35.邪竜、海の底で反省する
お世話になってます!
古代遺跡での騒動から、2日後の出来事だ。
リュージとシーラは、チェキータとともに、海に来ていた。
「あの……チェキータさん。本当にここに、母がいるんですか?」
リュージが尋ねると、隣に立つチェキータがうなずく。
「いるわよリュー。ほらあそこ」
「どこで……」すか、と言う前に、「あ、いましたね……」
リュージの眼前には、大海原が広がっている。
ここはカミィーナからさらに南へ下った場所、ディーダという海辺の街。
その海岸。
海の一カ所だけ……海水がない場所があった。
というか……海岸線が、左右に割れてる場所があった。
「お姉さん、手こぎボート借りてくるわね」
そう言うと、チェキータがその場を離れる。
「あの……リュージくん」
隣に立っていたウサギ獣人のシーラが、尋ねてくる。
「カルマさんは、どうして海の中にいるのでしょうか?」
「さぁ……? あの遺跡から帰ってから、すぐにいなくなっちゃったから、よくわかんない」
ややあって、チェキータがボートを借りてくる。
監視者エルフが沖までボートをこいでくれた。
ややあって、海の割れてる場所までやってきた。
チェキータにお姫様だっこしてもらい、リュージたちは、ボートから下りる。
海底(だった場所)には、母が、三角座りして、膝の間に頭を埋めていた。
「あらら、落ち込みモードっぽいわね」
「はい……」
カルマからは、ずぅううう……んと暗いオーラが漂っている。
「ほら、リュー。あんたの仕事よ」
監視者が微笑むと、リュージの背中を押してくる。
わかっている。いつだって母が落ち込むのは、息子がらみのトラブルがあったときだ。
母の機嫌を回復できるのは、リュージしかいない。
リュージは海底を歩く。
左右に海水の壁がある。
魚がすぐ前の前で遊泳しておりキレイだ。
ほどなくして、リュージはカルマの側までやってくる。
「母さん」
声をかけると、ビクウッ……! と母が体を萎縮させる。
「りゅ、りゅー君っ」
カルマが膝から、顔を上げる。
その顔は……ひどい物だった。
目の下には、泣きはらしたあと、ひどいクマ、そして目が充血していた。
「大丈夫? 寝不足なの?」
「いいえっ! 寝不足などそんな、二日くらい寝てないだけですから大丈夫です!」
「寝不足じゃん……。何が大丈夫なの、もう……」
リュージがカルマの側による。
美しい母の顔が、台無しだった。
「りゅ、りゅー君、離れてください。こんなみっともない顔を、あなたに見せるわけにはいきません」
「そんなことないよ」
「いいえっ! この泣きはらした醜い顔を破壊し、今すぐ新しい顔を用意しますから!」
「そんなことしないでよ!?」
いや、この母ならやりかねない……。怖い……。
それはさておき。
「カーサン……じゃなかった、母さん。話しようよ」
「はい……」
カルマの側に、リュージが座る。
するとカルマが、両膝、両手を地面について、「すみませんでした」と土下座する。
「母さんっ、やめてって!」
「し、しかし……だってりゅー君の冒険についていって、しかも危ない目に遭わせて……なんかもう、りゅー君に迷惑しかかけてなくって。合わす顔が、ないですよ」
じゃりじゃり、とカルマが海底に頭をつけた状態で言う。
「いやまあ、まさか別人になってついてくるとは思ってなかったけど……」
リュージは本音を言う。
「けど、母さんが謝ることないよ。だから頭上げて」
リュージは母の肩に手をかけて言う。
カルマが、おそるおそる、顔を上げる。
「怒ってないのですか……?」
「怒る? なんで?」
「だって……冒険についてくるなって言ってたのに、変装して勝手についてきたのに……」
それは……まあ確かに嫌だった。
けれどカーサン、ではない、母がいなければ、今回の一件、無事に帰ってくることは不可能だっただろう。
「全然怒ってないよ。むしろ母さん、僕の方こそ……ごめんね」
クワッ……! とカルマが目をむく。
「なななな、なぜ神様が謝るのですかっ!?」
「神様って。僕、人間なんだけど」
「ハァッ! 息子っていおうとしたら神様って言ってしまいました」
どうやら冗談ではないらしい。その顔は真剣そのものだった。
「それで……だから、うん。怒ってないよ。だって母さんがいなかったら、遺跡調査、たぶん僕らだけじゃ危なかったよ」
リュージは遺跡での出来事を思い出す。
遺跡に出てきたモンスターは、どれも強かった。
未知の遺跡。未知の敵を前にして、リュージはあまりに無力だった。
カーサンが、いや、母がいなかったら……遺跡で骨になっていただろう。
「そんな……りゅー君たちだけでも十分やれてましたよ」
「ううん。だってルシファーは、母さんがいなかったら倒せなかったよ」
