63.息子、母を連れて冒険へ出かける
お世話になってます!
母にミルクをやった翌日。
拠点であるカミィーナの町を出てすぐの、いつもの森の中へと、リュージたちはやってきてる。
そこでリュージはシーラとともに、冒険者としての仕事をこなそうとしていた。
「きゃっきゃ♪ あーぶー♪ あーぶー♪」
「母さん、あんまり激しく動かないで」
「あーい♪」
リュージがやっているのは、森に生えるキノコの採取だ。
回復薬の材料であるキノコを採ってこい、という冒険者にとってはスタンダードな依頼だ。
リュージは木の根の前にしゃがみ込み、キノコを探す。
その背中には、おんぶひもで結ばれた、母が背負われている。
「……合法的にりゅー君と冒険に出れる! 赤ん坊最高-!」
「え?」
「きゃっきゃ♪ だーうー♪」
今一瞬、懐かしい、母の声がしたと思った。
だが母は赤ん坊。
しゃべれるわけもない。
無垢な笑みを浮かべながら、リュージの背に張り付いている。
……現在、リュージたちは、一家総出でクエストに参加している。
なぜかというと、母が渋ったからだ。
リュージたちは冒険者。つまり働き人だ。
食ってくためには、クエストに行って金を稼ぐ必要がある。
母がいつ元に戻るかもわからない以上、いつまでも家にいて母の面倒を見ていられない。
ルコやチェキータに頼ろうと思ったのだが、カルマが拒否。
リュージが母を置いていこうとすると、烈火のごとく泣き出すのだ。
仕方なく、リュージは母を背負い、こうして冒険に連れてきている次第。
ちなみにルコは家でお留守番している。
『るぅ。ぱぱ。めいわく。いえ。おるすばん。する』
とのこと。
娘は娘なりに、今の危機的状況を察してくれているようだ。
「母さん。本当はダメなんだよ。母さんは赤ちゃんなんだ。クエストに着いてくるなんて危ないんだよ?」
「あーい♪」
と返事をしながらも、リュージの背中にべったりとくっつく母。
「まったくもう……」
苦笑するリュージ。
すると遠くでシーラが、ととと、と近づいてきた。
その顔は真剣そのものだった。
「モンスター?」
「はいなのです。近づいてくるのです」
シーラはうさ耳に手を当てて、目を閉じる。
彼女は兎獣人。
人間よりも遥かに耳が良い。
森に潜み、リュージたちを襲おうとするモンスターの足音を、聞き取ったのだろう
と、そのときだ。
「GUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
2メートルほどの、二足歩行する、大きなクマが現れた。
紫色の体に、血走った目。
「ワイルド・ベアだ!」
リュージは腰の剣を抜いて構える。
背中の母をどうしよう。
赤ん坊を背負って剣を振るうことなど、できない。
激しく動くし、何よりも相手からの攻撃を、母が受けてしまうかも知れない。
「リュージくん!」
するとシーラが近づいてきて、素早くおんぶひもを解除。
シーラが自分の背中に、あっという間に母を背負ったではないか。
「しーらがおんぶするのです。後衛なら動きはそんなにないのです!」
「わかった! ありがとう!」
母がぐずぐず……と泣き出しそうになったのだが、
「いってきます」
ちゅっ、と母の額にキスをする。
「……昇天するぅううううう」
と何か赤ん坊がつぶやいていたが、それどころではない。
リュージは剣を抜いて、モンスターの前に立つ。
以前のように、腰が抜けることはない。
剣先をベアに向けて、どうどうと前を向く。
「こっちだ!」
リュージはベアの足に剣を素早く切りつける。
相手が悲鳴を上げて、ターゲットが自分に移る。
リュージはなるたけ、後衛とベアとを距離を空けようとする。
