60.邪竜、打ち明ける
お世話になってます!
石化解除したら、赤ん坊になっていたカルマ。
息子の母乳を吸おうとするなどの奇行(平常運転)を繰り返した後。
監視者エルフのチェキータによって、カルマは息子の元から、連れて行かれた。
話はその10分後。
カルマとチェキータは、リュージのいる2階から離れ、1階のリビングへと、やってきていた。
「さてカルマ……」
チェキータはテーブルの上に、赤子を置く。
「あなた、意識あるでしょう?」
「…………」
「リュージの母という人格と記憶、本当はあるんでしょう?」
「…………」
「……別に、あなたが嫌だっていうなら、リューには黙っておくわよ」
と、そこまで言って……。
カルマは、口を開いた。
「ちっ。なんでバレてるんですか」
と、カルマはごく普通にしゃべり出す。
眼前にいる爆乳エルフを見上げながら。
「わかるわよ。行動でバレバレ。それにちょいちょい、声出てたわよ」
「……ち。さすが監視者。めざといですね」
チェキータは苦笑すると、リビングにあったイスを手に取り、座る。
カルマと視線を合わせて、チェキータがいう。
「それで、なんであなた、そんな赤ん坊の姿になってるわけ?」
「さぁ。石化から解除された……と思ったらこの姿でした」
「ふぅん。じゃあ自分で幼児退行したわけじゃないのね?」
「当たり前ですよ。自発的になぜ赤ん坊にならなければいけないのですか?」
「赤ん坊になれば合法的に、リューに甘えれるし、冒険にもついて行けそうじゃない?」
するとカルマは……愕然とした。
「……そうじゃん。なにそれすごいです。最初からやっとけば良かった!」
「……あなたが無自覚でこうなったというのは、よーく理解できたわ」
苦笑するチェキータは、カルマをひょいっ、と抱き上げる。
「何するんですか。下ろしなさいよ」
「いいじゃない。この方がしゃべりやすいのよ」
チェキータはカルマを抱っこしながら、話してくる。
「背中にあなたの無駄肉があたって気持ち悪いです」
「まあまあ。……それで、カルマ。あなた元の姿には戻れないの?」
チェキータの問いかけに、カルマは目線をそらす。
「そうですね。何度も戻ろうと頑張ってるのですが、ぜんぜん戻れません」
「邪竜の姿にもなれないの?」
「ええ。いくら体に気合いを入れても、元の大人の姿どころか、ドラゴンにもなれません」
「そう……。困ったわね」
「ええ、困りましたよ」
はふん、とカルマとチェキータはため息をつく。
「そうなった原因って何なのかしらね?」
「…………」
カルマは目を、そらす。
「さぁ」
「……本当は心当たりあるんじゃないの?」
慈しむような視線を、チェキータが向けてくる。
その慈愛に満ちた、母親のごとく優しい目つきが、嫌いだ。
「……はっきりとした原因はわかりません。ただ……」
「ただ?」
カルマは押し黙る。
いうかいわないか、迷う。
「リューたちには黙っておくわ。絶対に口外しないから」
ね、とチェキータは微笑む。
この女は、うさんくさい部分が多い。
だが約束は守る女だ。
「…………。ただ、ね。このままの姿の方が、都合が良いな、とは思ってます」
ひねり出たのは、そんな言葉だ。
「都合が良い?」
「ええ。……もし母親としての姿に戻ってしまったら、現実の問題に、直面しないと行けなくなるでしょう?」
「現実問題……。ああ、この間の、王都でのことね」
カルマはうなずく。
……思い出すのは、苦い記憶だ。
シーラと付き合いたいという、リュージ。
リュージはいかに、シーラが好きか。
シーラのことを愛してるのか。
語ってくれたのだが……カルマには、それがいっさい、理解できなかった。
結局わかったふりをして、カルマは、息子とシーラが付き合うのを許可した。
「でも……結局はりゅー君の言っていること、まるで理解できなかったのですよ」
「シーラのことが好きな理由のこと?」
「ええ……。このまま母親の姿に戻り、母親としてあの子たちの前に立ったとき……。私は果たして、どれだけ我慢できるでしょうか」
