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死域からの生還者  作者: 七夕 アキラ
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14.試射と見送り


 花火工場から無事に火薬を運び出した一騎たちは、マンションに着くと役割を分担した。一騎は中村、鳥越と一緒に石田とどちらの班を残すのか話し合いに106号室へ。

 創太は班長のいない中村班と鳥越班の警官たちを引き連れて708号室へと火薬を運び込んだ。その後、3Dプリンターを使ってシェルを追加し、パチンコ玉詰めと火薬詰めをすることに。

 澪は一騎と中村に消臭スプレーを渡し、話し合いをする彼らに野菜ジュースやコーヒー、紅茶を配った。その後、一騎の隣へと腰を下ろした。ジャーキーは昼寝中で707号室。


 梓は創太たちに、昼食前の軽食としてコンビニのサンドイッチと缶コーヒーを差し入れると地下駐車場へ。昼食を済ませてから上戸森イーグルマンションへと向かう、警官たちと避難民たちが持っていくものリスト化して最終確認。

 三班と避難民たちは、梓が読み上げる物資の個数確認を行い、持っていく物を詰め込んだ後に人間と物資の総重量を算出。ガソリンがどれだけ消費されるかを計算していた。


 106号室では一騎が澪を隣に侍らせる形で石田、中村、鳥越と話をしている。


「武藤くん、中村班と鳥越班のどちらを残してほしいか聞かせてくれないか?」

「二人の班にわかりやすい特徴ってないんですか?」

「ないな。俺の中村班も鳥越班も、何事もそつなくこなせる。 強いて特徴を上げるなら、俺の班は体力自慢くらいだ。 偵察に事故車や重たい荷物の運搬とか」

「だろうな。 俺の鳥越班は射撃と車両運転しか思い付かないぞ。 盛岡は地上を移動するものなら、なんでも運転できるぞ。 乗用車、トラック、バス、タンクローリーにバイクだけじゃなく、戦車に電車も運用可能」

「ちょっと待ってください。 どうしてただの警官が戦車や電車の運転ができるんですか?」

「盛岡は警察に入る前は自衛隊だったんだよ。 どんな縁があったのか知らないが、普通の電車や新幹線の運転訓練を受けていたな」

「自衛官が電車の運転って聞いたことないんですけど」

「気にしなくていい」

「ごほん。 話を戻そうか」


 話が逸れそうになったのを感じて、石田はわざとらしく空咳を行った。


「武藤くんたちは、どんな人材がほしいとかあるのか?」

「うーん。特に思い浮かばないですね。 澪は?」

「ない」

「ふむ。 ならば中村班でどうだろうか」

「中村さんの班ですか?」

「いいと思うぞ。 盛岡の技能はこの際、無視しても基本的に射撃の命中率に大差はないからな」

「そうなんですか?」

「あぁ。 俺の班のやつらは、他の警官たちに比べて自主的に射撃訓練をする回数が多かったってくらいだ」

「なるほど。 でしたら中村さんの班に残っていただく、ということで」

「任せてくれ。 事故車を使ってのバリケードなんかを作ってみよう」

「お願いします。 それと、今後は一階ではなく二階か、三階に上がってください。」

「どうして?」

「今まで一階には、多くの人間が住んでいたので気にならなかったと思いますが、今日からは四人だけになります。 そうなると、夜寝るときに安心できないかと思いまして」

「ゾンビだけじゃなく、人間が窓を割って入ってくる可能性があるということか」

「はい」


 一騎の言葉に、少しだけ考え込んだが、中村は頷いた。やはり安心して寝たいのだろう。情報共有やどちらかが応援要請をした場合の対応も話し合われて確定。

 これで、上戸森イーグルマンションへ移るのを一騎たちと中村班は見送るだけとなった。


 ――バン!!


