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冒険に、ついてこないでお母さん! 〜 超過保護な最強ドラゴンに育てられた息子、母親同伴で冒険者になる  作者: 茨木野
11章「最終決戦編」

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181.息子、旅立つ【後編】



 リュージの言葉を聞いて、チェキータは一歩後ずさりする。


 彼の決意は揺るがない。

 何を言っても、止めることはできないと、悟ってしまった。


 崩れ落ちそうになるチェキータに、カルマが手を貸す。


 カルマに支えられながら、チェキータは立ち上がる。


「りゅーじくん!」「ぱぱっ!」


 シーラにルコ、そして彼を慕う少女たちが、リュージを抱きしめる。


「絶対帰ってくるのですっ?」


「うん、帰ってくるよ。だから母さんたちと家で待ってて」


 シーラは涙を手でふくと、こくりとうなずく。


「……リュー」


「ルトラ」


 人狼の少女は、リュージの前で深々と頭を下げる。


「……ありがとう。あなたのおかげで、過去を清算できた」


 過去、つまりメデューサとの関係のことを言っているのだろう。


「……あなたに出会えなかったら、今頃アタシはまだあの女の呪縛にとらわれていた。あなたがそれを解放してくれた。本当に……ありがとう」


 リュージは微笑んで、ルトラと握手する。


「ぱぱ。かえってきてね。るぅ。まってる。おばあちゃんになっても、まってるよ」


「わしは……ルコが泣かぬように……面倒見ておく。じゃから……早めに帰ってくるのじゃよ」


 リュージはしゃがみ込んで、ふたりの娘たちをぎゅっとハグする。


「うん。帰ったらいっぱい遊ぼうね」


 リュージは仲間たちに別れを済ますと、母親たちのもとへやってくる。


「リュー……」


 チェキータの顔色はまだ優れない。


 浮かない表情で、息子を見やる。


「ありがとう、チェキータさん。僕をここまで立派に育ててくれて。いつも感謝してます、僕の、もうひとりのお母さん」


 リュージは微笑んで、チェキータを抱きしめる。


「……あなたは、わたしのことを、お母さんって呼んでくれるのね。……でも、そんな資格、わたしにはないの」


 チェキータが沈んだ声音で言う。


「……わたしね、自分の娘を自殺に追い込んだことがあるの」


「チェキータさんの……娘さん?」


 ええ、と静かにチェキータが肯定する。


「……自分の娘に、厳しい態度で接し続けたの。勉強や剣術、魔法……わたしの持つすべてをたたき込もうとした。……そしたら、わたしの教育に耐えきれなくなって、娘は自殺したの」


 初めて聞かされる事実に、リュージは驚く。


「……わたし、カルマやあなたの前では母親ぶっていたけど、本当は自分の娘を死に追いやってしまったくらい、母親失格の、駄目な親だったの」


 リュージは初めて、合点がいった。


 彼女はいつだって、リュージやカルマを影から支えてくれた。


 けれどカルマのように、常に彼の前に母親としてい続けたわけじゃない。


 チェキータはどこか、一歩引いていたような、そんな態度を取っていた。


「……わかったでしょう? わたしは、本当は駄目な母親なの。だから、あなたにお母さんなんて呼んでもらえる資格なんてないの」


 今にも消え入りそうな声音で、チェキータが言う。


 リュージはそんなエルフのことを、優しく抱擁した。


「そんなこと、ないですよ」


 微笑み、チェキータに言う。


「貴女は、いつだって僕を支えてくれた。貴女がいなかったら僕は何度もくじけていました。僕にとっては、カルマ母さんと同じくらい、チェキータさんもまた、僕のお母さんでした」


