表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/383

57.邪竜、石化する【後編】



 息子を連れて、月へとやってきたカルマ。

 息子に相応しい恋人を用意してあげるといったら……息子が、怒った。


 話はそれから数秒後。

 月に新たに作った家の、リビングにて。


【りゅ、りゅー君……?】


 なぜ息子は、怒っているのだろうか。

 それも、いつもの、母に注意するときに怒り方ではなかった。


 その目には……はっきりとした怒りがあった。

 敵意のようなものさえも、感じ取ることができた。


【どうしたのですか? なぜそんなに声を荒げているのです? お母さん……何かしましたか?】


 本気でわからなかった。

 優しい息子が、母思いの自慢の息子が、声を荒げて怒っている。

 その理由が……心の底から、理解できなかった。


【どうしてシーラに酷いこと言うの!?】


【シーラに……? お母さん何か酷いことを言いましたでしょうか?】


 事実を告げただけだった。


 大事な息子の恋人になるのだ。

 

 恋人とはつまり、伴侶だ。

 

 伴侶とはつまり、群れを、家族を守るべき存在。


 大事な息子の、大事な家族を守るのだから。それなりの強さを持っていないと困るのである。


【言ったじゃん! 弱いとか、ふさわしくないとか!】


【? 事実シーラは弱いではないですか。りゅー君を守れるほどの強さが、あの子にはないでしょう?】


 しかし息子はさらに逆上してしまった。


【強さが何!?】

【だって……強くないとりゅー君を守れないじゃないですか。伴侶となるものとして、不適格ですよ】


【不適格……? 母さん、本気でそう思ってるの……?】


 カルマは混乱の嵐の中にいた。

 息子が怒っているだけじゃなくて……。


 息子が、悲しそうにしていたから。


 どうして?

 どうして大切な息子が、悲しい顔になっているのか。


 彼を悲しませているのは……誰か?

