SS.ウサギ少女の旅立ち
外伝投稿していきます。
まずはシーラちゃんから!
シーラ・ジレット。
兎獣人の少女。
一見すると童女のような見た目。
気弱そうな瞳に、垂れたうさ耳。
白い髪と肌は、彼女にはかなげな印象を与える。
誰がどう見ても、荒事には向かない。
なのになぜ、彼女は冒険者となったのか。
これは、彼女が冒険者となって、カミィーナでリュージと出会うまでの物語。
☆
シーラ、5歳。
彼女は祖母である、大賢者の家で育てられていた。
「ただいま、シーラ」
「おばーちゃん! おかえりなのですー!」
祖母が帰ってくると、シーラは読んでいた本を放り投げて、駆け寄る。
ここはソルティップという名前の森のなか。
そこにある小さなログハウスが、彼女たちの部屋だ。
「おばーちゃん、きょーも転移のまほーでかえってきたのです?」
「そうですよ。一瞬でパパッと王都から帰ってきました」
「わー! おばーちゃんすごいのですー!」
シーラはキラキラとした目を祖母に向ける。
「おばーちゃんはすごいなー、しーら、そんけーなのです!」
「シーラも頑張れば、できるようになれますよ」
祖母が優しく微笑みかける。
だがシーラは表情を曇らせると、ふるふる……と首を振った。
「無理なのです……」
「おや、どうして?」
「シーラ……おばあちゃんみたいに、すごくないから……」
しょぼん、とシーラがうつむいて言う。
「しーら……いっつもドジばっかなのです。まほーなんて無理なのです……」
いつも祖母に迷惑ばかりかけている。
自分なんかでは、魔法なんて使えないだろうと、思っているのだ。
「そんなことありませんよ、シーラ」
祖母は笑うと、シーラが落とした本を持ち上げる。
「あなた、これをさっきまで読んでいたのですね?」
「はいなのです、おばーちゃん。ひまだったのです」
「ふふっ。これは魔法の教本ですよ、シーラ」
なんとっ、とシーラが驚く。
「し、しーらよめたのです……じゃあ、じゃあ……!」
「ええ、あなたには魔法の素養が備わっているわ。自信を持って、シーラ」
祖母は微笑むと、シーラを抱き上げる。
彼女のぷくぷくのほっぺに、自分の頬をこすりつける。
「あなたは大賢者の孫。きっとすごい魔法使いになれるわ。わたしと一緒に、勉強しましょう」
「……はいなのですっ! しーら……がんばってみるのですー!」
かくして、シーラは祖母から魔法を習うことになった。
☆
それから10年後。
祖母が他界するまで、彼女から魔法を直々に教わった。
無論大賢者と同じレベルの魔法の腕とはならなかった。
しかし確実に、彼女の中に魔法の才能は芽吹きだした。
それが後に、魔王四天王のひとりを屠るまでに、成長するのだが……それはさておき。
シーラ、15歳。
彼女はソルティップの森にある、孤児院に引き取られていた。
大賢者である祖母が、かつて暮らしていた孤児院である。
シーラは年下の子たちと遊んだ後、彼女らを昼寝させ……ほっと一息ついたところだった。
「シーラ」
「せんせー!」
自分を呼んだのは、若く美人のハーフエルフの少女だった。
彼女はこの孤児院の院長先生だ。
祖母と院長先生は旧知の仲だった。
そのつてで、彼女の元へと、シーラはやってきたのである。
孤児院の廊下にて。
「ごめんねシーラ。下の子達の面倒をみさせて」
「ううん、気にしないでなのです。しーら、みんな大好きなのですっ」
シーラがこの孤児院に来たのは、5年前。10歳の時。
祖母が死んで悲しみに暮れていたところ、院長先生がうちに来ないかと誘ってきた。
以来、5年間、ここが第二の家みたいなものなのである。
院長先生への恩を返すべく、こうして子供達の面倒を買って出ているのだ。
「あなたも孤児院の子供なのだから、別にお手伝いしなくても良いのよ?」
「ううん、いいの。しーら、これくらいしかできないから……」
ぺちょん、とシーラのうさ耳が垂れる。
15歳となっても、まだ彼女は、自己肯定感というものが芽生えていなかった。
「うーん……そうだ。シーラ、もらいもののお菓子があるの。一緒にお茶しない?」
「お菓子っ? たべるのですー!」
院長先生は微笑むと、シーラとともに、孤児院の食堂へと移動。
とても大きく、立派な孤児院の食堂にて。
テーブルの上には、お皿にのった大量のクッキーがある。
チョコレートが上に塗られており、実においそうだった。
「ばりばりむぐむぐ……おいしー!」
シーラは頬をパンパンに膨らませ、幸せそうに笑う。
