42.追加写真と計画の組み立て
下水のゾンビとゾンビカラスのある程度の一掃が済んでから五日後の朝。一騎たちは中村たちに、NHKの報道ヘリを使って撮影した写真を見せると連絡を受けて作戦室に集合していた。
メンバーはいつもの一騎たち学生組メンバー。ここに三森も加わっている。自衛隊からは明石と下水一掃の時に参加した隊員が数名。
警官組は中村、鳥越の両班で石田は不参加。というか、イーグルマンション。ショッピングモールセンターのゾンビが移動を開始したらしい。今後の対応を決めるべくマンションへと戻ったのだ。
「今回の上空写真撮影は、来栖野を中心にして有栖市全体と佐久津市、鷹杜市だ。写真は全部で九十枚。最初は有栖市から写真を見せていく」
全員が揃ったのを確認して、進行役のように中村は話ながらプロジェクターを使って写真を表示していく。
「有栖市だが、北部と北西部にゾンビが特に集まっている。ヘリで上空から見下ろした感じだと、有栖ゴルフ場と複合ファミリーレストランに生存者が立て籠っている可能性が高い」
「ゴルフ場と複合ファミリーレストラン、ですか?」
「そうだ。ゴルフ場はボールが近隣民家に飛ばないようにネットとフェンスで覆われているから、一時的な行動拠点には向いている。
レストランの方は六階建てで、一階にマーミヤン、二階にサーゼリア、三階に餃子の王子、四階がマグドーナルド、五階が肉々ラーメン、そして六階はグーラタン。
この六店舗は屋上と周辺に菜園があり、ソーラーパネルがある。また、敷地内には井戸があり水の確保も問題ない。よって、生存者が集まっている可能性は十分だ」
中村がもたらした情報を聞きながら、一騎たちは二枚の写真を見る。ゴルフ場周辺のゾンビの数と、複合ファミリーレストランの周囲。
どちらがゾンビ数が多いかは一目瞭然。ファミリーレストランの方だ。一応、菜園や井戸にイタズラがされないようにフェンスで囲まれているから、ゾンビは入っていない。
しかし、ゾンビの数が増えてフェンスに殺到すれば、その重みで壊れてしまう可能性もある。一騎が最も危惧しているのは、理不尽な大人たちが居る場合だ
最初は友好的に接触してきて、その後に澪たち女性陣が人質にされる場合もある。その上で武器を奪われて、そのまま殺されるような事態になったら。
一騎が非常に厳しい視線で写真を見ていることにより、中村や鳥越、盛岡なども万が一の状況を考え始めたようだ。
「他にも写真はあるんですよね? それらを見せてもらっても?」
「ん? あぁ、もちろんだ」
接触するべきか、放置する方針を取るべきか。鳥越は二択を考えていたが、一騎に次を促されて他の写真を表示していく。中村は「10式で包囲して投降するように呼び掛ければ」などと物騒なことをブツブツ。
物騒発言の中村と、無言思考中の盛岡は放置して鳥越は次々と写真を表示していく。どこも道路を占拠するようにゾンビが埋め尽くしている。
来栖野駅を上空から撮影した写真があり、電車は停車したままだった。ホームではゾンビ同士で共食い(?)が起きているような状態。
来栖野の小中学校に高校、大きな工場などは建物の内外を含めてゾンビだらけの様子。数枚には窓やベランダから手を振っている姿が。
「生存者?」
「違う。スコープで拡大して確認したら、ゾンビだった。音に反応して手を動かしていただけのようだ」
澪が確認するように呟くと、物騒発言をしていたはずの中村が答えた。
「意見を聞かせてほしい写真がある。これを見てくれ」
鳥越が表示したのは来栖野警察署の写真。表示されてしばらくは、一騎たち学生組と明石たち自衛隊組は首を傾げるだけだ。最初にハッとした表情になったのは、創太と明石。
「自衛隊が撮影した時に比べて、車の数が増えているのだよ」
「増えた車はどれもペシャンコだ。何台かは横転し、警察署の壁に穴もある」
二人の言葉を聞いて、一騎たちも気付いた。確かに車の数が十台近くも増えている。一騎は鳥越にペシャンコになった事故車を拡大表示するように頼んだ。
「……これは」
「衝突、じゃない」
「真上や真横から、かなり強い力が掛かったのかしら?」
十台のうち三台は真上から大きく、重量がある何かで潰された状態。タイヤは圧力に耐えきれずに吹き飛び、フレームは車そのものが地面の染みのような有り様。
二台は真横からかなりの衝撃を受けたような感じであり、警察署の壁にめり込んでいる。それぞれ運転席と後部座席の中央、助手席と後部座席の中央が特にペシャンコだ。
