46.息子、母が風邪を引いたので看病する【後編】
息子にたっぷりと甘えた、その日の深夜。
ふとカルマは目を覚ます。
「ううーん……。ん? なんだか体の調子が良い感じですね」
ベッドから半身を起こして、自分の額に手を触る。
「冷たい……。こ、これはもしや……! 快復したのかっっ!?」
カルマの表情は、風邪が治ったというのに、絶望しきっていた。
「ハァ゛~~~~………………これでりゅー君に甘えること、できなくなってしまいましたよぅ~……」
心から、カルマはため息をついた。
「もう、私の体のバカ。無駄に頑丈すぎですよ。あと1ヶ月くらい風邪引いてなさい!」
それは無理な話だろう……とツッコむ物はこの場にいない。
というか、ツッコミ役である息子は、カルマのベッドに体を投げ出し、眠っていた。
「うう……。うわああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!」
それを見てカルマが、滝のような涙を流す。
「あぐ……ぐす……。む、息子が……えぐ……。病床の母の、か、看病をしてくれて……あ゛~~~~~~最高! りゅー君神! いや、神りゅー君! 息子の優しさは慈愛の女神よりも大きいのですよ-!」
あ゛~! と息子の優しさに感謝していた、そのときだ。
「かるま。うるちゃい」
そう言って、孫のルコが、ちょこちょことカルマに近づいてきた。
「おやルコ。検査の方は終わったのですか?」
「ん。ばっちり。なんとも。ない」
「そうですか。それは重畳」
ルコはカルマとバトルした後、チェキータに体を調べてもらっていたのだ。
あのバトルの時。
ルコは、魔王ルシファーの姿+その半身が龍になっていた。
「で、あの無駄肉エルフはなんと?」
「よく。わからない。しんか? してるって」
「ええい役に立たない監視者ですね……」
まあ本職が医者じゃないから無理か、と思い直すカルマ。
ルコがちょこちょこと歩いてくる。
ベッドの上によいしょ、とのっかってきて、カルマの体に、馬乗りになる。
そして額に、ルコが自分の額をくっつけてくる。
「かるま。おねつ。ひいた?」
「ええ。おかげさまでばっちりです。完全復活ですよ! はぁ~……………………」
「? なんで。ためいき?」
「だってもう快復しちゃったんですよ。もっとりゅー君に甘えていたかったのに……今から滝行でもしてこようかな」
「やめて」
「わかってます。息子と孫をこれ以上心配させるわけには、いきませんからね」
カルマは微笑んで、ルコの金髪を撫でる。
彼女はむずがゆそうに身をよじった。
「かるま。ぶじ。るぅ。うれしい」
「おほー! 本当ですかっ? 孫が私の身を案じてくれるぅううううううう! くうううううううう! 嬉しすぎるぅううううううううう!」
カルマがヒャッハー! と叫ぶが、ルコが「うるちゃい。そこ。きらい」と顔をしかめる。
「ごめんなさい……」
「ゆるす」
「えへー。ルコは優しい子ですねっ」
よしよし、とカルマがルコを撫でる。
ルコはジッ……とリュージを見やる。
つんつん……と息子のほっぺをつつく。
「おきて。ない」
そこを確認した後、
「かるまー」
と、ルコがカルマの体に、抱きついてきたのだ。
「わっぷ。どうしました?」
カルマは抱きついてきたルコの頭を、よしよしと撫でる。
「かるま。ぶじ。かぜ。なおった。よかった」
なんとこの孫が、カルマのことを心配してくれているではないかっ!!!
