155.息子、勇者と出会う【後編】
夢のなかで、勇者ユートと出会った。
話はその十分後。
リュージたちは真っ白な空間にいた。
「ここは……?」
「ここは俺の精神世界。まあ心のなかって言えば良いかな」
ユートの姿は、さっきの青年の姿ではなくなっていた。
そこにいたのは……。
「ぼ、僕……?」
ユートは、リュージそっくりの姿をしていた。
女性的な顔つき。
丸く大きな黒い瞳。
「俺の細胞から作られているんだから、にてて当然だろ?」
「そ、そういうものなのですか……?」
正直自分がクローンだと言われても、じゃあクローンって何ってレベルの知識しか、リュージにはない。
「僕に、夢を見せたのは……あなたなんですか?」
「ああ。必要なことだと思ったからな」
「必要な……こと?」
ユートがうなずく。
「リュージ。まもなく君のもとに、大きな事件が起きる。大きな決断を迫られるときがある。そのときに、君の助けになれば良いと思ってさ」
ユートはそう言うと、左手を差し出す。
「リュージ。手を出してくれ」
「は、はい……」
リュージもまた左手を差し出す。
すると、リュージの左手が輝く。
ユートの手に合った紋章が、リュージのもとへ移植される。
「本当はこれも与えてあげたいけど、実物の受け渡しまではできないみたいだな」
ユートはポケットから何かを取り出す。
それは、宝石のあしらわれた、美しい指輪だった。
「これは【願いの指輪】。どんな願いも、1つだけかなえることができる指輪だ」
ひょいっ、とユートが指輪を投げる。
リュージはそれをキャッチする。
「俺にできるのは、さっきの戦いの記憶と、紋章の移譲とだけだ。その指輪は起きたときになくなっているだろう」
「は、はあ……」
次から次へ、新しい情報が与えられ、リュージは困惑した。
「あの……ユート、様?」
「ユートでいいよ」
「えっと……ユートさんは、僕に何かして欲しいことがあるんですか?」
自分から勇者の夢に入る力は無い。
つまり、このユートという勇者がリュージに干渉してきたのだ。
なんの目的もなく、こんなことはしないだろう。
「いや、特にないさ」
「な、ないんですか……?」
「まあ強いて言えば、そうだな。君には幸せになって欲しいって思ってさ」
「ええっと……なんでですか?」
苦笑するユートは答える。
「説明するのは難しいんだが、まあ簡単に言うと、君と母親であるカルマアビスがそういう状況になっているのは、俺が原因でもあるからなんだよ」
「ユートさんが……?」
「ああ。俺がベリアルを討伐しなかったせいで、君の母親がベリアルを取り込むことになった。元はと言えば勇者が勇者の仕事を成さなかったせいで、今の状況があるんだよ」
ユートはまっすぐにリュージを見やると、頭を下げた。
「すまない、リュージ」
「えっと……その……正直わけがわからないんですけど、その、謝らないでください」
リュージは言葉を選びながら言う。
「あなたにも何か事情があったんでしょう?」
「……君は俺を恨んでないのか?」
「はい、特に。あなたがいなかったせいで! なんて僕も、そして母さんも思ってないですよ」
ユートは目を丸くすると、ふっ……と微笑む。
「そうか。君は強く、そして優しい子だな」
ユートはリュージに近づいて、その頭を撫でる。
「リュージ。君と母親に、この後大きな災いが降り注ぐ。けど……俺は君たちなら乗り越えられると思っている」
手を離し、ユートは真剣な表情で言う。
「俺が始めた物語は、本当なら俺の手で締めくくりたかったけど、今それができる状況にない。リュージ委、その役割はおまえに託す。無責任かも知れないが、おまえが幕を引いてくれ」
すぅ……っとユートの姿が消えかける。
「じゃあなリュージ。頑張れよ。……そうだ、ひとつ伝言を頼めるか?」
「伝言?」
ユートはうなずく。
「おまえの知り合いに、チェキータって女性がいるだろ?」
「はい。僕の大切な人です」
「その人に【えるる】は……【エルルキア】は元気でやってるって、伝えてくれないか?」
「エルルキア……さん? ……わかりました。伝えておきます」
ユートは微笑むと、安心したように目をつむる。
「リュージ。すまない。後は……任せる。おまえたち親子なら、きっと乗り越えられる。おまえたちは、最強の親子だから」
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