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死域からの生還者  作者: 七夕 アキラ
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9.検討と行き先


 一騎と澪がジャーマン・シェパードのジャーキーを連れてマンションに戻ってから二時間十七分が経過。この間にジャーキーは108号室の浴室で、汚れていた身体を綺麗に現れて綺麗になっていた。

 警官たちと避難民たちはキャリーケースに詰められていた自販機の商品で喉を潤し、一騎は空き缶に小石を入れた物を複数用意。

 ゾンビたちがマンション周辺に戻ってくる前に、地下駐車場のシャッターを開けて石田の運転するパトカーで500メートルほど離れた場所にある電柱へ。


 電柱を登って、足場となる部分に小石を入れた缶を設置。固定には大きめの結束バンドを用いた。風が吹いた時に缶が動いて、音を鳴らすから周辺のゾンビは引っ掛かってくれるだろう。

 ただし、音が届かない距離のゾンビには効果はほとんどないに等しい。それでも一騎と石田は、ある程度の距離がある電柱に向かっては缶を固定する作業を行っていく。

 少しでもゾンビを遠ざけて、安全な生活を送ることができるようにと考えて。用意した数を全て設置してマンションへと戻った二人は、地図に罠を設置した場所を書き込んだ。


 この後、無人のコンビニへと一騎と創太、それと避難民の中学生や警官で向かった。コンビニは太陽光発電を持っていない。なので電力供給が止まってしまったから、並んでいた弁当などが腐ってしまう前に回収。

 他にもチョコレートやアイスなど、冷蔵冷凍が必要な物もあった。これらは全員で分け合う。一騎たちは707号室と708号室の冷蔵庫で保存。

 これが終わったら、ゾンビ監視のために屋上庭園と七階から十階までにRM700改を装備した警官を配置。残る全員は協力して事故車から、ガソリンを回収。自分たちの使う車両に給油したりなどで、あっという間に時間は過ぎていった。


 そして正午まで残り一時間少しを残した頃、一騎、創太、澪、梓にジャーキーを加えた四人と一匹は107号室で石田や避難民と顔を付き合わせている。

 ジャーキーは一騎と澪を隣同士に座らせて、二人の中間の位置で伏せて眠そうにしていた。さて、彼らが107号室に集まっている理由は至極単純。


 音実験は一定の成果を得られたが、次にどうやってゾンビの視力実験を行うかを考えていたのだ。


「ゾンビが夜、明るい場所に移動してくるのは既に判明してる。ここで気になるのはゾンビは明るさや暗さだけでなく、物や人を見分けられるのかって点だな」

「武藤さん、自分の考えでは見分けられていないと思います」

「なぜです?」

「警察署でバリケードを築いてから、最初に接近してきたゾンビがいたのです。 我々は一切、身動きせずにいると、しばらくしてから去っていきました」


 一騎の言葉に即答したのは、二十代半ばくらいの男性警官。彼は当時まだ生きていた同僚と一緒に車と鉄柵を使ったバリケードを構築し終えた時のことを、鮮明に覚えていたのだ。

 腹部から腸を垂らした状態で、フラフラと歩いてきたゾンビは彼らが押し寄せる避難民の怒号に対応していた時のことだったから。


「俺も見たぞ。素人考えだが、ぼやけた視界で色を認識している程度なんだと思う。 そして連中が手を伸ばしてくるのは動いている物に対してなんじゃないか?」

「人かどうか認識も判別もできていないと?」

「そう思うぞ」


 警察署から脱出する際に自分の車に警官を乗せてきた、避難民の一人が情報を提供する。


「警察署に入る時の検査待ちしている時に、様子を見ていたんだが人が動くとゾンビたちも反応していた。 これは署内に匿って欲しい俺たちが、順番待ちで列が動かずにいてジッとしていたら連中は唸り声だけを上げて、立ち尽くしていたからな」

「列が動くと、それに反応したと」

「そう思うぞ」

「他になにか気付いたことは?」


 警官が避難民たちに、話を振るとちらほら有益な情報が共有されていく。まぁ、避難民と言っても六人だけだが。


「ここのマンションに来て三日目の夜のことなんだけど、少しだけカーテンを開けていたら照明の光が漏れていたみたいでゾンビがフェンスに殺到してきたよ」

「正面を見るか、下を見るかだけで顔を上に向けることは音が聞こえない限りはしないみたいなのよね〜」

「三日目のお昼に、換気しようと窓を少しだけ開けたんだけど悪臭が酷かったな」

「雨が顔に当たると、何体かのゾンビたちが顔を上に向けていましたよ」


 このような情報が出てきた。ちなみに大人が五人で子供は一人だけ。一騎たちより三、四歳くらい下の中学生の少年が口にした内容は、ちょっと気になる情報だ。だけど、今はスルーされたが。

