19.集団焼殺と危険な帰宅
一騎が実弾のMP7A1と油を使った火炎瓶で、数百体のゾンビを焼いていた頃。澪たちもなんとしてでも脱出するために行動中だった。ただしジャーキーは車内待機中。
中村班は扉を開けずに、一階の窓から署内へと入って未成年を補導した時に回収した酒瓶が保管されている証拠保管室へ。創太は時折、一騎のいるマンションに向かう途中で列からはみ出たゾンビの射殺。
澪と梓は前回の警察署脱出時のまま、残っていた車を調べていた。十一台の車は全車が施錠されていたが、ノアの車内にあった車の窓ガラスを割る専用ハンマーを使って問題解決。
運転席もしくは助手席の窓ガラスを割ると、澪は車内に手を入れてドアのロックを外す。澪が探しているのは、音を出し続ける物だ。
例えば目覚まし時計。例えば電池切れしていない音楽プレーヤー。数分から長くても十分の間、音が出る物ならなんでもいい。WZとRZの唸り声を聞きながら、姉妹は手早く探していく。
「澪、これなんてどうかしら?」
「ダメ」
「使えると思うわよ?」
「音、小さいと思う」
「それじゃ、これはどうかしら?」
「……ダメ。 電池ない」
澪が四台目の車、タントの運転席と助手席、ダッシュボードを調べていたら梓が後部座席から見せたものがある。乳幼児を泣き止ませるためのガラガラ。
それと中に電池の入っていない、音を出しながら動くロボット。ガラガラもロボットの音も、ゾンビの唸り声の中では消音状態になってしまう。
「ゥゥウ゛ウ゛ウ゛!」
「ァァア゛ア゛ア゛!」
澪が姉の梓と四台目を探し終えて、五台目に向かおうとしたところでWZ二体が入ってきた。
――ガシュ、ガシュン!
入ってきたところをすぐに創太のXM8改に射殺されて、バタリと倒れ込んだ。
『ゾンビはこちらで殺しておくから、気にせずに探し続けるのだよ』
「助かるわ。 創太くん、一騎くんはどうしているの?」
『射撃を中断して、燃焼中のゾンビに上から追加の油を投下しているのだよ』
澪は集中していて気付かなかったが、創太が二体を射殺する少し前からMP7A1の銃声は止んでいた。
「マンションに火が移る可能性を考えていないのかしら?」
『十分に考えているのだよ。 下の状況を見ながら、あまりゾンビが燃えていない方向へと動いている』
澪は姉と創太の会話を聞きながら、五台目であるタクシーの運転席の窓ガラスを割ってロック解除。ガラスで手や膝を切らないようにしながら、助手席の足元やダッシュボードを開けて確認を進めていく。
「あった」
ダッシュボードを開けると、そこには目覚まし時計が入っていた。仮眠時にちゃんと起きれるようにと、タクシードライバーが用意していた物なのだろうと澪は判断。
「電池は……大丈夫」
目覚まし時計を見つけただけでホッとしそうになっていたが、彼女は電池が入っていて、ちゃんと動いているかを確認。
「足りない……かな」
一個だけじゃ足りないかもしれない。それと、ただ鳴らすだけでは、あまり意味がない。どこかに固定したり、吊るしたりしないと。
「ゥゥゥウ゛ウ゛ウ゛!」
「ヴァァァア゛ア゛イ゛!」
「ゴァァァア゛ア゛ア゛」
――バンバン、バン!!
創太がリロードを行い、梓が裏門から視線を外した直後にMP7A1の銃声がやけに響いた。
『梓さん、創太がリロード中くらいは、裏門から視線を外さないようにしてください。 澪、大丈夫か?』
「平気。 ありがとう」
創太がリロードのため、梓はそれを見るために裏門から視線を外した直後に入り込んだWZはまっすぐに澪へと向かっていた。それに気付いた一騎が、すぐさま援護射撃をしたのである。
「姉さん」
「私はUZIを持って澪のすぐ近くにいるから、安心して探していいからね」
「うん」
『一騎、迷惑を掛けたのだよ』
『迷惑なんて思ってないさ。 中村さんたちは?』
『扉を開けずに、一階の窓から――――』
一騎と創太の無線連絡を聞きながら、澪は六台目へと向かう。五台目には目覚まし時計が一個あっただけだ。
「よいしょ」
――パリン!