残り五台はフロントと車体後方から一方向に力が入り、壁や地面の染みに。この五台には人が乗っていたようで、潰された場所を中心に血が飛び散っている。
「ただ単に車同士の衝突にしては、損傷が酷すぎる。クレーンに吊ってある荷物や、巨大なハンマーで潰したり、叩いたりしたような感じだ」
「SZのような変異種がいるかもしれない、と?」
「そうだ。可能性として考えられるのは、腕か足が極端に巨大化したゾンビか、全身が巨大化した個体だろうな」
「佐久津市と鷹杜市の警察署はどうなっていましたか?」
「佐久津警察署も同じような状態だ。鷹杜の警察署は普通に車が正面玄関に突っ込んでいるくらいだな」
三笠、一騎の順番の問いに鳥越は答えながら、二ヶ所の写真を表示。佐久津警察署は正面玄関のバリケードが全てペシャンコであり、シャッターをぶち抜かれている。
鷹杜警察署に関しては、鳥越の言葉通りだ。運転手は噛まれて警察署に到着した時にゾンビ化してしまったのだろう。土気色の肌で全身が血塗れだから。
大通りや路地裏、一方通行の道路などの写真を見るに、どこもゾンビだらけ。しばらく見続けていた一騎たちが、七十三枚目の写真で待ったを掛けた。
鷹杜青十字病院の写真を見て。コンテナを載せたトラックが周囲を取り囲み、コンテナその物にも手が加えられていたからだ。
「ちゃんとした工具があるんだろうな」
「工具だけじゃないのだよ。知識と経験、技術を持った人間もなのだよ」
「コンテナ二ヶ所をドアのようにしてあるのか。ゾンビは取っ手を握るなんてことをしないからな。侵入される心配もない訳だ」
「二尉、食料と水が尽きてしまっている可能性も」
「心配するべきことは、まさにそこだな。盛岡、どうだったんだ?」
「病院を囲むトラックの大半は、大手メーカーばかりだったぞ。飲料にしろ、食料にしろな」
「具体的には?」
明石の問いを受けて、盛岡は思い出すように目を閉じてから答えていく。
「飲料メーカーなら、カリンにユウヒに、ココーラ。食料の方はニッスンとか、ヤマムラパン、セブンズ、ニューウィーク、ロソンだった」
「菓子パンとカップ麺系がほとんどかもしれないな」
「大手コンビニを入れてるから、惣菜系も豊富に揃っているだろうよ。あそこは太陽光発電と発電機を両方備えているから、冷蔵しておけば長期間は保てるはずだ。」
確かに大手メーカーだった。盛岡は他にも野菜が積載されていたというトラックがあったことも明かした。
「そうか。それで? 武藤くんたちが向かう、来栖野大学病院の周囲は?」
「最悪な状態に近い。周囲をゾンビが囲んでいるだけじゃなく、上空からでもRZが八十体近くだ。ついでにSZが六体。他にはゾンビ犬を確認した」
「RZとSZにゾンビ犬か。厄介だな」
盛岡は答えながら写真を表示して、病院を囲むゾンビの一部を拡大。上空からだが、ゾンビ犬三体が音に気付いて顔を上げたタイミングでシャッターが押されたようだ。
「ヘリの中からRM700改のスコープで内部を見てみた。一階部分は防火扉で閉められていて、エスカレーターも停止していた。外にある非常階段も一階は、ソファーを複数重ねてガムテープで封鎖済みだったな」
「それと、小松交通とラジオ放送局も上から確認した。バリケードが複数あったが、生存者らしき姿はなし。複合ファミリーレストランの方にゾンビが大移動しているようで、あまり数はいなかった」
一騎たちは頷きあった。ゾンビが戻ってくるまでの間に、小松交通まで行こうと。数が少ないかもしれないなら、さっさと拠点として確保するべきと判断を出したようだ。
一騎たちは残りの写真を全部見てから、三十分ばかりの休憩を挟んだ後に今後の行動をどうするかを話し合うことで決定した。
□
休憩を挟んでから、一騎たちは今後の行動計画を決めるための話し合いに入った。他の市や駅に向かう前に、来栖野大学病院へ。これは学生組、警官組、自衛隊組が一致。
それと、もしも大学病院の中に入ることができなかった場合、もしくは入れてもパソコンが壊れている状態にあるなら、鷹杜青十字病院へ行くことは確定事項。
なので、話し合いは小松交通へ到着することと、拠点とする際に必要となる物をどう持っていくか。それと、大学病院に入れて、WHOの超高度AIに坑ウイルス剤を作れるようにしろと指示が完了できたら、今後をどうするかが焦点。
「一応、確認しておく。武藤くんたちは、来栖野大学病院に向かいたいんだな?」
