46.息子、母が風邪を引いたので看病する【前編】
お世話になってます!
母と娘がバトルを繰り広げた翌日。
カルマは体調を崩して、朝からベッドで寝込んでいた。
「う゛ー……つ゛ら゛い゛です゛ぅ゛……でも幸せ~……」
ベッドの上で、カルマが寝ている。
その頭には氷嚢。顔は真っ赤。鼻声。
だというのに、母は幸せそうに、とろんと表情をとろかせていた。
リュージはその隣に座っている。
「母さんって不思議だよね。治癒の魔法とか使えば、風邪とかってすぐに直ると思うのに」
「うう……すみません。この体、魔法耐性が高すぎて、魔法を無力化するんですよ」
「なるほど……回復魔法を自分にかけることもできないんだね」
母は無敵だ。物理ダメージを一切受けないし、魔法ダメージも通らない。
だがそれは裏を返すと、魔法がきかないと言うこと。
体調を崩したときに、自分の光魔法で、体調を直せないということだ。
「でも……えへへ~……。幸せ~……」
うふふふ、と顔を赤らめて母が言う。
「なんでさ?」
「だぁってりゅー君が看病してくれるんですものっ! えへへっ、これは役得。役得ですよ! げほっ……ごほ……えほえほ……」
「もう、母さんってば、病人なんだからちゃんと寝てないとダメだよ」
「えへへ~……。はーい……。うふふふふ」
子供のように返事をするカルマ。
リュージはため息をつく。
そして思う。ちょっぴり嬉しいと。
別に母が風邪を引いて嬉しい、という意味ではない。
風邪を引いたときだけは、リュージがいつも世話になっている母に、少しだけ、恩を返せる。
だから嬉しいというだけのことだ。
「りゅー君りゅー君。のど渇きました~。水が飲みたいな~」
ちらちら、とカルマがリュージを見上げてくる。
「うん、どうぞ」
コップに入った水を、カルマの口に持って行く。
「体起こせる?」
「ううん、これは難しそうですね。起こしてもらえますか?」
「うんっ、いいよっ」
母のために何かしてやれる。
リュージはそのことが、とても嬉しい。
母にいつも頼りっぱなし、世話になりっぱなしだからこそである。
母の驚くほど大きな軽い体をよいしょと、起こす。
コップを手渡す。
「あーけほんけほん。あー……体に力が入りませんねぇ……。飲ませてくれますか?」
「うんっ! 良いよっ!」
リュージは喜々として、母の口元にコップを持って行く。
こくこく……と赤ん坊のように、カルマが水を飲む。
「ぷはっ……。えへへ、りゅー君に世話してもらえてる~。これはやばい。やみつきになりそですよぅ。毎日でも風邪を引きたいくらいですよぅ」
「…………」
「あ、ウソ。ウソウソウソですよ! 冗談です! そんな悲しい顔しないでぇええええええええええ!!」
うわーん! とカルマが涙を流す。
「べ、別に悲しい顔とかしてないよ。変なこと言わないでよねっ」
と言いつつちょっと暗い気持ちになったのは内緒だ。
母にはいつも、太陽のように笑っていてもらいたい、リュージである。
「お水飲んだから、あとは寝てしばらく安静にしてね」
「うー……けほんけほん。あー……果物が食べたくなったなぁ……。りゅー君がむいてくれるリンゴさん食べたいなー」
カルマがキラキラとした目を向けてくる。
「もうっ。しょうがないな~」
リュージはそう言いつつ、喜々としてリンゴを台所から取ってきて、ナイフで切って、カルマの元へ戻る。
「はい母さん。リンゴむいてきたよ」
皿を持ってくると、母がうーうー言いながら言う。
「く、苦しぃ~……。ひとりでは……ごほごほ……。食べれませんよぅ。りゅー君が食べさせてくれないとー……。ちらり」
カルマが期待に満ちた目を向けてくる。
「もう、しょうがないな~。食べさせてあげるよ」
「いいのですかっ!? わーい! じゃあ遠慮なくっ!」
カルマがビョンッ! と飛び上がると、正座をして、あーんと口を開ける。
「……母さん、元気なの?」
「ハァッ……! げ、げほげほ……あー苦しいよう。けほけほ……。これはリンゴを早く摂取しないと爆発四散しちゃいますよう~……」
「風邪を引いても爆発四散はしないとおもう……」
「しますよっ! 邪竜は……するんですよ!」
「はいはい。そういうことにしておくね。はい、あーん」
「えへへっ、あーんっ!」
カルマが嬉しそうに、リュージの出したリンゴをシャクシャクと咀嚼する。
「あ゛ぁ~……。神みずからの御手で作られしりんご……。美味すぎるぅ~……」
「その神って書いて僕って読むのやめてね」
その後リュージは、何度もカルマにリンゴを食べさせる。
「はい、おしまい。じゃあ僕ちょっと、薬局行って薬かってくるね」
「ああん、そんなの必要ないですよぅ。りゅー君が側にいる……それだけでお母さんにとっては最高の薬ですから! だからそばにいてくださいよぅ~」
弱った目の母を見ていると、リュージの心にしょうがないなぁという、母を甘やかせる心がわき上がる。
「わかった。そばにいるよ」
「えへへ~。うれし~なー」
カルマがベッドに横になり、子供のようにえへへと嬉しそうに笑う。
この母、どうにも見た目はとても美しい大人の女性なのだが、精神年齢が幼いように、時々感じる。
「ハッ……! りゅー君安心してくださいね! 風邪をうつすことはないですから! りゅー君の体に風魔法を纏わせて、風邪の菌が体の中に入らないようにしてますから! あと極薄い結界の魔法も使っているので移されることはないのでご安心を!」
「あ、ありがとう……」
なんか知らない間に魔法をかけられていたみたいだ。
母に言われても、ぜんぜんその結界とか風のバリアとかに気づけない。
「…………」
リュージは母の隣に座る。
「母さんさ……。今回も、ありがとうね」
「? お母さん何かしましたっけ?」
はてと首をかしげるカルマ。
「ルコが暴れたとき、僕を守ってくれたこと。そして……ルコを、傷つけないでくれたこと」
「ああ、そのことですか……」
にこり、とカルマが微笑む。
「気にしないでください。息子とその娘を守るのは、母として当然の義務! 愛する家族を守るのは、お母さんの使命! SIMEI、ですから!」
グッ……と拳を握りしめる母。
「げほげほ……あー……。鼻が詰まるぅ~……」
次の瞬間には具合悪そうにシュン……っとする母。
「はい。鼻チーンして」
リュージはハンカチを取り出して、母の鼻元へと持って行く。
「そそそそそ、そんな! ハンカチが汚れてしまいます! りゅー君のハンカチ様……いえ、おハンカチ様が汚れてしまいます!」
「いいって。気にしないで。ほら、ちーん」
「うう……息子の優しさが限界を突破して空の上を飛び出てるよう……優しすぎて死んじゃいそうだよぅ……」
泣きながら、えへえへと恍惚の表情を浮かべるカルマ。
「早く良くなってね」
リュージはカルマの額の上に、ずり落ちた氷嚢を乗っける。
「はいっ! 1秒でなおします! りゅー君の頼みですもの!」
「無理だから。ゆっくりなおしてね」
「えへへ、はーい。ゆっくりなおします! そうすればりゅー君にたっくさん甘えられる……えへへっ、えへへへっ、これだから風邪を引くのはやめられませんよぅ~」
辛そうにしながら、嬉しそうにしている。ほんと、この母は器用だなと思う、リュージであった。