 直後、勢いよく106号室の扉が開かれて閉められるとドタドタと創太が姿を見せる。


「一騎、シェルに弾も火薬も入った。 後は試射だけなのだよ!! さっそくゾンビを探して試射するのだよ!!!」


 創太はかなりの興奮状態で、イサカM37とウィンチェスターM1887を持ってリビングへと入る。


「落ち着けよ。 試射するのはいいんだけどさ」

「けどさ?」

「どこでやるんだ? さすがにマンション周辺で撃ったりするなよ」

「もちろんなのだよ! プリウスを使って、上戸森東町の上戸森公園へ向かうのだよ!! あそこは広大だからゾンビが群がってきても、車ですぐに逃げられるのだよ!!!

 さぁ、今すぐに試射に向かうのだよ!!!! ゾンビがショットガンで撃たれるのを、今か今かと楽しみにしているはずなのだよーーーーー!!!!!!」

「落ち着け! ゾンビがショットガンで撃たれるのを楽しみにしてるはずがないだろ!! つかオレ、創太がこんなに興奮してるのって、初めて見るんだけど!!??」

「ゾンビにショットガンは、誰もが一度はやってみたいロマンなのだよ!!!! 警官諸君も試射に参加するのを許可するのだよーーーーーー!!!!!!!!」

「とにかく、一旦、落ち着け! ゾンビが群がってくるだろうが!!」

「ふ、ふふ、ふふふ。 く、くくく、くぁーーははははははははは!!!! ひふぁいっ!? な、なにをするのだよ!!」


 急にバカ笑いを始めた創太だったが、今までのテンションを黙ってみていた澪によって、思いきり頬をギューっとつねられて正気に戻った。


「冷静必要」


 ――ガシャガシャ、ガシャガシャガシャ!!!


「ウウウウウ!!」

「アアアアア!!」

「ゥゥゥウ゛ウ゛ウ゛!!」

「ブゥゥゥア゛ア゛ア゛!!」

「ァァァア゛ア゛ア゛ア゛!!」

「ァァァウウウウ」


 澪が指摘した直後、フェンスを揺らすゾンビたちの唸り声。一騎と中村がカーテンをそっと開くと、フェンス向こうにゾンビ十四体。

 ゾンビの唸り声は、静かにしていると地味に響く。そして、それを聞いた別のゾンビが移動してくる。それを情報共有していた彼らの行動は、実に的確で素早かった。

 一騎と中村、鳥越は銃を持ったまま、話し合いをしていたから対応は早い。


「……臭い」

「本当にな。射殺した後、死体をどこか一ヶ所へ集めて燃やそう。 それと、飛び散った血や肉片を綺麗に掃除して清潔にしないとな」

「同意」

「我々も手伝う。 放置している死体も片付けよう」

「お願いしますね」


 三人はそれぞれの銃でゾンビの頭部を撃っていく。周辺に血と一緒に飛び出た、微妙に黒くなっている脳の欠片が散らばる。

 ゾンビ射殺後、すぐに死体はマンションから少し離れた、鍵の掛かっていない民家へと運び込まれた。その後、バケツに水を溜めた彼らは、モップやブラシを周囲の家から集め、それを使ってゾンビを射殺した場所を掃除していくのだった。





 掃除が終わってから十五分後、一台のプリウスとパトカーが上戸森公園の北門を通って中を走っていた。二台は公園内にある中央出店広場へと向かっている。

 公園が出来てから五十年近くが経過しているのだが、出店広場は公園完成当初から現在まで続いている。一週間前に人間の多くがゾンビになる前は、多くの人々が出店広場に集まったのだ。

 週末にもなると一日だけで四万人近くの人間が、集まってくるほど。スペースは広いし、出店の六十店舗近くにもなり、商品も豊富だった。


 今はほぼ無人でありゾンビくらいしか集まってこないだろうという状況になっている。一騎と創太は降車して、ショットガンを持った状態で待機。

 パトカーから降りてきた石田、中村、盛岡の三人は周囲にゾンビの姿が見えないのを確認すると308号室にあったホイッスルを思いきり吹く。


 ――ピュリリリリリリリリリリリリリ!!!

 ――ピーーーーーーーーーーーーーー!!!