「そうです」
「そうなのだよ」
「そう」
「そうね」
「そうなんですよ」
「そうなの?」
「そうなんだよ」
一人だけあまり情報がなかった三森。首を傾げながら一騎たちに確認を取り、肯定が返る。特に重要な確認ではなかったが、自分も同行することになるのだから、気になるのは当然だろう。
「小松交通の周囲に関しては、さっき上空写真を見てもらった通りだ。ゾンビの数が少ないから、囲まれるリスクなどは小さい。
それでも、武藤くんたちが向かう時は盛岡たち警官組と我々、自衛隊組が安全確保のために同行する。そういえば、WHOの超高度AIへのアクセス権を持った医師は?」
「小野先生ですね。休憩時間に声は掛けたんですが」
――コンコン、ガチャ
「失礼しますよ。医師の小野です。武藤くんに呼ばれたんですが」
「タイミングがよかった。小野先生、こちらへ」
ウワサをすれば、小野が到着した。正確にはウワサではないが、細かいことを気にするのは良くない。小野は明石に勧められたイスに座る。
「早速ですが小野先生、超高度AIにアクセスが可能なパソコンは何階にありますか?」
「二階、五階、六階の管理制限室だね。入室が可能なのは、院長と副院長。各医局の部長、本部長。それ以外だと各医局のエース。後は細菌学者、ウイルス学者くらいか」
「小野先生は?」
「総合医だから、入室許可をもらっているよ。全科の内科的治療も外科手術もできるからね」
なんてことはない。小野はそんな感じだが、実際には異常だろう。全身のあらゆる手術を問題なく全てこなせる医者など、普通は多くない。通常、手術となると各科の外科医が担当するものだからだ。
「小野先生、オレたちは大学病院に向かうための計画を立ててます。そこで聞きたいんですが、病院まで安全に行ける状態が確保されてから合流しますか?
それとも危険を承知で、一緒にゾンビの大群を相手にしながら向かいますか?」
一騎の問いに小野は少しだけ考え込んだが、それも一分前後のこと。
「一緒に行こう。有栖総合病院には担当患者がいないし、医師と看護師は優秀。出番なんてないからね」
「わかりました」
「小野先生、あなたを大学病院に送り届けるまでの間、我々、自衛隊が全力で守ります」
「お願いします」
小野の同行が確定したところで、本格的な話し合いに移行していく。
「上空から見た感じ、小松交通周辺はどうなってました?」
「具体的に言って欲しい」
鳥越が大雑把すぎるとばかりに言った。かなり曖昧な問いだった。それを一騎は認識した上で、今度はしっかりと知りたいことを口にする。
「主に知りたいのは道路状況です。事故車の数と場所、ゾンビが隠れてそうなポイントに、音で寄ってくる前にバリケードなどを築けるのかどうか。
それと事故車によって道路が塞がれてるのか、あるいは軽自動車や普通車くらいならギリギリ通れるくらいの幅が残されてるか、ですね」
一騎の問いを受けて、中村たちは地図をホワイトボードに広げ、磁石で固定しながら情報開示。
「御巫神社通りを通って、ラジオ放送局まで向かうルートなら戦車も通れるだろう。ただ、小松交通の会社に入るための道路は、五十メートル前後手前に横転した事故車がある。
横転しているのは、普通車が八台。幸いにもトラックはないが、一番手前から八の字型、扇形に広がっている。ゾンビが隠れていそうな場所は、会社付近の民家くらいだ」
「移動か撤去にはどれくらいの時間が掛かりそうなのだよ」
「移動となると一台につき、十五分は必要だ。三台が完全にひっくり返った状態だから、レッカー車がないと時間も掛かるし、音を出さないようにするとなると、慎重に行動する必要があるから、長いと四十分くらいか」
創太の質問を受けて、中村と盛岡が答える。鳥越が事故車がある場所に磁石を置いた。
「明石さん」
「なんだ?」
「賀古市の基地にレッカー車ってあるのかしら?」
梓の言葉を聞いて、一騎、澪、三笠、三森の期待に満ちた視線が。その視線を浴びながら、明石は申し訳なそうに首を左右に振る。
「レッカー車はない。普通に車とかバイクならあるんだが」
「残念ね」
返答を聞いた一騎たち(創太と梓を除く)は、かなり落胆したように肩を落とした。
「仕方ありません。完全に人力となりますが、動かせる人数を総動員して横転車の対応に時間を回しましょう」
「動かせる人数を?」
一騎は意識を切り替えるように手をパンパンと鳴らし、視線を集めながら提案した。病院防衛に関しては、ゾンビ対策は問題ない。
