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死域からの生還者  作者: 七夕 アキラ
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1.通学途中の出来事


 上戸森市の上戸森駅から、徒歩二十分ほどの距離にある十階建てのマンション。そこの707号室の武藤(むとう)と書かれている家。時間は朝七時三十五分ちょうど。

 住人の三人は席に着いて出来上がったばかりの朝食を食べている最中。テレビからはニュースが流れているが、その内容は日に日常的な情報ばかりである。


『昨日の深夜に新宿歌舞伎町で起きた火事ですが、原因は外国人観光客のタバコのポイ捨てとわかりました。この火事で死傷者は――――』


 テレビから聞こえてくるニュースを聞きながら、武藤(むとう)一騎(いっき)は盛大な欠伸をしながら白米を口へと運ぶ。


「今日は一騎が通う都立来栖野高校の入学式だったな。お前も今日から高校二年生だな」

「そうだったわね。一騎、今日から先輩になるんだから、後輩のお手本になるようにね」

「変に気負う方が、重大な失敗に繋がりそうな気がして仕方ないんだけど」

「それもそうだな。父さんなんか新入社員を連れて取引先で行ったプレゼンテーションでは、緊張のあまりに何度もミスをしたもんだ。普段通りが一番だろう」


 親子の会話としては実に一般的。一騎の容姿はどこにでもいる日本の男子高校生だ。顔立ちは良くも悪くもない、平凡としか言いようがない。

 そんな一騎だが、少しだけ人目を引く特徴がある。それは真っ黒な髪の両親とは違い、焦げ茶色の髪だ。ジャーマン・シェパードのような色合い。


「新入生に可愛い子がいたら、仲良くなっておくのよ。一騎ったら高校二年生にもなるのに、まだ彼女がいないんだから。若いんだから青春しないと」

「焦る必要ないだろ。彼女彼女ってガッツク方が、カッコ悪いと俺は思う」


『臨時ニュースです。本日、朝6時頃に来栖野市にて――――』


「ごちそうさま」

「お粗末様。一騎、来栖野市で暴行傷害事件ですって。登校には気を付けるのよ」

「大丈夫。ってか一時間以上前だろ?それなら、もう解決しているんじゃないかな?」

「父さんもそう思う。母さんは心配性だな」


 一騎は空になった食器を流しへと置いて、洗面台へと向かった。歯磨きをしっかりと済ませて、いつも以上に時間を掛けて洗顔。それを終えると自分の部屋へ行き、通学鞄を持って玄関へ。


「行ってくる。入学式の後はホームルームだけだから、昼食は家で食べるから」

「わかったわ」

「気を付けていくんだぞ〜」

「わかってる」


 一騎は革靴を履いて外へと出た。彼は一時間もしないうちに後悔する。これから向かう来栖野市にて起きた暴行傷害事件のニュースをしっかりと聞いておけばよかったと。

 玄関から廊下へと出た直後、隣室の708号室の玄関が開いて一人の少年が出てくる。年齢は一騎と同じ十六歳で今日から高校二年生というのも同じだ。


「おはよう、創太」

「おはよう、一騎。今日も試作と開発日和だと思わないかい?」

「なんのだよ」

「色々となのだよ」


 葉加瀬(はかせ)創太(そうた)は、一騎の家族の入居と同じ日に708号室の住人になった人物だ。正確には葉加瀬家の全員とだが。現在、創太の両親は海外出張中であり、実際に住んでいるのは彼のみ。

 工業高校の生徒であり、非常に優れたプログラマーでハッカーでもある。また、今までに自作した複数の機械は特許があり世界中で重宝されている。


「そっちは入学式だけか?」

「その予定なのだよ。というか、入学式なんて面倒なのだよ。僕としては家で機械や銃の図面を描いている方が楽しくて仕方ない」

「銃の図面って。実際に作るなよ?」

「安心するのだよ。道具がないから作るのは無理だ。あくまでも図面を描くだけ」


 創太をあまり知らない人間なら、ここで「そうしておけ」とでも言うだろう。ただし、一騎は違う。十年もの付き合いになるからこそ知っていることがある。


「ウソだろ。確か図面を読み込ませるだけで、その通りに金属加工する3Dプリンターを持ってるじゃねえか」

「ふははははは!」


 一騎の言葉に創太は笑う。その表情は「作るに決まってるだろう!」と主張していた。二人は廊下を歩いてエレベーターの前で止まった。下へのボタンを押すと、すぐに上がってくる。誰も使用者がいなかったから到着も早かった。