 車のエンジンも既に切られていて、静かすぎて不気味にしか思えない公園内にホイッスルの音はよく響いた。


「これ」

「ん?」

「はい」

「……これって」

「想像通り、火炎瓶」


 ゾンビが来るのを待っていた一騎は、いきなり澪に「これ」と言われて視線を向けた。そこには一升瓶の口の部分に布が詰められている。しかも、澪はご丁寧にライターまで用意していたのだ。

 一騎は差し出された物がなにかを理解しながら、確認をするべく彼女に視線を向けて、見事に正解を聞いた。


「ゾンビの数によっては使わせてもらうよ。 どれくらい燃えるのか気になるしな」

「取扱注意、火傷注意」

「わかってる」


 一騎は澪から渡された火炎瓶を足元に置き、ライターをジーンズのポケットに入れて、ゾンビが集まってくるのを気長に待とうとした。


「ルァアアアアア!!」

「ヌゥゥゥウウアアアア!!」

「ゥゥゥゥウ゛ウ゛ウ゛ウ゛!!」

「ァァァァァア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

「ゥゥウ゛ウ゛ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

「ィィィィィイイイイイ!!!」


 突如として四方八方からゾンビの唸り声が上がり、RZが姿を現す。心臓も肺もあってもなくっても、なにも変わらないRZはそれぞれの速度で走り一騎たちへと向かってくる。

 音だけしか聞こえていなくても、RZたちのぼんやりとした視界ではセーフティーを外して、銃口を向けて少しだけ近付いてくる二人を視認していた。


「一騎、可能なら五メートルまで接近させてから撃ってくれなのだよ!!」

「わかった!」


 ――ズドーーーーン!!

 ――ドガーーーーン!!


 創太、一騎の順番でウィンチェスターM1887改とイサカM37改が火薬の音を轟かせながら三体ずつRZの頭部を吹き飛ばす。


「必ずアクションを行うのだよ!!」

「わかってるさ!!」

「ゥゥウウウ!!!」

「ァァァアアアア!!!」

「ゥゥゥア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

「ィィィイ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!!!」


 創太は実に楽しげに、誰が見てもノリノリと評価するだろう笑顔で、某映画のアンドロイドのレバーアクションを模倣する。バイクに乗っていないが、それでも次弾はしっかりと装填された。

 石田、中村、盛岡はショットガンが発した音と、頭を吹き飛ばされたRZをポカーンとした表情で見る。車内にいた澪と梓は、発砲音が少しは緩和されているがそれでも、耳を塞いで次の発砲音に備える。


 ――ズドーーーーン!!!


「くぁーーははははははははは!! ゾンビにはショットガンこそが王道なのだよ!!!!」

「ィィギャーーーーーー!!!」


 ――ガチャリ 

 ――ズドーーーーン!!!


 創太が興奮しきった状態で、銃声を聞いてさらに集まってきたRZと、ゆっくり移動のWZに銃口を向けて撃とうとする。だが、その前に一騎のイサカM37改が二度目の銃声を公園内に轟かせた。


「姉さん」

「なに?」

「轟音、集団接近」

「今はなにを言っても無理だと思うわよ。 特にあの一名はね」


 ――ドガーーーーン!!!

 ――カシャン

 ――ドガーーーーン!!!


 一騎は六、七人で向かってくるRZの頭部へと二連続発砲。頭部を吹き飛ばされて、胴体は倒れるとピクピクとしばらく痙攣してから、力尽きたように動かなくなる。

 これが六回も続くと、込めてあるシェルの数も少なくなるというもの。一騎は腰に巻いたシェルポーチの口を開けると、中から五つのシェルを取り出して補充。

 その間にもどこから集まってくるのかわからないWZと、全く走力が落ちていないRZが続々と集まってくる。一シェルで三、四体しか殺せないから、ゾンビの数は増える一方。だから、中村は持ってきていたG36改をパトカーから持ち出して二人へと声を掛けた。


「武藤くん、葉加瀬くん。 数が多いから、俺たちも撃とうか?」

「手出し無用なのだよ!!!!」


 ――ズドーーーーン!!!


