36.邪竜、孫ができる【後編】
場所を移して、リビングにて。
天井を万物創造で直し、カルマ達はリビングへとやってきていた。
ルシファー(暫定)をイスに座らせ、遠巻きに、カルマとチェキータがその子を見やる。
ちなみにルシファーには、リュージが自分のパジャマを着せいていた。
「るぅ。おなか。へった」
くぅ……っと、可愛らしく、腹の虫をならすルシファー。
「ぱぱぁ。おなか。へったぁ……」
潤んだ目で、ルシファーがリュージを見やる。
テーブルの上には、カルマが新たに作った食事が並んでいた。
「ええっと……食べる?」
「たべるー。わーい」
ぬぼーっとした表情のまま、ルシファーが両手を挙げる。
「あーん」「ええっと……」「あーん」
ルシファーが口を開けて、リュージを見やる。
まるで小鳥が、親鳥に食事をねだっているようだ。
「ぱぱ。るぅ。おなか。へってる。あーん」
「……食べさせてってこと?」
「あーん」
リュージはどうして良いかわからないようだ。
カルマはそんな危ない! と止めに入ろうとしたが、チェキータに制止を受ける。
「……しばらく様子見」
「ですがっ!」
「いざとなったらあなたは余裕で倒せる。今は様子を見る。いい?」
チェキータの眼光は鋭い。
あの幼女ルシファーの動向を見守るつもりらしい。
「何かあってからでは遅いのですよっ!」
「なにもさせないでしょう。あなたなら」
「そりゃ……まあ」
邪神を倒してカルマは、神を殺すほどの強さを手にしている。
いざとなれば魔王の部下など、赤子の手をひねるかのごとく、たやすく滅することができるだろう。
だからこそ……今は様子見。
息子はルシファーに、バターロールを差し出す。
「はむ。あむ。むぐむぐ。ぺっ」
ぽろっ、とルシファーがパンをはき出す。
「不味かったの?」
「ちがう。おっきい。ちぎって。あーん」
ルシファーの口に、パンが大きすぎたらしい。
息子は「ごめんね」と言ってちぎると、ルシファーに差し出す。
小さな口で、あむっ、とパンを食べる。
「どう?」
「ちょーどいい。うまい。うまい」
にこーっ、と口元だけで笑う。
目はぬぼっとしたままだ。
「ぱぱ。はい」
今度はルシファーが、バターロールをちぎると、息子に向けてくる。
「あーん」
「えっと……くれるってこと?」
「そう。たべて。あーん」
ぐいぐい、とパンのかけらを、息子に差し出す大悪魔。
その目には邪な気配はない。
単純に、さっきパンを食べさせたお礼……とでも思っているのだろう。
リュージがパンを食べる。
「おいし?」
「うん。おいしいよ」
「そう。それ。よかった。るぅ。まんぞく」
ンふー、とルシファーが鼻を鳴らす。
「ぱぱ。もっと。たべて」
ぐいぐい、とルシファーがパンを突き出す。
最初は戸惑っていたリュージだが、次第に緊張を解いて、ルシファーからパンを受け取っていた。
「……で? あれはどういうことですか、チェキータ」
離れた場所で、カルマが隣に立つチェキータに尋ねる。
「……恐らくあれはルシファーが【転生】した姿よ」
いつもどこか余裕ある笑みを浮かべているチェキータ。その彼女が、真剣な表情で、ルシファーを見て言う。
「【転生】……?」
「早い話が生まれ変わりね。よくあることなのよ。死んで別の人間に生まれ変わるって事例はね」
生まれ変わりと言われても、ピンとこない。
「ルシファーは死んだ。私に倒された。そして転生した。それが……あの子?」
ルシファーが今度は、息子にスープを食べさせていた。
くそうっ! 私にも! と叫びそうになるのをぐっとこらえる。
「転生なんてものが、百歩譲ってあるとして、ではなぜりゅー君のもとに転生したのですか? それに、なぜりゅー君をパパと呼ぶのです?」
「…………」
「チェキータ?」
監視者は沈思黙考。
その目に何か……魔法の力を宿しながら、チェキータがルシファーを見ていた。
ややあって口を開く。
「おそらくルシファーは、古代遺跡で倒されたとき……自分の魂を、リューの体の中に憑依させたのね。リューの体を使って転生したのよ」
「憑依……ですか?」
こくり、とチェキータがうなずく。
「ルシファーの体からリューの魔力を感じる。おそらくリューの細胞が集合して、ルシファーの体を作っているのね」
「……よくわからないのですが、あれは息子が生んだ、ということですか?」
「まあ、ざっくり言えばそうなるわね」
カルマは戦慄した。
息子は神に等しい存在だと思っていた。
どんなものをも超越する存在であると……。
いやまさか、性別すらも超越してしまうとは……。
子供を生んでしまうとは!