「3Dプリンターだけじゃなくて、新しく銃を作ったりするのは銃刀法違反のはずだろ」

「バレなければ問題ないのだよ!」

「絶対に作るなよ!? 友人が逮捕とかニュースで見たくないからな!!」

「ふははははは!」

「笑い事じゃねぇ!!」


 エレベーターに乗って、1階へと向かう途中で一騎は自分が帰宅した頃には創太が実際に銃を作っていそうだと思ってしまう。

 チーンっと音がして1階到着。先に降りた一騎は振り返りながら、気になっていることを聞いてみた。


「実際のところ金属対応の3Dプリンターって、どのくらい正確に作り出すんだ?」

「ふっふっふ。心配ない。昨日の夕方から今朝に掛けて正確に作るためのAIを作ったのだよ。だから、図面いや設計図を読み込ませるだけでどんなミスもなしだ」

「そんな短時間で、どんだけ高度なAIを完成させたんだよ」


 想像もしていなかったとんでも発言に、一騎は驚愕と同時に頭痛を覚える。


 ――こいつ、絶対に銃を作る気だな。そもそも、どこで銃の設計図を見たんだか。


「銃の設計図なら、各銃メーカーにハッキングしたから問題なしなのだ!!」

「問題大有りだ!!!」


 一騎は思考を読まれたことよりも、銃メーカーをハッキングしたと聞かされたことによって頭痛が強くなった。二人一緒に上戸森駅へと向かいながら、創太は通学鞄から栄養ドリンクを取り出して飲み始める。味はマスカットだ。


