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死域からの生還者  作者: 七夕 アキラ
39/54

38.上空写真と下水からの訪問者


「厄介の一言なのだよ」

「確かに。大学病院は仕方ないと思っていたけど、南中学校と警察署の周辺もゾンビばかりだな」

「明石さんたちに、空から送ってもらえば?」

「そうだな。この写真を見ると、オスプレイで送迎した方がいいかもしれない。早速、手配しようか?」

「……いいえ。ゾンビカラスの集団に襲われる可能性があります」

「そうか。武藤くんが別人のようになって、火炎放射器を使った件があったな」

「その言い方はないんじゃないかしら?」

「そうですよ。武藤くんだって、好きで別人みたいになった訳じゃないんですから」

「おい明石、もう少しくらい情報を書き込んでおけよ。これじゃ、ほとんど手探り状態だろうが」

「盛岡、文句言うなよ。オスプレイはあくまでも、人員や物資運搬が主な任務であり、上空からの地上撮影には向いていないんだ」

「商業施設の監視カメラに、ハッキングはしていないのか?」

「…………。その発想はなかった」

「バカ野郎! 武藤くんたちは普通に思い付いて、葉加瀬くんは実行したぞ! 学生より劣る頭脳って、どういうことだ! そんなんでよく二等陸尉になれたな!?」

「普通、ハッキングなんて考えが浮かぶかー! ケンカ売ってるんだったら、買ってやる!! 表に出ろ!!!」

「盛岡、二等陸尉も落ち着いて!」

「邪魔しないでくれ!」

「自衛隊と警察が協力し合わないでケンカなんかしてみろ。避難民が不安に思うぞ」

「そんなん知るかぁ!!」

「だから、二人とも落ち着けって!!」

盛岡(バカ)を殴らせろーーー!!」

「ぶちのめしてやる!!!」

「うるさい。三日間のご飯抜き」

「いいえ、澪さん。お二人には五日間のご飯抜きの方がいいと思う」

「「す、す、すみません!!! それだけは、勘弁してください!!!!!!」」


 病院の防衛力強化から数日後のこと。作戦室は、実に賑やかな空気に包まれていた。明石がオスプレイを使って、来栖野市の上空写真を撮影したと、そう言って一騎たちを集めたのだ。

 しかしその上空写真は高度があり過ぎた事と、大学病院や警察署、他に商業施設が密集している場所くらいしかなかったのである。

 大通りに関しては、ほぼ全てが事故車で塞がれていて、まともに進めそうな場所などない。つまり、ほとんど写真から得られる情報などない状態。

 そして、二人がケンカを始めようとした直後、澪と三笠が静かにさせるべく食事抜きの決定をしようとして、盛岡と明石が仲良く頭を下げて謝罪。


 これには本当に外でのケンカというか、殴り合いが起きかねない。そう思って仲裁に入った中村班と鳥越班だが、澪と三笠がたった少しの言葉で大人しくさせたことに、非常に驚いた表情だった。


「明石さん」

「なんだ?」

「通行ができなさそうな場所を、ホワイトボードの地図に書き込んでください。それと、写真撮影したタイミングの時のことで構わないので、どれくらいのゾンビがいたかを思い出してもらえませんか?」

「そうだな。ほとんど×印だけだと、詳しいことは分かりにくいもんな」


 澪に頭を下げていた明石は、恥ずかしそうにしながらも一騎の言葉に頷くとマーカーで車での移動ができそうな場所を色付けしていく。スラスラと明石は記入するが、きちんと部下から、詳細報告を受けていたからこそ書けているのだ。