 一騎はシェルが半分を切った段階で、補充したが創太の方はまだ。それをわかっているのか、今までよりも距離を近付けさせて、発砲して頭部を吹き飛ばしていく。

 中村たちは創太から手出し無用と言われたが、包囲するように集まってくるゾンビを見て「これヤバくね!?」という表情を浮かべる。


「中村さん、撃ってみますか?」

「撃たせてくれ」

「どうぞ」


 パトカーの中にG36改を戻し、一騎からイサカM37改と、シェルポーチを受け取った中村は迫ってくるWZへと銃口を向けて発砲。


 ――ドガーーーーン!!!


 RZは創太へと集中し、一騎たちの方はWZとばかり。それでも、数は確実に200を超えている。そして、現在進行形でその数は増加の一途だ。

 中村にショットガンを渡した彼は、足元に置いたままだった火炎瓶を持ち、布の部分にポケットから取り出したライターで着火。


「火炎瓶、投げまーーーーーす!!!」


 一騎は東南方向から集まってくるWZたちに、火炎瓶を投げ付けた。


 ――パリン!!


 一升瓶が割れると音と同時に、中に詰められていた焼酎が地面へと広がる。そして布を燃やしていた火は、一瞬にしてちょっとした水溜まり状態となっていた焼酎に引火して、派手に燃え上がる音をさせながら、ゾンビたちを焼く。


「ギャーーーーーーー!!」

「ゥゥゥゥゥアアアア!!」

「ァァァアアアアアア!!」

「ギュアーーーーー!!!」

「ギャワーーーーー!!!」


 声帯が残っているかもわからないゾンビが、まるで悲鳴を上げるかのよう唸り声を発する。焼かれながらも、生存者である彼らに噛みつき、食べようと歩きながらも容赦なく焼かれて、今度こそ死んでいくゾンビたち。


 ――ズドーーーーン!!!

 ――ガチャ!!

 ――ドガーーーーン!!!

 ――カシャン!!


「一騎、ゾンビBBQはどうなのだよ!!」

「食いたくねーーーよ!!!」

「ふはははははははははは!!! ゾンビBBQなのだーーーーーーー!!!」


 ――テンション高すぎだろ!!! なんだかキャラ崩壊してるように思うんですけど!!!!


「追加」


 一騎が心の中でそんな叫びをしていると、プリウスから降りた澪が追加の火炎瓶を彼に渡した。


 ――ズドーーーーン!!

 ――ガチャリ!!

 ――ズドーーーーン!! 

 ――カシャ!!

 ――ドガーーーーン!!

 ――カシャ!!


「二本目、投げまーーーーーす!!!!」


 澪にライターを渡し着火を任せ、彼は最もゾンビ数が多い方向を探す。そしてRZの頭を吹き飛ばし終わり、気分爽快といった表情の創太の方へと火炎瓶を投擲。


「僕まで焼き殺すつもりなのだよ!?」

「もう満足したか?」

「まだ撃ち足りないのだよ!!! もっとゾンビを撃たせろなのだよーーーーーー!!!!」

「なんかの病気かっての!!! さっさと乗れ!! 石田さん、そろそろ帰りましょう!!!」

「そうだな! これ以上囲まれるのは面倒だ!!!」

「まだなのだよーーーー!!! ゾンビ、ゾンビの撃つのだよーーーーー!!!!!!」

「いい加減にしろ!!!!!」


 一騎は創太の頭をピシャ!! と叩くとその背中を蹴って、プリウスの助手席へと乗車させた。その後、澪の手を引いて後部座席へ。


「梓さん、出してください!!!」

「まだだ!! もっとゾンビを撃つのだよーーー!!!」

「ちょっ、創太くん!? どうするの!?」

「創太、しばらく地獄を味わいたいのか?」

「…………いいえ」

「梓さん、出発です」


 澪と梓はさっきまで、撃ちたいと叫んでいた創太を見事に沈黙させた彼に感謝しながらも、創太は過去にどんな地獄を経験したのかと気になった。

 プリウスとパトカーは発進すると、ゾンビを避けながら西門へと向かう。この途中、RZ十八体の追跡を受けたが、一騎が投げた癇癪玉と盛岡のM4A1改の射撃でなんとか逃げ切り、マンションへと帰っていたのだ。





