57.邪竜、石化する【前編】
お世話になってます!
シーラとふたり、王都のホテルに宿泊するはずだったリュージ。
母にホテルの場所を特定されてしまう。
邪竜姿に変身したカルマによって、リュージは遥か上空へ。
惑星の外、月へとやってきていた。
【ここ……どこ……?】
リュージは困惑していた。
さっきまでいた場所とは……あまりにかけ離れた場所にいるからだ。
それと言葉が……。
言葉が口をついてこないのだ。
【ここは遥かお空の上ですよ、りゅー君】
リュージの脳内に、直接、母の声が響く。
振り返るとそこには、人間姿の母がいた。
【母さん……】
母カルマは、いつも通りに、微笑んでいた。
それがリュージには怖かった。もうさっきのことを怒ってないのだろうか。
【ここは月と呼ばれる場所です。惑星を飛び出した先、宇宙という空間に……って、難しいですね、すみません】
【声が出ないのに、声が聞こえるのは……?】
【魔法で脳内での会話を可能にしています。《念話》という無属性魔法を使用してます】
さて……とカルマが一息つく。
リュージは体をこわばらせた。
母に叱られると思ったからだ。
だが母は微笑んだままだった。
【どうしてびくびくしているのですか? りゅー君、なにか怖いものでも?】
【い……いや別に】
【そうですか。あ、そうだすぐに家を作りますので少々お待ちを】
そう言うと、カルマはスキルを発動させる。
母の持つ、万物創造スキル。
彼女が指を鳴らすと、そこには……。
リュージたちが暮らしていたのと、同じ家が、出現した。
【それと……】
母はいったんその場から消える。
おそらく【転移】したのだと思われる。
また帰ってくると、その胸には、褐色幼女のルコが抱かれていた。
ルコはくぅ、くぅ、と安らかな寝息を立てている。
【ルコ……】
【あ、ご心配なく。魔力が切れて眠っているだけです】
ルコは母の足止めをしてくれていた。
だが母がホテルに出現した。
ということは、ルコが母に倒されたということだった。
なのでリュージは娘の身を案じていたのだ。無事で良かった。
【さ、りゅー君中へ】
【う、うん……】
【あ、重力魔法をかけているので、地上と同じように歩けますよ】
母が建物の中へと入る。
リュージは振り返る。
そこにいは……。
さきほどまで自分たちがいた、らしき惑星がある。
青く、美しい星をみて……。
リュージはキレイだな、とは、思わなかった。
むしろ心配だった。
あの場所に残してきた、愛おしい、ウサギ少女のことを。
【シーラ……】
リュージはその場で、手を伸ばす。
だがいくら伸ばしても、惑星へは、彼女の元へは……帰れない。
【…………】
リュージは何もできず、振り返り、家の中へと入る。
家の間取りは、地上での自宅と同じだった。
リビングには母が座って、ニコニコ微笑んでいる。
【りゅー君。座ってもらっても良いですか?】
【うん……】
リュージは母の前に座る。
【ご気分でも悪いのですか? きちんと酸素は魔法で供給されてますよね?】
【さん……そ?】
母は時折、よくわからないことを言う。
ツキ、だの、ウチュウだの。サンソ? というのが何のことで、それがないことと、気分が悪いのと、どういう因果関係があるのか。
リュージにわからないことを、母は知っているようだ。
まあ、邪神を倒すくらい強い母なのだ。知識もまた、最強なのだろう。
【それでねりゅー君。お母さん考えたんですけど】
母が言う。
【しばらくここで、3人で暮らそうかなって】
【……は? え、ここって……この場所で?】
母がうなずく。
【ほら、ここなら静かでしょう? 家族水入らず、のんびり宇宙でスローライフとしゃれ込みましょう】
【…………】
母が言っているのは、ようするに。
あの町を離れて、こんな何もない場所で暮らそうと、そう言ってるのだ。
町を離れて、人里離れて、母と娘しかいない、この場所で……。
【…………】
それじゃあ、まるで。
昔と同じではないか。
穴倉で母と暮らしていたときと、同じだった。
【食料の心配はいりません。スキルがあればご飯も着るものも娯楽だって困りません。一生ずうっと、お母さんたちとのんびり暮らしましょう】
【…………シーラは?】
言葉が、やっと口をついた。
【はい? ああ……シーラはほら、うん。まだりゅー君には早いですよ】
【早いって何だよ……】
【ですから、りゅー君に恋人は早いです。できれば50……いいや100年くらい経ってからじゃないと】
リュージはぎゅっ、と唇を噛む。
【それに今のシーラでは頼りないです。りゅー君の恋人となるのですから、それ相応の強さがないといけません。りゅー君に何かがあったときどうするんですか? あの子ではあなたを守れませんよね?】
カルマは立ち上がると、リュージの側へ行く。
【あの子ではりゅー君、あなたにふさわしくないですよ。お母さんがあなたに相応しい恋人を、ちゃんと用意してあげます】
カッ……! とリュージは頭が真っ白になる。
頼りない?
相応の強さ?
……そんなもの、恋人に求めてなかった。
ふさわしくない?
【……な、んで】
リュージの脳裏に、シーラとの思い出がよぎる。
一緒に冒険者として、働いたこと。
ボスを一緒にたいしたこと。
王都でデートしたこと。
一緒にホテルでご飯を食べたこと。
彼女との思い出の数々は、彼女への思いの強さへと変わる。
リュージにとってシーラは、母とはまた別の、特別な存在になったのだ。
その特別な存在を、母にふわさしくないと否定された。
愛する母であっても、それだけは……許せなかった。
【なんでそんな、ひどいことを言うの?】
【りゅー君……?】
カルマが手を伸ばしてくる。
リュージはその手を払いのける。
【なんでそんなひどいこと言うんだよ!】