 また、完全に前後左右を事故車に囲まれて、身動きが取れなくなっていたゾンビの数も地図に追加される。


「……玉突き事故状態の場所が、かなり多いですね」

「距離的に長い場所だと、最大で700メートルは事故車が道を塞いでいる場所もあるくらいだ。それと写真を見る限りだが、RZやSZは確認されていない」

「写らない場所にいた、という可能性もあります」


 一騎が明石に答えながら、真剣な眼差しで地図を見る。その様子からして、澪は一つの考えに至った。


「一騎くん、わたしたち自身でも、確かめに行ってみようって考えてる?」


 見事に正解を言われた一騎は、驚いた表情を浮かべながらも彼女の質問に肯定を返した。


「オレたちが自分の目で確かめる時は、創太に偵察用ドローンを作ってもらう。電波の届く距離も問題になるから、現地で安全そうな場所を確保しながらになるけどな」

「任せるのだよ。しっかりと武装も搭載させておくのだよ」

「今回の武装は軽い物にしてくれ」

「偵察用なのだから、ベレッタ92改かUSP改にするのだよ」


 一騎の注文に創太は分かっているとばかりに頷いた。さすがにショットガンを搭載させる気は、今回ばかりはない様子。少しは加減(?)というか、自重(?)を覚えたようだ。


「偵察拠点にするなら、武藤くんたちにお勧めの場所がある」

「明石、ゾンビに囲まれそうな危険なところじゃないだろうな?」

「そこは心配ない。ちゃんと常識的に選んだ」

「本当だろうな?」

「信じろよ。レンジャー訓練を受けていなくても、問題ない場所だから」

「不安しかないぞ!?」


 明石は盛岡と賑やかな会話をしつつも、一騎たちが拠点とするのに問題ないと判断したところに丸を付けた。


「有栖市との境に位置する、タクシー会社、小松交通なら駐車場10式や74式戦車も何台かなら問題なく停められる。ドライバーの休憩室や、仮眠室もあるから拠点として問題ないはずだ」

「問題は水と食料、それと電力ですね。あ、ついでにゾンビも」

「電力に関しては問題ない。あそこは六年前の開業当初から、ソーラーパネルを備えている。ドライバーたちが一斉に家電を使ったり、携帯やスマフォの充電をしても停電しないように設置されているからな」

「なるほど。なら問題は水と食料。ついでにゾンビか」

「一騎くん、ゾンビはついで?」

「社内にゾンビはいても、数は限られているはずだ。事務員と休憩中、仮眠中だったドライバー」

「近隣の住民は?」

「情報が少しでも多く入る自宅か、警察署か。あるいは地震の時の避難場所である学校だろ」

「テレビやラジオなら、自宅でも見れるから気にしなくてもいいのだよ」

「そういうことだ」

「いきなり小松交通に行く前に、ドローンを飛ばして安全確認ができそうな場所がある」


 明石が赤いマーカーで地図に丸を付けた場所、そこは有栖ラジオ放送局のある地点。周辺には特に目立ったり、特筆するような場所はない。

 ただし、一キロ半ほど離れた場所に御巫神社通りがある。ゾンビ発生初日には、包丁やナイフなどで武装した人間がいた。

 その時の人間で、どれくらいの人数が生存しているかは不明だが、装甲車や戦車などが通れば音で気付くだろう。そうなった場合、彼らが襲ってくる事態も考慮する必要が。


「御巫神社通りか。あの時の生存者が残っていたら、少し厄介かもしれないな」


 一騎がボソッと呟くと、それが聞こえてしまった澪と梓が辛そうな表情を浮かべる。一騎は澪の肩を、創太が梓の肩をそっと抱き寄せた。


「?」

「??」

「???」


 石田や明石たち男性陣は不思議そうに首を傾げるが、三笠は何となくでも察したようだ。一騎と澪は、創太が梓の肩を抱き寄せたことに驚いた。

 梓自身も驚いているようで、目を丸くしていたが嫌ではないらしく、そのままにさせている。


「一騎、考えてばかりでは意味がないのだよ。実際に向かってから、どうなるか。臨機応変に動くしかないのだよ」

「確かに。ここで考え続けていても、あまり意味はないか」

「わたしもそう思う」

「澪、梓さん。小松交通のところまで行ったことは?」

「ない」

「私もないわね」

「明石さん、石田さん。もしもゾンビが残っていると仮定して、どこら辺に多くいそうとかって、なんとなくでも予想できませんか?」

「考えられるポイントは、ここら辺だ」


 明石と石田がそれぞれ、数ヵ所ずつに赤い丸を書き込んでいく。一騎たちでも予想はできるが、周辺状況を知っていそうな人物の情報は頼りにしやすい。

 二人が書き込んだ場所から、最も危険そうな場所に関する話し合いを行い、突如として始まった会議は終了に。一騎は作戦室を出ていく前に、チラッと見えた上空写真が気になった。