 ショットガンの試射が成功に終わり、公園内にわんさかと集まってきたWZから一騎たちは逃げてきた。石田と盛岡が創太に自分たちもショットガンを使いたいと言ってから四十分で、ウィンチェスターM1887改とイサカM37改が三丁ずつ完成。

 彼らが使用するシェルも追加で作り、パチンコ玉ケースも三ケースが提供された。これは、イーグルマンション近くにある新規オープン直前のパチスロ屋に、パチンコ玉が搬入されていない可能性を一騎と澪が考慮した結果だ。

 その後、警官全員と五人の避難民も協力して、チャーハン作りと餃子作り、シマドヤの三食ラーメン各種が用意された。まぁ、全員がなにかしら思うことがあったから、二十人を超える人数が昼食を共に。


 その後、一騎、創太、澪と石田に中村、鳥越立ち会いで正真正銘の本当に最後の物資確認が行われた。これにはカット済みの遮光カーテンも。それと急遽、追加で無線機も三台、いや三機?も作られて提供済み。

 そして、上戸森イーグルマンションへと移る全員の準備が整ったのは、午後二時半過ぎのことだった。地下駐車場には、パトカーと避難民たちが乗った車が、シャッターが開くのを今か今かと待機。

 そして、外では一騎、澪、ジャーキー、中村班によるゾンビ警戒線が引かれている。創太はシャッター開閉作業を担当し、梓は屋上庭園からのゾンビ監視の任務。


「周辺にゾンビの姿なし。 創太、シャッターを開けていいぞ」

『了解なのだよ』


 一騎が無線機を使って、管理人室にいる創太に連絡を入れると返事と共にシャッターが音を立てながら開かれる。


「澪、オレと一緒に行動だ。 離れないようにな」

「うん」

「石田さん、イーグルマンションへの道半分までは護衛します。 そこから先は自分たちで、ゾンビ警戒と遭遇時の射撃などを行ってください」

『了解』


 一騎が石田にも無線を入れた瞬間、地下駐車場のシャッターが完全に開放されてパトカーと避難民の乗るアクア、クラウン、トールが地上へと姿を見せた。

 車の時速はおよそ五キロ前後であり、もしゾンビと遭遇しても、一騎たちが支援しやすい速度である。中村班がパトカーを徒歩で先導。

 ゾンビを発見した場合は、数を確認して射撃か空き缶による注意誘導、あるいは警棒による撲殺だ。


『こちら中村、周辺にゾンビなし』

『了解、このまま走行を続ける』

『梓より、警戒中の皆さんへ。 信号機側と西町側からゾンビ二十体が、中村さんの班方向へと移動中です。 接触までは七分以内かと』

『中村班、了解』

「梓さん、RZはいますか?」

『上から見える限りはいないわね。 それに、ずっと走っている訳じゃないと思うわよ』

「ですよねー」


 指摘されるまで、RZは食べる相手を見つけた場合か、あるいは音の発生源へと向かう以外、走ることがほぼないのを、一騎はこの時になって気付いた。


「ワン!」

「発見期待」

「ワンワン!」

「報告」

「ワフン!」

「ん、よしよし」


 一騎が無線でやり取りを終えた直後、彼の右隣では澪とジャーキーが会話していた。ジャーキー、ワンワンとしか鳴いていないのに、なぜか澪との会話が成立している。


「澪、危険なんだから梓さんと一緒に屋上にいた方がよかったんじゃないか?」

「大丈夫」

「弓矢だと連続して射抜けないだろ?」

「平気」

「一本ずつしか撃てないんだから、あまりオレから離れるなよ」

「うん」


 一騎と行動を共にしている澪は、彼女の両親がまだ正気を保っていられる間に用意した弓矢で武装していた。これは問題ない。

 だが、一騎には目に毒過ぎる光景があったのだ。矢筒に紐が付いていて、その紐が彼女の形がよく大きな胸を際立たせていたのだ。

 一騎は風呂上がりの澪を見た時から、異性として強く認識している。基本的には家族のような存在として澪を見ている彼だが、澪が時折見せる仕草によって恋愛対象として一度でも意識し出すと、冷静さを失わせていく。


