182.邪竜、息子の帰りを信じて待つ【後編】
「りゅーくん……?」
自宅の壁を破壊し、やってきたのは、息子だった。
カルマは呆然とした表情で、リュージを見やる。
「りゅーくん……」
「母さんっ」
たっ……! とリュージが駆けつけてくる。
「りゅーくん……りゅーくぅううううううううううううううううううん!」
カルマは、ようやく状況を把握した。
帰ってきたのだ。
息子が。
約束を守って、生きて、帰ってきたのだ。
カルマはいち早く息子の元へと駆けつけ、彼を正面から抱きしめる。
「本物っ? ねえ、あなたは本物のりゅーくんなのっ?」
カルマはその豊かな胸に、愛しい我が子を抱く。
彼のぬくもりは本物だった。
「うん、そうだよ母さん。僕はリュージ。母さんの……カルマアビスのひとり息子だよ」
リュージは見上げると、快活に笑う。
「りゅーくん……りゅぅううううううくぅうううううううううううううん!」
カルマは大声で泣き叫ぶ。
ぎゅーっと、息子を力一杯抱きしめた。
「帰ってくるの遅いよぉおおおおおおおおおおおおおおおお! 半年も音沙汰もなくてぇええええええええええ! 私……私ぃいいいいいいいいいいいい!」
「ありがとう、母さん。待っててくれたんだね」
リュージは台所の食器を見てうれしそうに言う。
そこには息子の使っていたものが全てそろっていた。
死んでしまったら片付けてしまうだろう。
そうしなかったのは、息子を信じて待っていたから。
「ええ! だって……帰ってくるって……約束したもの! 私は知っている。あなたは、約束を守る……まも……まも……ぶぇえええええええええん! りゅーーーーくーーーーーーーーーーーーん!」
半年間、決して流すまいと堪えていた涙が、堰を切ったように頬をこぼれていく。
まるで昔のように、わんわんと、子供のように泣き叫んだ。
「りゅーくん帰ってくるって信じてたからぁ! 絶対に泣かないってきめてたのにぃいいいいいいいいいい!」
「ごめんね、母さん。帰りが遅くなって、本当にごめんね」
リュージはカルマの頭を優しくなでる。
それは、在りし日の邪竜と息子の姿だった。
カルマが泣き止むまで、リュージはそうやって、母のことを慰めた。
ややあって。
「りゅーくん……もう、どうしてこんなに帰りが遅かったの?」
カルマはリュージを胸に抱きながら尋ねる。
「実は、僕一回死んでいるんだ」
「死んでる……ですって?」
リュージはうなずく。
「ベリアルとの最後の勝負、僕は全身全霊をかけて一撃を放った。勇者の力を全ぶつかって敵を倒して、汚れたこの星を浄化したら……力を使い果たしちゃったんだ」
それで死んでしまったという。
「でも……あなたはこうして、生きてるじゃない?」
「うん。僕が死ぬ間際にね、これを使ったんだ」
リュージはそう言って、ポケットから指輪を取り出す。
「この指輪は、【願いの指輪】。どんな願いもひとつかなえてくれる。夢の中で、ユートさんから勇者の力を受け継ぐとき、一緒にもらっていたものなんだ」
しかしその指輪は、目覚めると無くなっていたのだという。
「けど違ったんだ。指輪は僕の魂と同化していたんだ。肉体が消滅して、初めて僕は願いの指輪を手にすることができた。そこで、祈ったんだ」
リュージはカルマを見て、笑う。
「もう一度、母さんに会うって」
「りゅーくん……」
「そしたら【転生】の魔法が発動してさ、こうしてまた肉体を得たんだ。けど転生魔法って、使うと赤ん坊としてスタートみたいでさ。しかも転生した先がここから海を渡った遙か先にある大陸でね。帰ってくるのに半年もかかっちゃった」
カルマは、もう色々と突っ込みたいことだらけだった。
「その理屈で言うと、あなたはまだ生まれて0歳6ヶ月のはずでしょう? 見た目は15歳のままよ?」
「まあ、頑張ったんだ」
「海を渡った遙か先からここまで、いったいどうやって帰ってきたの?」
「まあ、色々頑張ったんだよ」
……その雑な言い方は、かつての自分のようであった。
けどカルマはわかっている。
息子は、母を心配させまいと、あえて詳細を語らないのだと。
「母さん、僕ね、頑張ったんだ。母さんとの約束を守るために。だから……だからね」
リュージはカルマを見上げて、明るい笑顔を浮かべる。
カルマは全てを察した。
息子が欲しい言葉を、瞬時に理解したのである。
母は、リュージを固く抱きしめる。
そして、彼の額にキスをする。
抱擁を解いて、カルマは、最高の笑顔で、息子に言う。
「お帰りなさい、りゅーくん」
リュージは実に嬉しそうに笑う。
「母さん、ただ」「リュー!」
バンッ……! とドアが乱暴に開く。
「チェキータさ……うぷっ」
エルフは大粒の涙を流しながら、リュージを抱きしめる。
「リュー! りゅー! あなたなのね!? 生きてるのよね!?」
「う、うん……そうだよ、ちぇき……お母さん」
リュージは気恥ずかしくて、目をそらしてしまう。
だがチェキータはぎゅーっと、その豊満な胸にリュージを抱き留める。
「もう! もう! 遅すぎるのよ! 連絡も寄越さないで! 半年も母親に黙っていなくなるなんて! 悪い子!」
「ご、ごめんなさい……」
チェキータはリュージをより力強く抱きしめる。
「次からは出かけるときは、ちゃんといつまでに帰るっていうのよ! わかった!?」
「はい……わかりました、お母さん」
チェキータは泣き笑いながら、リュージの額にキスをする。
「りゅーじくん!」「……リュージ!」「ぱぱー!」
外出していたシーラにルトラ、そしてルコにバブコが、いっせいにリュージの元へ駆けつて来る。
彼は一瞬で、複数の美少女たちに囲まれた。
「おかえりなのです!」「……おかえり、リュージ」「ぱぱ。おかえり」「リュージよ、お帰りなのじゃ」
リュージは仲間たちを見回す。
誰もが皆、リュージの帰りを笑って迎え入れてくれた。
みんなの顔を見渡し、そして……言う。
「ただいまっ!」
次回、最終回です。