 その写真は来栖野警察署の物であり、バリケードが大きく変形している物。写真には車などが突っ込んだ後もない、どうして変形しているのかが不明な写真が。





 作戦室での会議が終了し、しばらくしてから一騎と澪はジャーキーを連れて病院の敷地内を散歩していた。リードを付けていない状態だが、二人はジャーキーが逃げ出すことなど考えてもいない。

 普段、ジャーキーの散歩や遊び場は、入院棟の一階にある大きめの中庭。普段は入院中の子供たちを気遣った、避難民の子供たちが室内でゲームをしているので中庭にいる人数は少ない。

 しかし、今日は避難民の子供たちが久しぶりに身体を動かしたいとのことで、テニスボールでのキャッチボールや鬼ごっこで場所を使用中。なので、一騎と澪はジャーキーの散歩先を駐車場と花壇にして、のんびりと歩いていた。


「ワン!」


 駐車場の固定型迎撃システム範囲の内側を、二人が歩いているとジャーキーが澪の持っていた手提げ鞄に顔を突っ込んで吠える。


「ちょっと待って」


 澪はジャーキーが何を要求しているのかを理解し、手提げ鞄からテニスボールを取り出す。


「ワン! ワンワンワン!!」


 ジャーキーはテニスボールを見た瞬間に「投げて! 早く投げて!!」とばかりに吠えながら、尻尾を超ブンブン。


「取ってきて」


 澪はボールを軽くポイッっと投げる。すると、猛ダッシュでジャーキーは駆けていく。


「よしよし、偉い偉い!」

「いいぞ! ちゃんと持ってきたな」

「ワン!」


 ボールを銜えて戻ってくると、澪と一騎が頭を何度も撫でる。褒められたことが嬉しく、ジャーキーは尻尾超ブンブン状態。ボールを地面に置くと、「早く!」ばかりに急かすように吠えた。


「よーし。今度はもう少しだけ遠くだ。取ってこーい!」


 一騎が澪よりも長く、速度のあるボールを投げる。


「ワンワン! ワフーン!」


 すると元気よく走っていき、しばらくしてから「待て待て! 捕まえたぞー!!」とばかりにボールを銜えて一騎たちの元へと戻る。


「ワンワン! ワフーン、ワン!!」


 まるで「もっともっと! まだ遊ぶんだ!!」とでも主張するかのように尻尾が千切れるんじゃないかと、一騎と澪が心配になるくらいブンブン振る。


「病院の敷地で犬が元気に走り回り、ボールを銜えて戻ってくる。実に平和な光景だよなぁ」

「光景っていうか風景?」

「風景は違うだろうが」

「そうそう。平和っていうか、穏やかなシーンだよな」

「私たちが外に出てこれるようになったのも、あの子達のお陰なのよね」

「ワン!」

「病院周辺にいたゾンビを見ても怖がらず、危険だってあったのに水と食料を届けに来てくれた時は、本当に嬉しかったわよ」

「ワフワフ!」

「高校生なのに、偉いよねぇ。私たちなんて、悲鳴を上げずに過ごすだけでも精一杯だったのに」


 一騎と澪、ジャーキーの二人と一匹の和やかなシーンを見て、自衛隊員たちや避難民たちが呟く。病院の防衛力向上により、病院内に引きこもり状態だった女性陣も、少しずつだが最近は敷地内を歩いている。

 今回の会話も、ゾンビと遭遇するのは嫌だけど、ある程度の安全が確保されたなら健康の為にも日光を浴びよう。そういう思考で、出てきていた女性陣だ。


「ワン!」


 女性陣の会話の途中にも聞こえていたが、ジャーキーはもう十五回以上も一騎と澪にテニスボールを投げさせていた。投げられては猛ダッシュ。銜えて二人の元に戻り、撫でられて尻尾超絶ブンブン。


「ジャーキーも元気だよな。オレ、なんだか肩が痛くなってきた」

「大丈夫?」

「今のところは。まだ投げることになったら、絶対に筋肉痛になる自信がある」


 普通に投げるとそんなに距離は離れない。なので、一騎は野球選手のように投げていた。投げていたのだが、普段は使わない筋肉を動かしているので、彼は筋肉痛を心配。


「湿布、もらっておく?」

「どうしようか」


 澪の問いに、彼は湿布をもらうか、もらわないでおくべきかを考えながら十七回目か、十八回目かのボール投げを行った。花壇寄りのマンホールの場所へ飛んでいく。


「ワンワン!!」


 楽しそうにジャーキーが全力疾走するのを見ていた彼らだが、次の瞬間には一斉に首を傾げる。テニスボールを銜えて戻ってくるはずのジャーキーが、マンホールの上で動きを止めたからだ。

