているなら、今頃は解決済みだろうが!!!」
「そうとは限らないだろう!!!」
始まった二人のケンカ。警官組と自衛隊組が「冷静になれ!」や「ここで怒鳴っても解決しませんよ!!」と言っているが聞こえていない。
「なら全員、私が噛んじゃおうかな」
はっきりと聞こえた不吉な言葉に、二人だけじゃなく警官組と自衛隊組が一瞬で静かになった。
「三森?」
「死ぬのが怖い、ゾンビになるのが怖い。そういうことでしょ? だったら、変異体になった私に噛まれて、ゾンビに無視される存在になればいい。それだけの話じゃない」
非常に極端な考えだ。だが、この場を静かにさせるには正解だった。
「私に噛まれて、全員が変異体になるかはわからない。でも、意味のない怒鳴り合いをするよりは、時間を有効に使えると思うんだけど。ねぇ、お二人さん。どっちから噛まれたい?」
三森が舌舐めずりを行いながら言う。この時の三森は、誰がどう見ても、どちらの獲物を先に食べようかと考えている猛獣でしかなかった。
「「「「「「「「冷静に考えます!! だから噛まないでください!!!!!!」」」」」」」」
大人たちが一人の少女に対し、見事な土下座。三森が「どうしようかな♪」なんて言うので、彼らはガクガクブルブルとしばらく震えるのだった。