他の生存者への対応も、監視映像室の自衛隊員の自己判断になるが遠隔操作で威嚇攻撃も可能だ。なので、突破された時などの対応人員だけ残せば、横転車の移動も時間は掛からないはずだと。
「なるほど。それなら確かに」
案を聞いた明石が、何度か頷く。確かに病院防衛は自動化されているし、生存者相手も手動で動かせば問題ない。
「生存者に突破された場合を想定し、現場判断で出せるのは隊の半分まで。それでどうだろうか?」
「お借りします」
「十分な人数なのだよ」
一騎と創太は有栖総合病院にいる、全自衛隊員の正式な人数を把握していない。それでも、半分の人数を貸してもらえるならと頷いた。
実は学生組が知らないし、気にしていないだけで自衛隊はオスプレイを使って人数を増員していた。その結果、有栖総合病院だけでも、百五十人の自衛隊員がいる。
なので七十五人が実際に行動を開始した時に同行する人数となる。一応、この中には大学病院に同行する人数も含まれていたりするのだが、一騎たちは知らない。
「明石」
「なんだよ」
「もしもゾンビが大群で押し寄せてきた時に、武藤くんたちを確実に生還させられる優秀な隊員を選抜しろよ」
「言われるまでもない。盛岡(お前)はともかく、他の警官たちをゾンビにさせる訳にはいかないからな」
「俺のことも心配しろよ」
「安心しろ。73式を三台、10式を三台、74式を四台確保する。これとは別に横転車の移動人員も派遣する」
「お前、そこまで俺のことを心配していたのか」
「気持ち悪いことを言うな! 今言った人数は、武藤くんたちとお前以外の警官組が無事に帰ってこれるようにするための人員だぞ!?」
「なに!? 明石、てめえは俺がゾンビに食われても良いってか? ああん!?」
「レンジャー訓練で一人だけピンピンしていたような奴を心配するかよ!!」
「心配しろよ!!!」
「体力自慢の化け物を心配する程、俺はお人好しじゃないんでな」
「んだとーーーー! 外に出ろ!!! 俺が体力だけじゃないのを、しっかりと分からせてやる!!」
「上等だ!!! お前みたいに、仕事で特殊車両に乗れるからと転職するような奴に負けるか!!!!」
「羨ましいか? 掛かってこいやーーーーー!!!!!」
最初は静かに始まった明石と盛岡の会話。少しずつ声が大きくなり、見事にケンカになった。止めるべきか、一度ケンカさせてスッキリさせるべきか。もしくは、二人を放置して話を続けるのか。この三択が全員の頭に浮かぶ。一人だけ例外を除いて。
「ケンカするなら、思いきり噛みますよ?」
「「…………。すみませんでした」」
物凄くいい笑顔で、とんでもない発言を普通に行った三森さん。変異してはいるがZウイルスは彼女の身体に残っています。そんな三森さんに、思いきり噛まれたらどうなるでしょうか。
そう! 感染です! しかも変異しているだけあり、ウイルスがどう影響するのかが不明。なので、二人は見事に揃った土下座で謝罪しました。
「あー、ごほん」
なんとも気まずい雰囲気になり掛けたところで、場をリセットするかのように鳥越が咳払い。小野はポカーンとした表情でフリーズ中。
「明石二尉、武藤くんたち学生組と護衛の自衛隊員を、オスプレイから降下させるのはどうだろうか?」
「オスプレイから?」
「ゾンビが移動して数が減っているなら、多少の音で戻ってくることはないだろう。小松交通の屋上にパラシュートで降下。見える範囲のゾンビを射殺しての安全確保。
残りの人員で横転車の対応をすれば、かなり時間的に節約となると思うんだが」
「ふむ。武藤くんたちの意見は?」
普通に話が再開された。一騎はオスプレイからのパラシュート降下を聞かされ、即検討を行い却下。
「見える範囲のゾンビは問題ないでしょうが、それでも音で集まってくることは考えられます。なので却下ですね。普通に車で移動し、速やかに横転車を片付ける方が安全かと」
「そうか。なら、車で向かおう。事故車を片付けたら、まずは社内に残っているゾンビの掃討から――――」
全員が真剣な表情で計画の話し合い。その結果、73式を三台、10式を三台、74式を四台が同行することが確定となった。また、これとは別にコブラを来栖野大学病院に飛ばして、少しでもゾンビの数を減らす方向になった。
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