 マンホールに鼻をピタリと押し付け、臭いを嗅ぎ始めたと思った直後のこと。


「グルルル! ワンワン!!」


 ジャーキーが唸り、警戒するように吠えた。


「ジャーキー、どうしたの?」


 澪がタタタっと駆け寄っていき、頭を撫でたり耳の後ろを掻いたりして落ち着かせようとする。


「グルルルルル!!」


 効果がなくジャーキーは唸るのを止めない。


 ――この反応、前にもあったな。そういえば、あの時にジャーキーが吠えたのは……。


 一騎は記憶の中から、似たようなことがあった時のことを思い出す。それは、遮光カーテンを取りに行った先で遭遇した、ゾンビに噛まれていた堀美貴という人物を。


「グルルルル!! ワンワン!! ワフン! ワンワンワン!!!」

「澪!!」

「どうしたの?」

「離れるぞ!」


 いきなり、緊張しきった表情になった一騎。大急ぎで澪の手を掴むと、吠え続けるジャーキーの頭を撫でて促すように指示を出す。


「あっ。えっと、本当にどうし、たの?」

「下水に噛まれた人間がいる可能性がある!」

「……。あっ!」


 手を掴まれて驚いていた澪だが、一騎の様子から普通じゃないことが起きているとは気付いた。いきなり掴まれたことに驚きながらも、彼女は聞くべきことを聞く。

 彼の答えに瞬間的に目を丸くしたが、過去にジャーキーが唸り、吠えていた時のことを思い出したようだ。


「無線機を」

「あ、あぁ」

「澪、ここにいてくれ」

「うん」


 いつになく真剣な表情の一騎。指示されるがままに距離の近かった自衛隊員が、理由や説明を聞かずに無線機を渡した。彼は無線機のスイッチを切り替え、強制的に周辺の無線機に連絡が出来るように切り替える。

 その間にも二人の様子から、なにかあったのに気付いた避難民の女性陣が澪の元へ。


「一体全体どうしたの?」

「ケンカでもしたの?」

「なにか問題発生?」

「仲良くしなきゃダメよ」


 最初はケンカかもしれない、そう判断した女性陣からの仲直りのお勧め。


「マンホール下に、噛まれた人がいる、かもしれません」


 澪は肯定も否定もせずに、自分たちが気付いたことを口にした。いきなり歳上の女性陣に集まられたことに困惑し、たどたどしい口調になりながらも彼女は説明。


「た、大変じゃない!」

「どうするの!?」

「すぐに逃げないと!」

「病院内に戻って、玄関と入り口のシャッターを下ろさないと!!」


 ゾンビになり掛けている人間がいる。この言葉に女性陣は大パニックに陥り掛けた。


「皆さん、落ち着いて。ここは我々が守りますので院内へ避難を」


 偶然にも会話を聞いていた自衛隊員数名。彼らは大きな声を出さないように促した。


「手の空いている自衛隊員と自衛官は、速やかに3Dプリンター製の銃で武装。駐車場外れにあるマンホール近くに、大急ぎで集合するように。

 それとオレの銃も持ってきてください。明石さん、後藤院長か警備員からマンホールを開ける道具の場所を聞き、誰かに持たせて」

「ワンワン! グルルル、ワン!!」


 一騎が出す指示を聞いていた、他の自衛隊員や避難民の男性陣は即行動を開始。数名の隊員は10式戦車内に常備しているHK417改、MP7改、M16改などを手にする。

 発砲前の簡易点検を行うと、すぐさま戦車から飛び出してマンホールへ走った。避難民の男性陣は万が一の場合に備え、自分たちで用意していた手作りの槍や、金属バットを手にして彼らの後を追う。


