45.邪竜、孫と二度目のバトル【後編】
地下ダンジョン。
設置してあった罠に引っかかり、息子と孫はいずこへと転移。
その先にはリュージが倒れていて、孫が大悪魔(強化版)の姿でいた。
大悪魔ルシファーとなった孫は、何かしらの理由で理性を失い、暴走。
カルマの得意技であるドラゴンブレスをルシファーがうち、カルマはそれを、真正面から受け止めたのだった。
【GYUGGAAAAAAA…………】
煙が晴れると……。
そこには、カルマの姿があった。
「…………」
カルマは、無事だ。
だが衣服が吹き飛んでおり、ぼろぼろである。
髪の毛も乱れてしまっている。だがそれだけだ。
体のどこにも痛みを感じないし、血も流れている様子はない。
「やりますねルコ……。さすがはお母さんの孫です」
もし仮に、この無敵の体がなければ、今頃カルマは消し飛んでいただろう。
だがこの邪竜、神を食らって最強無敵な体を手に入れていた。
孫の【カンシャク】で倒れるほど……やわなボディはしてない。
「ルコ」
カルマは大悪魔の前に立つ。
その表情は……。
「どうか、しましたか?」
非常に、穏やかだった。
かつてのカルマならば……。
息子に危害を加えようとした時に対して、ぶち切れて、邪竜の姿に変身。
その後に、相手を消し飛ばしただろう。
それこそ、ルコと初めて、遺跡で出会ったときのように。
「なにか辛いことでもあったのですか? なにか悲しいことでもあったのです? お母さんに、話してご覧なさい?」
だが今は、その表情も、そして心の中も、自然と穏やかであった。
これがもし、何も関係のない敵ならば、問答無用で、相手を屠っていただろう。
だがしかし、目の前にいるのは。
敵ではない。
かわいいリュージのかわいい娘であり、カルマのかわいい……大事な孫なのである。
敵意も、害意も、もちあわせるわけがない。
【GYU……GYUGAAAAAAAAAAAAA!!!!】
ルシファーは巨腕としっぽをふるって、カルマに攻撃を与える。
腕が、しっぽが、カルマの体にぶつかるたび、激しい爆発が起きる。
そんな中でカルマは、穏やかに微笑んだまま、両手を広げてつったっているだけだ。
【GU…………GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!】
ルシファーは再び、体の中で魔力を燃焼させる。
カルマにはわかった。
ふたたび竜の息吹が来るのだと。
「それは危険です。連発するとダンジョンを破壊してしまいます。そうなると中にいるりゅー君や、それにあなたの身まで危険が及びます」
カルマはその場から、瞬間移動。
どこへいったのかというと……。
大悪魔となったルシファーの、顔のすぐ横だ。
「ルコ。よしよし……」
カルマはルシファーの顔を、撫でる。
その手には万物破壊の雷を纏っていた。
カルマは……今しがた発動しようとしていた、ドラゴンの息吹。
それだけを……破壊した。
【GYU…………GYU?】
ルシファーは困惑しているようだ。
体の中でわだかまっていた、大量の魔力と熱源が、なくなったのだから。
「ああ……」
一方で、カルマは気付く。
ルシファーの顔の側までやってきて、気付いたのだ。
「ルコ……。あなた、何か悲しいことが、あったのですね?」
カルマは気付いた。
ルシファー……否、ルコの顔に、涙が流れていることを。
そしてすぐに察しがつく。
なぜ、孫が悲しいんでいたのか。
「……ルコ。あなた……パパを。りゅー君を危ない目に遭わせたことを、悲しんでいるのですね」
ルコは言っていた。
自分のせいで、このトラップ部屋にやってきたのだと。
リュージはルコを守ろうとして、そしてヘビに噛みつかれた。
自分のせいで、リュージを傷つけてしまった。
それを……悲しんでいるのだ。
「よしよし……。あなたは、本当に、優しい子ですね」
カルマは愛おしい孫の顔を、撫でる。
【GYU……ぐ、が、か、る。まぁ……】
ルコが……意識を取り戻しかける。
【ぱ。ぱぁ……ご。め……な、さい……】
ぽた……ぽた……とルコが大粒の涙を流す。
【るぅ。せいだ。血。おいしそう。って。思った。から】
「血?」
ルコ曰く、人間の血のにおいにひかれて、この部屋までやってきたそうだ。
【るぅ。ばけもの。るぅ……。ばけもの……】
ぐすぐす……とルコが泣き出す。
【血。おいしい。へん。人間。ない。るぅ……。ばけもの……】
どうやらこの悪魔は、血のにおいをかいで、美味しそう、と思ってしまったらしい。
それは確かに、人間としては、おかしな感覚だ。
自分は、人間ではない。化け物だと……。
【るぅ。やだ。やだぁ……】
ルコが再び体を震わせる。
そしてその大きな腕を、しっぽを、だだっ子のように振り回す。
どがおおおおおおおおおおおん! ばごぉおおおおおおおおおおん! ずがあああああああああああああああああああああああああああああああん!!
と、各地で爆発が起こる。
【やだぁあああああああ! やぁだぁあああああああああああ! あ゛あああああああああああああ!!!】
ダダをこねる孫娘。
カルマはそれを見て……。
きゅーっ、と。
孫の顔に、抱きつく。
「ルコ。安心なさい」
カルマは、穏やかな声音でつぶやいた。
そしてその手には、万物破壊の黒い雷を宿している。
カルマはルシファーの、黒い鎧だけを、破壊する。
ばきぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!
