155.息子、勇者と出会う【後編2】
夢のなかで、勇者ユートと遭遇した、その日の朝。
リュージは自分の部屋で目を覚ます。
「…………」
むくりと体を起こす。
少し前なら、朝起きると、となりに母がいた。
しかしベッドにはリュージしかいない。
年が明けてから、母は1人で寝るようになったのだ。
リュージを子供じゃないと認めてくれたのであれば、素直に母の変化を喜べただろう。
母の態度が、体調が、おかしくなければ……だが。
「そうだ。ユートさんからもらった物、確認しないと」
リュージはまず、自分の手の甲を見やる。
左手の甲に、竜と剣を組み合わせたような模様が浮かんでいる。
「こっちはあった。けど、これって何の意味が……」
ぐっ、とリュージが左手に意識を集中させる。
すると……。
コォオオオオオオオオ…………!
左手が輝き、紋章から少しずつ、何かが浮き上がってくる。
「これは……剣?」
一振りの、美しい剣が出現した。
リュージはそれを手に取る。
見た目のゴツさに反して、とても軽かった。
「軽い……それに、すごく馴染む……」
今まで手にしたどんな剣よりも、紋章から出てきた剣は使いやすかった。
「そうだこれ……夢のなかでユートさんが使ってた、勇者の剣だ」
魔王とたたかっていたとき、ユートはこの剣を振るっていたのを、思い出した。
「僕が勇者のクローンだからかな……この剣、すっごい使いやすい」
まるで自分の手足のように、剣を動かせる。
それに……。
凄まじいまでの力が、握っている剣から伝わってくる。
「試し斬りは……やめとこ。家の中だし」
勇者の剣をベッドの上に置く。
すると、光の粒子となって、手の中に戻っていった。
「最後に……」
リュージはポケットの中を探す。
「確か、指輪をもらったんだけど……」
ポケット、ベッドの上下、部屋中を探し回った。
「ない……やっぱり、指輪はもらえなかったんだ」
リュージはベッドの上に大の字に寝る。
「【願いの指輪】……どんな願いも、1つだけ適う指輪……か。欲しかったな」
もし本当に、ユートからあの指輪をもらえていたら。
リュージにはかなえたい願いがいくつもあった。
……だが、そのなかでも特に、かなえたい願いは。
「……母さんが、前みたいに、元気になってくれますようにって、願うのに」
リュージは自分の手を見やる。
その手に【願いの指輪】はない。
それはまるで、母のことは、自分の手で切り開けと、勇者からメッセージをもらっているように思えた。
「…………」
ユートは言っていた。
この先、何か大きな決断を迫られる事件が起きると。
「……怖いよ、母さん」
いつも自分を守ってくれていた、最強の母カルマ。
彼女は今、不調を抱えている。
カルマに頼るわけには行かない。
「いや、ダメだ! いつまでも、甘えてちゃダメなんだ……!」
リュージは起き上がる。
「きっとユートさんが夢のなかに出てきたのは、僕がひとりで、乗り越えられるように手助けしてくれたんだ」
勇者の助力を、無下にはできない。
「……頑張ろう」
リュージは静かに、そう決意するのだった。
書籍、コミックス好評発売中です!