「ワンワン!!」

「屋上の警戒班、狙撃準備を。それと全員に徹底通達するが、可能な限り火薬は使わないように。以上」


 無線連絡を終えた一騎は、無線機を隊員へと返却。周囲に他にマンホールがないか、それを後藤から聞き出していた彼は残る二ヶ所にも向かうように指示。

 この間に届けられた3Dプリンター製の大きいガンケースからTARー21改とマガジンを取り出し、女性陣が院内に避難していくのを黙視で確かめた。付属紐を使って、肩から落ちないように装備。


「澪も院内へ!」

「わたしも一緒にいる!」

「ジャーキーを宥めてもらわないと困る!」


 一騎は非武装の澪にも避難するように指示。実際、ジャーキーは興奮状態にあり、放置しておくのは愚策としか思えない。なので、彼の指示は当然だった。


「……無事に戻ってくるって、約束して」


 澪は一騎のところまで小走りに駆け寄る。そして、彼の両手をしっかりと握りながら、約束するように促した。至近距離で上目遣い。


「わかった」


 噛まれた人間がかなりいて、上がってきたと同時にゾンビ化するリスクから危険な“フラグ”に繋がるようなことは言いたくなかったようだ。

 それでも迷わずに約束してしまったのは、至近距離で上目遣いだったせいだろうか。澪がジャーキーを連れて病院内に入ると、入れ替わるようにして創太登場。


「ショットガン持ってくるなよ!」

「ゾンビにはショットガンなのだよ! ゾンビにショットガンを使うのは相場で決まっていて、王道でロマンで伝説で神話なのだよ!!!!」

「どこの、なんの相場だよ!?」

「ふっ、決まっているのだよ!! ゾンビ相場なのだよ!!!」

「そんな相場、あってたるまか!!」


 一騎は創太を叱りながら、今回だけはショットガンを使うのを禁止した。ゾンビは腐敗している。下水管などは澱んでいて、ゾンビが腐敗時に発しているだろうガスもたまっている可能性が。それが、もしも可燃性だったら。

 そんな場所に火薬なんかを用いたら、どうなるか。有栖市内の全下水管が、同時に爆発する危険性があった。もしそうなったら、有栖総合病院だって、爆発に使えなくなる場合も考えられる。だから、一騎は火薬と火炎放射器を禁止に。


「仕方ないのだよ。今回だけは、普通にXM8改で我慢するのだよ」


 創太は一度、病院に戻ってショットガンを置いてからXM8改を装備した状態で戻ってきた。その後、十五分ほどで敷地にある三ヶ所のマンホールに、武装した一騎と創太、中村と鳥越の両警官班。

 そして自衛隊と、避難民の男性陣がバランスよく戦力を分散させた。


『カウント五秒前。四、三、二、一、ゼロ!!』


 無線から聞こえる明石のカウントがゼロになったタイミングで、三ヶ所のマンホールの蓋が一斉に開けられた。その直後、マンホール下から強烈な悪臭。

 人の糞尿の臭いだけでなく、ゾンビが発する腐敗臭が混ざったもの。


「うっ!」

「ぐぉっ!」


 特に一騎と創太のいる、ジャーキーが吠えたマンホールの場所は臭いが強かった。そのせいで、開けた自衛隊員の二人が口と鼻を覆って、すぐに後ずさった程。


「誰かいるか?」


 ウイルス除染の現場などで使われるマスクを装備した一騎が、下水管に向かって問いを発する。


『ゥゥゥウ゛ウ゛ウ゛』

『ァァァア゛ア゛ア゛』

『ギィィャァァアア゛』

『グギュラァァア゛ア゛』

『グヌルォォォオ゛オ゛』


 返事があったが、それは人間ではない。ある意味、ほぼ全ての生存者に共通する、聞き覚えのある唸り。生き残る上で絶対に一度は遭遇する相手、そう、ゾンビだ。


「一騎、どうするのだよ」

「とりあえず、あれ落とそうか」

「あれ?」

「そう、あれ。創太、何本か落としてくれ」

「うむ。火を使わず、貴重な電池やライトも使わずに、照らせる物は一つなのだよ」


 アイドルのライブなどで、ほぼ必ず使われている物。光る棒だ。創太はパキョっと音をさせて、光を放ち始めたのを確認すると五本を同時に落とした。

 七、八メートル落下したところで光る棒は底に到着したようだ。その光に群がるように無数のゾンビが集まり出す。その時、五本あった光る棒の二本が拾われる。

 光に照らし出されたのは、全身が非常に汚れていて、臭いもかなり酷いだろうと簡単に分かる数人の少年少女。かなり汚れていたが、彼らが着ていたのは一騎と澪、三笠と同じ高校の制服。