「問題ないとも。ハッキングの痕跡など残していないのだから」


 一瞬で飲み干して鞄に戻した後、創太が声を小さくした。周囲を歩く同級生やサラリーマン、他校の学生や主婦に聞かれたりしないようにと。二人はマンション近くのバス停へ。

 徒歩だと駅まで二十分も掛かるが、バスを使えば道路の混み具合によるも十分以内には着くからだ。


「一騎、来栖野市の臨時ニュース見たかい?」

「暴行傷害事件だろ?あんまり詳しくは見てないが、時間的に解決してる頃じゃね?」

「そうかい。僕は各テレビ局の情報サーバーをハッキングしたんだのがね。気になる内容があったのだよ」

「お前、ハッキング好きだな」

「もちろんなのだよ。僕ら国民が知らない情報を保有しているのだからね。それに――――」


 創太が次を言おうとした直後、道行く人々の頭上を大きな音を出しながら八機のヘリが通過していく。


「む?警察ヘリが三機か。それにNHKの中継ヘリ四機と上戸森TVのヘリ一機か」


 頭上を通過していったヘリをたった一目で、どこの所属なのかを創太は一瞬で見抜いた。それと同時に一台の乗用車が停車して、中から一騎の父親が顔を見せる。


「一騎。創太くん、おはよう。ちゃんと周囲を見ておくように」

「一騎の親父さん、おはようございます。問題なしでありますぞ」

「右、右」


 創太は一騎父に言われた通りに右を見ると、自転車に乗ったままスマフォでワンセグを見ているらしきどこかのサラリーマンが。

 もう少し進むと接触する距離なのに、顔を上げて人がいないのかの確認もしていなかった。


「そこのサラリーマン、危ないのだよ」

「は? おっと。すまん、すまん。来栖野市の臨時ニュースが気になってな」


 突然、前から声を掛けられて視線を上げたサラリーマン。一瞬だけ不機嫌そうになるが、自分の方が悪いと理解してか謝罪の言葉を口にした。


「僕も気になるが、声を掛けなかった場合に衝突をしていた方を危惧するべきなのだよ」

「確かにな。自転車を降りてから、続きを見ることにするか」


 サラリーマンは、もう一度だけ謝罪してからスマフォをスーツの内ポケットに戻して去っていった。


「おっと。バスが来るな。二人とも気を付けるようにな」


 バックミラーをチラッと確認した一騎の父は、こう言って乗っている車を走らせていった。しばらくして、到着したバスに乗って、上戸森駅へと向かっていく。





 電車内はかなり混んでいた。今日から初通学や初出勤の人々が多いからかもしれない。遅刻や遅延しないようにと心掛けているのだろう。

 一騎と創太は五号車に乗り込み、少し離れた場所が四号車への扉付近にいる。一騎はイヤホンをした状態で、スマフォで動画を見ていた。

 彼が見ているのは、人気のドッキリ映像番組だ。幅広い年代層に人気であり、放送開始から既に三十年も経過しているという長寿番組。


 創太は何か悪いことを考えているような笑顔で、スマフォのメモ帳に思い付いた内容を書き込んでいる。


「え? ちょっと!やめ!痛い!痛い!! 噛むな! 離せ!!」

「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁあ!」

「何してるんだよ! 離してや――――ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁあああ!」


 イヤホンをしていても聞こえた悲鳴に、一騎は動画を停止してイヤホンを外す。鞄にではなく制服のポケットに断線しないように入れる。


「ぶへ、ごおふぁ。 た、たず……げでえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!」


 創太もメモ帳に書き込むのを止めて、一騎と一緒に隣の四号車の扉へと近付いた。声を聞いただろう他の乗客と一緒に静かに見ると、四号車は血溜まりが広がっている。

 全身を血で濡らした複数の男女が、近くの人間へと飛び掛かって首や手、腹部や足へと噛み付いていく。さらに悲鳴や絶叫が響いて騒々しくなる。次々と血が飛び交う異常な光景だった。


「何がどうなっているんだ」


 目撃していた新品のスーツに身を包んだ新入社員らしき男性が、一緒に目撃した周囲の人間の気持ちを代弁した。


『次の停車駅は来栖野駅〜、来栖野駅〜。お出口は左側の扉が開きま〜す』


 電車の運転手の暢気(のんき)そうなアナウンスが入る。その間にも一騎たちが見る四号車は普通ではなかった。3人によって噛み付かれ床に倒れていたサラリーマンが、ゆっくりと身体を起し始める。

 首や腹部、足を思いきり食い千切られて、筋肉や内臓が露出しているのに、だ。


「創太、オレの好きなドッキリだと思うか?」

 

 ゆっくりと減速を始めた社内で、彼は隣に立つ友人に聞いた。


「ドッキリだと思いたいのだよ。ただ、臨時ニュースを見た感じだと、このことを言っていたのだと思う」

「マジかよ。駅に着いたら、すぐにでも学校に向かうか?」

「同意見なのだよ。ただし、これがドッキリではない場合を想定して、僕は駅近くのパチンコ店に向かう」


 創太が口にした内容で、特に無視するべきじゃない言葉があった。一騎は冗談を言っているのだろうと視線を向けた。しかし創太の表情は実に真剣そのもの。


「行ってどうするんだ?」

「これがドッキリじゃなくて、本当のことだとたらバイオザードなのだよ。安全を守るためには、マンションに戻って銃を作る必要がある。その銃弾としてパチンコ弾を使う」

「パチンコ玉を銃弾として撃てる銃なんてあるのかよ?」

「ない。だから、独自に設計図を改造するまでなのだ!!」


 それから程なくして電車は、来栖野駅に到着。一斉に扉が開いて乗客がホームへと降りる。だが、この時点で異常は起きていた。

 普段であれば乗車しようとホームに並ぶ利用者の姿が、全く見当たらない。それどころか、改札のある下の方から悲鳴と絶叫が。


「一騎、あれ!あれ!!」


 彼の隣に並んだ創太は、四号車の方を指差す。そこでは全身が血塗(ちまみ)れのあのサラリーマンがいた。それだけじゃない。他にも食い千切られた後が目立つ元乗客が続々と降車する。