――バン、バババン!!
思いきりハンマーを叩きつけたせいか、派手に破砕音がしたが一騎の銃声がそれを上回った。助手席、運転席の順番で足元を見てから、ダッシュボードを開けて澪は探していくがなにもない。
「これだけじゃ」
後部座席に視線を転じた時、澪は予想外の物を見つけた。小型音楽プレーヤーはわかる。だが、そこには一緒に有線接続のスピーカーがあったのだ。
「……あっ。 電源」
これなら一騎に向かうゾンビたちを、別の場所へと誘導することができる。それがわかった瞬間、澪は思わずホッとしてしまった。
それから数秒ほどしてから、ハッと気付いたのだ。音楽プレーヤーの電源が入らなければ、無意味の物。だからこそ、少しだけ震える指で電源ボタンを押す。
「……そんな」
電源が入らない。彼女はどうしようと思うと同時に、待機状態ではなくバッテリー節約のために、電源が切ってあることに考え付いた。
「起動して」
電源ボタンを長押しすると、ちゃんと電源が入って起動した。バッテリー残量は三十ナナパーセントしかないが、それでも十パーセント以下よりもマシだ。
「すぐに窓の外へ。 ある程度は射殺したと思っていたんだがな」
「まさか五階に机とイスによるバリケードがあったなんてな。 しかも噛まれた奴が中にいたんだろう」
「最悪だよな」
「文句を言ってる暇はないぞ。 武藤くんを回収して、さっさとマンションに戻る。 これは最優先事項だ」
「そうだな」
電源が入った直後でホッとしていた澪の耳に、中村班の声が届いた。四人は受付のところの窓を開けて、飛び出してくる。彼らの手にはウイスキー、ジン、ウォッカ、焼酎などの瓶が入った箱。
「なにか見つかったか?」
「これと、これ」
中村の問いに澪は目覚まし時計と、小型音楽プレーヤーに有線接続スピーカーを見せた。
「よし。 武藤くんのように、火炎瓶を使ってゾンビを焼いて数を減らすか」
中村たちが証拠保管室から持ち出した箱は四箱。そのうち三箱は、アルコール度数の高い酒ばかり。残り一箱は既に着火して投げるだけの状態の瓶が。
「それは?」
「上戸森中学校の生徒数人が、興味本意で火炎瓶を作っていたんだ。 すぐに使える状態で押収したから、火を点けて投げるだけで済む」
中村は澪の質問に答えると、ポケットから取り出したライターを使って布に着火。それを持って塀に上がって、一騎に射殺されたゾンビが周囲を巻き込んで転倒している場所に、火炎瓶を投げ込んだ。
――パリン!
容器はラムネ瓶の火炎瓶は、割れると中に入っていた灯油が周囲に広がっていく。しばらくすると、布の火が灯油に引火して、かなりの速度で密着状態にあったゾンビたちを焼き上げていった。
「ァァア゛ア゛ア゛ア゛!!」
「ギャォォオ゛オ゛オ゛オ゛!!」
「ゥゥゥラア゛ア゛ア゛ア゛!!」
「ビィィィイ゛イ゛イ゛イ゛!!」
燃え盛る火だるまになったゾンビたちが、まるで悲鳴のような唸り声を上げて立ち上がろうとする。だが転倒状態であり、折り重なっているから無理な状態だ。
あっという間に中村の見ている前でゾンビたちは黒こげになって、ピクリとも動かなくなっていった。さらに中村は持っていた手持ちの火炎瓶をさらに投げ入れて集団焼殺していく。
この時、澪は中村班の一人が箱から取り出したガムテープを、目覚まし時計に巻き付けている最中。
目覚まし時計が終わると、今度は音楽プレーヤーと有線スピーカーをグルグル巻きにしていく。残っている車の中や、あるいはまだ動かせそうな車の車体下部に取り付けることができるようにと。
澪は残りの車の窓ガラスを割って、中を確認すると一台だけ電池式のDVDプレーヤーが。彼女は電源が入るかを確認。ちゃんと電源は入る。
続いて再生するDVDがセットされているかをチェック。そこには国内の某有名刑事ドラマのDVDが入っていた。
