47.邪竜、孫と息子と冒険(ピクニック)に出かける【後編】
母にとシーラのラブコメを阻止された、その数十分後。
リュージたちは、大陸中央から南西部に広がる、天竜山脈にいる。
「ぴーくにっく♪ ピクニック♪ ぴーくーにーっくぅ♪」
るんるんらんらん、と母がスキップしながら、山を登る。
山道、ではない。山だ。
山というか、絶壁だ。
カルマたちがいるのは、山脈の断崖絶壁部分。
人が掴めるような場所が一切ない岩肌を、母がスキップしながら登っていくのだ。
どうやって?
こやって。
ステップ1 まずは壁に両足をツッコみましょう!
ステップ2 そしてスキップしながら壁を登っていきましょう!
……以上。
規格外であるカルマにしかできない芸当だった。
「うう……怖いのですぅ……」
「下を見たらダメだよシーラ……」
リュージとシーラは、カルマにお姫様抱っこされている。
重力魔法とやらのおかげで、頭に血が上っていない。
平地にいるような感覚ではある。
だが後ろをふと振り返ると。
ひゅぉおおおお……………………。
と、断崖絶壁。そしてすっごく遠くに地面が見える。
落ちたら……ひとたまりもない。
「怖いのですぅ……!」
「うう……」
知らず、リュージとシーラは、カルマの体にしがみつく。
「おほぉおおおお! 息子がお母さんに抱きついてくるのおおおおお……うれしいぃいいいいいい!」
と叫んでいたそのときだ。
「かるま。うるちゃい」
リュージたちのすぐ隣から、幼い女の子の声がした。
声のする方を見やると、そこには。
5歳くらいの、小さな女の子がいた。
いや、飛んでいた。
金髪に褐色の肌。
ぬぼっとした表情のその子は、ルコ。
いっけんすると可愛らしい女の子だが、その正体は悪魔である。
その証拠に、ルコの尾てい骨のあたりから、蝙蝠のような翼が生えていた。
ぴこぴこぴこ……と翼を動かしながら、ルコがカルマたちのすぐ隣を飛んでいる。
「カルマ。うるちゃい。おおごえ。めいわく」
ルコは不快そうに顔をしかめて、両耳を押さえる。
「おっとすみません。浮かれてしまっていてつい。いやぁ申し訳ない」
しかしこの母、超嬉しそうだった。
「申し訳なさ感じなさすぎるんだけど……」
母の隣を飛んでいるこの悪魔は、かつては魔王四天王のひとり、右方のルシファーだった。
だがカルマが遺跡調査の際、ルシファーとバトルし、戦いの末に打ち破る。
死んだかと思ったルシファーだが、ある日リュージの体を媒介にして、幼女として転生した。
どうやらリュージが、この悪魔娘を産んだらしい。
かくしてリュージは、15歳にして父親になったわけだ。
「ぱぱぁ。どーして? かるま。とばない?」
隣をぴこぴこと浮いているルコが、リュージに問う。
「ああ、えっと……。この崖の途中にね、咲いている花を取りに行くのが、今回のクエストなんだ」
「おはな?」
ルコが自分の小さな鼻を、手で押さえて言う。
リュージは苦笑して首を振るう。
「花。植物。青い色の彼岸花ってやつを、探しに来たんだ」
「おー。はな。しってる。おいしいやつ」
「食べないでね……」
「わかった。るぅ。たべない。ほめて」
「うん、偉い偉い」
リュージはカルマにお姫様抱っこされながら、ルコを頭を撫でる。
んふー、と満足げに鼻を鳴らすルコ。
「母さんが飛んだら衝撃で花が散っちゃうからね。だからこうしてるんだ」
「おー。なるほど。ぱぱ。あたま。よい」
「ありがとルコ」
よしよし、とルコの頭を撫でるリュージ。
「あ゛あ゛あ゛ずるぅいです、ルコ! ねえねえりゅー君! お母さんに偉い偉いは!?」
「あ、あとでね……。今この体勢じゃできないから」