リュージは大きく息を吸い込み、体の中に魔素を取り込む。
魔素とは魔力の素。
魔法使いは魔素を魔力に変えて、魔法を打つ。
前衛剣士のリュージは、魔素を生体エネルギーに変えて、爆発的な力を発揮できるのだ。
最近先輩冒険者から習った技である。
「やっ……!!!」
リュージは剣を袈裟に切る。
パッ……! とベアの体から血が流れる。
「こっちだバカ熊! こっち見ろ!」
「GYAOOOOOOOOO!!!!」
ベアが吠えて、リュージにその巨腕を振るう。
「や゛ぁーーー! あ゛ーーーーー!!」
シーラの方から、母の悲鳴が聞こえる。
だがリュージは巨腕をひょいっ、と華麗に避ける。
「きゃーーー♪ りゅー君かっこいいー!」
……一瞬、どこからか母(大人)の声がした。
いや、気のせいだろうか。当の本人は赤ん坊だし。
「やぁっ! たぁっ!!!」
その後もリュージは徹底して牽制。
リュージは自分の力が足りてないことを、十分理解している。
非力な自分に、モンスターを単独で撃破する力は無い。
だからリュージは、後衛と連携してモンスターを相手する。
リュージが牽制し、シーラがとどめを刺す。これが、リュージたちの基本スタイルだ。
ややあって。
「リュージくん! いけます!」
「うんっ! せいっ!」
リュージが強く、剣をベアの脳天にたたきつける。
ふらつくベアのもとから、リュージは退散。
素早く駆けて、シーラの元へ行く。
「リュージくん! カルマさんを!」
「わかった!」
リュージはシーラから母を受け取り、その場から離れる。
「【炎槍】!!」
中級火属性魔法、【炎槍】
シーラの構えた杖の先から、炎の槍が1本完成。
それは凄まじい早さで飛ぶと、ベアの体に激突。
「GYAOOOO………………」
悲鳴を上げながら、ベアの体が炎に包まれる。
ややあって悲鳴が小さくなっていく。
その場に……ずずぅん、とベアが倒れた。
リュージたちはホッ……と安堵の吐息を付く。
「やったか……?」
すると……。
「GYAAAAAAAAAA!!!!!!!」
最後の力を振り絞り、ワイルド・ベアが立ち上がると、リュージたち目がけて襲いかかってきた。
「わあー!」「あぶない!」
と、そのときだ。
「あ゛?」
と。
腕の中で、母がギロリ! とベアのことをにらみつけたのだ。
「GI……!!!!」
びくぅ……! とベアが体を萎縮させたのだ。
「あ゛? ぞ?」
一瞬母が【殺すぞ】と言ったような気がしなくもないのだが……。
母ににらまれたベアは、そのまま仰向けに倒れる。
そのまま魔力結晶へと変換された。
「勝ったの……?」
「みたいなのです」
ほぅ……っと安堵の吐息を付くリュージたち。
「きゃっきゃ♪ きゃー♪」
カルマが両手を挙げて、ぱちぱちぱち……と拍手してくれる。
「きゃー♪ きゃっきゃー♪」
「……ありがとう、母さん。母さんのおかげで助かったよ」
リュージは母の頭を撫でる。
「や゛ーーーーーー! あ゛ーーーーーーーーーー!!!!」
すると母が猛烈な勢いで泣き出す。
「ど、どうしたの?」
「あ゛っ! あ゛っ!」
ずいっ、と母が額を、リュージに向かって突き出す。
「リュージくん。たぶんカルマさん、さっきみたいに額にキスしてほしいのですよ」
ニコニコしながら、シーラが母の気持ちを代弁する。
「あーい♪」
正解! といった感じで、カルマが笑う。
「……わかったよ、もうっ」
恥ずかしい思いを我慢して、リュージは感謝のキスをする。
「……んほぉおおお。息子にきっすされたのぉ~……。赤ちゃん最高ぉお~……」
母が何かつぶやいていたのだが、小声すぎて、聞こえないのだった。
次回もよろしくお願いいたします!