『こちら一騎。 マンションの一階に、燃えてる最中のゾンビが侵入した。 下から煙が上がってきてるから、今から降りる』
澪は一騎から、全員に向けての無線を聞いて慌ててラルゴの屋根へ。確かに一騎がいるマンションの下の階から、勢いのある火と煙が確認される。
「武藤くん、どう降りるの?」
澪の視線の先にいる一騎は、彼女に手を振るとなんと少しずつだけずれている下のベランダへと飛び降りたのだ。高さがあるのに、それを問題として認識もしていない様子。
三階のベランダから二回飛び降りるだけで、あっという間に一階部分に到着。そこから先の移動は、新たなゾンビが道路を埋め尽くすようにして歩行を始めようとしている。これを見た澪は正門側に向かって走り出した。
「澪!?」
「俺が行きましょう」
走り出した澪を見て、梓が驚いたように声を上げた。中村は声の反応にして梓の視線の先にいる澪を見る。彼女の手にガムテープとDVDプレーヤーがあるのを目撃。
なにをしようとしているのかを察して、中村は走り出そうとした梓に待ったを掛けた。そして、澪の後を追うようにして走り出す。彼自身は火炎瓶を数本持った状態でだ。
「正門のゾンビを燃やす。 火が消えてゾンビが動かなくなったのを確認したら、そのDVDプレーヤーを近くの電柱にガムテープで固定して最大音量で再生すればいいんだろ?」
「そう!」
中村は澪を追い越して、正門へ向かおうとしたが足音に反応したゾンビ数体が二人の方向へと歩き出す。
――ガシュ、ガシュシュ!
――パシュン、パシュシュシュン!
澪と中村の背後から中村班の二人が、援護射撃でゾンビを射殺する。澪を追い越した二人は、中村と協力して正門を閉めた。既に中へと入っていたゾンビたちが、彼らへと迫るが3Dプリンター製のM4A1改とHK416改を発砲し射殺。
「ぬん!!」
中村は持ってきていた最初の火炎瓶一本を正門向こうに投げて、ゾンビたちを焼却する。続いての二本目は、正門から二十メートルの距離にある電柱の場所に集まるゾンビ集団へと。
澪はまだ燃えているゾンビたちを無視して、電柱に行こうとしたがそれよりも早くに変化があった。
――パッパーーーーー、パパパーーーーーーーー!!
電柱向こうから車のクラクションが盛大に鳴ったのだ。燃えている最中でも関係なしにゾンビたちは、音の発生源へと向かおうと移動開始。
『中村、武藤くんを回収してさっさと脱出しろ』
「石田さん!? どうしたんですか!?」
『俺たちもついさっき、ウォーターサーバーの確保に来たところだ。 そうしたら、武藤くんやお前たちの姿が見えてな。 大体の事情は見ていてわかったから、脱出の手伝いだ』
「感謝!」
澪は中村の無線機に向かって、声を出した。それは連絡相手の石田に感謝を告げるためだ。彼女はすぐに引き返して、一騎を向かいに行くべく走り出す。
□
石田と鳥越班がパトカーのクラクションで、ゾンビを警察署から車で十五分の上戸森美術館に誘導して戻ってきてから十分。一騎は澪とジャーキーだけで、ラルゴの車内で休憩中である。
彼はWZとRZの射殺に、大挙して押し寄せてきたゾンビを処分するためにフックガンを使って、マンションから実弾による射撃。
さらに、簡易火炎瓶を作り使用してのゾンビ焼殺を行っていたが体力的に疲れてはいない。ただし、精神的にはかなり疲労を溜め込んでいたのだ。
初めてまともにゾンビを射殺した澪のフォロー。押し寄せてきたゾンビを射殺しながら、迎撃していた自分たちが噛まれないようにとの注意。
マンションでは、いつ焼却中のゾンビが一階に入ってきて火事になるかを警戒しながら銃撃。常に神経を張り詰めた状態での注意と警戒は、精神疲弊を引き起こした。
石田たちが支援に到着しても、ゾンビたちが完全に誘導されるまで最後まで気を抜かずにいたのだ。その反動として、彼は澪に膝枕された状態である。
