163.邪竜、母を失う【後編】
「私のことが……好きだから?」
死にかけている母の体を抱き起こしながら、カルマは首をかしげる。
「そう……わがはいは……カルマが好きだ。この世の誰よりも愛している」
「そんな……嘘ですよ。ならどうして、どうして、子供の時、私を放って出て行ってのですか!」
幼い頃から、マキナはカルマの育児を放棄していた。
いつもカルマは、巣穴に1人、孤独に震えていたのだ。
「わがはいには……使命があった。勇者の遺体……それを守る役目が」
マキナ曰く、この間の無人島に、勇者の遺体が眠っていたらしい。
「遺体の存在にメデューサが気付けば、復活に使われてしまう。だから、わがはいは結界を張って、メデューサの目から、遺体を守る必要があった。……今となっては、詮無きことだがな」
結界の維持には、長くあの無人島を離れるわけにはいかないらしかった。
だから、マキナは家に長居できなかったのだという。
「そんな……あなたがどうしてそんなことしないといけないのですか?」
「だって……ベリアルが復活したら、大事な娘のいるこの星が、滅んでしまうでしょう」
大事な娘と、マキナはカルマを見て、ハッキリと言った。
「娘の平和を……わがはいは守りたかった。けれど……そのせいでさみしい思いをさせてしまった。ごめんね……カルマ。本当に……ごめんね」
死の淵で語るその言葉が、嘘偽りでない保証はない。
けれどカルマは、マキナが嘘を言っているとは、思えなかった。
「じゃあ……じゃあどうして、私に冷たく当たったの?」
「……必要な、ことだからだ。いいか、カルマ。よく……お聞き」
マキナはカルマを、見上げる。
その目には生気がほとんどなかった。
体を構成する魔力のほとんどが、失われていた。
母がもう長くはないと……直感的に悟った。
「母親の仕事は……子供を甘やかすことでは、決して無い。母親は、子供が強く生きていける手助けをする、存在でなくてはいけないのだ」
見る見ると、マキナがしぼんでいく。
「優しさは、必要だ。だが過剰な優しさは、それは子供にとって邪魔となる。時には突きはなし、自分で解決させる力を身に付けさせる。それもまた、母親の仕事なんだよ」
「じゃあ……あなたは……私のためを思って……ワザと……?」
マキナは小さく微笑む。
「ごめんねぇ……不器用な母親で。わかりにくかったね……。ほんと、あなたとわがはいは、似たもの親子ね……」
「ッ! そうですよ! 私はバカで、直情的で! 不器用で! だからちゃんと言ってくれなきゃ、わからないんですよ!」
カルマはマキナの体を、力強く抱きしめる。
「なんでもっと早く言ってくれなかったの!? なんでもっとちゃんと言ってくれなかったの!? 私は……もっともっと、お母さんのそばにいたかったよ!」
マキナはカルマを見て、安堵の笑みを浮かべる。
「ああ……カルマ……。おまえは、今も、わがはいを……母と呼んでくれるのだな」
目を閉じて、マキナが小さく、つぶやく。
「ありがとう……カルマ。大好きだったよ……わがはいの、大事な……」
それだけ言うと、マキナはかくっ、と体から完全に力を抜く。
「マキナ……? マキナ。マキナっ!」
カルマはマキナの肩を強く揺する。
だがどれだけ揺すろうと、叫ぼうと、マキナは決して、目を覚まそうとしない。
「起きてよ! まだあなたに言いたいことがたくさんあるんだよ! だから……だから目を覚ましてよ!!!!」
カルマは必死になって、腕の中で冷たくなった彼女の言う。
「お母さん!!!!!」
……かくして、カルマの母マキナアビスは、その生涯の幕を下ろしたのだった。
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