158.邪竜、孫になぐさめられる【後編】
カルマは孫のルコとともに、カミィーナから少し離れた露天風呂へとやってきた。
「かるま。どー?」
「ええ。気持ちが良いです」
ふたりは服を脱いで温泉に入り、ほっ……と一息つく。
「えー。きもち?」
「ええ、とってもえーきもちですよぅ」
ルコはカルマの膝上に乗っている。
「かるま。ぐらまらす」
「ふはは、巨乳は母性の象徴ですからね」
「るぅ。ぺっちゃんこ。しょぼん」
「大人になればぼんきゅっぼーんですよ! 落ち込んじゃダメです!」
「ぼんきゅ。ぼーん?」
「ええ! ぼんきゅっぼーん!」
ふへっ、とカルマとルコは笑いあう。
「かるま。なにくったら。そんな。でかく。なる?」
「……別に。ただ、これは変身しているだけ。私はもともとドラゴンですからね」
人化(魔物が人に代わる高等スキル)によって生成される体は、作る本人が自由に決められる。
つまり、カルマのこの人間の姿は、カルマ自身がそうなりたいと思った姿で作った物だ。
「かるま。ぼんきゅっ、ぼーん! なりたかった?」
「というより……りゅーくんが一番喜んでくれると思ったから、ですね」
カルマは述懐する。
「長くドラゴンでしたからね。人間の母がどういうものかわかりませんでした。りゅーくんを育てる決意をした私は、人間を必死になって勉強しました。……けど、よくわかりませんでした」
「なにが?」
「母親というものが、です」
調べれば調べるほど、これほど難解な存在・関係は無いと思った。
「とりあえず外見だけでもとおもい、理想の、最高の母をめざしてこの体を作ったのです」
カルマは微苦笑する。
昔の自分は、何もわかっていなかったのだ。
母とはなんたるかを。
「いいえ……今も、わからない。最近はちょっとつかめたかなって思ったのですが、マキナを見て……わからなくなりました」
自分の生みの親であるマキナ。
彼女は、とてつもなく冷たい女だった。
カルマは、チェキータという最高の母から、そして息子と一緒に長い時間をかけて、母とはなんたるかを学んできた。
しかしマキナの行動は、培って身に付けた【母の像】からは、遠く離れた者だった。
「……私って、母親ちゃんとできてるんですかね」
「……できてる!」
カルマは目を丸くする。
ルコが、今までにないくらい、大きな声を張り上げたのだ。
「できてる! かるま! さいこう! ははおや! ぱぱ。そう思ってる! るぅも!」
「ルコ……」
ルコはカルマの胸にだきついて、叫ぶ。
「かるま! みよりない。るぅ! いっぱいあいじょう! そそいだ! うれしかった! かるま! おかあさん! るぅの! さいこう! おかあさん!」
……ああ、母親失格だ。
家族にこんな悲しい顔をさせてしまった。
けど……同時に、嬉しかった。
最高の母親。
それは、母を目指して頑張ってきたカルマにとっての、何よりの賞賛の言葉。
「ありがとう……ルコ……」
ぽた……と涙がこぼれる。
「お母さん……うれしいわ」
ふたりは静かに涙を流す。
その後には、ふたりは晴れやかな表情で、帰路についたのだった。
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