 一騎はなんとなく気になった情報の人物に、詳しい話を聞いてみる。


「カーテンはどのくらい開けたんですか?」

「五センチくらいだな。 部屋の照明がかなり明るかったから、外のゾンビが気付いたのかもしれない」

「五センチ」

「どうやら明暗は、認識するのは確定と。 困ったな」

「武藤くん、なにが困るんだ?」

「石田さん、今までは街灯の明るさに集まっていたゾンビが、今日からはマンションへ本格的に集まってくるかもしれないってことですよ」

「なぜ?」


 一騎の言葉に石田や他の警官たちは、かなり不思議そうな表情だ。だけど、避難民は理解した表情。


「簡単なのだよ。 ほぼ全室に共通しているが、このマンションにあるカーテンは普通の物なのだよ」

「だから?」

「普通のカーテンは照明の明るさを完全にシャットアウトできませんよ」

「ちょっと良いかな?」

「どうぞ」

「ここ数日、夜に部屋の照明を消して真っ暗な状態にしてから、腐敗臭を我慢してベランダに出ているんだがわかったことがあるんだ」


 避難民の一人が挙手して、自分の見たことを話す。


「それはカーテンを閉めていても、うっすらと照明の明るさがわかること。 今日から街灯が役に立たないなら、そのわずかな明るさでもゾンビが気付くんじゃないかと」

「そうなると、少しでも早く寝るくらいしかないんじゃ」


 梓の言葉に何人かが早く寝るとするなら、夕食を早めて少しでも外が明るいうちしかないと言い出す。


「それは最後の手段でいいのだよ」

「どういうこと?」


 一騎を含めた107号室にいる全員が、一斉に創太へと視線を向ける。ジャーキーは退屈になったのか、澪が視線を落とした時には寝ていた。


「ここから少し遠いが、家具の有本がある。 そこから遮光カーテンを持ってきて、取り付ければいいのだよ」

「確かに。でも、それじゃ視力実験にならないんじゃ?」

「だったら、ホームセンターまで行って、そこから太陽光発電の置物街灯なんかを調達するってのは?」

「百均で売っている、アイドルのライブとかで使われる光る棒なんかを適当に投げ込んでみたら?」

「いいかもしれませんね。 後は事故車から発炎筒を回収してきて、それを使っては?」

「かなりの数、確保できるんじゃないか?」

「懐中電灯を使って、上の階から照らしてみるのは?」

「一騎の持つUSP45のフラッシュライトも、ある程度の光を放つのだよ。 上の階から適当な場所を照らして反応を確かめるのはどうなのだ?」


 創太の発言を受けて、警官たちや避難民たちも少しではあるが案を出していく。最終的には、家具の有本から遮光カーテン、百均の光る棒、事故車の発炎筒を回収することで話はまとまった。

