40.息子、娘をお風呂に入れる(母親同伴)【前編】
お世話になってます!
母と娘同伴で、冒険に出かけてから、数時間後。
その日の夜。
リュージはシーラとともに、冒険を終えて、家に帰ってきた。
事件は夕飯前に起きた。
母カルマが「お夕飯の前にお風呂に入ってきてはどうですか?」と軽い調子で提案してきたのだ。
リュージはうなずいて、家の風呂場へと向かったのだが……。
「る、ルコ……?」
脱衣所にて。
リュージがシャツを脱ごうとしたとき、褐色のぬぼっとした少女が、背後にいることに気付いた。
「どうしているの?」
「? ぱぱ。おふろ。はいる。るぅ。はいる」
リュージは、聞き間違いだと思いたかった。
「あの……今なんて?」
「? るぅ。おふろ。ぱぱ。いっしょ。はいる」
この幼女、リュージと一緒にお風呂に入ろうというのだ。
「え、ええ……!?」
リュージは動揺した。
いや、10も年下の女の子に欲情する気はさらさらない。
だがリュージにとってルコは、血は繋がっているらしいとはいえ、昨日今日あったばかりの少女である。
感覚的にほぼ他人。
そんな他人の少女を丸裸にして、しかも一緒に風呂に入ることに……リュージは心理的な抵抗を覚えた。
「ぱぱ。おふろ。はいる。はーいーる」
ぬぼっとした表情のまま、リュージの体にしがみついてくる。
抵抗感は、ある。
だが自覚はないにしても、この子は自分の娘。
面倒を見る責任がある。
「わ、わかったよルコ。じゃあ、一緒にお風呂入ろうか」
と言った、そのときだ。
「ちょおっと待ったーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
ばごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!
と、脱衣所の壁が破壊された。
リュージはびっくりして尻もちつく。
ルコは微動だにせず、今し方開いたばかりの大きな穴を見ていた。
そこにいたのは……仁王立ちした母、カルマだった。
ずんずんずん、とカルマが近づいてくる。
そしてルコをひょいっと持ち上げた。
「羨ましい!」「へ?」「あ、違った。だめですよルコ!」
カルマが柳眉を肩立てて、ルコに注意する。
「いくらりゅー君はあなたの父親とは言え、りゅー君は男、ルコは女の子! 一緒のお風呂に入るのはいけません!」
「なぜ? どうして」
きょとん、とルコが首をかしげる。
「るぅ。ぱぱ。むすめ。ぱぱ。いっしょ。おふろ。はいる。ふつう」
「ノー! 圧倒的にノーですよ!」
くわっ……! と目を見開きカルマが言う。
「なぜならりゅー君の裸を、誰かに見せるわけにはいかないからです!」
ルコが首をかしげる。……リュージも首をかしげた。何を言っているのだ、この母は(いつも通り)
母が孫に、教えを説くように言う。
「いいですかりゅー君の裸は神聖なものなのです。ルコ、たとえあなたがりゅー君の娘とは言え、息子の裸を見せるわけにはいかないのです。わかりましたか?」
「? かるま。いってる。いみ。わからない」
「くっ……! 五歳児の理解力の限界か……!」
とにかく! と母が吠える。
「りゅー君に誰かと一緒にお風呂はまだ早いです! あと10年……いや100年は経たないと!」
「それはちょっと……」
母の寿命を基準に考えないで欲しかった。100年後は自分はおじいちゃんだ。
もっと早くにたとえばシーラと……いや何を考えてるんだ、自分は。
首を振って邪な考えを振り払う。
「ルコ、りゅー君とお風呂入るのはダメです。お母さんと一緒に入りましょう」
するとルコがくしゃり……と表情をしかめる。
「や!」
ルコはその場で、自分の着てるゴスロリ服をぬぎ、真っ裸になる。
そしてリュージの体に抱きつく。
「るぅ。ぱぱ。はいる。はいる!」
「ええい、わがままな子ですね。そんなところもまたかわいいですが、しかし今は心を鬼にします」
カルマはスキルを発動させる。
びりびりびりびりーーーー!!!
「ちょっ! 母さん! 僕のいる前で裸にならないで!」
リュージは慌てて顔をそらして言う。
万物破壊を使って、母が自分の衣服を一瞬にして消したのだ。
母には何でもゼロから作れる能力があるため、服は使い捨てなのである。
「大丈夫です! 見てください、ちゃんとバスタオルを体に巻いてますよっ」
見やると確かに、カルマの体を、大きめのバスタオルが包んでいた。
15年一緒に住んでいるため、さすがに母に欲情などしない。異性という感覚も希薄だ。
だがそれだとしても、目の前で母が素肌をさらしたら、息子といえど目をそらすリュージである。
「さっ、ルコ。お母さんとお風呂に入りますよ」
カルマがルコに近づいて、正面からだっこする。
「やーだ。やーだ。はーなーせー」
ぐいぐい、とルコがカルマの体を押す。
そのたびに……。
どがああああああああん!
ばごおおおおおおおおん!
ずがああああああああん!
と、魔法の炎による爆発が起きる。
だが母はものともせず、
「さ、お風呂入りますよ」
と、ルコを連れて、風呂場へと向かう。
穴の開いた壁は、いつの間にか母がスキルで埋めていた。
そして爆風によって破壊されたものもまた、直っていた。
嵐が去って、しばらくして、リュージは独りごちる。
「……部屋戻ってよ」
リュージは脱いだシャツを着直して、その場を後にしようとした、そのときだ。
「ぱぱぁ」
がらり、と風呂場のドアが開いて、ルコが走って、こちらにやってくるではないか。
「る、ルコ……!」
「待ちなさいルコ! こらー!」
バスタオル姿の母が、手にシャンプーを持ちながら、ルコを後を追いかけてくる。
ルコは頭をシャンプーの泡まみれにさせながら、リュージに抱きついて、ぐすぐすと鼻を鳴らす。
「かるま。いじめた。るこ。め。いたい。いたい」
どうやらシャンプーが目に入ってしまったようだ。
「いじめてないですよっ。さあルコ! おとなしくこちらへ来て、シャンプーを流させなさい!」
「やぁ。かるま。いじめた。やぁ。ぱぱ。たすけて」
すっぽんぽんの幼女が、きゅーっとしがみついてくる。
「ルコっ! シャンプーを流さないといつまでも目が痛いままですよ!」
「やー。ぱぱ。いっしょ。いい」
「まったくしかたない………………」
そのときだ。
母が、何かに気付いたような顔になった。
「……これはチャンスでは? 10歳以来の大チャンスなのではないですか」
ぶつぶつ……と早口かつ小声で、何かをつぶやく。
「……10歳くらいからりゅー君は一緒に入ってくれませんでした。しかしこれは息子と風呂に入る、またとないチャンスなのでは……?」
「あの……母さん?」
すると母がリュージを見る。
その目には、【大義名分】という、大きな四文字熟語が書いてあった。
猛烈にいやな予感がした。
「りゅー君っ」
「……なに?」
「お母さんと一緒に、お風呂に入りましょう!」