40.息子、娘をお風呂に入れる(母親同伴)【後編】
……どうしてこうなった。
リュージは深々とため息をつく。
現在、リュージは服を脱いで、風呂場にいた。
頭にタオルを乗せて、湯船に入っている。
カルマの作ったこの家には、風呂がついていた。
この世界において、水をため、お湯を沸かすと言う技術は、高等な技術に分類させる。
ゆえに風呂は貴重である。
大衆浴場や宿屋の風呂場があるくらいで、一般家庭に風呂のある家はない。
だのに、カルマは【息子のために】と持ち前の過保護を発揮し、風呂場を作ったのである。
さて。
リュージは湯船に身を沈めて、外に向かって手を伸ばしている。
その手はルコが握っており、当の本人は、シャンプーをされていた。
誰に?
無論、カルマにである……。
「や。かるま。しゃんぷー。へた。くび」
「我慢なさい」
「ぱぱ。いる? みえない。いる?」
さっきからルコは、しきりにリュージに、いるか? と聞いてくる。
今ルコはシャンプーのため目を閉じてる。それが彼女にとっては、心細いことらしい。
「いるよ」
「ほんと?」
「うん。ちゃんと手をつないでるでしょ」
だからこうして、リュージはルコと手をつないでいるわけだ。
ちなみにリュージがルコの頭をシャンプーしていない理由は、
「いたいっ。め。しゃんぷ-。はいった!」
どがああああああああああん!!!
……とまあ。
目にシャンプーが入るたびに、ルコが暴れて、その拍子に爆発を起こすからである。
さすがに母のように、爆撃を受けて無事である自信はない。
だがら、リュージは母にルコのシャンプーをしてもらっているのだ。
ほんと、母に手伝ってもらって良かったと思うリュージである。
「よし、シャンプー終わりです。ルコ、洗い流しますよ」
カルマが風呂桶を取り出す。
そこにカルマが水魔法と火魔法を同時に出して、桶の中にお湯を張る。
「湯船からお湯をすくえばいいのに」
「そんな! りゅー君の入った神聖なる残り湯を、シャンプーを洗い流すことに使えませんよ! 恐れ多い!」
この人は僕をなんだと思っているのだろうか……。
リュージはため息をつく。母がことあるごとに、息子を神にしようとして困る。
桶に入ったお湯を使って、カルマがルコのシャンプーを洗い流した。
「さっぱりした?」
「さっぱり。さっぱり」
と言ったが表情の変化のないルコである。
あんまり表情の変化を出しにくい子らしい。
さてルコのシャンプーをし終えた母はと言うと。
「さあ!」
カルマがキラキラとした目を、リュージに向けてくる。
木でできたイスを用意し、すすす、とリュージに勧めてくる。
「な、なに……?」
「さあ!」
「いやだから……」
「さあさあ! りゅー君あなたもほら!」
ぺしんぺしん、とカルマがイスを叩いて、自分の前に座れと言ってくる。
「い、いいよっ! 自分でできるよ!」
普通に恥ずかしかった。15にもなって、母にシャンプーをしてもらうなんて。
「………………」
カルマの目が、いっきに、どよーんと曇る。
体全体から負のオーラが出て、しゅん……と落ち込んでいる。
「ご、ごめんね」
「………………」ずーん。
「えっと……」
「………………」ずずーん。
リュージは悩んだ。
母が落ち込んでいる。きっと息子にシャンプーしたかったのだろう。
普段は恥ずかしいからと、10歳以来、一緒に風呂に入ってなかった。
だが今、久しぶりにお風呂に入っている。
そこでカルマの欲望に火がついたのだろう。息子の頭をシャンプーしたいと。
母の願いを、無下に断ってしまった。
母はすごく落ち込んでいた。
母の暗い顔は、見たくなかった。
……しかたない。自分が恥を忍べばいいのだ。
「母さん……。その……じゃあ、お願いしようかな」
すると精気の失っていた母の顔が、パァアア! と花の咲いたような、明るい笑みに変わる。
「はいっ! おまかせくださいっ!」
子供のように無邪気に、嬉しそうに笑う母。
