181.息子、旅立つ【中編】
半壊した、天空魔王城にて。
「僕がいって、全部を終わらせてくる」
リュージがみんなを見渡しながら言う。
その顔つきに迷いも怯えもない。
ただまっすぐに、自分の意思を、みんなに伝える。
「リュー……あなた、何を言ってるのか……わかっているの……?」
逆に、チェキータは動揺していた。
震える声で、リュージに尋ねる。
「邪神と同等の力を勇者は持っている。つまり僕なら、宇宙へ行って月を止めることができる」
今のリュージは、勇者ユートから力を完全に受け継いでいる。
今ならば、止めることができる。
「駄目よ……駄目よ!」
チェキータはリュージの肩を掴んで、必死に止めようとする。
「あなた一人で行って、どうやって月を止めるの!? それにまだ邪神の魂がそこにはいる! 危険だわ!」
エルフの言うとおり、宇宙へ行くことができたとして、そこで終わりではないのだ。
それでも……彼の決意は揺るがない。
「僕、いくよ。僕にしかできないことなんだ。いかせて、チェキータさん」
チェキータはひるむ。
リュージの迷いのない瞳から、少年の……否、男の決意を感じ取ったのだ。
「いや……いやよ!」
チェキータは激しく首を振る。
「誰も助けにいけないのよ!? もしあなたに万一があったら、いったい……いったい誰があなたを守るというの!?」
彼女の瞳から涙が流れていた。
ぎゅっ、と正面からチェキータがリュージを抱きしめる。
「お願いリュー! そんな危ないところへひとりでいかないで!」
「チェキータさん……。ごめん、僕……」
リュージの変わらぬ決意に、負けないくらい、チェキータは強く彼を抱きしめた。
決して、いかせてなるものか。
その強い抱擁を通して、チェキータのリュージへの思いの強さが伝わってくる。
「いや! いかないで! あなたまで失ってしまったら……わたし……わたし……」
そのときだった。
「チェキータ。いかせて、あげましょう」
振り返ると、そこには……カルマがいた。
「カルマ……あなた、自分が何を言ってるのか……わかっているの……?」
呆然と、チェキータはつぶやく。
一方でカルマは、静かにうなずく。
「見届けましょう、【私たち】の息子が、立派にその勤めを果たすその様を」
私たち、つまり、カルマとチェキータ。
そう、リュージにとって、彼女たちはまさしく自分の母親だった。
いつもあふれんばかりの愛情を注いでくれた、カルマ。
いつも影ながら励まし、支えてくれた、チェキータ。
リュージにとって、どちらも大切な、彼の母親である。
「カルマ……」
母は静かに、リュージに近づいてくる。
チェキータの手をとり、リュージから離す。
「……わかっているの、カルマ? 自分の息子が、とても危ない場所へひとりでいくのよ?」
カルマはゆっくりうなずく。
その瞳は、息子と同じ目をしていた。
揺るぎない決意をたたえた、覚悟の決まった目だ。
「……どうして、止めないの? だってあなた……息子が都会へいくってだけで、この世界を破壊しようとしたくらい、過保護だったじゃない」
「そんなこともありましたね。恥ずかしいです」
カルマが苦笑する。
チェキータは、愕然とした。
カルマが、まったく動揺していなかった。
自分はこんなにも、息子(リュ-ジ)を失うかもと言う状況に、心乱されているというのに。
「ねえ、りゅーくん」
カルマは息子を見て、微笑む。
「必ず……帰ってくるのよね?」
そこに何の含みもなかった。
出かける前にハンカチを持っているかと尋ねるくらい、普通に、聞いてきた。
「うん。大丈夫。絶対に帰ってくるよ」
リュージの黒い瞳は、未来を見据えていた。
これから死地へ赴くもの特有の、諦念や、おびえというものは一切無かった。
彼の目には未来が見えている。
家に帰って、また母たちと笑い合っている。
そんな、明るい世界を幻視していた。
「ほらみてチェキータ。りゅーくんは大丈夫でしょう?」
「カルマ……」
気づけばいつもと、立場が逆転していた。
息子を危ないといって手元に置いておこうとするのは、常にカルマだった。
チェキータはその手を掴んで、優しく諭し、息子を自由にさせる。
今まではそうだった。
けれど今この場において、その関係が逆転していた。
「いかせて、お母さん」
リュージは一歩前に出る。
カルマ……ではなく、チェキータの前に。
「僕、必ず役目を終えて、みんなの元へ帰ってくるよ。だから待ってて。僕が冒険を終えて、家に帰ってくるのを」
「リュー……。せめて、せめて、わたしも……」
チェキータの言葉に、リュージは首を振る。
「これは、僕が始めた冒険なんだ。僕の手で終わらせたいんだ。だから……」
リュージはまっすぐ、チェキータを見て、こう答える。
「冒険に、ついてこないで……お母さん」




