172.それぞれの戦い【後編】
チェキータやルコたちと分かれたカルマは、リュージの待つルートを歩いていた。
「…………」
その道には、何もなかった。
真っ黒な暗闇が、どこまでも広がっていく。
足音も、自分の呼吸する音、心音すらも、聞こえない。
完全なる闇。
完璧なる無。
それがカルマの前に、どこまでも広がっていた。
「…………」
カルマは夜が嫌いだった。
子供の頃、一人さみしく泣いた日々を思い出すから。
だから、カルマは何度も息子のベッドに、滑り込んだ。
一人が怖いから。
夜が怖いから。
暗闇が、怖いから。
「…………」
けれどカルマの歩みは止まらない。
止められない。
なぜならもう、夜は怖くないのだ。
暗がりを怖がっていた、幼い自分はもういない。
ここにいるのは、息子を助けるため、まっすぐ前を向いて歩く母が一人。
彼女を突き動かす力は、ただ一つ。
息子ただ一人だ。
ーーアレが息子なのか?
暗闇から、声が聞こえた。
それが幻聴なのか、はてまたメデューサが用意したトラップなのか、わからない。
ーーアレは、おまえを殺す兵器だぞ。
ーー血のつながりのない、赤の他人だぞ。
脳内に直接響き、カルマの心を惑わせようと、何者かの声が聞こえる。
だがカルマは止まらない。
立ち止まらず、まっすぐに、息子の元へと歩く。
ーー自分を殺すための道具を一生懸命育てていただなんて。
ーー哀れだねえ。可愛そうだねぇ。
カルマは立ち止まる。
そして……ふっ、と笑った。
カルマは拳を握りしめる、その拳に纏うのは嵐。
手を横になぐ。
すると、激しい嵐が、通路に吹き荒れる。
それは天井に設えてあったスピーカーを破壊し、暗幕を下ろしていた結界を破壊した。
「そんなもので私が、足を止めるとでも思ったか?」
カルマの顔には自信満ちあふれていた。
「誰が何を言おうと、あの子は私の大事な息子。たとえ血のつながりがなかろうと、そんなもの……私には関係ない!」
ざわ……ざわざわ……と天井や床の暗闇から、モンスターもどきが湧き出てくる。
「私は立ち止まらない! 絶対に、何があっても!」
カルマはドラゴンの姿へと変身すると、疾風のごとく駆け出すのだった。




