181.息子、旅立つ【前編】
邪神王ベリアルを、リュージは打ち破った。
話はその直後。
リュージたちは、破壊された魔王城へと降り立つ。
「リュー!」
いち早く駆けつけてきたのは、美貌のエルフ・チェキータだ。
「チェキータさん……」
目に涙をためながら、チェキータはリュージを抱擁する。
「倒したのね、リュー……」
「はい、ちゃんと……勝ちました……」
チェキータは目を閉じて、ぎゅっとリュージを抱きしめる。
「信じてたわ、リュー。必ず勝つって。だってあなたは、強い子だもの」
おそらくチェキータの言っている勝つとは、敵を指しているだけではないのだろう。
己自信の弱さにも、打ち勝ったこと。
そのことを、彼女は褒めているのだ。
「りゅーじくん!」
「シーラ……」
ウサギ少女が笑いながら、リュージの元へやってくる。
その後ろにはルトラ、そしてバブコにルコ。
全員がそろったことになる。
「すごいのです! 邪神王を倒すなんてっ!」
「ありがとう。けど、ボクだけの力じゃないよ」
リュージは周りみんなの顔を見て、頭を下げる。
「ありがとう、みんな」
仲間が居たからこそ、リュージは己に打ち勝つことができた。
そして、敵を下せたのは、守るべきみんながいたからだ。
「これで全て終わったのです! おうちに帰るのです!」
「……いいえ、まだ終わっていません」
ひとり、カルマが静かに、頭上を見上げる。
「どうしたの、カルマ?」
「やつは……ベリアルはまだ生きています」
「そ、そんな! ど、どこに……?」
カルマはスッ……と頭上を指さす。
「う、うえになにかある……って、ええ!? お、お月様が、あんなに大きくなってるのです!?」
リュージは慌てて天を仰ぐ。
遙か上空に浮かんでいるはずの月が、普段よりも大きく見えた。
時間が経つほどに大きくなっている。
「……そんな。月が、近づいてきているわ」
チェキータが呆然とつぶやく。
「ええー!? な、なにがどうなってるのですー!?」
「私がベリアルを倒した瞬間、やつの肉体が滅ぶと同時に、精神が抜けていくのが見えました。そしてその精神は空へと上っていたのを確認しました」
カルマが近づいてくる月を見やる。
「……お母さんだ。なにか、仕掛けを施していたんだ」
ルトラがぐっ……と下唇をかみながら言う。
「……あの人は、非常に疑りぶかい性格をしている。ベリアルがやられる可能性をかんがえて、仕込んでいたんだ」
「なるほど……ベリアル消滅を関知した瞬間発動する魔法の術式を、あらかじめ組んでいたのね」
バブコが怯えた表情で、カルマの体に抱きつく。
「これから。どうなるの?」
カルマはルコを抱き上げて、彼女の頭を優しくなでる。
「おそらく月は地上へと落下し、この星を破壊するでしょう。そのときの恐怖の感情を糧に、ベリアルは再度復活するわ」
「そ、そんな! ど、どうして……?」
チェキータは眉間に深いしわを刻みながら言う。
「ベリアルは邪神。人の負の感情……恐怖や絶望をエネルギーとする。地上が破壊された際のそれは、ベリアルを再びこの世に蘇らせるほどのマイナスのエネルギーを秘めているわ」
「……そこまでお母さんは、計算していたのね」
全員が沈鬱な表情で、うつむく。
「み、みんなで攻撃すればなんとかなるのです!」
シーラが無理矢理、雰囲気を明るくしようと言う。
「……無理よ。成層圏に突入した月を仮に破壊できたとして、その破片はこの星を死の星へと変えるわ。やるなら成層圏外にいる、今このタイミングしかない。けど……」
そう、結局のところ、月が地上に落下する前、宇宙空間にいるときにどうにかする必要がある。
だが、生身で宇宙へと行けるものは……いない。
「邪神の力を持つかつてのカルマなら、可能だったかもしれない。けど今その力は失われている。邪神消滅と同時に、魔王四天王も弱体化しているわ。……つまり」
つまり、この場にいる誰もが、落下する月を止めることはできない。
「大丈夫」
……ただひとり、勇者の少年を除いて。
「僕がいく。僕が、みんなを守るよ」