院長先生は微笑をたたえながら、ティーセットを持って、シーラの前に座る。
「あなた、おばあちゃんの小さな頃そっくりね」
「そーなのです?」
「ええ……あの子もお菓子大好きだったから、いっつも頬をパンパンにしてね。みんなからからかわれていたわ」
院長先生が、懐かしそうに目を細める。
壁に掛かった写真を見ていた。
そこには、ひとりの大柄な男のまわりに、孤児院の子供達が座っていた。
そのなかに、うさ耳をした少女がいた。
ありし日の祖母であると、シーラは直感した。
「この男の人は、だれなのです?」
「前の院長先生よ。ボロボロだった孤児院の経営を立て直してくれた、救世主」
院長先生は誇らしそうにそういった。
自分の左手の薬指にはまる、指輪をなつかしそうになでながら。
「立派な人なのです?」
「ええ、とても立派だったわ。最期まで。あんな立派な人はみたことないわ」
「へぇー……。どんな人だったのです?」
「元々冒険者をしていてね。変わったスキルを持っていたの」
「ぼーけんしゃ……」
ふむふむ、とシーラはうなずく。
ようは日雇いの労働者なのだが、モンスター討伐から薬草広い、そして迷子になった子猫の捜索など。
さまざまな依頼があるようだった。
「うちの孤児院を出たこのなかにも、冒険者になった子がいるのよ。ほら、犬耳のお姉さん居るでしょう?」
「えー! そ、そうなのです……?」
「ええ。そんなに冒険者に興味があるなら、今度あの子が帰ってきたとき、シーラを紹介してあげるわ」
孤児院の子供達は15歳になると、外へ出て働きに出ていく。
そのなかに、冒険者となった犬耳の女性がいるそうだ。
「冒険者に、どうしてそんなに興味が引かれたの?」
「ううーん……しーらも、人の役に立ちたいから、かなぁ……」
シーラが自嘲するように言う。
「しーら、おばあちゃんの孫なのに、ぜんぜん魔法ダメダメで。それ以外もまったくだめ。けど……人の役に立ちたいのです。おばあちゃんや、せんせーみたいな、誰かの人のためになにかをするひとになりたいなーって」
けれど冒険者ならば、自分にもできそうだと思ったのだ。
そう、何も大冒険をしなくても、小さな日常のことで困っている人たちを助けることくらいなら、自分にもできるかもしれない……と。
「シーラ……駄目よ。自分をそんな卑下しちゃ」
院長先生が、心配そうな表情で言う。
「あなたは、すごい可能性を秘めているわ」
「ありがとなのです……でも……じしんないのです」
「……そっか。大賢者が身近にいたんだものね。どうしてもあのこと比べちゃうのか」
はい……とシーラがうなずく。
「そうね……うん。犬耳のお姉さんに、すぐ来てもらいましょう。冒険者のこと、色々教わって」
院長先生はそういうと、魔法を使ってその人と連絡を取る。
「明日来てくれるそうよ。冒険者の手続きを教えてくれるそうだから、明日からギルドへいってきなさい」
「と、とうとつなのですー!」
ぴゃっ、とシーラが耳を立てる。
「シーラ、あなたは自尊心がほとんどない。それは自分に自信が無いから。冒険者として働いて、自信をつけてきなさい」
「うう……でも……できるかなぁ~……?」
不安げにシーラが言うと、院長先生はうなずく。
「できるできないじゃないわ、やるのよ。このままここにいたら、あなたは自分の才能にいつまでたっても気づけない。いつまでたっても自信が持てない。だから……今すぐ行動するべきよ」
ちょうどシーラは、もうすぐ15歳。
そうなれば就労が可能となる。
「おばあさまからもらった道具、それに魔法があれば大丈夫。あなたは立派な冒険者になれるわ。大丈夫、わたしが保証する」
「うう……」
そうはいっても、不安は残る。
自分のような味噌っかすに、果たして冒険者が務まるだろうか……と。
「大丈夫。信じて。たとえ自分が信じられないなら、あなたのおばあちゃんを信じてあげて」
「おばあちゃんを……?」
「そう、大賢者と呼ばれるあの子だけど、昔は泣き虫でね。いっつもわたしや子供達の影に隠れていた。そんな気弱な子が、最期には大賢者として立派になっていた。……だいじょうぶ、未来は誰にもわからない。けど自分に無理だとあきらめたら、可能性を手放したら、そこで終わりよ」
シーラは逡巡する。
だが、院長先生の言葉を、信じてみることにした。
……かくして、シーラは冒険者になることを決意。
知り合いの冒険者からレクチャーを受けた数日後……。
シーラは、カミィーナという街へ行く途中、竜の親子と運命の出会いを果たすことになったのだった。