 太陽光発電の置物街灯と懐中電灯を使う案は却下となった。置物街灯は警官たちと避難民たちが移動した先で使う光源として。

 懐中電灯に関しては、単純にずっと持ち続けていると疲れてしまうという理由から。


「我々警官は四人一組で三班を作る。一班と二班は避難民と共に、百均と事故車からの発炎筒回収。 三班は武藤くんたちと一緒に家具の有本へ。」


 石田の言葉に部下たちが頷き、どうやって班分けを行うかの話し合いを開始。一騎、創太、澪、梓は警官から渡された地図を見て、どこにゾンビがいるのかの検討を開始。

 少しでも安心安全に往復するためのルート選びに。澪と梓は隣の有栖市の人間だが、地元人じゃないからこその着眼点があるだろうと意見を出せるように真剣な表情。


「移動手段をどうするかも大事だな。 車で向かうのは絶対として、ゾンビが少なそうな場所を見つけるしかないな」

「待って」

「ん?」

「車で?」

「あぁ。 一応、一階と七階の全号室には使いたい」

「あら、どうして?」

「警官の中には上戸森イーグルマンションへ向かわず、連絡約として残る人間がいるかもしれないのだよ」

「創太の考えにはオレも同意見だ。 彼らの使う3Dプリンター製の銃の弾には限りがある」

「わたしたちも」

「あぁ。 だが、こっちは創太が初日に大量に確保してくれたから、まだ安心ができる」

「そっか。 彼らが弾となるパチンコ玉を欲しいと思った時にすぐ伝えられるようにってことね」


 梓が納得したと言わんばかりの表情だ。既に創太は彼らに無線機を渡してあるから、本来なら警官がここに留まったりしないはず。

 それでも、数人は残しておくだろうというのが一騎と創太の予想だ。情報共有の際に、どちらかが情報を出し渋ってしまう可能性を考慮して。


「創太、ネットにここ数日における各地の最新の航空写真が出ている可能性は?」

「ないと思うのだよ。 恐らく日本だけではなく、世界各国で同じ状況に陥っているだろうから」

「となると、オレたちの記憶を元にして人が通らなそうな場所、なにかあった時に市民が移動しそうなところを予想していくしかないか」

「そうなのだよ」


 ここからしばらく、四人の真剣に互いの予想を話し合って、車で向かうルートを決めていった。万が一、他の生存者に車を奪われた場合を想定した帰宅ルートの選定も。

 ジャーキーが吠えて昼食を要求するまで、誰もがどう安全確保をするかを検討したのだ。





 全員がコンビニ弁当と、インスタント味噌汁で昼食を澄ませた。ジャーキーも一騎と澪からドッグフードと水をもらって、尻尾が千切れるんじゃないかと二人が心配するほどに振って喜んでいる。

 ドッグフードは、一騎が調達。まぁ調達と言っても202号室の住人がペットショップの従業員であり、時々発注数を間違えて多く届いたドックフードとキャットフードを持ち帰っているのを知っていただけなのだが。

 一騎たちは今、地下駐車場に停めてあるラルゴに乗り込んでいた。留守番役として石田と二人の部下が残っている。その部下二人は、地下駐車場のシャッターを慎重に開けている最中。

 ラルゴの後ろには三班がパトカーに乗った状態で待機。一騎たちが出発したら、その後をすぐに追って移動だ。


 朝のうちに行った音実験でゾンビたちは離れているが、シャッターの開閉音や車のエンジン音を聞いて戻ってきて侵入してくる危険性を排除するために。

 ラルゴの車内では一騎と創太の二人が、自分たちの装備の最終確認中。一騎は3Dプリンター製のMP7A1改とUSP45改で武装している。ちなみにジャーキーも同乗。

 二人のハンドガンは304号室のサバゲーマーの部屋から持ってきたホルスターに納められている。それとマガジンベストと予備マガジンも作られていて、一騎は50発マガジンを装填済みと合わせて七マガジン。つまり350発装備。


 創太の方のXM8改は実銃と同じで30発マガジンを一騎と同様に七マガジン、210発を所持。一騎は着られ慣れないマガジンベストを我慢しながら、ゆっくりと開いていくシャッターを見ていた。

 やがて、完全にシャッターが開くと警官の一班と二班が素早く外へ展開し、油断なく周囲にゾンビがいないのを確認して、無線機に連絡が入る。


『周辺に感染者の姿なし、いつでも行っていいぞ』

「了解です。 エンジン始動後、すぐに出発します」

『了解。 武藤くんたちが出発したら、我々もすぐに行動を開始する』

「わかりました」

『三班、武藤くんたちの援護をしっかりな』

『分かっているとも。 ゾンビ共がわんさか出てきたら彼らだけでも逃げさせるさ』


 一騎が運転席の梓に出発を促すと、すぐにエンジン音が地下駐車場と車内に広がっていく。そして、サイドブレーキを解除して彼女はシフトレバーをDに入れてアクセルを踏む。ラルゴは時速五キロでくらいでシャッターを潜って地上へと出た。

 助手席の澪は少しだけ羨ましそうに一騎の方を振り返る。なぜなら、ジャーキーが彼の右手に自分の頭を押し当てて、撫でてアピールをしていたからだ。

 澪は移動中にジャーキーの程よい毛のモフモフ感を味わいたかったのだ。そんな彼女の思いに関係なく、ラルゴはバス停方面ではなく、東上戸森駅方面へと進む。後ろの三班が乗るパトカーも後を追って出発。