「くぅ~~~~~~~~! 孫まで私の身を案じてくれてるなんてぇええええ! はぁああああああああああああん! しあわせすぎるよぉおおおおおおおお!」
とカルマが絶叫した、そのときだ。
「ん……? 母さん……」
ぱちっ……とリュージが目を覚ます。
ハッ……! とルコが目を大きく見開くと、ぴょいっ、とカルマの体から、どいたではないか。
「母さん。起きたの? かぜは大丈夫?」
「え、ええ……。お風邪はすっかりなおりましたよ……。残念……非常に、残念なことにね……」
重々しくカルマがつぶやく。
反対に息子の表情は、ぱぁっと明るくなった。
「ほんとっ? 良かった元気になってー……」
ほーっと、息子が安堵の吐息をつく。
ああ……風邪が治って残念無念だ。
だけど母がなおって息子が喜んでくれている。その笑顔……プライスレス。なおって良かった。
「ぱぱ。おきた。おかぜ。ひいちゃう。かえろ」
ぐいぐい、とルコがリュージの体を押して言う。
「そうだね。自分の部屋に戻るよ」
リュージが立ち上がる。
「ああん。もっとこの部屋で看病しててくださいよぅ」
「元気になったんだから必要ないでしょ」
「る、ルコ~。ルコさっきのように、看病してださい~」
するとルコは顔を赤らめて、ぷいっとそっぽ向く。
「ルコ? どうしたの。看病ってなに?」
「しらない。かるま。たわごと」
頬を染めて、ぷいっとそっぽを向くカルマ。
「ねえねえルコ! 先ほどのようにハグしてください!」
「しらない。はぐ。してない。かるま。うそ。ゆー」
「言ってませんよ! ああっ! 照れてる孫のなんとかわいいことかー!」
「てれてない。かるま。うるちゃい。だまる。ぱぱー」
孫が息子に、ぴょんっ、と抱きつく。
リュージは怖がることも、拒絶することもなく、ルコを正面から抱っこした。
「それじゃあ母さん。僕ら自分の部屋に帰るね」
「ま、待ってくださいふたりとも~。ご、ごほごほげほげほ。あー、風邪が復調してきたな! これは看病ぱーとつーを」「おやすみー」「あああありゅー君!!!」
息子たちはカルマの部屋を後にする。
ドアが閉まり、ひとり取り残される。
「ふぅ……。ま、いいです。風邪が治って、また明日からまたりゅー君たちの面倒を元気いっぱいに見れる。それで今回はよしとしましょう」
でもさみしい……と思いながら、カルマは床につく。
しばらくして、うとうとし出した……そのときだ。
がちゃ……。
と、部屋のドアが開いたではないか。
「誰です?」
「…………」
「ルコ。どうしたのですか?」
ルコがモジモジしながら、カルマの側にやってくる。
「ん」
ルコが手を伸ばしてくる。
「? ああ……」
カルマは孫をよいしょ、と抱っこする。
「おトイレですか?」
「ん」
「よしよし。ではお母さんと一緒におトイレに行きましょう。大丈夫、途中でお化けが出ても、お母さんが消し炭にしてあげますよ!」
カルマは喜々として、孫を抱っこすると、ベッドから出る。
そして孫のトイレにつきあったあと、息子の部屋に帰そうとした……。
そのときだ。
きゅーっ、とルコが、カルマにしがみついてくる。
「どうしました?」
「や。ねる。かるま。いっしょ」
おや、おやおや……。
どうもルコの態度が、ちょっと軟化してるように思えた。
「りゅー君たちの元へ帰らないで良いのですか?」
「いい。るぅ。ねむい。もう……。ここ……。ねる……。ふぁぁ」
どうやら眠さの限界らしい。
カルマはルコと一緒に、カルマの部屋へと戻り、一緒のベッドに入る。
横に孫を眠らせて、カルマがその隣に寝転ぶ。
すると孫が……カルマの柔らかな体に抱きついてくる。
「かるま……。ちょっとだけ……。すき……」
それだけ言うと、すぴょすぴょ……と孫が寝息を立ててくる。
カルマは叫びたかった。孫が好きって言ってくれたぞおおおおおおおおおお! と。
しかし愛する孫を起こすわけにはいかず、カルマはぐっとこらえる。
そして眠った孫のほっぺを、さすりながらつぶやく。
「おやすみ、ルコ。また明日」
これにて四章終了です!
次回もまたよろしくお願いいたします!