遺跡内で発見された、魔王四天王のひとり、ルシファー。
強大な悪魔の前に、リュージたちは何もできなかった。
母がいなかったらと思うと……ぞっとする。
「未知の遺跡に行くってことは、ルシファーみたいな化け物が出てくる危険性もあったってこと。不測の事態に対処できなかった時点で、僕らは今回の調査に、不適合だったんだ」
「りゅー君……」
リュージは悔しかった。
今回は完全に、リュージたちはお荷物だったからだ。
力が足りてない。そんなことは、リュージ自身、よくわかっている。
だのに、ムキになってクエストを受けてしまった。危機対処能力が足りていないのに。
今回のピンチは、リュージが招いたようなものだ。
以上のことを伝えた後、リュージは言う。
「だから母さんが気に病むことないよ。僕がガキだった。母さんがいなかったら、僕ら死んでたよ。ほんと……母さん、ありがとう」
リュージはちらり、とシーラたちを見やる。
恥ずかしかったけど、落ち込む母を元気づけたかった。
だから……ぎゅっ。
と、カルマの体を、抱きしめた。
「りゅ、りゅうひくんっ!?!?!?」
カルマが大きく目をむく。
「迷惑かけてごめんね、母さん。それと……守ってくれて、本当にありがとう」
するとカルマは、「ふ、」「ふ?」
「ふえええ………………」
と、さめざめと泣き出した。
否、「変身~……」
邪竜の姿に戻ると、滝のような涙を流し出す。
ザバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!
と、凄まじい量の水が、邪竜の目から放出される。
「わあー!」「あらあら」
シーラとチェキータが塩水に流されていた。
大量の涙は、割かれていた海底を一瞬にして満たし、その場を海の下へと変える。
「母さん!」
【ハッ! ごめんねりゅー君!】
カルマは謝ると、邪竜の姿のママ息子とその友達。
……そして、まあ、チェキータもいちおう。
背中に乗せて、海底から脱出した。
リュージは母の背から、海を見下ろす。
さっきまで母の謎のパワーで裂けていた海が、今は埋まっていた。
【りゅー君。ほんと、ごめんなさい……】
飛びながら、カルマがシュンッ……と謝る。
「だから、もう気にしないで。怒ってないし、むしろ感謝してるよ」
【うう……息子の優しさが身にしみるよぉ……。この優しさに包まれて死ねるよぅ……】
飛びながらさめざめと泣くカルマ。
だばだば……とまた海水の水面上昇に一役買っていた。
「やめてね。母さん。そろそろ帰ろうよ」
【はいっ! いっきますよー!】
ビュンッ! とカルマが速度を上げる。
いつのまにか結界がリュージ達を包んでいた。
だから母が凄い速度で飛んでいても、大丈夫だった。
「そう言えば母さん。あのルシファーって悪魔ってどうなったの?」
リュージは母に尋ねる。
【さあ。お母さんのブレスで消し炭にしましたし、死んだんじゃないですか?】
「だよね。けど……ううん……」
リュージは首をかしげる。
【どうかしましたか?】
「あ、いや……。なんか……ううん。なんでもない」
二日前から感じている違和感については、母には伏せておこうと思った。
母が回復したばかりで、また心配をかけるわけには行かない。
そうやって飛んでいると、チェキータがニヤニヤと、カルマに語りかける。
「ね、カルマ。あなた、ルシファーにお姉さんがぶっ飛ばされたとき、お姉さんのこと心配してくれたわよね?」
するとカルマは【は? なんのことですか?】
と不機嫌そうに言う。
「ほら、お姉さんがルシファーの攻撃を受けて倒れたでしょう。そこにあなた、治癒魔法かけてくれたじゃない?」
【……勘違いしないでください。別にあなたを心配してません】
「ほー、じゃあなんで?」
【単純です。あなたが死ねばりゅー君が悲しむ。だから回復をかけた。それだけです。他意はありません】
母が珍しく……照れていた。
つきあいの長いリュージには、それがわかった。
チェキータは苦笑すると、
「はいはい、そーゆーことにしておくわぁ」
でもね、と監視者エルフが続ける。
「助けてくれて、ありがと。お姉さん、すっごく嬉しかったわ」
チェキータは微笑むと、母の背中をすりすり……と撫でる。
カルマは【だから違うと言ってるでしょうに】とやれやれと首を振るいながら、それでも。
母からは、嫌がっている様子は見られなかったのだった。
お疲れ様です!
というわけで、これにて三章終了です。
遺跡調査の事後処理等は四章で触れると思います。おもに破壊光線で遺跡がどうなったとか、巻き込まれた人はいるのかとか。
四章からは新展開に入ります。たぶんあの子の話になるかなと思います。予想がついた方は、僕と握手。
次回もよろしくお願いします。
ではまた!