「ウウウゥゥ」


 サラリーマンは口から血ではない、黒い液体を垂れ流しながら唸る。眼球からも血が出ているのに、それを気にしている様子もない。


「ウウウウゥ、ア! アアアアアアァァァァァァアアアア!!!」


「ヤバ! 来るな!!!」


 ふと視線が合ったかと一騎が思った直後、サラリーマンはまるで大切な何かを見つけたのかように嬉しそうな声を上げた。そして一騎目指して、不自然な走りのまま迫る。

 ドッキリだとしても(たち)が悪い。そう考えていた一騎だけに、いい加減にしてくれとばかりに声を発した。


「え? うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁああ!ぎょあああああああああぁあぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」


 サラリーマンは一騎の隣に降りてきた大学生に衝突。すると、そのまま首筋へと噛み付いたのだ。それと同時に大学生が痛みのあまりに声を上げるが、誰も助けようとしない。


「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁああ!」

「く、くるな! 来るなあああああああぁぁぁぁぁぁあああ!!」

「逃げろ! 走って逃げるんだ!!!」


 他の号車から降りた乗客も同じような状態になっていたのだから。ブチブチっと音がしたかと思うと、絶叫を上げていた大学生は急に沈黙する。

 頸動脈が食い千切られて、そこから大量の出血があったことによって。


「一騎、とにかく学校へ行くのだよ! 僕は回収可能なパチンコ玉を集めに向かう!!」

「わかった。 気を付けろよ」

「分かっているとも!」


 一騎と創太は方々から飛び散ってくる血や肉片を避けながら、改札へと急ぐ。


「おいおいおい! もしかして来栖野市全体がこうなってるんじゃないだろうな!?」

「僕は知らないのだよ!だが、ドッキリの可能性は限りなく低いのは確かなのだ!!」


 改札へと続く階段を降りた先で、彼らが見たのはホームと同じ光景だった。年齢も性別も職業もバラバラの人々が、無傷の人間へと襲い掛かり、その血肉を貪る場面。


「ウソだろ!? 警官もかよ!?」


 彼らよりも高いところから発せられた声。その言葉の通りに、駅の真横にある交番で勤務していただろう警官でさえも人を襲っていた。


「下も危険だぞーーーー!! 車両に戻れ!!!」

「創太」

「うむ。 一騎、突破するぞ!!」


 一騎と創太の二人はホームや車両に戻るよりも、それぞれの目的地へと向かうことを選んだ。


「邪魔だーーーー!!!!」

退()くのだよーーーー!!!!!」


 無事な人間に気付いた人間に気付いて、視線を上げた人間だったモノがゆっくりと歩きながら手を伸ばす。一騎は飛び膝蹴り、創太は通学鞄から取り出したらしい警棒で迫ってきた3人を吹き飛ばす。

 高校生が警棒を通学鞄に入れているなど、常識的に考えれば普通じゃない。だが、今は誰もそんなことなど気にも止めないだろう。

 自分たちも迫ってくる人間だったモノから距離を取るのに、意識と思考を割いていたのだから。元人間、それは誰がどう見てもゾンビにしか見えない。


「一騎、これを持っていくのだよ!」


 創太が通学鞄から取り出した二本目の警棒を一騎へと放り渡す。


「助かる! だけど少しだけいいか?」

「もちろんなのだ」

「どうして警棒なんて持ち歩いてるんだ? 法律は大丈夫なのかよ」


 一騎の言葉は普通であれば、多くの人物が指摘するだろう。だが、現状は普通じゃない。非日常になってしまっている。


「今は異常事態なのだよ。だから問題ない。それと、常に2本は持ち歩くのは常識なのだよ」

「そんな常識があるか! とにかくオレは学校に向かってみる」

「それがいい。周囲の無事な人間が避難している可能性があると思うのだ」


 創太は同意したかと思うと、駅から徒歩で三分の距離にあるパチンコ店へと本当に向かっていった。一騎も駅から出るが、あまりの光景に足を止めてしまう。


「まさか市内全体じゃないだろうな」


 一騎の視界には道路のあちこちで、ゾンビが死体を貪っている光景があった。タクシー乗り場やバスロータリーは、乗用車と衝突して壊れている。

 そして、運転席やフロントガラスには、血の手形がハッキリと残った状態。その血も生乾きの様子だ。こんな状況で火災が起きていない方が不思議で仕方ない。そして、この周辺に生存者がいないのは確実だった。人の気配がしないどころか、悲鳴も助けを求める声もしないのだから。


