58.邪竜、赤ん坊になる
お世話になってます!
それは王都でのデートから、2日が経過した、ある日の朝。
リュージは深い眠りから、目を覚ます。
自分の部屋のベッドだ。
むくり、と起き上がる。
ベッドの側には……ひとつの石像があった。
「……母さん」
リュージはベッドから降りる。
そしてその石像に手を触れる。
そこにあったのは、【母】の石像だ。
流れるような長い黒髪。
メリハリのある、ボディライン。
町を歩けば百人中、百人が振り返るほどの、美貌。
とてつもなく美しい、人間姿の、母。
……石像だが。
むろんこれは、母をもして作られたものではない。
母が、石化した姿が、これなのだ。
「…………」
二日前。
リュージはシーラに思いを告げて、キスをし、晴れて恋人関係になった。
そのとき、母が石化したのだ。
本人曰く、ショックが大きすぎて、石化した……とのこと。
原理はわからない。意味不明だ。
ショックを受けると石になるとか、聞いたことがない。
だが母はドラゴン。
しかも常識という言葉とは無縁の、最強の邪竜。
ショックを受けたら……石になる……のか?
わからないけど、母のことだから、それくらいはするのだろう。
「母さん……。おはよう。朝だよ。起きて」
リュージは母の石像の前に移動。
彼女の頬に、ぺたり、と触れる。
ひんやりとした、石の感触が手に伝わってくる。
いつもは、太陽のように暖かな柔肌をしている、母の肌は。
無機物のごとく、冷たかった。
「母さん……」
気付けばいつも、母は側にいた。
りゅー君りゅー君! と子供のように無邪気に笑いながら、隙あらば抱きついてきた。
そんな母の声を、二日も聞いてない。
母の笑顔を、二日も見てない。
そんなこと、今まで一度たりとも、無かった。
「母さん、そんなにシーラと付き合ったこと、ショックだったの?」
石化した母に、リュージが尋ねる。
もちろん、答えは返ってこない。
母が自分を無視することなど、人生で一度たりともなかった。
「母さん……。そんなに、辛かったの? ……辛かったんだよね。ごめん」
でなければ、母がショックで寝込むすることはなかっただろう。
「母さん……。ごめんね母さん……」
大好きな母の心を、傷つけてしまった。
血が繋がっていないのに、本当の息子のように、愛情を注いでくれた母に。
辛い思いをさせてしまったことが……リュージは悲しくて、辛かった。
つつ……。
と、リュージの頬に、一筋の涙が、こぼれ落ちる。
「母さん……起きてよ。母さん……」
リュージは母の肩に、おでこをつける。
母の脈動も、甘いにおいも、元気いっぱいの声も、何もかも、感じない。
それがさらり、リュージの心を痛みつけた。
心の痛みは涙となって、リュージの頬を伝う。
やがて。
涙の一滴が、母の、石像の肩に触れる。
ぽた……と涙のしずくが、母の石像に触れた……そのときだ。
ぴしぃっ……!!!
「……え? なに、今の」
何か、固いものに、ひびが入ったような。
そんな音が聞こえた……気がした。
「気のせい……?」
ピシッ……! ピシピシッ……!!
「いや……気のせいじゃない。母さん……!」
母から離れる。
母の体に、ひびが入っている。
「か、母さん! ど、どうしよう……! ち、治癒のポーション? ああどうすれば……!!」
リュージが危惧したのは、母が粉々に壊れてしまったのでは、ということだ。
だがそれと同時に、石化が解けたのではないか、という淡い期待も抱いた。
果たして結果はと言うと……。
ピシピシピシッ…………。
ぱきぃいいいいいいいいいいいいん!!
母の石像が…………粉々に壊れたのだ。
「! か、母さんっ!!」
石化が解けたのでは、無かったのだ。
石像が木っ端みじんに壊れたのだ。
「…………」
リュージはその場にへたり込む。
残骸となった母のかけらをつかんで、呆然とする。
「母さん……。かあさん……」
母が粉々になってしまった。
すなわち、死んでしまったのだ……。
「母さん……」
と、そのときだ。
「だぁ……!」
と。
何か、妙な声が、残骸から聞こえた。
「え……? なに……?」
リュージは声がしたあたりを見やる。
そこには粉々になった母の残骸があった。
こんもりと、一部、不自然に盛り上がっていた。
「か、あさん……?」
「はぁい……♪ はぁい……♪」
返事を、している。
母……なのか?
しかし母の石像は、壊れた。
それにもし、この残骸の中に母がいるとしたら、小さすぎる。
「だぁっ♪ だぁっ♪ あーい♪」
……無邪気な声が、残骸の中からする。
リュージはおそるおそる、残骸を手で避けていく。
果たしてそこには……。
黒髪黒目の、小さな……。
「あ、赤ん坊……?」
裸身の赤ちゃんが、そこにいたのだ。
生後すぐ……という感じでは無い。
数ヶ月だったくらいだと思う。
チェキータからもらった本で見た、赤ん坊の写真と照らし合わせて、そう判断した
赤ちゃんには髪の毛が生えており、首が据わっている。
ニコニコと無邪気な笑みを浮かべながら、リュージを見ている。
「えっと……。え……? えっと……ど、どういうこと?」
母の残骸から、赤ん坊が生まれた。
これは果たして、いったいどういうことなのだろうか……?
困惑していたそのときだ。
「ぱぱ。どうした?」
がちゃ、っと褐色幼女、元四天王のルシファーことルコが、やってきた。
「ルコ。これ……」
ルコはリュージの隣へやってくる。
「……カルマ。だ。これ」
ルコが目を剥いて、赤ん坊を見て驚いている。
「カルマ……。え、母さん!?」
リュージは赤ん坊を見ながら、驚愕する。
「はぁい♪ あーい♪ はぁい♪」
きゃっきゃ、と母(暫定)が、両手を挙げて笑っている。
「え、でも……。赤ちゃん……だよね、これ」
「でも。この。赤ん坊。カルマ。魔力。かんじる」
どうやらこの子からは、母の魔力を発しているようだ。
リュージは前に、チェキータから聞いたことを思い出した。
魔力にはそれぞれ、波長があるという。
そのひとの持つ魔力には、固有の波長が有り、それは固有の物で、ふたつと無いのだそうだ。
魔力感知能力のある人間、あるいは魔物は、魔力だけ相手を特定することができる。
……らしい。
ルコは元魔王四天王。魔力感知能力が備わっていたとしても、おかしくない。
「母さん……。この子、母さん……なの? 本当に」
リュージはおっかなびっくりと、しゃがみ込んで、赤ん坊を抱き上げる。
大きく、きらきらと輝いている黒い目。
美しい黒髪。
そして何より……リュージを見たときに浮かべた、その明るい笑顔。
「きみ……母さん、なの?」
するとその声が、届いたかのように、赤ん坊が言った。
「はぁーい♪」
今回から新展開に入ってきます。
カルマママとんでもないことになってますが、シリアスには全くならないので、ご安心ください。
次回もよろしくお願いいたします。