「恐れ入りましたよ、りゅー君っ!」
「あのねぇ……。いっとくけど異常事態よ。悪魔をその身に宿して、そして受肉させるなんて。誰にもできることじゃない」
「それだけ息子がスペシャルってことでしょう?」
真顔で首をかしげるカルマ。
「私の特別で大切で超スペシャルなりゅー君なら、男の子の身であっても子供を宿し生むことなんて、小指でドラゴンを倒すくらいたやすくできるんです!」
「小指でドラゴンなんて倒せないわよ」
「え、できますよ?」
「あなた基準で話さないでちょうだい……」
それはさておき。
「で、チェキータ。結局あの子はりゅー君の娘……ということなのですよね?」
「そうねぇ……。そういうことになるわね……」
チェキータの表情は依然として険しい。
「何そんな怖い顔をしているのですか?」
「当たり前じゃない。得体が知れなすぎるでしょう、あの娘」
ほっぺたにヨーグルトをつけているルシファー。
そのほっぺたを、リュージが布でぬぐっていた。
「あなたは心配じゃないの? リューに得体の知れない子供ができたのよ? いつものあなたなら危険だ心配だ-、って大騒ぎするところじゃない?」
まあ、そうかもしれない。
あのルシファーには、あまりに得体が知れなすぎた。
だが……。
「そんなものは関係ないですよ」
ふるふる、とカルマは首を振るって言う。
「ようするに今のルシファーには、息子と同じ血が流れて、息子と同じ肉でできているということでしょう?」
「まあ……そうね。リューと同じ細胞成分でできてるみたいだし」
「なら話は単純じゃないですかっ!!!」
そう、単純な話だ。
超愛する息子に、子供ができた。
つまり。
「あの子は私の孫。かわいいかわいいりゅー君の、娘ということでしょう!」
なら話は単純だ。
あの悪魔娘に、どう接するかなんて。
カルマは喜色満面になると、「りゅーくーん!」と息子と孫の元へ駆け出す。
「りゅー君っ! そして……ルシファー!」
ふたりまとめて、カルマは抱きしめる。
「ルシファー! おめでとう! あなたは今日からうちの子ですよ! 孫娘! くぅう~~~~~~! 孫! 息子の娘! すっごく母親っぽいですよ、今の私ーーーーーーーーー!!」
ひゃっほう! とカルマは有頂天だ。
「か、母さんくるしい……」
「ぱぱ。この。おんな。うるさい」
ルシファーは顔をしかめて言う。
「ルシファー。ううん……言いにくいですね……そうだ名前。お名前つけてあげないと!」
何せ初孫の名前だ。
真剣に考えねばッ!
「りゅー君の子供だから……りゅー子! りゅー子はどうでしょうかっ!」
「そんな、安易すぎるでしょ……」
「るぅ。その。なまえ。へん。きらい」
んべっ、とルシファーが舌を出す。
「そうですか。では……るぅ。りゅー子……。ルコ。ルコはどうでしょう?」
ルシファーは、「それなら。いい」とうなずく。
「ではルコ! あなた今日からうちの家族です! KAZOKU! 良い響きですよー!」
ひゃあ! と興奮気味に言うカルマ。
ルコは「るぅ。この。おんな。うるさい。きらい」と顔をしかめて、いやいやと首を振っていた。
「この女じゃないですよルコ。お母さんはカルマです。お婆ちゃん、あるいはカルマおばあちゃまとお呼びください」
孫ができたとき用の呼び方は、すでに決めてあるのだ。
「や。るぅ。かるま。きらい」
「あーん、もうっ! 息子と違ってかわいげがないですねっ! でもそういうところも逆に良いですよ!」
えへえへ、とカルマが子供のように無邪気に笑う。
「家族! 家族! 家族だ家族っ! えへっ、えへへっ……うれしいなぁ……」
お世話になってます。
今日から四章スタートとなります。
次回も頑張ります!ではまた!