そうだ。母には笑顔がよく似合う。
「さありゅー君かもーん!」
「わかったわかったよ、もうっ」
リュージは湯船から出て、母の前に座る。
ルコは入れ替わるように、湯船へ入る。手は離してくれた。目を開けたからもう怖くないのだろう。
「さっ、シャンプーしますよ~。目に入ると痛い痛いですから、おめめはつぶってくださいね~」
「か、母さん! それもうやめてよっ!」
すると湯船に浸かっていたルコが、
「かるま。いま。なに?」
「な、何でもないよ!」
リュージは首を強く振る。
「母さん! 僕もう15だよ。そんな前置きしなくても大丈夫だから!」
「そうでしたか。すみません。懐かしくてつい」
にこにこにこー、と超上機嫌の母。
きっと久しぶりに息子をシャンプーできて嬉しいヒャッハー! とでも思っているのだろう。
「ではシャンプーしますね」
液体を手に取ると、カルマが頭皮に触れてくる。
母の細長い指が、頭皮をかく。しゃこしゃこ……と泡立つ。
「かゆいところはありますか? おめめにシャンプーは入ってないですか?」
「大丈夫だよ……。もうっ。だから子供扱いは」
「禁止でしたね、すみません♪」
あんまり申し訳なさそうに感じないリュージである。
「ああっ、とっても懐かしいです! 最後にシャンプーをしてから5年と19日と3時間56分14秒ぶりですよ! ああっ、懐かしい!」
「詳細に覚えすぎてて逆に怖いよ……」
もしやこの母、リュージのしたことを、すべて記憶しているのではなかろうか。
いやそんなことはないだろう、さすがに。……ないよね、と思うリュージ。
「ぱぱ。あたま。あわあわ。るぅ。おそろい」
「そ、そうだねルコ……」
恥ずかしい……。なんで娘(暫定)の前で、母にシャンプーしてもらわないといけないのか。
ルコがじーっと、リュージを見てくるのもまた、恥ずかしい。
頼むから凝視しないでくれ……と思ったそのときだ。
「あいたっ」
ちょうど、頭皮からシャンプーが垂れててきたではないか。
ルコの視線が気になってしまい、目を開けていたので、泡が入ってしまったのだ。
「痛ててて……目にシャンプー入った……」
すると……。
「あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
カルマが突如として、絶叫するではないか。
「りゅりゅりゅ、りゅー君だだだだ、大丈夫ですかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?!?!?」
カルマの大声が、鼓膜を振るわせる。
「だ、大丈夫だよ母さん」
「かるま。うるさい」
耳をふさぐリュージとルコ。
一方で母はと言うと、
「りゅー君ごめんなさい! お母さんのシャンプーの腕が下手だったばっかりに! ああこの腕この野郎! 今すぐ落とし前つけるために、切り落とします! 許してください!」
母が手を天にかかげる。
魔力が頭上にわだかまり、真空刃を出現させようとしていた。
「や、やめてよ! 母さん! 母さんのせいじゃないから!」
すると真空刃が消える。
ほっとしたのもつかの間。
「ではこのシャンプーを作った商会をぶっ壊してきます。なに息子の目を痛い痛いさせてんだって」
カルマが近くにおいてあった、シャンプーボトルを手に取る。
ボトルには銀の鳳の絵が描かれていた。
カルマはボトルを手に取ると、据わった目つきのまま立ち上がる。
「大げさだよ! やめてって!」
「しかしこのシャンプーのせいでりゅー君のおめめが痛い痛いになったのですよ? 万死に値します。商会職員、一族郎党みなご」「いいから! 物騒なことはやめてって!」
その後、母がシャンプーを作った商会に討ち入りに行こうとするのを、必死になだめるリュージ。
その間、ルコは湯船に浸かっていたので、のぼせてしまい、それでまたカルマが大騒ぎするのだった。
お疲れ様です。
次回もよろしくお願いいたします!