「わっかりました!」
かくして絶壁に咲いてる花を探すべく、リュージは母の助力の元、こうして壁を登っているわけだ。
「ん~……。あっ! ありましたよりゅー君! 青いお花!」
「そ、そう……。あんまり揺らさないで、落ちちゃうから」
「大丈夫です! 落ちないよう重力魔法がかかっており、壁に向かって重力が流れるようになってます。下には落ちません」
「そうなんだ……」
「そして万一落ちた時用に、ふたりには結界の魔法を張ってあります。安全第一!」
それにまあ、母にはその場から一瞬にして、テレポートするスキルを持っている。
なので落ちるまえに、リュージたちを回収し、地上へ安全に降りることはできるだろう。
母はリュージたちを連れて、スキップしながら、青い花が咲いていた場所までやってくる。
そこは、絶壁のちょうど中腹部分だ。
そこだけ壁が盛り上がっており、お皿の形をしていた。
カルマはヨイショッ! とその壁から生えたお皿の上に乗っかる。
「うわぁ……! きれいなのですー!」
「おはな。たくさん。きれい。きれい」
目の前に光景に、わあ……と歓声を上げるシーラとルコ。
リュージの眼前に広がっていたのは、青い花が一面に咲いた、ちょっとした庭だった。
青く、美しい花が、庭いっぱいに広がっている。
「ぱぱ。きれい。おはな。とっても」
ルコがリュージの側までやってきて、服を引っ張りながら言う。
「そうだね、とってもキレイだね」
しゃがみ込んでリュージが言う。
ルコがフヘッ……っと口元だけで笑った。
「じゃあシーラ。手分けしてこの青い花を回収しようか」
「ハイなのです!」
リュージたちは、えっほえっほ、と咲いている花を手折っていく。
全てを摘むのではない。
必要な量だけを取る。咲いている全体の量と比べると、微々たる本数だろう。
途中、ルコが一本だけ青い花を摘んで、ててて、とカルマの元へ駆け寄る。
「んっ」
「どうしました、ルコ?」
「ん!」
ずいっ、とルコがカルマに、摘んだ青い花を押しつけて、「ぱぱー」とリュージに近づいてきて、抱きついてきた。
「ルコ。母さんにプレゼントしてたの?」
先ほどの光景は、そうとしか見えなかった。
だがルコは顔をそらし、「ちがう」と言う。
「プレゼント。してない。かるま。ひまそう。かまって。あげた。だけ」
「そっか。ルコは優しいね」
リュージはルコの頭を撫でる。
んふーっ、と満足げに鼻を鳴らすカルマ。
「うぐ……ぐす……うわぁあああああああああん! ルコぉおおおおおお!!」
カルマが涙目になって、ルコに抱きついてきた。
「プレゼントありがとおおおおおおお! お母さん嬉しいですよぉおおおおお!」
「うるちゃい。だまる。あれ。プレゼント。ちがう」
「うう……冷たい……。どうしてルコは人前だと冷たいのですか?」
「ちがう。ひとまえ。でも。つめたい」
「おや? ふたりきりの時は……」
ルコが顔を赤くして、ぺちっと……と母の足を、手で叩く。
微笑ましい光景を見た後、リュージは言う。
「天気も良いし……ここでお昼ご飯にしない?」
「「「さんせー!」」」
母が作ってくれたお弁当を、絶壁の庭で広げる。
青い花々に囲まれて、そしてすぐ目の前には、空がある。
地上が遥か下にあり、大きな森がどこまでも広がっている。
森を越えた先には民家があり、そのまた先には森があって、凄く遠くに海がチラッと見える。
とても良い景色を見ながら、リュージは母が作ってくれたお弁当を食べる。
「……なんか、本当にピクニックみたい」
「はいなのです。クエストなのに……ピクニックみたい!」
ねー、とリュージとシーラは笑うのだった。
次回もよろしくお願いいたします!