鎧が砕け散る。
すると空中には……ルコが、いた。
そこにいたのは、いつもの、幼女姿のルコだ。
カルマは、ルコを正面で抱きかかえると、そのまま地上へと落下する。
重いものがしたへ。つまり、頭から、カルマは地面へと落下する。
カルマは孫に結界を張って、包み込むように抱きしめる。
ひゅぅうううううううううううううううううう……………………。
落ちていく。
あと少しで、地面が、というそのときだ。
カルマはその場で、くるり、と縦に半回転。
足から、地面に着地する。
高い場所から落下したというのに、カルマには、全くダメージがなかった。
ほほえみをたたえたまま、ルコの頭をよしよしと撫でる。
「かるま。ごめん……。いたく……。ない?」
「ん? え、ああ、ぜぇんぜん。まったく痛くありませんよう」
屈託泣く笑うカルマに、ルコがホッとした表情を浮かべる。
「それでルコ。さっきはどうしてヤダと泣いていたのですか?」
するとルコが語り出す。
「だって。るぅ。ばけもの。ぱぱ……。きらい。なっちゃう」
ぐす……とルコが涙をこぼす。
「ぱぱ。るぅ。ばけもの。こわがる。きらう。きらわれる。それ。やだ。やだ。やだよぉ……」
うえええん……と子供のように、ルコが大きく泣くではないか。
それを聞いてカルマは……。
なぁんだ、と安心した。
「なんだ、そんなことで泣いていたのですか、あなた」
でもしょうがないか、とカルマは思う。
だってこの子は、リュージとであって、まだ日が浅いのだから。
「大丈夫ですよ、ルコ。ご安心なさい」
カルマは安心させるように、ふわり、とルコを抱きしめる。
「りゅー君はそんなことで、ルコ、あなたのことを、嫌いになんてなりませんよ」
ルコがカルマを見やる。
少し、泣き止んでいた。
「ほんと?」
「ええ本当ですよ。だって考えてもみなさいな」
カルマはニカッ……と笑う。
「だってお母さん、化け物ですよ?」
そう、そうだ。
リュージの母は、人外の化け物だ。
だが……。
「ねえルコ。りゅー君がお母さんのこと、嫌っているところとか、怖がっているところ、見たことありますか?」
カルマの問いかけに、ルコが……ぷるぷると首を振るう。
そうだ。カルマとリュージの関係を、短い間ではあったが、間近で見ていたこの子ならば。
わかってくれる。息子が……化け物だからと言う理由で、怖がったり嫌ったりしない、優しい子であることを。
「りゅー君は宇宙一優しい子なのですよ。相手が化け物? はんっ! そんなこと相手を嫌ったりするわけないですよ! 息子の包容力は海よりも深く大空よりも大きいのです!」
だから……とカルマは微笑む。
「だから……勝手に怖がらないで。泣かないで。りゅー君を、優しい息子を、信じてあげて。ね……?」
「……かるまぁ」
ぐすん、とルコが泣いたそのときだ。
「ルコ! 母さん! 大丈夫!」
息子が意識を回復させて、こちらに駆けてくるではないか。
腕の中のルコが、びくっ! と体を硬直させる。
「大丈夫ですよ。ほら……いきなさい」
カルマが抱擁を解いて、ルコの背中を、ぽん……と押す。
戸惑うルコに、リュージがやってきて……。
ルコの体を、正面から抱きしめた。
「良かった! 無事だったんだねルコ! 心配したよ!」
息子はルコを怖がるどころか、その身を案じていた。
「ぱぱぁ……。どうしてぇ……」
ぐすぐす……とルコが泣き出す。
「るぅ……。血。みてぇ……。おいしそうっていった。へん。ばけもの……。るぅ……ばけ物……」
しかしリュージは。
それを聞いて、すぐに首を振るった。
「違うよ! ルコは化け物なんかじゃないよ!」
ぎゅーっ! とリュージがルコを抱きしめる。
「でも……。るぅ……」
「ルコが悪魔なのは知ってるよ。趣味嗜好は人間とは違うんだよね。ちょっとびっくりはしたけど、よく考えたら当たり前かなって思ったよ」
息子は、予想通り……平然としていた。
なにせ規格外と長く暮らしているのだ。
ちょっとやそっとのハプニングでは、動じない。
リュージは竜の子であり、強い子なのだ。
「ぱぱぁ……。るぅ……。こわく……ない?」
「怖い? 全然怖くないよ。むしろ邪竜姿の母さんよりかわいいよ」
「う……地味に傷つきますね」
「あ、ごめん。別に母さんを傷つける意味で言ったんじゃなくて、その……」
カルマは微笑んで首を振るうって言う。
「わかってます。ルコを安心させるためですよね?」
わかってる。息子は誰も傷つけない、優しいひとなのだ。
「ぱぱ……。すき? るぅ……。すき?」
するとリュージは微笑んで、ルコをぎゅっと抱きしめる。
それが何よりも答えだった。
「ぱぱ……。ぱぱぁ……」
ルコがまた涙を流す。その目には、先ほどとは違って、悲しみの色はなかった。
カルマは知っている。
人は、嬉しいときも、泣くのだと言うことを。
次で4章終了です。
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