59.邪竜、息子の母乳を飲もうとする
お世話になってます!
母カルマが、石化から解けたと思ったら、赤ん坊になっていた。
そんなわけのわからない事態が起きた、数分後。
リュージの部屋には、さわぎを聞きつけて、シーラ、そして監視者のチェキータが集まってきた。
注目の的となっているのは、母。
カルマ(幼児)は、ベッドの上に座り、無邪気な笑みを浮かべる。
「だぁ……♪ あぶー……♪あー……♪」
「か、カルマさんが……赤ん坊に?」
シーラがしゃがみ込んで、幼児となったカルマに、目線を合わせる。
「カルマさん、なのです?」
「はぁい♪」
きゃっきゃ、と笑いながら、カルマが両手を挙げている。
シーラの言葉を理解してるのか、してないのか。
リュージには判別付かなかった。
「いったいどしてこんなことに……?」
リュージは困惑しながら、助けを求めるように、監視者を見やる。
監視者チェキータ。
国王より、邪竜カルマを監視せよとの任務を与えられている、エルフの美女だ。
ボブカットの金髪と、恐ろしいまでの大きな乳房が特徴的の女性。
彼女は真剣な表情で、カルマを見ている。
「チェキータさん。母さ……母の身に何が起きてるのでしょうか?」
チェキータはエルフ。
長命な彼女は、物をよく知っていた。
「そうねぇ……。まさか物理的に幼児退行するとはねぇ」
チェキータがあきれ半分、苦笑半分。
そんな表情をしていた。
「カルマさん、カルマさん。カルマさんなのです?」
「はぁい♪ はぁい♪ はぁーいー♪」
無邪気に笑う母は……どう見ても、子供だった。
「記憶とかってどうなってるんでしょうか?」
「んー……。そうねぇ……。なんとも言えないわ」
判然としない答えに、リュージはズキン、と胸が痛んだ。
「記憶もなくしてる……んでしょうか」
悪い予感がリュージをよぎる。
もし。
もしも母が、記憶も人格もなくしていたとしたら……。
泣きそうになった……そのときだ。
「おぎゃー!」
と、ベッドの上から、赤ん坊の泣く声がした。
「ど、どうしたの?」
「わからないのです。急に泣き出して」
「おぎゃー! おぎゃー! おぎゃ~~~~~~!!!」
わあわあ泣きながら、母が両手を伸ばしている。
「もしかして抱っこなのです?」
シーラがカルマを、抱き上げようとしたが。
「おぎゃぁあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!」
カルマは火が付いたように、大きく泣きわめきだした。
「ど、どうしたのです?」
「あ゛~~~~~~~!」
「も、もしかしてリュージくんに抱っこしてもらいたいのです?」
先ほどシーラが抱っこしようとして、母が泣いたのだ。
ならばリュージが……ということらしい。
「いやまさか……」
「はぁい……♪」
カルマがリュージに向かって、笑顔を向けてきたのだ。
「え?」「おぎゃーーー! おぎゃーーーー! ぎゃーー!」
カルマがまた、じたばたと暴れ出す。
仰向けになり、両手足を、まるで子供のようにばたつかせた。
「ど、どうやらそうみたいなのですっ! リュージくん、抱っこを!」
「う、うん……」
困惑しながら、リュージはカルマを抱き上げる。
柔らかな肌の感触。
暖く、驚くほど……軽い体。
「きゃっきゃ♪ きゃっきゃ♪」
腕の中で、カルマが上機嫌に笑った。
先ほどまでの大騒ぎが、ウソのようである。
「きゃっきゃ♪ きゃっきゃ♪」
「やっぱりリュージくんに抱っこしてもらいたかったのです。ね、カルマさん」
「はぁい♪」
笑いあう、カルマとシーラ。
リュージはもう何が何やらで、困惑しきりだ。
ただそれでも、母が泣き止んでくれて、良かったと安堵する。「……ぐふふ……息子に抱っこされてる。最高ですよぉ」
「え?」
「おぎゃ~~~~~~~~! おぎゃ~~~~~~~~! あんぎゃ~~~~~~~~~~~!!!」
今、何か聞こえたような……と思ったら、カルマがまた、泣き出した。
「あ゛~~~~~~~~! あ゛~~~~~~~~!」
「こ、今度はなんだろ?」
母が泣き出した理由が、さっぱりだ。
しかしおどおどするリュージとは反対に、シーラは冷静に、言う。
「もしかしてカルマさん、お腹すいたのではないでしょうか?」
するとカルマが、「はぁい♪」とうなずいた。
うなずいた?「おぎゃ~~~~~! おぎゃ~~~~~~~!」
よくわからないが、おそらくシーラの言ったことであってるのかもしれない。
「あ、赤ちゃんって何食べるの? 離乳食?」
「今のカルマさんくらいなら、まだミルクなのです」
シーラが即座に答える。
なぜこの子は、こんなに色々知っているのだろうか……。
「ミルクなんてあったっけ……?」
台所へと向かおうとした、そのときだ。
「あ゛~~~~~~~~~~~~!」
カルマがまた、ぐずりだしたのだ。
「ど、どうしたの……?」
「あ゛ーー! あ゛ーーーー!」
なんだか知らないが、母が泣きわめいていた。
お腹がすいたのだろう。
ならミルクを飲ませようとして、何も問題ないはず。
ならなぜ、泣いているのか。
「あ゛~~~~~~~~! や゛ぁ゛~~~~~~!」
カルマがリュージの胸に顔を埋める。
もそもそ……と動く。
「え、ちょ、なにっ?」
するり、とカルマがリュージの服の下に潜る。
「な、何やってるのさっ?」
ちゅうちゅう……とカルマが、リュージの胸に吸い付いてきたのだ。
「も、もしかしてリュージくんのミルクを飲もうとしているのです?」
「そんなバカな……」
色々おかしかった。
リュージは男だ。ミルクなんて出ない。
だが相手は赤子。
そんな理屈もわからないのだろう。「ぐへへ……りゅー君の胸板……たくましいですね……」
「……え?」
「あ゛ーーーー! あ゛ーーーーーー! おぎゃーーーーーーー!!!」
服の下で、カルマが泣き出す。
「お腹すいたんだよね。ミルクミルク」
リュージは服の下から、カルマを取り出そうとする。
だがカルマは嫌がり、腕をすり抜けて、リュージの胸板にちゅっちゅしてきた。
「だから、出ないって! 母乳なんて……ひゃ! 母さん、やめてって! 変なところなめないでって!」
リュージが慌てて、幼児を離そうとする。
だが母は、謎の力を発揮して、頑として動こうとしない。
「ちゅうちゅう、ちゅー」
「ひゃっ……! だから……んっ! やめてって!」「…………ぐへへ、うまいです。とってもミルキー。息子の母乳……プライスレス」
「え?」
「ちゅうちゅう♪ ちゅー♪」
「母さんやめてってば!」
するとそれを見かねたチェキータが、リュージからカルマを、ひょいっと取り上げた。
「あ゛?」
赤ん坊がギロ……っと、チェキータをにらんでいた。
「……あなた、もしかして」
チェキータが小声でつぶやく。
「リュー、ちょっとこの子借りるわよ」
「え、あ、はい」
そう言って、チェキータが赤ん坊を連れて、リュージの部屋を出る。
「あ゛ーーーーーーー! あ゛ーーーーーーー! おんぎゃーーーーーー!!」
カルマが抗議するように、激しく鳴き立てていた。
チェキータはお構いなしに、母を連れて、部屋を出て行ったのだった。
次回もよろしくお願いいたします!