「リュー……。けど……」


「それに、チェキータさんの娘さんは、自殺なんてしてないですよ」


 え……? とチェキータが目を丸くする。

「ユートさんが言ってました。えるる……【エルルキア】さんは、元気でやってるって」


 チェキータは目と口を大きく開き、呆然とつぶやく。


「どうして……娘の名前を知ってるの?」


「ユートさんが教えてくれました。エルルキアさんは、勇者のパーティの一員だったんですね。それで魔王を倒した後、元気でやっているって教えてくれました」


 チェキータの口から、直接娘の名前を聞いたことは一度もない。


 娘の存在だって、今彼女の口から初めて聞いた。


 だから、エルルキアのことをリュージが知り得るはずもない。


 リュージが嘘をついているということも、ない。


「娘は……自殺したんじゃ……なかったのね……」


 チェキータの声は歓喜で震えていた。


 リュージはハッキリとうなずく。


「当たり前じゃないですか。貴女のような、最高の母親がいるんです。その子供である僕らは、世界で一番の幸せ者ですよ。自殺なんてするもんですか」


 チェキータを励ます様を、カルマは黙って聞いていた。


 口を挟まず、ただ、息子の成長を見守ってくれる。


 リュージはそれが、何よりも嬉しかった。


「リュー……。ありがとう……」


 チェキータは、自分から離れる。


 リュージは彼女の涙を、指で拭う。


「強く成長したわね。リュー。……それにカルマ。あなたも」


 子供たちの成長を喜ぶ母の姿が、そこにはあった。


 そう、カルマもまた、チェキータにとっては手のかかる娘だった。


 娘は今、立派に母をしている。


 息子は、立派な男になっていた。


「リュー。待ってるわ。あなたを信じて、あなたの帰りを」


 リュージは笑ってうなずく。


 そして最後に……カルマの前に立つ。


「母さん」


「ええ。わかってます」


 それ以上の言葉は、ふたりには不要だった。


 もうお互い、気持ちが通じ合っている。


 何も言わずとも、カルマは息子の気持ちを、リュージは母の思いを、互いに共有し合える。


 だから多くを語る必要は無いのだ。


 ただ一言、言うだけでいい。


「りゅーくん」


 カルマはリュージの背後に回る。


 そして……その背中を、優しく押してあげる。


「いってらっしゃい」


 リュージは力強くうなずくと、聖剣を手に取る。


 黄金の輝きは彼を包み込む。


 だんっ……! と力強くリュージは地面を蹴ると、大空を駆け抜ける。


 まっすぐ、まっすぐ……ただ一直線に、リュージは宇宙を目指した。


 ……彼の目の端から、キラキラと涙がこぼれ落ちる。


 其れは悲しみの涙では決して無かった。


 別れの涙でもなかった。


 ただ、嬉しかった。


「ありがとう、母さん。何も言わず、僕を送り出してくれて」


 それは息子から母へ対する、感謝と歓喜の涙だった。


 いつだってカルマは、リュージを過保護に、手元に置いていた。


 あらゆる困難を母が解決してくれた。


 リュージが少しでも危ないことをしようとしたら、母は泣きながら其れを止めようとする。


 ただそのたび、リュージは悔しい思いをした。


 自分が弱いせいで、カルマにいつも心配をかけていると。


 ……でも、やっとだ。


 やっとカルマは、息子リュージを信頼し、ひとりで前を歩くことを許してくれた。


 いつも見ていた母の背中は、遙か遠く地上にある。


 それはカルマが、息子を、弱い存在ではないと。


 守らなくてはならない、か弱い存在ではないと……認めてくれた、何よりの証拠だった。


「ありがとう、母さん。僕……必ず帰るから」


 リュージは黄金の光をまといながら、星々の浮かぶ暗い海へとやってくる。


 月は、この星に墜落しようと近づいてくる。


 その月に寄生するかのように、邪悪なるベリアルの魂が宿っていた。


「おまえに、この星はやらせない」


 リュージは月と、ベリアルの前に立ち、決然と言い放つ。


「大切な人たちの居る……この星を、おまえの好きにはさせない!」


 ベリアルは獣のような咆哮を上げ、月をリュージへと衝突させようとする。


 リュージは聖剣を振り上げて、渾身の力を剣に注ぐ。


「僕が母さんたちを、守るんだぁあああああああああああああああ!」


 全力を込めた聖剣と、邪悪な力のこもった月とが、ぶつかり合う。


 聖と邪。

 ふたつの強大な力がぶつかり合い、それは激しい爆発を起こす。


 聖なる光は黒い魂を、そして……世界蛇によって汚されたこの星の大地を、優しく浄化する。


 やがて聖なる光は収まると……。


 ……後には、何も残らなかった。

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