澪は澪で、一騎が噛まれたり食べられたりしたらと恐怖して、全力疾走もあったから体力面と精神面で疲労が蓄積。少しでも気を抜けば、彼女は眠ってしまいそう。
それでも一騎の膝枕をやめるつもりはなかった。澪は自分たちのために、危険なことを全て引き受けたような彼を労りたくて。
「なぁ、澪」
「なに?」
「今日はなんだか疲れたな」
「同意。 初めての実戦射撃、新種のゾンビ、集まったWZとRZの集団。 本当に疲れた」
「だよなぁ。 ところで澪」
「?」
「疲れてるなら、無理に膝枕しなくていい」
「平気」
一騎は澪の柔らかい膝枕によって、段々と眠気を抱いている。ジャーキーが彼のお腹の上に頭を乗せてスヤスヤと寝ているのが、余計に眠気を誘っていた。
「無理、無茶、ダメって言った」
「今回は仕方なかったんだ。 創太と梓さん、中村班がウォーターサーバーと予備タンクの運び出しを無事に終了するまでには。
オレが署内に援護に向かったら、澪一人であの量を射殺しなければならなかったんだから」
「フックガン」
「あれは使う必要があった。 使ってなければ、今頃オレたちはゾンビの仲間入りしてたぞ」
「火炎瓶」
「あの数を銃で殺すのは無理があった。 だから、思い付きで試して効果があってよかったよ」
「火事」
「あれは想定してたから問題なしだ」
実に淡々とした口調で、澪は自分が思う無理と無茶を指摘していく。これに対して、一騎の答えは実にわかりやすい。ただ、思い付きという言葉を聞いて澪から不満そうな雰囲気が漂い始めたが。
「応援が来たから、問題なし。 でも、もう今日みたいなことはやめて」
彼女にしては珍しく、単語会話じゃない文章会話。それだけ本気で一騎を心配していたのだろう。
「約束も確約も誓約も難しいかな」
「どうして?」
「少しでも生存率を上げるには、できることをする。 そうしないと、ゾンビの仲間入りだからな」
「わたし、怖かった」
「ゾンビが?」
「武藤くん、ううん。 一騎くんが食べられるんじゃないかって不安で」
「心配かけてごめん」
「本当に。 ちゃんと反省して」
「反省してるって。 だから、こんなに疲れるんだから」
一騎は自分のお腹に頭を乗せて寝ている、ジャーキーの頭を優しく撫でた。
「オレだって、澪たちがゾンビになるのは怖いさ。 一緒に生活してる相手が、ゾンビになったら殺さないといけない。 でも、一緒に過ごした時間が長ければ、それだけ躊躇するだろうから」
「一騎くん」
「んー?」
「守ってくれて、ありがとう」
「守りたいから守った。 それだけだよ」
「それでも、ありがとう」
「どういたしまして」
二人は会話が途切れたのと同時に、少しずつ睡魔に負け始めていく。やがて、完全に寝てしまうというタイミングで創太と梓が車内に戻ってきた。
「もうそろそろ、正午だが今日はもう疲れきったのだよ」
「私もそうよ。 新種のゾンビのせいで、いつ噛まれてゾンビ入りするか不安で仕方なかったわ」
「おかえり」
「おかえりなさい」
「うむ、ただいま、なのだよ」
「ただいまー。 って、あら?」
一騎は膝枕された状態で、澪は膝枕した状態で二人を出迎えた。創太は「疲れて当然なのだよ」と言ったが、梓は「澪、積極的じゃないの」とからかう。
からかわれた彼女は顔を赤くしながらも、自分たちのために今日は無理と無茶をさせたから、そのお詫びとお礼だとだけ答えた。
「創太、ゾンビたちは?」
「ほぼ移動させ終えたのだよ。 ここまで戻ってくるにしても、しばらく時間は掛かる」
「RZもか?」
「そう思うのだよ。 もしも出発する時に戻ってきたら、ずっと走ってきたか、あるいは車を追いかけてきたとしか思えないのだよ」
創太は他にも一騎が質問しそうなことを、先回りして答えた。
「新種の絶叫ゾンビに関しても、情報共有はしておいたのだよ。 今後、呼び方はSZとなるのだよ」
「SZ?」
「英語で絶叫のスペルの最初のローマ字とゾンビのZでSZ」