「生存者か?」


 今までにゾンビが光る棒などを拾ったりすることなどなかった。それを考えるなら、生存者と判断することが出来る。しかし、一騎は疑問系。


「あれを拾うなら、生存者なのだよ」

「すぐに救出しないと!」

「そうだな。おい、今からたす――――」

「少し待て」


 避難民の男性陣の一人が、大声で助けてやるぞと言おうとした。その瞬間、一騎は口を右手で塞ぐ。作戦室で見た上空写真の中で、気になった一枚がある。

 たった一枚だが、ゾンビの中に突然変異や、わずかな理性を持った個体がいる可能性を考慮。だからこそ止めた。もしも、知識や理性が少しでも残っているゾンビだったらと危惧して。


 ――ジリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!


 彼がそう考えた直後、下水管から時計のアラームが鳴り響く。そして、その音は少しずつ遠ざかっていき、ついでに一本の光る棒が投げられたようだ。


『グォォォォォオオ』

『ゥゥゥウウアアア』

『ガァァァアアアア』


 ――カンカンカンカンカンカンカンカンカン


 ゾンビの唸り声が遠ざかっていくと、しばらくしてから地上と下水管を繋ぐ梯子を上がってくる音が。


「んー、んーんー!!」

「おっと。すみません」


 ずっと口を塞がれていた男性が、一騎の腕をタップ。そろそろ放してくれとばかりだ。彼は謝罪して手を放す。


「ぷはぁ。し、死ぬかと思った」


 一瞬だけ大袈裟な、と思った一騎と創太だったが考えを改めた。二人は防塵、防臭のマスクを使っているが、避難民の男性は普通のマスクさえしていない。

 鼻で呼吸はできるが、凄まじい悪臭をまともに味わうことになってしまう。なので、しばらく息を止めていたのだ。


「構えてください」


 一騎は一応の警戒を促して、創太や自衛隊が一斉に銃口を下へと向ける。一斉に銃に取り付けられたLEDライトが照らしたのは、「助かった」や「俺たち以外にも生きてる人間が」的な表情をした少年たちだ。

 彼らは急に明るくなったので、顔を上に向け銃口を向けられているのを理解する。かなり引き攣った表情になるが、ゆっくりと上がってきて両手を上に。

 少年二人が地上に出ると、続いて少女三人が上がってきた。五人とも非常に汚れていて、非常に(くさ)い。


「生きてる。俺たちは生きてるぞ」

「あぁ、あぁ、あぁ。ゾンビ共から逃げ切ったんだ」

「ぐすっ、ひぐっ。よかった、よかったよぉ〜」

「空気が新鮮。生きてて良かった」

「あ、安心したらお腹が()いてきた」


 一見するとゾンビに噛まれていなさそうだが、安心は出来ない。服の下などに噛まれた後や、食い千切られた痕跡があるかもしれないからだ。


「あの、えっと。とりあえず、は、初めまして」

「俺たちは無害人です。人畜無害な人類です」

「お願いします」

「「撃たないでください」」


 安心しきった様子から一転。銃口を向けられている状況を理解してか、焦ったような感じで懇願した。五人の処遇をどうするか、創太や自衛隊、避難民の男性陣の視線が一騎に集合する。


「明石さん、除去室というか除染室みたいな場所を外に設置することって可能ですか?」

『出来る。四十分だけ待ってくれ』

「了解です」


 一騎は彼らを病院内に入れることは一切、考えていなかった。病院に入った直後にゾンビ化したり、いきなり襲い掛かってくる可能性と危険性があるから。

 一緒に取り囲んでいる面々から、病院内に入れない理由として一騎はそう答えた。


「警戒しすなのだよ」

「事態は何においても、最悪な方向に考えておくべきだ。そうしないと、自分だけじゃない。大切な人や仲間を救うことなど出来ないからな」


 明石に自衛隊員たち、自衛官に中村たち警官組は無線を通して聞こえた一騎の言葉に「確かに」と頷いた。そして、今まで一騎が高校生とは思えないことが多々あったが、その理由も判明した瞬間になったのである。

誤字脱字報告、ありがとうございます。


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