 途中で右左折を数度行って、走ること二十六分。途中でゾンビの集団を発見するも、事前に決めた別ルートを進んで家具の有本へと到着した。

 ゾンビの集団との遭遇が一回だけだったのは、四人にとって幸運。あの集団はネコが蹴飛ばした缶の音を追っていたのである。


「ゥゥウ」

「ァァァアアア!!」

「到着したのはいいけど、既にヤバイな」

「うむ。 これは少々、厄介なのだよ」

「どうするの?」

「とりあえずエンジンは切るわね」


 家具の有本の地上駐車場に入ったのはいいが、逃げ込もうとして食べられてしまいゾンビの仲間入りを果たした元人間が十人。エンジン音を聞き、ゆっくりとラルゴへと向かってくる。

 ウォーキングタイプのゾンビしかいないことから、ランナータイプのゾンビに襲われたのだ。接近してくる十体を見ながら、四人はどう動くかを即決。

 それと残念なことに駐車場へと移動している間に見えた限りでは、三ヶ所の入り口はシャッターが降りていた。


「今回は警棒で頭を叩き割るだけにしておこうか」

「賛成なのだよ」


 一騎と創太はベルト固定式の専用ホルダーから警棒を取り出して、車外へと出る。そして、左右に展開して五体ずつ頭部を全力殴打。

 はっきりとした視力がなくても、ぼやけた視界なのは確かでゾンビたちは動く二人を食べようとするもその前に完全に死亡した。


「通信機を装備して、入れそうな場所を探すか」

「うむ、そうするのだよ」


 澪と梓は一応の安全が確保されたのを見て、ラルゴから降りる。澪はそのまま後部座席のドアを開けて、いつの間にか持っていたリードをジャーキーの首輪に取り付けるとそのまま連れてきた。梓は施錠して、澪と二人と合流。


「バフ」

「出てくるの待つか」


 ジャーキーが早く行こうよ、的な感じで吠える。それに答えるようにして一騎がそう言ったと同時に、少しだけ遅れて到着したパトカー。そこから四人の警官が出てくる。彼らも無線機は持っているが、一人が代表して装備。

 ちなみに彼らの主装備は、3Dプリンターで作られたM4A1改にG36改、HK416改。パトカーを施錠すると四人が急ぎ足で駆けてくる。


「どうでした?」

「周辺をぐるっと二周したが、入れそうなのは東口近くのトイレだな。そこの窓が全開になっている」

「トイレだと? 遮光カーテンを入手したらまともな出入り口を探すしかないのだな」

「キューン」


 全員が抱いていた気持ちを代表して、実際に創太は口にした。八人はトイレの窓へと向かう途中に、別に入れるが場所があればと考えながら移動を開始した。

 ジャーキーはトイレと聞いた瞬間に、辛そうというか行きたくない的に鳴いたが、澪が宥めてリードを引っ張る。



 一騎たちが家具の有本の一階東口近くのトイレへ向かっていた頃。上戸森駅前の百均に到着していた。全員がリュックを背負い、光る棒を回収。

 さらに数本のペットボトルと、ポテトチップスなどを詰め込んでいた。一班の班長となった中村は、創太に作ってもらったMP5A1を保持した状態で百均の外で周辺警戒中。

 彼以外の成人四人は店内でライターやタバコ、いくつかの工具を探していた。もう二度と吸えないかもしれない。そんな思いがあったようで、必死に集めている。

 メンバー中、唯一の中学生は中村のすぐ近くで金属バットで素振りをしていた。


「……」


 中村は中学生に時々、視線を向けながら店内に残る同僚の方にも視線を向ける。少しでも気を抜いた瞬間にゾンビが現れて、彼らに噛みついたり、食べたりしてしまうのではないかと心配で。


「お巡りさん、大丈夫ですか?」

「え?」

「落ち着きなく視線を動かしているんで」


 いきなり中学生に気を使われてしまう中村。少しだけ恥ずかしくなりながらも、それを肯定する。


「目的の物を入手できて、安心した瞬間にゾンビが出現するんじゃないかと不安でね」

「ツナギのおじさんの古いガラケーで、誘導したんだから近くにはいないと思いますけど」

「そうかもしれない。 でも気を抜きたくないんだよ」

「武藤さんみたいには、誰もできないですもんね」

「本当だよ」


 中村は石田の部下として、しばし会話をしたことがあり一騎のことを頼もしく思っている。創太に関しては、武器を提供してもらい心強い味方という認識。

 特に一騎に関しては、彼は基本的にずっと行動を共にしている四人の中でもリーダーのような存在だと考えている。警察署から脱出する時、一騎が出した指示をあの場の全員が自然と受け入れていたことを思い出す。