「単純でわかりやすいな」
「そうなのよね。 そうそう一騎くん、三台目のウォーターサーバーと予備タンク二個は石田さんの車に積み込み終わっているから」
「わかりました」
一騎としてはとりあえず確認しておくべきことが、全て片付いたのでそのまま寝ようとした。
『中村より、武藤くん、葉加瀬くん』
「どうしたのだよ?」
『マンションに戻ろうと思うが、少し休憩するか? それとも、すぐに動けそうか?』
「すぐで構わないのだよ。 二人ばかりは、今にも眠りそうだが」
『了解。 それではマンションに向けて出発しよう』
「梓、運転を任せるのだよ」
「わかったわ。 創太くんも少し寝るといいわよ」
「僕よりも休ませるべき二人がいるのだよ」
「そう、ね」
寝ようとした直後、中村からの無線連絡によって、一騎の睡魔は吹き飛んでしまった。
「澪、膝枕ありがとう」
「どういたしまして」
一騎は澪に感謝の気持ちを告げてから、身体を起こしてシートベルト装着。ジャーキーは彼が起きると、お腹ではなく膝にアゴを乗せて眠り出す。
ゾンビの焼死体で真っ黒な道路を走りながら、一騎たちは拠点としているマンションへと向かう。ジャーキーの頭を撫でながら、周囲を見ていた彼は不意に放置するのは危険な存在を視線が見つけ出してしまった。
「グルルルルウ゛ウ゛ウ゛ウ゛!!」
「ヴォン、ヴォォォォオ゛オ゛オ゛ン!!」
「グルォォン、グォォォオ゛オ゛オ゛ン!!」
彼が見つけてしまったのは、ゾンビ化した十四体の犬たちである。
「ワフ? グルルルルル!!」
ジャーキーは吠え声に反応して、仲間だと思い顔を上げた。だが、吠え声の方から漂ってきたのは腐敗臭だ。それも、人間とは少し違う動物特有の臭さ。
雨に打たれても、何十日もほったらかしにされた臭い。そこに混じっている腐敗臭。ジャーキーはゾンビ化した犬と遭遇してしまった。
「でえぇい。 なんでゾンビ犬が残ってるんだよ」
時速三十キロでノア、パトカー、タント、ラルゴの順番で走っており、先頭車両の中村たちは気付いていないようだった。タントに関しては鳥越班が上戸森美術館にゾンビ誘導した時に発見して、自走可能だったから乗って来たもの。
「一騎、速度を上げれば問題ないのだよ」
「そうよ。 無視しておけばいいわ」
二人は一騎がただゾンビ犬を発見しただけだという認識。だが、この認識には大きな間違いがあった。
「それには賛成だが、射殺する必要がある。 中村さん、石田さん、速度を上げてくれ。 十四体のゾンビ化した犬が追ってきてる」
一騎がトランクの方へと振り返ると、チワワ三体、プードル、二体、柴犬五体、シベリアンハスキー四体が。片耳がなかったり、腹部から腸を垂らしたままだったり、毛が抜けて顔面の筋肉がむき出し状態で車を追って走ってくる。
中には前足や後ろ足がないのに、それでも追いかけてきていた。
「ヴァォォオ゛オ゛オ゛オ゛ン!!」
「ヴォォォォオ゛オ゛オ゛オ゛ン!!」
「グルォォォォオ゛オ゛オ゛オ゛ン!!」
まるで仲間を呼ぶような遠吠えだと、一騎がそう思っていると、それは正解だった。どこからか、ドーベルマンゾンビ六体も現れる。
『武藤くん、このまま速度を上げて走り逃げるから問題ない』
『放置しておいても、心配いらないだろう』
中村と石田は今にも飛び掛かってきそうな距離にまで近付いてきていることを知らない。
「射殺しないと飛び込んできます!」
『『なにぃ!?』』
一騎はシートベルトを外して、窓ガラスを開ける。TARー21改をガンケースから取り出して、身体を外へと出しながらセーフティーを解除して銃口を後ろへと向けた。
「澪!?」
「射撃に集中して。 噛まれたり、電柱にぶつかりそうになったら引っ張り込むから」
「わかった!」
いきなり腰の辺りに手を回されて驚いた彼だが、澪から理由を聞かされて納得。
――バシュン、バシュシュシュン、バシュシュシュシュン!!
