169.息子、塞ぎ込む【後編】
メデューサの結界のなか。
真っ暗な海の底のようなその場所は、今のリュージの心の闇を投影しているかのようだった。
「僕なんて……生まれ来なければよかったんだ……」
瞳からこぼれ落ちる涙とともに、ネガティブな感情がぽろぽろとこぼれ出る。
「そうだ……僕がいなければ……母さんは15年間、無駄に不安を感じずにすんだ……」
リュージは気分とともに、海の底へと落ちていく。
脳裏には母の泣き顔がフラッシュバックする。
実家を出て、冒険者になるとリュージが告げたとき。
母は不安で涙を流した。
……それよりも前も、そうだ。
自分がちょっと危ないことをするたび、母を泣かせてしまっていた。
初めてダンジョンに潜ったときも、モンスターと相対したときも、母は不安で不安でしょうがなかっただろう。
いつだって母の心を乱していたのはリュージだった。
いつだって母の足を引っ張っていたのは、リュージだった。
「僕がいなかったら……きっと母さんは誰かと素敵な家庭を築いて、本物の息子を産んで育ててたんだ……」
カルマは優しくて素敵な女性だ。
彼女の番いとなる竜は、すぐに見つかっただろう。
そうすれば、こんな偽物を、無駄に15年も育てずにすんだのだ。
「僕は……母さんを傷つけ、母さんの人生を無駄にさせてしまった……最低で最悪の……罪深い存在なんだ」
気分も、体も、深い深い闇のそこへと落ちてく。
「ごめんね、母さん……。せめてものの償いとして、僕は……もう……母さんの前には現れないよ」
ここが死後の世界なのか、まだ自分は生きているのかわからない。
だがリュージがこの暗い闇の底に沈んでいれば、母をもう傷つけることはない。
自分がいなくなれば、母は自由だ。
こんな出来損ないの偽物に、カルマの人生を削られずにすむ。
「母さん……生まれてきてごめんね……。僕もう二度と……母さんに会わないから」
本当はさみしいし、悲しいけど……
それよりも。
「僕は……母さんに幸せになって欲しいんだ」
だから……さようなら、とつぶやいた……そのときだった。
【りゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーくーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!】
闇夜を切り裂く朝日のように、頭上からその声は降り注いだ。
「かあ……さん……?」
リュージは頭上を見やる。
依然としてそこには、暗闇が広がっているばかりだ。
けれど……リュージはわかった。感じられた。
この闇の向こうに、あの人がいることを。
いつだって自分を明るく照らしてくれた、太陽のごとき母がいることを。
【待っててりゅーくん! お母さんが今、迎えに行くからねッッッ!】