「大丈夫?」

「あぁ」

「本当に?」

「本当だ」

「こっち見て」

「し、周囲を警戒していないとな」

「見て」


 澪は彼が珍しく視線を合わせないことに気付いていて、体調不良の可能性を考えていた。だから、本当に体調不良じゃないかを確かめるべく、背伸びしてジィーっと一騎の瞳を覗き込む。


「み、澪さん!?」

「なに?」

「その、あた、当たってるんだけど」

「……エッチ」

「オレが悪いのか!?」


 背伸びして一騎の瞳を覗き込んでいた澪だが、身長差があり少しよろけてしまった。その際に、彼女の胸が大胆にも押し付けられる形となってしまったのだ。

 冷静と意識して指摘した一騎だが、澪の言葉に思わず、と言った感じで抗議しようとする。


『こほん。 お二人さん、イチャイチャするなら無線を切ってくださらないかしら?』

「え?」

『……あぁ、武藤くん』

「はい」

『会話、丸聞こえだから』


 周波数の設定をしていなかったから、一騎と澪の会話は無線機を持っている全員に聞かれていた。それを指摘された二人は顔を赤くして、お互いにその赤くなった顔を見合わせてしまう。


「ぅぅ」

「ワフン」

「ごほん。 梓さん、中村さんの班とゾンビ接触までの残り時間は?」

『かなり接近中。 中村さん、次の角でゾンビを視認できます』

『了解。 姿を見たら即射殺だ』


 最初の部分は梓への返事、後半部分は中村が自分の班員に指示を出した。


『一騎くん』

「はい」

『そこから二つ目のT字路、民家からゾンビが出てきたわよ』

「数は?」

『一体だけ』

「わたしが射つね」


 澪は小走りで先行し、民家の玄関から出てきて彼女を視認して、ゆっくりと歩いてくるWZの頭に矢を放った。


『澪、お見事』

「ありがとう」


 澪が放った矢は、梓の言う通りに見事に眉間へと吸い込まれるように飛んでいき、貫いたのだった。


『――カシュ、カシュシュシュ!』

『――バシュ、バシュシュシュン!』

『――カシュ、カシュシュ!』

『――パシュ、パシュシュ!!』


 澪がWZを仕留めた直後、無線機を通して中村たちの3Dプリンター銃の発砲音が。


『処理完了』

『現状、今のWZ以外に姿はありません』

『了解です』


 それから慎重移動して十分が過ぎた時だった。梓の無線機越しに、あの数はと呟いたのである。


「姉さん?」

『中村さん』

『はい』

『そこから300メートルくらい先の十字路、上戸森駅方面からWZ集団が移動中です』

『数はどのくらいかわかりますか?』

『民家の影に入ってしまったのを合わせて、八十五から九十くらいです』

「姉さん、こっちは?」

『澪たちの近くにゾンビは見えないわ』

「行く?」

「あぁ。 援護しに行こう」


 澪の問いに一騎は答えると、小走りで中村班に合流。そして、問題の十字路に着いて上戸森駅方面に視線を向けた彼らは澪以外の男子全員が「マジかよ」と呟く。

 今までに一騎たちや警官が見たのは、小学生から大人までのゾンビ。だが、今回はどう見ても幼稚園や保育園に通っているだろう幼児ゾンビだ。


「武藤くん、どうする?」

「射殺です。 オレたちが感染するリスクは避けないいけませんから」

「了解だ」


 ――パシュ、パシュシュシュシュ!!

 ――バシュ、バシュシュシュシュ!!

 ――カシュシュ、カシュシュシュン!!

 ――ガシュ、ガシュシュシュシュン!!


 ゾンビの接近をさせるのは自殺行為だ。だからこそ、彼らは素早く確実に射殺していく。一回のリロードだけで済んだが、ゾンビ数は112体。

 この後、他にゾンビの集団の出現、遭遇はなく、一体ゾンビが何回か続いて彼らはマンションから500メートル地点まで車を護衛。

 その後、一騎たちの護衛を受けられなくなった石田たちは速度を上げて走り去っていく。一騎、澪、中村班はそれを見送ってからマンションへと引き返した。途中、澪が放った矢の回収もあったが、ゾンビ遭遇はなく終了したのである。

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