時速五十キロ近くまで速度が上がった車に、ゾンビ犬たちは平然と追い付いてくる。彼は最も距離を縮めてきていた柴犬三体に向けて発砲。
「ウソだろ!?」
一騎のTARー21改から放たれたパチンコ玉は、まっすぐと向かっていったが、急にジグザグに走られて外してしまう。
「厄介だな」
「大丈夫?」
「問題ないはずだ」
澪からの問いに彼は短く答えると、ドットサイトを使っての精密射撃に切り替える。
――バシュン、バシュン、バシュン!!
距離を詰めてきた一体に、時間差で三発。命中するかと澪も思ったが、なんとジャンプして回避した。
「えぇ!?」
澪が心底驚いた、そんな声を出したことで梓がルームミラー越しに後ろを見て、彼女もギョっとした表情に。
「狙わずに、パチンコ玉を撃ちまくるか」
――バシュシュシュン、バシュシュシュシュシュシュン、バシュシュシュシュシュシュシュシュシュン!!
「ギャン」
「ギャフ」
「ギャーン」
「ヴォォォオン」
ドーベルマン三体と柴犬一体が、避けきれずに足を撃たれて、体勢を崩したところで飛来したパチンコ玉を回避することができずに頭を貫かれ死亡。
「一騎、癇癪玉は?」
「ダメだ! しっかりと追ってきてる」
「なら火炎瓶なのだよ」
澪は一騎の腰から手を放し、足元の箱から火炎瓶を一本取り出す。それとライターも取り出した。
「一騎くん!」
「あぁ!」
渡された火炎瓶の布に火を点けようとしたところで、彼はいきなりグイっと身体を澪の方へと引っ張られた。
「ひゃう!」
かなり力一杯に引っ張れた一騎は、仰向けの状態で澪の胸に頭を乗せてしまった。
「ご、ごめん!」
電柱にぶつかりそうだったから、車内に引っ張り入れた彼女は恥ずかしそうに胸を腕で隠す。
「焼けとけ!」
一騎は再度、彼女に謝ってから布に着火した火炎瓶をゾンビ犬たちへと投げた。
――ガシャン!!
「ヴォォォオオン」
「ギャオン」
「ギャンギャン」
割れると同時に周辺を火の海にした火炎瓶から逃れることができず、ゾンビ犬たちはあっという間に燃えていく。彼は車内に身体を戻して、トランクの窓越しにもう追ってこないのを確認。
「中村さん、石田さん、焼殺しました」
『了解』
『このまま速度は落とさずに、マンションまで戻る』
彼からの報告を聞いた二人は速度を維持したままで、拠点のマンションへと帰った。到着後、創太が101号室のベランダから中へと戻り、地下駐車場のシャッター開放。
中村班と鳥越班から二人ずつ降りて、周囲の警戒を開始する。ノア、パトカー、タント、ラルゴは、そのまま駐車場へと入って、奥の方で停車。
一騎はTARー21改のセーフティーを掛けて、疲れきった表情で降りた。その後、石田、鳥越と少しばかり会話してから、彼らにも火炎瓶数本とその材料が提供。
精神疲労が蓄積していた一騎だが、石田たちから数日後に上戸森ショッピングモールセンターに向かうことを聞かされて、協力して向かうことを202号室で話し合った。
細かな日時は改めて無線連絡で決めることを約束し、イーグルマンションでの生活を聞かされた一騎たちだが、水問題が解決すれば当面は不自由なく過ごせそうだと聞かされて安堵。
一時間ほど滞在した石田と鳥越班を地下駐車場まで見送ると、一騎は澪に支えられるようにして707号室の自室まで戻った。精神疲労が限界を迎えていたために、澪を抱き枕にしてそのまま寝てしまう。
澪も疲れていたので、一騎の抱き枕の立場を受け入れてそのまま数時間は二人とも寝た。その後、起きてからお互いに顔を赤くしてしまったが、文句を言うことも聞かされることもなく食事を済ませて再び寝てしまうのだった。




