61.息子、母を育てる決意を固める
お世話になってます!
監視者エルフが、赤ん坊になった母をついていってから、10分後。
リュージたちの部屋に、監視者たちが帰ってきた。
「きゃっきゃ♪ あーぶぅ~♪」
母カルマは、チェキータに抱かれていた。
リュージと目が合うと、晴れやかな表情になる。
両手を挙げて、リュージにまるで、抱っこしてもらいたいようだ。
「あの……それでチェキータさん。母はどうなんですか……?」
リュージがチェキータを見て言う。
母は「あ゛-! あ゛-!」と泣きわめいていた。
「んー、そうね。スキルで調べたところ、記憶と人格が消えたわけじゃないみたいだわ。一時的に失っているだけで、時間が経てば戻りそうよ」
「そうですか……。良かったぁ~……」
リュージは、体から力が抜けた。
その場にへたり込む。
良かった……良かった……と何度もつぶやく。
知らず、瞳から涙がこぼれる。
ぐしぐし……と目をこすってもこすっても、涙があふれ出てきた。
「良かった……良かったよぉ……」
母との思い出が、母カルマという存在が、消えてしまわなくて……。
本当の本当に、良かった……。
「あ゛~~~~~~!!!」
チェキータの胸の中で、カルマが抗議するように、大声を出す。
「ど、どうしたの母さん?」
「たぶんリューに抱っこしてもらいたいんじゃない?」
「あーい♪」
カルマがにっこり笑うと、早く早く、とばかりに両腕をリュージに向けてくる。
「…………」
無邪気に笑う、母の笑顔を見て。
リュージは強く、決意する。
ぐしっ、と涙を拭く。
立ち上がり、チェキータを見やる。
「チェキータさん。母さんを……僕に任せてください」
瞳をまっすぐに見て、リュージが監視者に言う。
「それはつまり……面倒は自分で見る、と言いたいの?」
リュージは強くうなずいた。
「母さんの面倒は……息子の僕が見ます!」
どうどうと、リュージはそう宣言した。
「良いの? なんならお姉さんが、カルマが元に戻るまで面倒見るけど」
「いいえ。僕にやらせてください」
語気には力がこもっている。
「……今まで、ずっと母さんの庇護の元にいました。ずっと母さんに世話してもらっていて、ピンチの時も助けてもらっていて、ずっと……ずっと母さんに助けてもらっていました」
だから……とリュージは続ける。
「母さんが今、大変なことになっている。僕は……僕は母さんを助けたい。母さんに恩を少しでも返したいんです!」
リュージの、心からの思いだった。
「……そう。リューがそう言うのなら、お姉さん止めないわ」
チェキータは微笑むと、リュージに近づく。
胸に抱いていた母を、渡してくる。
リュージは受け取って、しっかりと抱く。
「母さん……安心して。母さんが元に戻るまで……僕が責任もって育てるからね!」
努めて明るく、母に向かってそう言う。
さて肝心の母はというと……。
「あひゅ~…………」
と、なんだかさっきと違った感じで、涙を流していた。
さっきまでは、本当に赤ん坊が癇癪を起こしているだけのようだった。
だが今の母は、さめざめと泣いていた。
「あひゅ~…………」
「か、母さんどうしたの? お腹すいたの? それともトイレ?」
ハッ……! と母が何かに気付いたような表情になった後、
「ちゅうちゅ♪ ちゅー♪」
と唇をたこのようにすぼめて、リュージに両手を伸ばしてきた。
「なるほどっ、ご飯だね!」
しかし……。
「あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
と、母がじたばた、と両手足をばたつかせてきたではないか。
「え、え、ご飯じゃないの?」
「はぁーい♪」
「じゃあ……トイレ?」
「あ゛ーーーーー!!!」
「じゃあ……おねむ?」
「あ゛~~~~~~~! あ゛~~~~~~~~~~!!」
ぶんぶんぶん! と激しく首を振るうカルマ。
母を育てる決意をしたばかりだが、ダメだ、赤子が何をしたいのか、わからない!
すると……。
「リュージくん!」
ばーん! とシーラが、ドアを開けて、リュージの部屋へと入ってきた。
そう言えばいつの間にか、シーラがいなかった。
「今、布でおむつとお洋服、とりあえず作ってきたのです!」
その手には赤ん坊が着るような、小さな服が乗せられていた。
「今……作った……って、作ったの!?」
「はい! しーら、手芸さんは得意なのです!」
ふんす、と鼻息荒く言う。
「リュージくん、カルマさんをこちらに! いつまでも裸ん坊じゃ、かわいそうなのですっ」
「う、うん……」
シーラに気圧され、リュージは赤ん坊を手渡す。
母がぐずったが、シーラは素早く母に服を着せて、リュージに戻す。
「恐らくカルマさんは……リュージくんにハグしてもらいたいのだと、思うのです!」
うさ耳をぴーんと立てて、シーラが言う。
「そうなの?」
「はいっ! 赤ちゃんはお母さんの……親のぬくもりがないとぐずってしまうのです」
そうなのか……。
しかし、さっきも思ったが、どうしてこの子、こんなに赤ん坊について詳しいのか。
赤ん坊服を、手作りできたのもどうにも気になる。
「あ゛~~~~~~! だぁ~~~~~~~~~! あぎゃーーーーーーー!」
カルマがわんわん泣きながら、手足をじたばたさせる。
「リュージくんっ! 早く!」
「う、うん……」
リュージはカルマを、ぎゅっ、と包み込むようにして抱きしめる。
「力は余り入れないで。赤ん坊の骨は未熟だから、折れちゃう危険もあるのです」
「わ、わかった……」
なるべく優しく、宝物を扱うように。
母が、リュージに良く、そうしてくれたように……。
ふわり、と包み込むようにして抱く。
すると……。
「尊ぇ……」「え?」「ばー♪ ぶ~~~~♪」
カルマは上機嫌に、きゃっきゃ、と笑う。
「ちゅっ、ちゅっ、ちゅ~♪」
カルマが唇をタコにして、リュージのほっぺに吸い付いてくる。
ちゅ、ちゅ、ちゅっ、とみずみずしい唇が、リュージの頬に触れる。
これが、大人版母だったら、恥ずかしくてやめて! と押しのけただろう。
だが今、母は赤ん坊だ。
これは無意識の行動なのだ。
異性の前で恥ずかしくても、ガマンする必要があった。
「……息子のほっぺ柔らかっ。これはやみつきになるぅ~。らめぇ~」
ぶつぶつ……とカルマは何ごとかをつぶやきながら、ぐへへ……と赤子ではしないような、だらしのない笑みを浮かべていた。
「母さん。僕、頑張るから」
一方でリュージは、しっかりと、母に宣言する。
たとえ聞こえて無くても、意味を理解してもらってなかったとしても、それでもだ。
「母さんが戻るまで、しっかり守るからね!」
すると母が、「尊ぇ~……尊ぇ~……」と変な声で泣いていた。
お腹がすいたのだろうか。
それともおねむなのだろうか。
経験の無いリュージには、皆目見当が付かなかった。
けど、やるのだ。
母の面倒を、見るのだ。
「リュージくんっ。しーらも全面的にバックアップするのです!」
「ありがとう、シーラ。助かるよ」
……かくして。
息子は赤ん坊を育てることになったのだった。
次回から本格的な子育てならぬ、母育てを開始します。
明日、日曜日も更新します。
またいま新連載やってます。
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ではまた!