愛する息子が、他の女と、愛し合っている姿。
それを【母親】という立場で見たとき、カルマは我慢できるだろうか。
「そうね。できないわね」
「……ええ。怒りで何をしでかすかわかりませんよ」
カルマが手を開く。
スキルの発動を……念じる。
あらゆる物を壊す、万物破壊のスキル。
しかしそれは……発動しなかった。
カルマは心から、安堵した。
この姿ならば、最強の力が、使えない。
だからうっかり、息子の愛する恋人を、殺すなんてことは……できない。
だからこの体の方が……都合が良いと。
そういったのだ。
「赤ん坊の姿なら、あの子たちの前に母として立たなくていいから、気が楽です」
「カルマ……。それは……」
「わかってます。現実逃避っていいたいんでしょう? わかってますよ。そんなこと。……でも、どうすれば良っていうんですか」
いくら考えても、カルマの頭では、愛する息子が、母以上に、母以外の女を愛する。
その理由が、まるでわからない。
そんな状態で、息子たちが仲むつまじくしている姿を、母として見守らないと行けない。
そんなの……できるわけがない。
カルマは問題に直面している。
息子は男である以上、いつかは、他の女と結ばれる日が来る。
それがいつか、ではなく、今。
カルマの目の前に……問題として、立ちふさがっている。
それは遅かれ早かれ、母親である以上は、避けては通れない関門であった。
だが……今のカルマには、その問題を解決するだけの経験も、受け入れるだけの広い心も、もちあわせてなかった。
だから逃げたのだ。
問題の解決からも、受け入れることからも、逃げた。
「……そう」
チェキータは小さくつぶやく。
するとカルマをぎゅっ、と抱きしめた。
甘い、ミルクのようなにおいがする。
暖かい、日の光のような、暖かさを感じる。
それはカルマのささくれだった心を、いやしてくれた。
ややあって、チェキータは抱擁を解く。
「今は……うん。逃げて良いんじゃないかしら?」
チェキータはあっさりと、うなずいていう。
「とがめないのですか?」
「まさか。お姉さんは監視者よ。対象であるあなたに過度な干渉はしない。あなたのあるがままを、監視する。それがお姉さん」
チェキータは微笑んで、カルマの額にキスをする。
「あなたが問題に立ち向かえないというのなら、今はそれでいいんじゃないかしら」
……意外だった。
てっきり、否定されるかと思っていた。
逃げるな。立ち向かえと、発破をかけられるのかと思った。
だがチェキータは、否定せず、カルマの行動を受け入れた。
広い心で、許してくれた。
……それはまるで。
まるで……。
「…………」
カルマはギリッ……と歯ぎしりする。
そしてぐいっ、とチェキータを押す。
「母親づらしないくださいよ。あなたと私は他人です。他人」
するとチェキータはニコニコ笑いながら、「そうね」とうなずいた。
「そのなんでもわかってますよみたいな、表情、最高にムカつきます」
「まあまあ。……で、じゃああなたはしばらく、その姿のママで過ごすのね」
「ええ。まあもとより戻り方がわかりませんし。この姿でりゅー君に甘えながら、戻る方法を模索してみます」
「わかったわ。リューには上手いことお姉さんの方から説明しておくわ。それに戻り方も一緒に考えてあげる」
「……やけに干渉してくるのですね」
「これくらいなら干渉って言わないわよ。さ、リューの元へ帰りましょうか」
そう言って、チェキータはカルマを連れて、息子たちの元へと戻る。
「チェキータ」
カルマは、監視者の胸の中で、ぽつりとつぶやいた。
「……ありがと」
一言だけ、そう言っておいた
まあ、迷惑をかけるのだから。
礼くらいは言っておかないと。
「どういたしまして」
チェキータは微笑む、カルマの額に再びキスをしたのだった。
明日、土曜日も更新します。
また、新連載始めました。
https://ncode.syosetu.com/n6089fb/
下にリンクが貼ってあります。タイトルをクリックすれば飛べますので、よろしければぜひ!
ではまた!