「武藤くんを見ていると、死人が歩く状況だというのに普通に日常生活を送れてスゴいと思うよ」

「ですね。 今日の音実験の時も、まとめ役みたいな感じだったって他のお巡りさんが言ってました」

「そうだろうな。 重要な場面やここぞという時に、きちんと判断を出すのは難しいのに」


 中村たち警官や避難民にとっての共通の話題とは、ほとんどがゾンビ情報交換だ。だが、一日に一度は必ず一騎たちに関する話になる。


「武藤さんたち、もう遮光カーテンを手に入れた頃ですかね?」

「どうだろうな。 彼らが移動に選択したルートを見せてもらったけど、少なくとも二回くらいはゾンビ集団と遭遇すると思う。

 それに、もしもゾンビ発生当日に通常開店していたら、中には多くのゾンビがいるから時間が掛かるはずだ」

「ここら辺で大きな建物や、シャッターのあるマンションや店って少ないですもんね。 もし通常営業していて、ゾンビが中に入り込んでいたら、帰ってくるのも危険ですよ」


 二人がそんな会話をしていると、店内からタバコを吸いながら店内にいた中村の同僚とツナギ男性が出てくる。


「なにをしていたんだ?」

「タバコをカートで見つけてな。 なんとかリュックに詰めようとしていたんだ」

「おいおい。 もう百均に用はないな?」

「あぁ」

「大丈夫だ」

「問題なしです」


 中村の問いに彼らはにこやかに答える。それを受けて中村はさっさとマンションへ戻るべく、来た道を引き返す。


「三班の連中と武藤くんたち、どうしてるだろうな」

「有本の内部で遮光カーテンを探している頃だろ」

「全員、無事に戻ってこれるといいんだが」

「大丈夫だろ。 三班の連中は署を脱出する時も一番多く感染者を殺していたからな」

「それはそうとよ」

「なんだ?」

「ウイルス、人間以外の動物にも感染すると思うか?」

「分からないな」


 六人がマンションまで半分の距離に戻った時、中村は強烈な腐敗臭を嗅ぎ取る。


「おい、この臭い」

「あぁ。 ゾンビの臭いだな」


 中村に続いて五人が一斉に鼻を摘まむ。そして、臭いの方向を慎重に探しながら歩くと、T字路になっている通路の向こうにゾンビが大量に集まっていた。


 ――グチュ

 ――ブチブチブチ

 ――ボキン

 ――グッチョ、グッチョ


 あまりにも生々しい咀嚼音が周囲に満ちる。五十二体のゾンビのうち二十二体が、なにかを食べているのだ。


「ヤバイな」

「あぁ」

「とっとマンションへ戻るぞ」


 六人が急いでマンションへ向かおうとした振り返った時、中学生が持っていた金属バットが民家の塀に見事にぶつかった。


 ――カラン!


 金属特有の音がT字路に響く。彼らは思わずゆっくりと首を動かして、背後のゾンビを見る。


「ゥゥウウ!!」

「ィィィキィ!!」

「ァァァアア!!」


 食べることができずに立ち尽くしていたゾンビたちが、中村たちの方向を見ていた。


「ヤバイ!」


 中村は同僚の声を聞きながら、道端に落ちていた石を拾う。それを思いきり路地の向こうへと投げたのだ。


 ――コツン!!


 金属バットの時ほどじゃないが、石の音がやけに響く。ゾンビたちは、石が落ちたばかりの方へとゆっくりと歩き出した。それを見た六人は可能な限り足音を立てずに、急ぎ足でマンションへと走り出す。



 一班の中村たちがゾンビ集団から離れている頃。二班と一緒の避難民たちは、マンションを起点とした半径500メートルを移動していた。

 既に事故車から発炎筒を回収し終わり、八十台の事故車から八十本。彼らはマンション周辺の民家を外からゾンビがいないかを確認。

 いないと分かれば、ガラスを割って中へ侵入。未開封の塩と砂糖を確保して、一騎たちから貸し出された買い物カート二台へと乗せていく。


 発炎筒と一緒に乗せているが、まだまだ余裕がある。彼らがどうして塩と砂糖を集めているのかというと、明日には今のマンションから追い出されるのを察しているからだ。

 一ヶ所に人が集まりすぎた故に、ゾンビが群がってきた。今朝の状況を考えても、追い出される前にお礼をと思っていたりする。

 特に二班の班長をする鳥越は、日に日にゾンビが集まってきてもいきなり、出ていけと追い出されなかっただけありがたいと思っていた。


 もしも自分たちだけだったら、集まってくるゾンビに残りの実弾を当てるだけしかしなかっただろう。そして、音によってさらにゾンビが集まり、今頃は仲間入りを果たしてい可能性もある。

