31.邪竜、【友人】の家に泊めてもらう【中編】
リュージはカーサンの知り合いの家に、泊めてもらうことになった。
それから数時間後。
リュージは……呆然としていた。
巨大すぎる、豪華すぎる、部屋の中で。
ベッドに腰を下ろして、ぽかんとしていた。
「ど、どうなっているの……これ……?」
リュージがいるのは、とてつもなく大きな部屋の中だ。
母の家よりも大きく、穴ぐらよりも比べるまでもなく立派。
ふかふかの赤い絨毯。
天井からはシャンデリアが垂れ下がっている。
壁には高そうな絵画が何枚も貼っており、部屋の中なのにワインセラーや風呂まである。
窓の外からはプールが見えた。
リュージが座っているこのベッドだってそうだ。
ひとが1人寝るだけなのに、巨人が使いでもするんですか、というほど、大きなベッド。
しかも天蓋までついているではないか。
「信じられない……どうなってるのこれ……?」
リュージは今起きていることに現実感を持てないでいた。
と、そのときだった。
コンコン。
【しーらなのですっ。リュージくんっ、開けて欲しいのです】
リュージは立ち上がって、ふわふわの絨毯の上を歩く。
歩く……。
歩く……。
歩くが……まだ出入り口まで、到着しない。
ややあって大きすぎるドアの前に到着。がちゃり……とドアを開ける。
そこには高そうな、シルクの寝間着に身を包んだ、ウサギ少女がいた。
「りゅ、りゅ~じくぅ~ん……」
シーラは涙目だ。
ぺちょん、とうさ耳を垂らしている。
「シーラ……。どうしたの?」
「あのあの……お部屋が大きすぎてぇ~……。ぐす……さみしくって……」
「ああ、うん。僕もだよ。寝るまでちょっとお話ししようか」
「は、はいなのですー!」
にぱーっ、とシーラが笑って、部屋の中に入ってくる。
ふたりでえっちらおっちら歩きながら、天蓋付きベッドへと向かう。
ベッドの縁に腰を下ろすリュージ。
「ふうふう……。よいしょっと」
シーラは、その真横に座った。
太ももが触れあうくらい、近く。
なんならぴたり、と太もも同士がくっついた。
「はぅっ!」「ご、ごめんっ……!」
どきどきしながら、リュージはシーラから離れる。
「い、いいえっ。謝らなくて、良いのです……。嫌じゃなかったのです」
「そ、そう……。僕もだよ……」
その後、ふたりは、はぁ……とため息をつく。
「すごいよねぇ……カーサン」
「ほんとほんとっ。カーサンさんは……とってもすっごい人だったのです!」
うんうん、とうなずきあうリュージ達。
「最初からすごい人だって思っていたけど、まさかここまでとはね……」
リュージがベッドから立ち上がる。
大きすぎる窓のそばまで移動。後からシーラがちょこちょこついてくる。
窓を開ける。
すると……眼下に、王都の町並みが見えた。
そう、眼下に……である。
目の前には夜の王都が広がっている。
人々の暮らす明かりが、まるで星々のように輝いていた。
それを……リュージ達は、一番高いところから、見下ろしている。
「まさかカーサンの知り合いが……王様だったなんてね」
そう……。
リュージ達がいるのは、王都シェアノの中で、最も立派な建物。
王の居城、王城だ。
「えとえと、きっとカーサンさんは、伝説の勇者さんの関係者なのですよっ」
「だよね。でなきゃ王様にほいほいと会えないだろうし、お城に泊まるなんてできないよね」
シーラとリュージは並んで、ねーっ、とうなずきあう。
「きっとカーサンさんは、勇者ユート様の娘さんとかなのですっ!」
「いや、ユート様は魔王を討伐した後、そのまま姿を消したんじゃなかったっけ……? 子供なんて、いたのかなぁ?」
リュージは穴ぐらで15年生きていた。
その間、外の世界のことは、監視者のエルフ、チェキータが教えてくれたのだ。
勇者伝説のこと、そして無論、母の偉業のことも……知っている。
「……僕の周り、すごい人ばっかりだ」
リュージはその場にしゃがみ込んでしまう。
母も、カーサンも。
とてつもない傑物だ。
母は世界を救った英雄。
カーサンは王の知人。
……自分なんて、ほんと。たいしたやつじゃないよな、とリュージは凹む。
「リュージくんっ。リュージくんっ」
シーラがリュージのそばにしゃがみ込む。
そして……ぶに、っとリュージの両方の頬を、手で押しつぶしてきた。
「落ち込んじゃ……だめなのです」
ぱっ……とシーラが手を離す。
「周りがすごい人がいるから落ち込む気持ち、しーらとってもよくわかるのです」
「そうなの?」
「はい……。しーらのおばあちゃん、実は王立魔法大学の校長をやっていたことがあるのです」
「それって……この国ナンバーワンの超有名大学じゃん」
有名大学の、しかも校長が、シーラの祖母であるとは。
「それだけじゃなくて、お婆ちゃんにはたくさんのすごいお友達がいました。ドラゴンでしょう。九尾の妖狐でしょう。S級冒険者パーティの最強犬族戦士。鬼族親善大使の赤鬼姉妹……。とってもすごいひとたちばかりなのです」
シーラはかつて言っていた。
邪竜を見ても、驚かなかったのは、祖母の友達にドラゴンがいたからだと。
ドラゴンだけじゃなく、伝説の妖狐や冒険者、そして人間と鬼族との和平を結ぶのに活躍した、親善大使までも。
シーラの祖母の、友人だったという。
「おばあちゃんがとってもすごい人だったから、シーラね、すっごいすっごい、辛かったのです」
「つらい……?」
隣にしゃがみ込むシーラが、「はい……」とさみしそうに笑う。
「さっきリュージくんが言ってたのです。周りはみんなすごい人たちなのに、自分は平凡だなって。すごい人が身近にいるからこそ、余計に……平凡である自分に嫌気がさして……落ち込んじゃうのです」
「……そっか」
リュージはこの少女に、とてつもなく、親近感を覚えた。
彼女もまた、特別な人間のそばにいる、平凡な一般人なのだ。
「僕ら……似てるね」
だからこそ、仲間意識が、近しい意識が、芽生える。
「はいなのです……。とっても、似てるのです」
シーラが微笑む。
その笑顔がかわいすぎて……リュージはどきりとした。
心臓がはねる。顔が熱い。まともにシーラの顔を見ていられなかった。
それでも……リュージはこの場から、逃げたいと思わなかった。
ずっと彼女とふたり、そばにいたかった。
リュージは彼女に、手を伸ばす。
シーラの手に、自分の手を重ねる。
シーラは逃げなかった。
そうやってふたりは、しばらく、手を重ねて座っていたのだった。