 ――ピリリリリリ


 一騎のスマフォが音を立てた。スマフォの発信者名に父と書いてあり、一騎は嫌な予感を感じる。


「もしもし」

『一騎、来栖野市はどうなっている!?』


 一騎が応答をタップした直後、彼の父親の切羽詰まったような声が届いた。


「ヤバイ状態だよ。 どう見てもゾンビみたいな状態になった人間が、他の人間を襲ってる」

『そっちもか。 っくそ!』

「そっちもって。父さんの方は?確か今日は朝から有栖市で、取引先の重役と会うんだろ?」

『その予定だったが、もう無理だ。何度、電話を掛けても繋がらない。いつも、五コール以内には出る人なんだが。電話に出れない状態なのか、あるいは出ることが無理な状態になっているんだろう』


 一騎は知らないが、父親はこの時点で噛まれていた。すぐ近くで噛まれた人間がどうなったのかを目撃している。一騎の父親は自分もゾンビの仲間入りを理解して最後に家族の声を聞こうと連絡してきていたのだ。


「父さんはどうするんだ?」

『家には帰れん。俺も噛まれた』

「なんだって!?」

『車内から撮影した動画を送るから、噛まれたらどうなるかを自分の目で確かめろ! 母さんには家から出ないように連絡しておくから』


 話は終わったとばかりに、急に通話を切られて一騎は困惑する。その最中にも出てきたばかりの駅の中から人の絶叫と悲鳴が。

 一騎がとにかく学校にと思って、施錠されていない自転車を探し始めようとした直後に二通のメールが届く。両親からであり、父親からは撮影された動画。

 母親からは自分もゴミを出しに行った時に噛まれてしまったとの文面。一騎の安全のためにも帰宅せずマンションから離れるということ。


「動画も気になるけど、今は学校に向かうか」


 通学鞄を見つけた施錠されていない自転車のカゴに乗せて、思いきりペダルを漕ぎ始める。車の無免許運転は可能だが、故障していない物などなかった。警棒は鞄にもカゴにも入れず、右手に保持した状態。


「ぎゅああああああああぁぁぁぁぁああああ!」

「だ、だずげべーーーーーーーー!!」


 一騎が漕ぎ出した直後、駅の方から叫び声。しかし、彼は振り返ることも、足を止めもせずに移動を急ぐ。学校へと続く大通りを走るうちに、一騎は自分以外にも多数の生存者を目撃。

 しかし、残念なことにゾンビの集団によって囲まれていて逃げ出せはしない状態だった。そしてこの時だ。彼は思いきり振りかぶられた金属バットを見る。

 ゾンビに囲まれた生存者の中には、身を守るために武装していた人間もいたのだ。その正確な人数を彼は見れなかったが、武装していたのは十一人もいた。


 一騎が大通りに出ると、そこは最悪だった。玉突き事故が起きていて、車内に残っている無事な人間を求めてゾンビが車へと殺到。

 車内から彼の姿を見て助けを求める声もあったが、一騎は無視を決めた。なにせ、ゾンビの数が多すぎたからだ。そして、一騎が見る限りでは音に反応している。

 車内から助けを求める声があれば、そこへとゾンビが集まっていく。そして、囲まれている生存者のところも女性が悲鳴を上げていて、その声を聞いてどこからか追加が姿を見せている状態。


「っくそ! いつ車の影から出てくるかわからねぇな」


 襲われることなく、安全に移動するにはどうしても速度を落として周囲を警戒する必要がある。一騎は事故車の間をすり抜けるように走りながら、いつ襲われるかと警戒をしながら進んでいく。

 この時、駅周辺だけでもゾンビの数が500体を超えようとしているのを彼は知らない。学校へと到着する間に、絶賛噛まれ中の人間から助けを求められたが一騎はスルー。そして一方的に自分を助けろという声も無視。

 自分まで噛まれたらどうなるか。なんとなくその未来を正確に予想できてしまっていたからだ。

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