 そう考えると一騎たちが、しばらく滞在させてくれただけでなく武器の提供をしてくれたのは、いつマンションから追い出しても生き残れるようにしてくれた。

 なんとなく直感で理解しているから、これからの生活において貴重品となる塩と砂糖を集めているのだった。


「鳥越」

「ん?」


 買い物カートと一緒に、外で周辺警戒をしていた彼は小学校入学当初からの付き合いで、幼馴染みである盛岡の声に視線を向けた。


「上戸森イーグルマンションも、確かソーラーパネルを使った自家発電っていうか自己発電やっているんだよな?」

「武藤くんと葉加瀬くんが言っていたな」


 いきなり振られた内容に困惑しつつ、鳥越が肯定をすると盛岡は後ろ手に持っていた大きなプラスチック容器を見せてくる。


「味噌か」


 彼は一目見ただけで、中身に気付いた。まぁ半透明だから色からして判断できる。


「おう。 こんな世界になってから気付いたんだよ。俺たち日本人に味噌汁は欠かせないってな」

「急にどうした」

「今日の昼にインスタントの味噌汁飲んだろ」

「それが?」

「ここ数ヵ月、味噌汁なんて飲んでいなかったからインスタントでも美味いって思ったんだよ」

「あぁ、それは分かるぞ」


 鳥越は二週間ぶりだったが、ゾンビ発生によってもう飲めないだろうと思っていた。彼らが一時滞在している一階部分は、味噌その物がない。

 なんとなく飲みたいと、懐かしく思っていたタイミングで飲んだからか、最高に美味く感じたのだ。だからか、毎日じゃなくても定期的に飲めればと思っていただけに、盛岡が持ってきたのを見て嬉しくなったのだ。好きな時に飲めるようになったから。


「彼らの分も確保するか?」

「んー、そうだな。 上の階にはあるかもしれないけど、あって困るもんじゃないだろ」

「だな」


 二人は頷き合うと、同行していた他の警官に警戒を任せて、今までに入った民家へと戻り味噌を運び出す。そしてカートに乗せる、これをしばらく続けた結果、味噌の入った未開封の袋四、容器が九も集まった。


「これだけ集まればいいだろ」

「だな」

「おう、戻るか」


 鳥越と盛岡は残りの人間が集まってくるのを待って出発しようとした。だが、それは中止させられる。一人の避難民が目撃した内容によって。

 焦り気味の避難民が言ったのは、口から真っ黒な液体を出しながらフラフラと歩行する猫を目撃したのだという。


「どこですか?」


 鳥越は避難民の案内を受けて、目撃したという民家へと向かう。そこでは、確かに猫がいた。ただし、全身の毛が抜け落ちて、腹部が裂けた姿で。しかも、それが五匹。いや五体だ。

 注意深く鳥越が観察すると、目は白く濁りきっていて落ち着きなく動いている。幸いにも人間版ゾンビと同じで音に反応するタイプで、彼らに気付いた様子はない。

 ガラスを割った音を聞いたのだろうが、それほどの大きな音でなかったから迷っているように見える。鳥越はカートの場所に戻り、同僚を引き連れて戻った。


「一撃で仕留めろ」

「当然。 しかし、あの姿を見ると動物も感染するのは確実だな」

「あぁ、石田さんや武藤くんたちに教えないとな」

「さっさと仕留めるぞ」


 彼らはセーフティーを解除して、頭へと狙いを定める。人数に対して一体だけ多いが、撃つ余裕のある人間が射殺することで決まった。


「撃て」


 ――ドチュ

 ――バシャ

 ――メキョ

 ――ビシャ


 正確に頭を撃たれた猫ゾンビは、それぞれの音をさせながら脳と血を周囲へとぶちまける。最後の一体を盛岡が仕留めると、彼らはこのことを教えるべくマンションへと急ぐのだった。

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