 他にいない。カルマの他に……誰もいない。


 自分が、息子を悲しませている。

 それが……カルマには、死ぬよりも辛いことだった。


【りゅー君……。ご、ごめん……。ごめんねぇ……】


 ぽた……ぽた……と涙が流れる。

 止めようと思っても、涙が出続けた。


【な、何泣いてるの、母さん……?】


 リュージが心配そうに、母に近づく。


 さっきまでの怒気と悲しみはなりを潜めて、気遣いげな表情になっている。


【だって……りゅー君を、悲しませてしまいました……。それと……それと……ふぅえええええええええええええん!!!】


 感情が堰を切ったように、流れ出す。

 悲しい。

 とてつもない悲しみが、カルマの胸中で荒れ狂っている。


【母さん、泣かないで。どうして泣いてるの……?】


 リュージがカルマの肩を抱いて聞いてくる。


【だって……りゅー君を悲しませてしまって。それで……なんで悲しませてるのか、わからなくて、わからなくてぇー……】


 息子を理解できない。

 息子が、なぜ怒っているのか。なぜ、悲しんだのか。

 わからない。

 ……それが、1番悲しかった。


 何よりも大切な息子の気持ちを、わかってあげられない。


 それが……カルマにとって、悲しいことだった。


【ごめんねりゅー君……。お母さんわかってあげられなくてごめんね……】

【母さん……】


 するとリュージも、目に涙をためる。


【……ごめんね】


 ぺこっ、とリュージが頭を下げた。


【ど、どうしてりゅー君が謝るのですか! お母さんがいけないのでしょう?】


【……でも、母さんを泣かせちゃった。ごめんね】


【りゅー、りゅー君……りゅー君……。りゅーくぅうううううううん!!!!】


 ふたりでワンワンと大きくなく。


 ふたりで泣いた。

 リュージは母を悲しませたことを。

 カルマは息子が悲しんでしまった理由がわからぬことを。


 悲しいと思って、泣いた。


 ……血が繋がっていなくても、思いは同じだった。息子は母を、母は息子を、悲しませたことを悲しんでいたのだから。


 ……ややあって。


 ふたりは落ち着く。


 リビングのいすに座り、ふたりは話をした。


【母さん。僕はシーラが好きなんだ】


【……わかってます。でも、良いのでしょうか。だってあの子は私より弱いのですよ?】


【強さ弱さなんて関係ないよ。僕はあの子の存在が、心から好きなんだ】


 息子がシーラを好きである理由は……はっきり言って、よくわからなかった。


 強さではなく、では何に息子は引かれたというのか。


【僕は……シーラの優しいところが好きだ。いつも他人を心配して、気を遣ってくれる優しいところが大好きだ】


 その後も、息子が言葉を続ける。


 ご飯を美味しそうに食べているところが好きとか。

 明るい笑顔が大好きだとか。


 たくさんたくさん、好きなところを……列挙していった。


 ……それでも、カルマは。

 わからなかった。


【りゅー君……】

【僕は、母さん。あの子が心から好きなんだ。母さんを愛してるって気持ちと、同じくらい、僕はあの子を愛してるんだ】


 がつんっ、とカルマはハンマーで頭を殴られたような気持ちになった。


 母と同じくらい。

 シーラを愛してる。

 その言葉が、カルマの精神を揺さぶった。

 ……理屈はわかった。

 カルマと同じくらい、大事で、愛してる存在を、否定されたのだ。


 カルマの話におきかえるのなら、大事で愛している息子のことを、否定されたということと同じなのだろう。


 ならリュージが怒っても、しかたなかった。悲しんでも……しかたなかった。


 だが……わからない。

 本気でわからない。

 リュージが、カルマ以外の存在を愛している理由が……わからなかった。


 けど、またここで何か言ったら、リュージは悲しむだろう。怒るだろう。


 ……それは、怖かった。


【わかり……ました】


 カルマは立ち上がる。

 そして、息子の側へ行く。


【わかった……ってなにを?】

【……りゅー君は、シーラを恋人にするのですね?】


 息子はうなずく。

 カルマは……嘘をついた。


【わかりました。ごめんなさい、りゅー君。あなたに酷い思いをさせて。わかりましたから、あなたの悲しんでいた理由が、苦しんでいた理由が】


 本当は、何もわからなかった。

 息子がシーラを好きになる理由を。


 息子が母以外を愛する理由を。

 まるで理解できなかった。


 けどもうこれ以上、息子を悲しませたくなかった。怒らせたくなかった。


 だから……嘘をついた。

 わかったよ。理解できたよと。


 ……わかっても、理解もできてないのに。


【ううん。僕の方もごめんね。酷いこと言って】

【いえ、怒って当然です。ごめんねりゅー君。お母さんわかりましたから。りゅー君の好きになさってください】


 カルマはリュージを、そしてルコを連れて、【転移】を発動させる。


 地上へと帰ってくる。


 王都のホテルへと、カルマは転移した。


「リュージくん!」


 兎獣人のシーラが、息子に向かって走ってくる。

 そしてそのまま、抱きついてきた。


「良かった! 心配したのです!」

「シーラ……。ごめんね……」


 ふたりはそのまま抱き合って、そしてキスをした。


 ……カルマは、ぴき……っと何かがきしむ音がした。


「シーラ。僕、君のことが好きだ」

「……はいっ。しーらも、リュージくん大好きなのです!」


 ぴし……ぴき……ぴしぴき……。


 きしむ。

 何かがきしんでいく。


 冷たい。

 体が……凍り付くように冷たかった。


「あ、でも……。カルマさんが……」


 ぴきぴき……。

 ぱきぱきぱき……。


「大丈夫。母さん、許してくれたから」


 ぱきぱき……。

 ぴきぴきぴき……。


「本当に?」

「うん、ね、母さん? ……母さん?」


 息子の声が、遠くに聞こえる。

 くぐもって、聞こえる。


「母さん!? どうしたの、母さん!?」


「か、カルマさん!? か、体が……! 体が石になってのるのです!」


 シーラが何かを叫んでいた。


 体が……石に?


 わけわからないことを、と言おうとして、言えなかった。


 あれ、これマジで体が石になってない?


「母さん! 母さん! 大丈夫どうしたの母さん!?」


「あ……。いえ……。だい……。じょぶ……です……」


 かろうじて、口が動く。


「おかあさん……。ちょっと……ショックが……大きすぎて……。だから……。せいしんを……まもる……ため……。ちょっと……化石に……なります……ね」


 それだけ言うと、体の石化が進む。

 

 原理はわからない。

 ただ今自分が口走ったのが、原因だろう。

 息子が他の女とキスをした。


 そのショックが、あまりに大きすぎて、心に負担をかけすぎて。


 そのショックから心を守るために、体を石化させたのだ。


「か、母さん! かーーさーーーーーーん!」


 息子の心配そうな顔が見える。

 ああごめん、心配させて。


 でも……ごめんなさい。

 ちょっと……つらたん。まぢもう無理。リスカ……じゃない、石化しよ。


 ……かくして、リュージたちは恋人関係になり、そして母は、石化したのだった。 

お疲れ様です。

これにて5章終了となります!


次回からまた新しい展開へと入っていきます。石化したカルマは、いったいどうなるのか。


次回もよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